瑠奈
ただ唇を触れ合わせただけ、そんなフレンチキスをした。
青い瞳を見開いて、エミリアは腕の中で、驚いた表情のまま僕を見つめた。
「こんな事したら、赤ちゃんが出来ちゃうんですよ、ユウトさん。」
真顔で心配している彼女が可笑おかしくて、僕は思わず笑いだした。
「何で笑うんですか!赤ちゃんが出来ても良いんですか?」 と、僕の腕から離れると、怒りながら僕に詰め寄った。
「キスしても、赤ちゃんは出来ないんだよ、エミリア。」
僕は真剣に心配している余りにも純粋な彼女が、どうしようもなく愛しかった。
「キスって?」 エミリアは初めて聞くかの様に、キョトンとした顔で聞き返して来た。
「今したみたいに、唇と唇を合わせる事だよ。」 僕は微笑みながら説明した。
「赤ちゃんは?」 と彼女は聞き返す。
「出来ません!」 もう僕は堪えられずに笑いながら答えていた。
8歳で売られ、過酷な人生を歩んできたエミリア。
美しい彼女が汚される事も無く、こうして無垢でいた奇跡。
それは裏を返せば如何にエルフと言う種族が、蔑まれ嫌悪れているかの証明でもあった。
「私はエルフだから汚いんです。 だから、今みたいな事もうしないで下さい。ユウトさんが汚れちゃうから、、」
虐げられ続け、自分を貶おとしめてしか見れなくなっているのだろう。
「君は汚くなんて無いよ。何も知らない君にキスして、ごめんね。」 心から僕は悔やみ、彼女に詫びていた。
「キスは愛しい人にしかしたら駄目な事だからね。 それだけは覚えて於いてね。」 僕は彼女の無垢が、彼女の無知ゆえに失われ無いように、それだけは伝えた。
そして僕達は手を繋ぎ、遅くまで語り合っていた。
眠るつもりは無かったが、いつの間に寝たのか、起きるとすでに自分の部屋に転移した後だった。
「おにいちゃんお帰りなさい。 無事だった?」
ベッドに背を預けて寝ていた僕に股がり、首に抱きついて来たみのりに起こされた。
「ただいま、みのり。」 寝ぼけ眼で眠い目を擦りながら、僕は空あくびをした。
「おかえり、 おにいちゃん。」
そう言うと、みのりは僕にキスをした。
シャワーを浴びて風呂場を出たら、パンの焼ける良い匂いがしていた。
キッチンを覗くと、妹が卵を焼きながら朝食の支度をしていた。
「おにいちゃん、今日もする事山積みなんでしょ? 早く着替えてご飯食べなさい。 」 と妹は、上機嫌で僕に言った。
ついさっきキスを終え、異世界で肺炎が流行している事や、知り合った狩人の娘が死にかけている事。 そしてその子を助ける為に薬を手に入れなければならない事情を話した。
みのりは「その娘は、可愛いんでしょ?」と、探る様に聞いて来たが、「7、8歳の子供だよ。」と答えると急に笑みを浮かべ、
「やっとおにいちゃんも異世界の冒険者らしい事できるねっ。」と、何故か上機嫌になっいた。
高校時代の恋人が、県内の大学の医学部に居た。
携帯の番号などすでに消してしまって居たから、連絡の方法が無かった。
酷い別れ方をした彼女に、今更僕から連絡を取り頼み事をするなんて、他に選択肢が無かったなら絶対しなかったろう。
彼女とは、別れてからもう4年が過ぎていた。
瑠奈の家は祖父の代から開業医をしていて、父も母も医師と言う、典型的な金持ちのお嬢様だった。
瑠奈は県内でも強豪の、女子テニス部の部長を務めて居た。
いくら近所だとは言え、目立たない帰宅部の僕などとは、住む世界の違うヒロインだった。
まだ小学生の頃は、瑠奈の習い事の無い日には、二人でオセロをしたりゲームをしたりと、彼女は気心の知れた幼なじみだった。
小学6年生の冬に、今度の土曜日にクリスマス会をするからと、帰り道に誘われた。
他の友達も来るものだとばかり思い、プレゼントだけはみんなに負けまいと、貯金箱を割って瑠奈の欲しがっていたネックレスを買って行った。 今思えば僕の初恋だったんだと思う。
約束した土曜日の午前11時、いつ来ても子供ながらに威圧された立派な屋敷の前で、僕は寒い中30分も前から待っていた。
11時になると瑠奈が玄関のドアを開けた。
僕は綺麗なドレスを着て、可愛く髪をツインテールに編んだ瑠奈を見て、「綺麗だ、、」と呟いた。
瑠奈は恥ずかしそうにしながら「ありがと、ユウト。」と嬉しそうに中に招いてくれた。
玄関には他に小さな靴が見当たらず、「あれ?みんなは」と尋ねると。
「今日はユウトと二人でパーティーするの。」と瑠奈は頬を赤らめた。
「久しぶりだね、ユウト。」 と、広い玄関の奥のドアから出てきた、高校一年になる瑠奈の姉さんの、麗子さんに声を掛けられた。
「れいこちゃん、こんにちは。」と、久しぶりに会った彼女に微笑んだ。
「ユウトは相変わらず美少年だなぁ。」 と、頬にキスされて僕は赤くなったのを覚えてる。
聞けば両親は夜まで「大人のパーティー」とやらに呼ばれ、留守だと言う。
「もうっお姉ちゃんはあっち行っててよ、、」と、瑠奈は膨れっ面で僕を部屋に引っ張って行った。
部屋には瑠奈が用意したらしい、お菓子やジュースが用意されていた。
僕は座るように言われ、テーブルの向かいに腰掛けた。
瑠奈がおずおずとプレゼントを渡してくれた。 僕もポケットから、頑張って用意したネックレスの包みをプレゼントした。
「わ!これ駅前のお店にあったネックレスでしょ? 嬉しいっ。」 と、中身を見て瑠奈はおおはしゃぎした。
僕へのプレゼントは、決して上手に編めてはいなかったが、瑠奈が編んでくれた手袋だった。
「瑠奈、すごく嬉しいな。 」
僕が手袋をはめて、両手の手袋を嬉しそうに見ていたら。
「ユウト、わたしユウトがずっと好き。 大好きっ。」 と、僕に抱きついてキスをしてきた。
生まれて初めてのキスだった。
瑠奈は近くのケーキ屋に注文していたケーキを取りに行くからと、僕に待つように言って部屋を出た。
僕が部屋で待っていると、ドアをノックして麗子さんが僕を呼んだ。
連れられて彼女の部屋に行くと、「絶対秘密にするなら、良い事を教えてあげる。」と約束させられた。
「ユウトはさ、キスした事はあるの?」と麗子さんは、何だか嬉しそうな顔で僕に聞いて来た。
「えっと、、瑠奈ちゃんとさっき初めてしちゃった。」と、僕は顔を真っ赤にして応えて居た。
「そんなチューじゃ無くて、キスは?」と聞かれたが、僕には何のことだかさっぱり分からなかった。
「こんなキスよ。」と麗子さんは、僕の首に手を回して、大人のキスをした。
「お姉ちゃん、ユウトはぁ?」 と、ドアを開けて僕を探してた瑠奈か見たのは、そんな光景だった。
中学の3年間一言も話さず、話しかけても無視された。
高校進学で僕は近くの公立高校を選んだ。 瑠奈は当然、祖父も父親も通った、松本の有名私立に行くものとばかり思って居た。
彼女が同じ公立高校に通ってるのを知ったのは、入学式が終わってから数日してからだった。
「何かA組にメチャメチャ可愛い娘いるじゃん。 お前同じ中学なんだろ?」 と、友達になったばかりのクラスメートに言われ、覗きに行って初めて知った。
3年の冬までお互いに話す事もなく、何事も無く過ごした。
僕は推薦枠で早くから進学先が決まり、春からは名古屋で大学生になる予定だった。
彼女は成績も良く、地元の国立の医学部に行くと噂で聞いた。
クリスマスに近い冬の日に、進学も決まっていた僕はバイトをして居た。
栂池スキー場のペンションで年始まで住み込みの、食事の用意とベッドメイク、そして客室の掃除。 昼間は喫茶スペースの店番と言う、意外に自由時間が多く金の良いバイトだった。
朝から降った雪で、玄関の雪かきに追われて居た。
子供の時から繕いながら、大切に使ってきた手袋をして。
「あの、ここってペンションのドングリですか?」雪かきに夢中で声を掛けられるまで、お客の来た事にも気付かなかった。
「はい、ペンションドングリです。いらっしゃいませ。」 振り向くと、高校で見た事のある女子二人と、そこには瑠奈が立っていた。
「中で受け付けて頂けますか?」僕は気付かない振りをして、案内した。
夜、夕食の片付けをしてから、ペンションに配られている優待券を借り、ナイターでスノーボードをしに行った。
綺麗に化粧した瑠奈を見て、まだ好きでいる自分が情けなくて、狂ったように滑った。
ナイターの営業が終わり、ペンションへと戻る途中、瑠奈は待っていた。
無視して通り過ぎようとすると、僕のウェアを掴み引き止めた。
「名古屋、行くんだよね?」
「そう。 目障りだったろ?卒業式までだから、我慢してよ。」 そう呟き行こうとした。
「ユウト、何であんな小さな手袋、まだ持ってるのよ? 何でよ?」 襟首を掴まれ、瑠奈は問い詰めてきた。
「お前んちと違うから、貧乏でね。」
言い終わる前に瑠奈は僕を殴り、そして抱き締めて来た。
「ユウト、やだよ、、まだユウトが好きなんだよ、、」 涙を浮かべる瑠奈を、今度は僕が抱き締めた。
僕たちの、空白の6年間はまるでそれが無かったかの様に、埋まっていた。
「瑠奈、、」 僕は俯いて、泣きながら呟いた。
「ユウトオオ、、、離れたく無いよオオオ、、 」
そこには、美人でテニス部のエースで人気者の瑠奈じゃ無く、まるで小学生の様に泣きじゃくる彼女が居た。
僕たちはその日、ペンションの住み込みのバイト部屋で手を繋ぎ眠った。
時折寒いのか、肩を震わす瑠奈に布団を掛けて、寝顔をずっと見ていた。
小さい頃から変わらない大きな瞳に、僕は映るのを避けて来た。
「大好きだよ、僕も。」
あのクリスマスの日、言えなかった言葉を瑠奈に囁いた。
「おねえちゃん、ユウトを盗らないで、、、、」
小さな声で呟いた寝言だった。
小学6年のクリスマス、瑠奈は彼女の姉の出来心によって、深いトラウマを刻まれたのだと僕は知った。
卒業までの僕達は、周りが驚く程に一緒に居た。 人目を憚らずにキスをした。抱き締めた。
6年の空白を埋めようとするかの様に。
名古屋に立つ前の日に、彼女は僕に逢いに来た。 今考えれば、恋しくてからか、驚かそうと思ったからかは分からない。
両親が留守なのは、車庫を見て分かったろう。
何度も来た僕の部屋だったから、かって知ったる僕の家に、驚かそうと上がった事を責める事など僕には出来なかった。
責める資格など、ありはしなかった、なぜなら。
瑠奈が僕の声を聞いて、部屋のドアを開けた時、僕は中学二年の妹とキスをしていたのだから。




