慌ただしい一日
エミリアが、売られて来て最初に働かされたのは、大きな街の宿屋だったと言う。
村から来た同い年の子と、一つ歳上の子と3人で売られたらしい。
働き始めて2年目に、同い年の子が風邪をこじらせて死んだと聞いた。 薬も与えられず、休む事も出来ず、寒い冬の日の朝冷たくなっていたと彼女は言った。
歳上の子は4年目に、宿屋の酒場の給仕をしていて、酔った客が戯れに投げたナイフを目に受けて死んだのだと言う。
頭の上にリンゴを乗せられて、酒の余興にされて死んだのだと。
エミリアがここに売られたのは3年前で、彼女は「叩かれるのは辛いけど、命までは取られないだけましかな。」と、微笑みながら呟いた。
彼女の話を聞いてその不幸な境遇を知っても、何も出来ない自分が情けなかった。
そう、今はまだ何も出来ない。
「僕は毎晩ここに居るから。困った事が起きたら、必ず話して欲しいんだ。」
まだ無力で、何の約束もしてやれなかったから、こんな事しか言えなかった。
「はい。約束しますね。」 エミリアはそう言うと、僕を抱き締めてから走って行った。
川の石積みに座り、僕は考えていた。
午後6時から朝の6時までしか居れないこの異世界で、どう金を稼ぎ力を得るかを。
必要なのは情報、そしてリサーチしてくれる仲間。
僕は空が白み始めるまでプランを練っていた。
一睡もしないまま部屋に転移した。
カーゴパンツの全てのポケットと、アウトドアジャケットの内ポケットまで、バンデラスの集めた屑玉で一杯になっていた。
重さで服はずり落ちて、何とも情けない姿で戻って来た。
みのりはベッドの上に座り、僕を待っていた。
「おにいちゃん、おかえり。」 情けない姿の僕に、みのりは後ろから抱き付いて来た。
妹にちゃんと寝たのかと聞くと、目覚ましで5分前まで眠っていたから安心してと、彼女は笑った。
「お父さんもお母さんも、おにいちゃんが何処に行ってるのか聞いて来たから、バイトを始めたって嘘付いちゃったよ。」
「そっか。 ありがとう、みのり。」 屑玉で重くなった服を脱ぎながら、僕はそう言った。
「今日は学校だけど早く帰るから。おにいちゃん、夕方は部屋に居てよね。」 みのりはそう言うと部屋に戻って行った。
みのりは6時50分には既にブレザーを着て、階段を駆け降りていった。
残された僕は疲れきり、放心状態で天井を見上げていた。
しかしどんなに疲れて居ようと、異世界転移の時間はやって来る。
僕は疲れた身体を引き摺ってシャワーを浴び、目覚ましのアラームを11時にセットして、ようやくベッドに横たわった。
しつこく鳴り響くアラームの音に、僕は苛立ちながら目が覚めた。
スマホで時間を見ると午前11時を少し回っていた。
タクシーを呼び、貴金属の買い取り店に向かった。
「ちょっと量があるんですが用事がありまして、お預けして査定してもらっても構いませんか?」と、ディバックをテーブルに乗せた。
店長はディバックの中身を見るなり、若い店員を呼んだ。
「私が責任を持って査定させて頂きます。 岡部君、預り証を書いてお渡しして。」 と、興奮を隠せない様子で命じていた。
僕は午後4時には寄ると伝えて店を出た。
まだバンデラスとの約束で、90本のLEDライトを買い揃えなければいけなかった。
タクシーで向かったスポーツ用品店だけでは揃わずに、松本市まで足を伸ばし、更に2軒の店を回ってようやく買い揃そろえた。
僕はタクシーの中で、ここ数日で知った異世界転移の法則に付いて考えていた。
まず転移する場所は、その世界で最後にスマホで撮った写真の場所になる事。 それは昨日確認出来た。
昨日あの男に襲われると誤解して、催涙スプレーを撃とうとした。
その時腰に着けた催涙スプレーのホルスターは、転移で消えてはいなかった。
つまりベルトに着けるモノは転移先に持って行ける事、その法則に気付いた。
僕はタクシーに、安曇野に帰る途中にあるジーンズショップに寄るように頼んだ。 何故ならベルトポーチを買うためにだった。
貴金属の買い取り店に入ると、店長に奥のソファーに通された。
「ご意向が分からなかったので、一応現金もご用意しましたが、振り込みでの対応も致して居りますので。」 と、店長は金額も言わずにいきなり説明を始めた。
「あの、おいくらになりましたか?」
僕の質問に我に帰ったらしく、彼は見積書を机に開いた。
「今回は純金が782個で1564グラム、プラチナが4218個で10キロと545グラムでした。今日の買い取り価格ですと金がグラム4681円でプラチナがグラム3615円ですので」
店長の言葉を上の空で聞きながら、僕は見積書に書かれた『4544万1259円』と言う数字を、信じられない思いで見つめていた。
タクシーで家に向かう途中、帰り道のみのりを拾った。
「今日はゆっくり出来たの?おにいちゃん」 と聞かれた。
4時間に満たない睡眠時間で買い物に振り回され、最後にはとんでもない金額を見せられて。
「くたくた。」
そう答えるのが精一杯だった。




