守る力を
突然暗くなり、一瞬自分が何処に居るのか分からなかった。
目が慣れて来るに連れ、点々と灯された篝火の僅かな明かりでも、再び異世界のあの街に居る事が理解出来てきた。
『魔魂換金所』の前に転移するものだとばかり思っていたが、昨夜歩き回る途中で、何枚も写真を撮ったのを思い出した。
確認のためにスマホの写真をタップすると、やはり異世界で最後に撮った写真の場所に転移していた。
転移の場所がランダムに選ばれる訳ではなく、規則性があるのが証明出来て少しホッとした。
もしランダムに転移されて、動物園の虎やライオンの檻の中に現れたらと思うと、気が気ではなかった。
時間を見ると、午後6時を少し過ぎたところだった。
昨日男と約束した場所が、エミリアの居る八百屋から少し歩いた商店街の外れだったから、先に八百屋に寄る事にした。
店が閉まる迄はまだ間があるのだろう、まだ2、3人の客が居た。エミリアは店先から木箱を奥に運んでいた。
女主人は愛想良く客に笑いかけ、そうと知らなければ使用人の少女を虐待する様な人間には見えなかった。
しばらくすると客も引け、女主人はエミリアに「片付けときな。」と、客あしらいの時とはうって変わった冷たい口調で命じてた。
そさくさと店の奥に引っ込んでいったので、僕はようやく彼女に声を掛けられた。
「こんばんは、エミリア。」
彼女はパッと明るい笑顔になって微笑んだ。
「こんばんは。ユウトさん。」
僕は微笑んで、何も言わずに重い商品棚を店の奥に片付け始めた。 エミリアも無言で後ろからそれを押した。
重そうな物があらかた片付いたので、後は大丈夫だろう。
「エミリア、今夜出て来れそうかな?」 と、昨日の約束を確かめる。
「ご主人が寝てからだから遅くなりますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。あの橋の辺で待ってるね。」と、僕は笑顔で答えていた。
「ユウトさん。あの、一つ聞いても良いですか?」 エミリアは不思議そうな表情で、僕の足元を見つめていた。
「大体何を聞きたいか分かってるんだけど、、聞いても良いよ。」と僕は言った。
「なんで裸足なんですか?」 キョトンとした可愛い顔を見ていたら、思わず笑いがこみ上げてきた。
「忘れて来たんだよ、靴を。凄く遠い所にね。」
僕は彼女に手を振ると、昨日の男と約束した場所に向かい歩いて行った。
男は昨日約束した場所で既に待っていた。
篝火に照らされた男は服装こそ薄汚れては居たが、酔っていた昨日とは、明らかに違う鋭い眼差しで僕を見ていた。
確か名はバンデラスだった筈だ。
「待ちましたか?バンデラスさん」
僕は用心の為、少し距離を取りながら話しかけた。 何せ物騒な物を背中に背負っているのだから、襲って奪おうと言う気にならないとも限らない。
「屑玉100個でその光るのを一つ貰えるんだったな。」
バンデラスの言葉を聞きながら、何か腑に落ちない気がしていた。
「約束ですからね。100個で一つです。」
僕は答えながら、何に違和感を感じているのかを、必死に考えていた。
100個の魔魂の屑玉。 彼のポケットはどこも膨らんでは居ない。
僕はゆっくりと右手を腰に這わせながら、催涙スプレーに手を伸ばした。
「バンデラスさん。 お尋ねしたいんですが、珠はどこに有るんですか?」 僕はいつでも発射出来るように、安全レバーの輪に親指を掛けて引き抜きながら問いかけた。
不意に彼は口笛を吹いた。 僕は反射的に催涙スプレーを抜き、バンデラスの顔に狙いをつけた。
「なんだそれは? それも未来魔法ってやつか?」
剣を抜くでも無く、彼は両手を下げたまま後ろを振り返った。
「早く持ってこい。日当払わないぞ。」 と、路地から出てきた青年に声を掛けていた。
青年は重そうな皮の袋を肩に担ぎ、バンデラスの横まで来て荷を下ろした。
「一体どれだけの屑玉を用意したんですか?」 僕はスプレーを構えたまま、彼に尋ねた。
「5000個だ。」 彼は事も無げにそう言い放った。
金が無いと言うと、バンデラスは「一杯奢らせろ」と言い、僕を定食屋に引っ張って行った。
奥のテーブルに着くと、注文を取りに来た給仕に「エールを二杯、大至急だ。」と上機嫌で注文した。
「まさか1日で5000個も用意するとは思わなかったんで、取り敢えず今日10本渡します。」 と、ポケットから出したLEDライトをテーブルに置いた。
「明日また5000個用意するから、合わせて残り90本用意出来るか?」と、バンデラスは急に真剣な顔をして聞いてきた。
「何本でも用意出来ますが、そんなにどうするんです?」と聞くと。
「売るに決まってるだろう。 これで俺も大金持ちだ。」
彼は笑いながらそう言った。
給仕の持ってきた飲み物は、泡立ちから見てビールの様な物だった。
「さあ、乾杯だ。」と、僕にも杯を挙げさせた。
バンデラスはゴクゴクと音を立て飲み干すと、杯をテーブルに置いた。 置いた杯をじっと見詰めながら、何か呟いた。
「これでミーシャを…」と聞こえた様な気がしたが、店の喧騒に紛れて最後までは分からなかった。
約束があるからと、僕は席を立った。 バンデラスも立ち上がり、僕の右手を掴むと何も言わず握手してきた。
「じゃあ、明日。」 「では、明日。」
僕達は短い挨拶を交わし、店を出た。
皮袋はズッシリと重く、橋まで来るとまた橋の下にそれを隠した。
石積みの川岸に座り「六甲の美味しい水」を飲んだ。 軽く酔ったのか、夜風が気持ち良かった。
スマホで時間を見ると、午後9時を過ぎていた。
エミリアを待つこの時間が、何だか嬉しかった
いつの間にか眠っていた。
肩に重さを感じて振り向くと、エミリアが寄りかかりながら眠っていた。
もう夜中なのだろう、どこも店は篝火を消し、通りは暗くなっていた。
「エミリア、こんな所で寝たら風邪ひくよ、起きて、エミリア。」
肩を揺すり、彼女に声を掛けた。
「う…ん。 あ、ごめんなさい。ユウトさん寝てたから、隣で起きるの待ってたら、私も眠っちゃったんですね。」
月明かりを浴びながら、恥ずかしそうに微笑んだ。
「疲れてるだろうに、呼び出してこめんね。」 僕は今何時なのだろうと、スマホで時間を見ながらそう言った。午前零時を過ぎていた。
「私こそ、勝手に横に座ってごめんなさい。おまけに眠っちゃうだなんて、、」 恥ずかしそうに肩をすくめた。
ヘッドライトを石積みに置き、角度を調整して手元を照らすようにした。
「魔魂じゃ無いですよね。 でも明るい、、」 エミリアは生まれて初めて見るだろうLEDを、不思議そうに見詰めていた。
僕はポケットから取り出した幾つかの火傷の薬を並べ始めた。そして彼女に手を出すようにと言った。
篝火の柔らかい光だと気付かなかった手の傷は、LEDの明かりで、その虐待の細部まで照らされていた。
良く見れば変形した薬指は、骨折した跡なのだろうか、少し曲がったままだった。 手の甲には赤く腫れた二筋の火傷の痕だけでは無く、幾つもの傷痕が残っていた。
「薬を塗るからね。痛かったら言うんだよ。」と、僕は持って来た抗生物質入りの軟膏を優しく塗り伸ばした。
「これを毎日朝と晩に塗るんだよ。」 説明をしながら薬を手渡した。
手渡す手に、滴が落ちる。
手元から目をあげると、声も立てずにエミリアは、頬に涙を流していた。
「痛かったの? ごめんね。」 僕は焦り、狼狽し、慌てて謝る言葉を探していた。
何に気づいたのかエミリアは、慌ててシャツの袖口で、薬を渡そうとしていた僕の手を拭き出した。
「私こそ、涙で汚してごめんなさい。」と、僕の手を濡らした涙を拭いていた。
拭く手を押さえ、「涙は汚なくなんか無いよ。」と彼女に言った。
「でも、私はエルフだから。」 エミリアは俯きながら呟いた。
「なんで? なんでエルフになんか優しくするんですか?ユウトさんは。」 エミリアは泣きながら僕の目を見て、何故と問いすがる。
『同情』、『哀れみ』、今言葉を口にしたら、彼女のプライドを傷付ける単語ばかりが浮かんでしまう。
初めて彼女を見た時、華奢な身体で重そうな商品棚を動かそうとしていた。
僕はその姿を見て、同情や哀れみよりも『愛しさ』を感じた。
今も目の前のエルフの少女に想うのは、愛しいという気持ちなんだと、初めて自覚した。
「君が愛しいから。」
僕は感じた思いを、気付かぬうちに呟いていた。
エミリアは爪を立てて腕に取りすがり、僕の胸に顔を押し付けて声を立てて泣いた。
誰かに抱き付く事など忘れてしまったのだろう。僕は彼女に腕を回し、背中を撫でながら抱き締めた。
今彼女に必要なのは同情では無く、愛情だったんだと気付かされた。
漠然とした「守る」気持ちが、今は確固とした気持ちに変わっていた。
まだ何の力も無い僕だけど、この世界で力を得ようと思った。
この娘を守れる力を。




