異世界への準備
結局寝坊して、家を出たのは午前11時を過ぎていた。
今朝異世界から持ち帰った、金とプラチナの潰れた玉を換金しに向かっていた。 昨日行った貴金属とブランド品の買い取り店にだ。
いくらになるかは分からないが、親元だと転移した所を見られたりしたら大騒ぎになるだろうから、一人暮らしをする為の資金には足りるだろう。
日曜日と言うこともあってか、店内には三人の先客が居た。 受付をして順番が来るのを待っていた。
先に呼ばれた若い女性は紙袋を持っていた。
さりげなく見ていると、中からシャネルやヴィトンのポーチや財布を取り出していた。 どこかで見た気もしたが、彼女が誰だったかは思い出せなかった。
買い取り店に何に使われたか分からない様な、純金やプラチナの屑を持ち込む客は珍しいのだろうか。昨日担当してくれた男性に会釈された。
あまり近場で換金して噂になるのは避けたかったが、せいぜいカーゴパンツのポケットに詰められる量しか持ち帰れなかったから、今日は良しとしよう。
順番が来て、みのりと二人掛のソファーに座った。
「今日はどういった物をお持ちで?」
僕はディバックから金とプラチナを分けて入れたコンビニのビニール袋を取り出した。
「これなんですけど。」 と、テーブルに置いて呟いた。
「これは、結構な量ですね。一つづつ貴金属テスターにかけなけれぱいけないので少々お待ち頂きますが、お時間の方は?」
「どれ位掛かりそうです?」 と、他に買い物もあったので時間を尋ねてみた。
「2台で調べますから、一時間程で終わると思います。」
僕達は買い物もあったので、預り証をもらい店を出た。
店員達が集まって袋の中身を確認し始めたのが、閉まろうとするドアの隙間から見えていた。
店を出て、国道沿いにあるインド料理屋で昼御飯を食べる事にした。
奥の壁際の席に案内してもらう。食べながら妹とこれからの事を相談するつもりだったので、好都合だった。
異世界では金も無く、昨日は川の水を掌で掬って飲んでいた。
金さえあればこうして空調の効いた店の中で、氷の浮いた冷水を飲める訳だ。
久し振りに食べるキーマカレーの辛さと、焼きたてのナンの食感に舌鼓を打つ。
食後に頼んだラッシーを飲みながら、僕達は今後どうするかに付いて話始めた。
「みのり、多分あれだけの量の屑玉だから、多少まとまったお金になると思うんだ。 だから近くにアパートでも借りて、家を出ようと思うんだ。」
と、昨日から考えていた一人暮らしの話を始めた。
「駄目。 おにいちゃんが隣の部屋に居ないなんて、絶対に嫌っ!」 みのりはラッシーの入ったグラスを両手で握りしめ、泣きそうな顔で僕を見た。
「でも、異世界に転移するとこを見られたら、大騒ぎになるの分かってるからさ。」
「それなら、私も一緒に住む。 それなら借りても良いよ。」
みのりは訳のわからない事を言い出した。
「兄妹で親元離れて同棲って、おかしくない?」 僕は理を説いて説得しようと、優しく呟いた。
「おにいちゃんと離れるのやだ、、」 みのりは目に涙を浮かべ始めた。 もう話し合いにならないのが分かった。
小さい頃からみのりが泣き出したら、僕が折れるしかない。
可愛い外見とは大違いの、頑固な性格なのを知っているから。
「分かったよ、だから泣かないで。 ずっと傍に居るって約束するからさ。」
「お家出ていかない?」 上目遣いで聞いてきた。
「いかないよ。」
近くのテーブルの客が、こそこそと僕たちを盗み見ていた。 端から見たら、痴話喧嘩に見えたのだろうか。
居たたまれなくなり、僕は慌てて席を立ち、みのりの手を引いて会計に向かった。
買い取り店に戻ると、担当の店員に案内されソファーに座った。
「いくら位になりました?」 僕は珠の数さえ数えずに持って来たので、全く見当が付かなかった。
「お待たせしてすみません。何せ数が多かったので検査に時間が掛かりまして。」 店員は前口上を言うと、すぐに見積書を出してきた。
「今日は純金が189個で378グラム、プラチナが430個で1075グラムでした。今日の相場ですと買い取り金額は金がグラム4647円で、プラチナが3527円ですので、、、」
店員の説明を上の空で聞きながら、僕達は見積書の554万8091円と言う数字を見て唖然としていた。
「おにいちゃん、一週間あればお家買えるんじゃない?」
「お家、買えるな、、、」
お互いの顔を見ながら、僕達は呆けたように呟いていた。
国税庁に報告の義務があるとかで、後日照会の連絡が入るとの話だった。 税金関係は全く分からなかったので、松本市にある税務会計事務所を紹介してもらった。
これからも定期的に換金に来ると言うと、店長も名刺を持って挨拶に来た。
僕達は大金を持ち歩くのが怖くて、タクシーを呼び、ほんの300メートル先のスポーツ用品店まで乗って行った。
タクシーの運転手にチップで5000円を渡し、あと何件かの買い物に付き合ってもらう事にした。
スポーツ用品店ではキャンプ用のLEDライトを10本と、ポケットがたくさん付いたアウトドアジャケットを買った。
待たせていたタクシーで、500メートル戻ってドラッグストアに行き、火傷用の軟膏を数種類と、冷却スプレーを買った。
もう1つどこで買えば良いのか分からず、タクシーの運転手に尋ねる事にした。
「運転手さん、護身用のスプレーとか売ってるお店知りません?」 と、異世界で何かあった時の為に、何か武器になる物が欲しくて聞いてみた。
「あぁ、それなら松本のモデルガンとか売ってる玩具屋にあるよ。スタンガンとか警棒とか、そういうのも有ったなる。」
「じゃあ、次はそこにお願いします。」
みのりは現金550万の入ったディバックを胸に抱きながら、「私も持ち歩いた方がよさそうね。」と、独り言を呟いていた。
店はアーケード街の片隅にあった。 何度も通った事のある通りだったが、玩具屋があった事を初めて知った。
店に入ると、奥のショーケースにそれは並んでいた。
「あの、護身用の道具とかで何か良いものはありませんか?」
常連らしい数人の客と、エアーガンを並べて話していた店員は、面倒臭そうにこちらに来た。
「高野くーん、そんなだからお客さん来ないんだよ。」と、常連らしき客の一人が店員を、馴れ馴れしそうに冷やかしていた。
「メース、スタンガン、色々ありますが、どれにします?」
僕はどれが何なのか分からず、「メース?」と聞き直していた。
「もう、見ちゃ居られないな。高野くん退いて退いて。」と、常連らしい客が近付いて来た。
「メースってのは、メーススプレーの略でして、つまり催涙スプレーの事なんですよ。」常連は説明を始めた。
「あの、ポケットに入るサイズで遠くからも攻撃出来るのってありますか?」と、僕は槍や剣を相手にした時を想定して常連に聞いた。
「あります!あります!」と、何故か嬉しそうにカウンターの中に入り、高野と言う店員を急かしてショーケースを開けさせた。
「これです。射程6メートルで熊や野犬対策にも使える超強力なメースですよ。ホルスターも売ってますからベルトに付けられるし。」 と、長さ20センチ程の黒いスプレーを出してきた。
「それ、3本下さい。ホルスターも。」 熊や野犬対策用なら充分だろうと、即決で買うことにした。
「いや、これ、1本1万7000円しますよ。」と、常連は心配そうに聞いてきた。
「命を守るためなら、安いもんでしょ?」 と、僕は真顔で答えていた。
僕が現金で支払うと、常連は、こっそりと何かをサービスで付けてくれた。
荷物を持ち、僕はみのりとタクシーへ歩いて行った。
タクシーの中で、みのりはメーターを見つめながら何かを考えて居た。
「ねえ、おにいちゃん。 今車の灰皿見てて思ったんだけど、向こうにはライターってあるの?」 と、唐突に聞いてきた。
「どうなんだろう、分からないな。」
「火ってライター無しだと起こすの大変だってテレビで見た事あるの。だから、もしかしたら向こうで売れるかも。」
みのりは僕の顔を見ながら、微笑んだ。
運転手に言ってコンビニに寄った。売れなかったなら売れないで仕方ないし、何せ一個108円だから。 とりあえず10個買ってみた。
ポケットに入る物で異世界で売れそうな物、今は何でも持ち込んで売れるか売れないか、試すしか方法は無かった。




