行間.逸見奇跡
欠けていた。圧倒的何かが。
東大に首席で合格しながら、圧倒的に何かが欠けているのを感じていた。
逸見奇跡は、飽いていた。
物心がついた時から天才だともてはやされていた。自己でもそうだと、自覚していた。常に、自己が思うより圧倒的な領域で自己の目的が完遂できたからだ。
勉強に苦労する気持ちがわからなかった。そこに書いてあることを覚えるだけなのだから、できて当然だった。現在持っている知識から複合的に考えれば、答えの出せない問いなどなかった。
そしてあるいは当然のように東大に首席で合格した。
が、そこで気付いてしまった。知ってしまった。本当の天才がいるということに。
驚愕した。
教科書が当然のように論じている法則そのもの、公理の在り方に疑問を示し、検証する。友人の一人にそんな人間がいた。
敵わないと思った。初めて。
初めて自分よりすごいと思える人間に、出会えた。出会ってしまった。出会ってはいけない者に、出会ってしまった。
たしかに学校の成績は彼より自分の方がよかった。彼はどちらかというと物覚えが得意ではないようで、授業やテストの成績も、それほど秀でたものではなかったから。
だけど、きっとそういうことではないのだ。人の知力を測るというときに必要とされるものさしはきっとそれではないのだ。
そして、自分より、彼の方が秀でている。その事実がわかる程度の知力は、奇跡だって有していた。
同時、自分が、ただ記憶力がいいだけの愚民の一人でしかない、特別な人間にはなり得ないという事実をまた、知覚してしまったのだ。
その瞬間、奇跡はすべてがどうでもよくなってしまった。何もかもがどうでもよくなってしまった。
天才だという評価を常に降されてきた人間が、自分が普通であるという事実を知覚した後に、残されている道など、何もなかったからだ。
正直死んでもいいと思ったが、そうする勇気すらなかったのかもしれない。
その後はふらふらと夜の帳の中で、ギャンブルに明け暮れた。まったく絵に描いた様な転落人生だと、自分でも笑ってしまいそうになる。
そして……何の因果か奇跡はこんなところに来てしまった。
異世界。いくつかの仮説は唱えられる。日本や世界にも人が消えてしまうという伝承は数多く残っている。例えば神隠しといった事例である。しかしながらそれは、人さらい、拉致の類に相成った事実を信じられないために神のせいにしたのだろうと考えていたが、現在自己が置かれている事実を鑑みるとどうやらそうではないようだ。
どうやら異世界というものが現実に存在していて、何らかの要因によって自分はその世界に来てしまったようだ。
しかも、もっとありえないことに、この世界にはどうやら魔法というものが存在しているらしい。まったく笑えない冗談だが、物理法則によって証明できない法則化で存在しうる世界があるとしても否定はできないだろう。
それと同時、この世界は魔法と言う存在がある弊害なのだろうと思うのだが、文明の発展レベルが、現実世界よりはるかに遅かった。
もしかしたら自分の才能はこの世界でこそ輝くのではないだろうか?
自分は友人のように天才ではなかった。新たななにかを発見するに至るような知力は持ち合わせていないのだろう。
しかしながら知識だけはあった。おそらくこの数リットルの脳と言う容量の中に、およそ先人が築き上げてきたすべてのあらましが詰め込まれている。
数百人、数千人と言う天才が築き上げてきた功績によって現代の世界は成り立っている。エジソンでありノーベルでありアインシュタインであり、だれでも知っているようなそれらの偉人によって現代社会の基盤は作られていた。もしそういう数十人からなる偉人の功績がかりに一人によって行われるとしたらどうだろう。
逸見奇跡ならば、それらすべての科学者たちの功績を一代で再現することができる。
だからこそ、奇跡はこの世界でなら、神になれるかもしれなかった。
「やはり思った通り。この世界の文明レベルは低い」
数日がたった。奇跡は近くにある国家を拠点にし活動していた。
バーで見つけた適当な男たちと適当なギャンブルをして稼いだ小金をジャラジャラといじりながら、つぶやく。
「この世界を掌握するのは、そう難しいことではない。そうなってくると、やはり一番の障害は……僕と同じレベルの知識を持つ人間だろう」
そして、微笑む。
「おもしろい。本当に面白いぞ。裏ギャンブルなんかより、何万倍も興奮するね」
逸見奇跡は、この世界での生き方を、すでに理解していた。
一人であるはずがないのだ。異世界に飛ばされてきたのが長い歴史の中で自分一人であるはずがない。そう考えれば、この世界にほかにも異世界人がいる可能性があると考えるべきだろう。
ならばまず、そっちを殺さなければ。
神は一人で十分。
「この世界のすべての異世界人を排除すれば、神になる資格があるのは、僕だけになる」
今、確かに時代が動こうとしていた。




