過去編1.鷹目燿一1
異世界人も増えてきたので(直接燿一とは接触してないけど)、燿一が現代社会にいたころの過去編をちょっとやります。
「鷹目くんってさ、クラスのみんなと打ち解けてないよね」
偶然登校時間が重なったクラスメイトの女子と、一緒に学校まで歩いていると、彼女は隣に歩く燿一に向かってそう言った。
「ハハ……。また、いきなりだな」
と、なあなあに燿一は笑う。
あまり気持ちのいい話題ではない。歯切れ悪く適当に流して、終わりにしようと思ったのだ。
しかし、隣で歩く少女の表情を見てみると、普段の明るい表情は影をひそめ、ひどく真剣なまなざしで燿一を見つめているのである。
「……えー。あのさ、おれって、もしかしてクラスで浮いてるのか?」
「……」
燿一がそういうと少女はあからさまに不機嫌そうに顔をしかめる。
「そうじゃない。そういうことじゃなくて。……浮いてなんていないよ。全然。でも、それが本当なのかな?」
「……?」
少女の真意がくみ取れず、燿一もまた眉をしかめる。
「燿一くんは、みんなと話しているときも、どこか一歩引いている。わざと、みんなに合わしているって言う感じ。楽しそうにしてるのだって、そう見せてるだけで、本当は全然楽しくない。私と一緒にいるときだって……」
「いやいや。何言ってんだか」
図星だった。
確かに燿一はクラスメイトとの交流を楽しいものとは認識してはいなかった。しかし、彼はぬかりなく、クラスの一員を演じている、つもりだった。別に目立ってクラスの中心にいるわけではないものの、普通に授業の合間におしゃべりをする友人もいるし、放課後は一緒にゲームをしたりすることもある。クラスの女子とだって、まあそこそこの交流もある。
確かに積極的にかかわっていこうとはしていない。だが、それも、許容範囲内の目立たない生徒像だったはずだ。
なじんでいないとは絶対に言えないはず。みんなで仲良く楽しく、まあそれなりにやっているのだ。そういうポジションを、たしかに燿一は『演じている』。かりにそれがばれているのだとしたら、なるほど彼女の言っていることはすべて本当だった。
「まあ、結構人に合わせて自分の意見をひっこめることが多いのかもなー、おれ。たまにはそういうのにむっとすることもあるし、つまんないなって思うことがあっても、顔に出さずに対処しちまうことが多いのかも」
彼女が、燿一が演技をしている、というところに感づいているのだとしたら、そうじゃないと言い訳することは、より一層の不信感を彼女に与えてしまうだろう。
ゆえに燿一はそれを肯定する。
これ以上この問題に対していらぬさざ波を立てないよう、あえてそういう人間であるということをアピールしたのである。
人に合わせてしまいがちで、自分の本当の意見をなかなか言い出せない人物。まあ、これもどこにでもいる普通のといった様子の人間像だろう。
「……え?」
が、そう言って振り返った燿一は呆けたような声を漏らしていた。これはまったく燿一の本心から。
彼女が泣きそうににじんだ瞳をこちらに向けていたからだ。
「御影さん?」
少女の名前を御影ホタルという。
前述のとおり、燿一とクラスメイトであり、花の高校一年生だ。
顔はかわいく、スタイルもそこそこいい。
いや、そこそこじゃなくてかなりいい。こうして制服の姿を見ると、それほど特筆すべき身体的特徴はないと言えるが、実は彼女、着やせするタイプなのだ。
胸が尋常じゃないクオリティである。実は偶然彼女の家に干されていた彼女のブラジャーを目撃してしまったからなんだけど、もうね。ぜひ、試着後のそれを見てみたい……。
ではなく……。
そういうわけで、彼女はクラスで一位二位を争うほどかわいく、胸も大きくスタイルもいいのだ。
とはいえ、普通の高校生だった。
家はそこそこ裕福で、両親ともそろっていて、愛情をいっぱい受けて育てられてきたのだろう。一度も、曲がることなく、当然のごとく、人間が人間たる最善の道を、何の疑いもなく歩いてきた。
将来の夢は美容師かなぁなどと言っていた。けど普通に勉強もまじめにやっているし、たぶんそれなりの大学に行って、まあまあ大手の企業に就職するんじゃないだろうか。
まあ、本当、どこにでもいそうな普通の高校生だった。
それに、いい子だった。
すなおで、他人のことを思いやれるすばらしい、いい子だ。
燿一と彼女の接点は高校に入ってから……だ。燿一がある事情から高校から、親元を離れ一人暮らしを始めたのがそもそものきっかけ。燿一の借りているぼろアパートの向かいにある豪勢な一軒家が、彼女の家だったからだ。
クラスメイトということもあり、それからはこのように、通常のクラスメイトよりはよっぽど親密に交流している。
たまに学校に一緒に行ったりもする。
彼女曰く、毎日一緒に行こうよ、だったが、女の子と一緒に登校なんて恥ずかしいのだ。しかも時間を決めて待ち合わせなんてそんなのできるわけがない。というわけで断った。鷹目燿一はそういう人物だから。少しだけ頬を赤らめてそっぽを向いてそんなことを彼女に言った。
偶然(と言っても彼女は燿一の登校時間に合わせて家を出ているようだが)あってこうして一緒に行くことになっても、おはようなどと後ろから声をかけられたときはちょっと恥ずかしそうに挨拶を返していたりした。
もしかしたらこの人、私のことが好きなのかな? なんてそんなことすら思わせるだろう、ように……生きてきたはずだった。
ああ、なめていたのだろう。自分は……。
思った以上に、御影ホタルは鷹目燿一の根底に触れようとしていたのである。
「……いったいなんだって言うんだよ」
燿一はたしかにそういう人物を演じている。それが燿一の処世術といってもよかった。
燿一は中学生のころ、クラスでいじめにあっていた。いや、いじめ、とそれを表記するのには語弊があろう。あるいは命を脅かされるような現実の中に、少年はあったのである。
ある意味で言えば、高校のクラスメイトとして、燿一がホタルと接触できていることこそ奇跡だった。通常なら、きっと彼女と燿一のファーストコンタクトは、お茶の間をにぎわすニュースの中で、となるはずだった。ああ、いつ死んでいてもおかしくなかったし、殺されたとしても不思議じゃなかったのだ。
とはいえ、燿一は自分をいじめていた、殺そうとしていた存在を、憎んだりなどしなかった。自己の取り巻く環境を客観的に分析した結果、自分がそういう状況に置かれるのは必然に近いものがあったからだ。
そう。いじめられて当然だった、あの頃の自分は。
立場が逆だったとしたら、自分だってそのいじめに加担、まで行かなくても、まあ、それに近いことはしただろう。
そのころの燿一の家庭環境は、劣悪以外の何物でもなかった。
永遠に終わることのない借金地獄の中にあったのだ。
風呂もないような、共同住宅。生活保護、母子家庭補助金を得て、なんとかギリギリ親子二人食べていけるかいけないかという環境にあった。当然風呂なんて毎日入れるものではなかったし、不潔だというイメージを周囲に与えていた。そこからいじめに発展するのも当然だった。
子供は残酷に、異質なものを嫌う。みんなと同じことがみんなと同じようにできない子供があったとき、そのコミュニティーからはじかれるのは至って当然。傷ついた動物が自然の中で生きていけないがごとく、世界の理だった。
と、まあ、そういった人にはあまり知られたくない過去なんかの経験から、燿一はあまり周りの人間と本心から打ち解けあうということをしないようにする『癖』が身についてしまっていた。とはいえ、では人とかかわらずに生きるのかといえばそうではなく、嫌われないように平均的に自信を偽り、計算された人物像を演じることが、もっとも楽で、もっともメリットが大きいと燿一は経験で悟っているのである。たしかに、誰ともかかわらず一人で生きていくことも、難しいことではなかったかもしれない。しかしそれでは子供と一緒だった。
燿一は他人に頼るというカードを切ることに、抵抗がなかった。他者との円滑なコミュニティーは人生において大きな利点になる。周りの人間に頼り頼られ、コミュニティーを広げていくこと。一人でできないことも二人ならできる。三人なら、四人なら……。
燿一は命が脅かされるような最低ラインの生活から、まあ一般的にフラットな立ち位置間で自己の力で上り詰めてきた。
そうして考えてみると、あの頃の自分はなんと子供だったのだろうと、今は反省している。結果として、確かに自分の力で何とかできたわけではあるが、もっと周りを頼ってもよかっただろう。
もっと、やりようがあった。コミュニティーをうまく形成すれば、いじめられることもなかっただろうし、もっと早期に周囲の人間を頼り、助けを求めていれば事態があそこまで悪化することはなかったのだ。子供だった自分はそれができなかった。だけど今の自分にはそれができる。
きっと、抜かりなく。
と思っていたが、まあ、全然だめだったらしい。
燿一がそういう人物像を演じているということに、何やら彼女は気づいてしまったようで、こうしてとがめられているわけである。とはいえ、いまさら本当の燿一など出していけるのか?
誰ともかかわりなくただ一人孤独に行きたいと願う、あの頃の自分が、きっと本当。……だが、それに戻りたくないという本心からの欲求もある。じゃあ、どれが本当なのか、わからなくなる。
「かりにおれが、本心を隠して生きていたとする、だったらなんだっていうんだよ。それが気持ち悪いと思うなら、もう俺とかかわらなければいいじゃないか。それともなにか? そういう異質な存在が、クラスにいることそのものが……」
と、そこまで言って燿一は、びっくりするくらい自分でも、感情的になっているということに気づいて口をとめる。
ああ、そうか。なるほど、いまだに恐れているのだろう。あの頃のようになるのが、なんて。ばかげた話だ。
彼女はクラスでムードメーカ的な立ち位置にいる。女子に多く計算高くコミュニティーを広げていくタイプではないものの、持っている明るさというか、その優しさ、人当たりの良さからか、彼女の周りには当然のように人が集まる。幸せを振りまく存在だとも言っていい。
つまり、彼女が動かそうと思えば任意の方向にクラスは動く。やろうと思えば、燿一をクラスからはじき出すことだって、彼女の立ち位置を考えれば容易に行えるだろう。
それを、言っているのか。
いまさら、燿一はもう本当の燿一で他人とかかわることなんてできない。定められた人物像を演じることが楽だし、それだってもう立派な本当の自分なのだ。たしかにちょっと冷めた視線から、「ここは感情的になるべきだ」という打算的な思考のもので感情的にふるまったりもする。たしかに、そうと気付いた人間にとって、それは気持ちの悪いことだったのかもしれない。
「違うよ。わたしが言いたいのは、私の前でくらい、本当の君でいてもいいんだよ、って……」
そう、言った。
「みんな多少は自分を偽って生きてると思うよ。別の自分を演じてるのかもしれない。けど、それでも、私の前では、本当の君を見せてくれたっていいじゃん」
この女はっ! 土足で心を踏みにじってくる。素でやっているのか。ああ、素でやっているのだろう。だからクラスの中心なのだ。幸せを振りまく存在だ。
ああ、優しすぎる。彼女のことを神聖視に近いような捉え方をするような男子生徒も少なからずあったが、なるほど理解できる。
「ふざけるな。会ってたった数か月のただのクラスメイトに、なんで俺の本当を見せなくちゃいけないんだっ!」
と、燿一の本心は、悲鳴を上げた。
いや……。しかしそれは声にはなっていなかった。
たしかに、そんな言葉を燿一の脳みそは発していたが、うらはらに口は別の言葉を紡がれたのだ。
「そうだな。御影さんには本音で話すようにするよ」
そう言った。
「っ! もう知らないっ!」
叫ぶようにそう言うと、ホタルは燿一を突き飛ばして学校に向かって走って行った。
「……くそ」
メインヒロインか、これは




