第六話.最悪の一手
第四話の文章を一部修正しました。
主人公の資金に対する捉え方に、前の話と若干矛盾が生じていたので修正しました。
物語に影響はないです。
燿一は行商人の組合へと赴いていた。
この世界に自分以外の異世界人がいる可能性がある。いや、いる、と判断して動くと決めた以上、敏感に世界の情報を入手していく必要があった。そういう意味で言えば今までのように貴族と対談することよりも、各国を渡り歩く行商人に話を聞くほうが有益だと考えたためである。
「おー! すごくぬくぬくするぞ」
毛皮を扱っていた行商人の商品を見せてもらうと、ひょこひょこついてきたローザがぬくぬくしながらそんなことを言う。
「へへ、嬢ちゃん、そいつは北の大陸トルトニア周辺にしか生息していないフェンリルの毛皮でさ。その中でも生まれてから二年から三年の、ちょうど成年となった雌のフェンリルの毛皮でしてね。中でも相当に上物になりまさぁ。フェンリルの毛皮は、夏は涼しく、冬は暖かい。外部の温度差によって風通しを変える機能があるんでさあ」
そんなローザに満足そうに語りながらチラと行商人は燿一を見る。
「とはいえ、相当に値は張りますがね。通常、これは商店には出回らない、一部の貴族に直接卸す品でして。まあ、軽く見積もって三十は用意してもらわにゃならん逸品でさ」
三十万。なるほど。唖然として声が出なくなるほどの高級品だ。燿一が、普通の、市民であったなら。
「そうか。まあ、手持ちは足りてるから戴こうかな」
そういいつつ燿一は腰につけていた金袋を開く。じゃらりと覗けた底にある金貨は、百万近い金額に至ろう。
そんな燿一を見て行商人は唖然としているようだった。ようするに、ふっかけたのである。
上物のフェンリルの毛皮はたしかに最高級品だ。しかし加工前の状態で、この値段は明らかに高すぎる。そもそも行商人は燿一の身なりを見てそこまでの上客だとは判断していなかったのだろう。適当に値段を言っておいて、それなりの商品を適当に売りさばけばいいと、その程度の感覚だったためだ。
ちなみにこの毛皮の正当な値段はせいぜいで二十万がいいところであろう。
「……そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「な、なんですかい?」
「やっぱり行商人ってだけあっていろいろな国を回っているんですよね? 北の大陸の商品を卸すくらいだ」
「まあ、そうですね。自慢じゃないですが、私は世界中のどんな品物でも取引することが可能だと思いますよ。なるほど、この毛皮はきっかけ、この国でははいりにくい、何らかの商品を欲していらっしゃる。そんなところですかね?」
「まあ、それもある。けど単純に話を聞きたいだけだよ。世界中を旅しているというのなら、経験なんかを聞かせていただければ、と。それで、……この世界で最近、台頭してきている旅人のうわさを聞いたりはしてないですか?」
「旅人ですかい?」
「ええ。たとえば大金を稼いだり、国の重要スポットに成り上がったりといった」
「なら有名な話がありますよ。なんでも異国の旅人が大金を得て貴族権を所有した、とか。あまりこの世界ではどの国でも類の見ない話でしてね。まあ行商人連中でも話題になっておりますよ」
「あー」
それはきっと燿一の話である。やはり燿一の成功譚は世界中に流布しているようだ。
「ほかにはないですか?」
「ほかですか? そうですね。とくには私の耳には」
と、行商人は渋い顔をする。
同様に燿一も当てが外れたと言わんばかりに口元を抑える。
ほかの異世界人……、少なくても自分が最後についていたあの卓に座るほかの三人もこの世界に飛ばされているとするのなら、自分と同様かそれ以上のスピードで成り上がっていることは予想できる。彼らには少なく見積もってもそれくらいの力はあったはずだ。
だが、なぜそれが行商人の耳に入っていないという。
だとしたら、どういうことなのだろうか。
異世界人がこの世界に他にもいるというのは杞憂であるのか。あるいは、燿一ほどの成功を上げることなく、埋もれてしまった? この世界の、文明なんかに?
いや、ありえない。だとしたら、あえてやらなかったということであろうか。
はっきり言えば、燿一の行った成り上がり。それは、悪手だった。
この世界にほかにも異世界人がいると仮定される以上、自らの存在を明かすような大胆な行動に出ることは紛れもない悪手だ。
剣と魔法の世界といいつつ、この世界の基本的概念は、元いた世界と変わらない。
つまりいくつかの法則が足されているだけで、根っこの部分は変わっていないのだ。
レベルを上げれば攻撃を受けてもダメージを受けない。魔法の力を使えば死者でも蘇生できる。ということは、ないっ!
魔王戦でもそうだったが、あれほどの強者ですら、寝首をかかれれば死ぬだろう。作戦に組み込んでいたが、魔王が体内で魔法を生成して体を凍らせるという秘策に出なければ、非力なルチルですら彼の心臓を一突きにできただろう。
つまり、町を歩いていて、不意に後ろから知らない誰かに急所をナイフで刺されたら、それだけで終わる。莫大な知識を持っていようと、圧倒的な魔法石を宿していようと、あらゆる軍事力を掌握していようと、それは変わらない。
だからこそ、自分と同程度の知識を持つ異世界人が、ほかにもいると仮定したとき、自身が異世界人であるという事実を何とか隠そうと動くだろう。
自分の存在をなるべく社会に広まらないようにし、影から誰かを操るようなスタンスで成り上がりへの道を模索したはず。
ほかの三名のうわさが世界的に広がっていない。つまり彼らはそういうスタンスで、すでに闘っているということ。まさかのんびり暮らしているということは、……当然ありえない話ではない。ないが、常に最悪のケースを念頭に置いて動くべきだ。そういうスタンスで、動いている、とここは考える。
つまりほかの三人はこの世界に来た瞬間に、すでに、燿一が考察できなかった、ほかにも異世界人がいる可能性を念頭に置き、その時点からいずれぶつかり合うだろう可能性を考慮、その闘いに向けて準備を始めていた、と捉えられる。明らかに、格上。格上だった。
当然平和的になにごともなく穏やかに過ごせるかもしれない。だが、あるか? この世界ではあるいは彼らなら、燿一も含めて……世界を変えるような立場に立てる可能性があるのだ。だから燿一はそのように動いてきた。動きたいと、思った。
それをほかの三名も同様に思っているのなら。それは一級の国家以上の障害だ。それは誰にとっても。まず間違いなく、別の異世界人はこの世から消したいと、考えるはず。
いや、だからこそ、彼らは自身のその残り香を、消しているのだ。
最初にこの世界に落ちた時。右も左もわからず唖然としていたとき。そのときから、すべてを考察し、行動を開始できていた、ということ。
この世界の文明レベルは低い。地球での知識があれば国家を、あまつさえ世界を掌握することもできるだろう。もしほかに異世界人がいたら、自分と同じことを考える可能性がある。自分以外の、自分と同様の知識という強みを持つ者は、邪魔だ。いずれ潰しあうことになるだろう。そのために、自分の存在は可能な限り消したうえで、力を蓄えねばならない、と。
そこまで、到達したのだ。あの一瞬で。
数か月……燿一が偶然麻雀牌を見つけたおかげでたどり着いたその考察に、彼らはこの世界に来た瞬間に、たどり着けていた、ということ。
そして……ここまでの考えが『正』ならば。
「おれはいつ寝首をかかれてもおかしくない状況に置かれている」
この瞬間、町を歩いている瞬間、その異世界人の手のものが、いきなり燿一を背後からナイフで突き刺すということがあったとしても、なにも不思議ではないのである。
「あ。あとそうだ」
「え? あるんですか?」
「いや、でも。いや、別に話すまでもないか、これは」
「なんでもいい。なんでも、どんな些細なことでもいいんです」
「些細なことというか、当然いろいろな世界の話を聞きたいんだろ? この国の話は、べつにあなたにしたところで知ってて当然だと思うし」
「……この国?」
突破口か、これは……。
「その話を詳しく聞かせてください!」




