第五話.『中』
「おー! おもしろいものがいっぱい売ってるぞ!」
というわけで勝手についてきたローザであるが、商店街に着くなり嬉しそうに騒ぎ出し露店を勝手に物色し始める。
「ローザ……。だから買い物がしたかったんなら、ルチルたちについていけばいいって言っただろ」
「うるさいっ!」
が、しかしローザはプイとそっぽを向く。
「お前と一緒にいたかったのだ」
ぼそりと小声でつぶやく。
「ん? なんか言った?」
「言っとらんわ!」
と、また怒鳴り声をあげてくる。まったくよくわからないお子様である。
「ヨウイチ。予のためになんか買え!」
そんでもっていきなり命令されたのである。どうやらルチルが見ている露店では骨董品というかアクセサリというかなんかそんなものが並べられていたのである。こう見えて一応ローザも女の子だ。宝石やアクセサリの類に興味があるのだろう。
魔界からやってきた彼女にとって、人間界の装飾品の類は物珍しいのであろうし。まあ、そういう意味で言えば燿一にとってもそうだが、残念ながらその手の者に対して全く関心なく無知なので。
「……え?」
と、燿一はローザの見ていた露店の商品の一つを見つけ、唖然とした声を呟きながら近づく。
「む。なんだ? そんなものはほしくない。もっとかわいいのがいい!」
「な、んだよ、これ……」
そこにあったもの……。
わなわなと燿一は体を震えさせる。
「お客さん。お目が高い。そいつは売人が西の魔の森で拾ってきたもんでしてね。見た目がきれいなんで、あっしが買い取ったんでやんすよ。なにやら文字のような模様まで彫ってある。もしかしたら古代のなんらかの文明の遺産かもしれないですぜ。ま、ただそう見えるだけのきれいな石ってだけかもしれやせんが……」
それは四角い石だった。片面のみが黄色、ほかの面はすべて白色が覗けており、その二色が、機械的にくっつけられているような様相だった。石というよりはなんらかの人の手が入った骨董品を思わせる。しかし、同時に人の手ではありえない要素もふんだんに含んでいた。……そう、この世界に住まう人間の手によるものでは、ありえないという。
「……ありえない」
いや、ありえないはずがなかった。当然、考えなくてはいけないことだった、それは。
なぜ自分はそのことについて失念していたのか。
「ヨウイチ? どうした?」
さらに、その四角い白い石の一面には赤く『中』と彫られていた。
「……」
ぬかった。完全にぬかった。バカだった。どうしてそこに頭が回らなかったのか。
燿一はたった今この瞬間までその可能性について一切の考慮をしていなかった。異世界に来ているのが自分だけだと、根拠もないそれをさも当然のように思い込んでいた。
もっと他に人が召喚されているかもしれない。当然されていないかもしれない。結果的にこの世界にきたのが、燿一だけだったとしても、それが問題の本質ではないのだ。
燿一はその点について今まで、考察していなかった。それが問題なのである。
「バカだ……。おれは」
『中』……麻雀牌だった。当然、この世界に存在する物体ではない。燿一と同じくあちらの世界からきた物質だ。
そして……燿一は麻雀牌を裏返す。
その背面にひかれた一本の傷。
「こいつはあの一局で使用されたものだ」
震えるようにそう落とす。
ガン牌と呼ばれる技術がある。牌に傷や模様をつけることで、伏せられている牌が何かを判断するイカサマである。
あの、最後の闘牌、それがたしかに行われていた。燿一が行ったものではない。対戦相手がガン牌を使い、闘牌を有利に進める戦略を用いていた。しかしそれをとがめることは燿一含め、ほかのプレイヤーはしなかった。その事実を認知し、逆にそれを逆手に取る戦略をとっていたからだ。だから、知っている。
「この『中』は、間違いなくあの一局のもの……対面の手牌にあったものだ」
この牌が燿一の手牌の中にあった牌ならばわかる。自分の近くにあるのだ。燿一の異世界召喚に巻き込まれ、一緒に来たというのならうなずけなくはない。しかし、対面の手牌だ。つまり召喚の範囲は、あの卓全体に及んでいたのである。
「いるってことか、ほかに三人」
それは、少なく見積もって……だ。
何らかの作用が働き、異世界へと飛ばされた。その範囲は、現在わかっているだけで、最低、燿一から、対面の手牌まで。その範囲にあったものすべてがこちらの世界に飛ばされたと考えるのが一番自然だろう。ただし、そこまでは最低のラインだ。そのさきについては、わからない。
その召喚の範囲が、雀荘、いや、町一帯に及んでいたとしてもそれを否定できるすべは燿一は持ち合わせていない。
つまり……。
「何人紛れ込んでいるかわからない。この世界に、不安因子が……」
急激に、場が冷え込んでいくのを燿一は感じていた。
ぬるいと、どこかで思っていたのかもしれなかった。だからこそ、クリノフュームクラスの人間が出てきたことに自分は正直、歓喜していたと言ってもいい。
震えるようなギャンブル。要するに燿一の脳みそはすでに焼かれているのだ。大層な大義名分を抱えたところで、結局、根っこの本質的なところは隠せない。
身が焼かれるような熱い勝負に、焦がれていた。そういう意味で、この世界はぬるいと燿一はそのように判断していたのだ。
この世界はギャンブルにおいて発展途上だ。それはたしかだ。この世界に至って燿一と対等に渡り合えるギャンブラーは早々いないだろう。ゆえに、きっと、あの雀荘で味わったような、興奮で心臓が跳ね上がりそうになる重圧を味わうことはもう、ないのだろう、と。
だが、違う。明らかに違う。あるのだ、この世界には……存在している。
「……ヨウイチ」
「ん?」
「どうしておまえは、そんなに楽しそうなんだ?」
燿一を見つめながら、不思議そうに首をかしげて、ローザはそう聞く。
「ハハ……楽しそう、か。だろうね。よく体を動かすのは気持ちいいとかっていうけど、おれにはその感覚ってぴんと来ないんだ。頭を使うほうが気持ちいいじゃないか。むかしから体育よりよっぽど算数のほうが好きな子供だったからね」
「たいいく?」
「クリノフュームは明らかに俺のことを前から知っていた。なぜ、ただちょっとばかし金を稼いだだけの旅人なんかに注目したのか。そして、来て早々、闘いを申し込んできたのか」
それについても、この麻雀牌を考察に加えれば、いくつか理由は浮かび上がってくる。
「つまりクリノフュームは知っている。異世界人の存在について。だから俺に目を付けた。可能性は二つ。クリノフュームが異世界の人間を倒すために別の異世界の人間を利用しようと考えているということ。あるいは、すでにクリノフュームが別の異世界の人間の手に落ちていて、つまりこれは別の異世界の人間からの俺に対する挑戦状か、その二択だ」
好みとしては前者だ。前者だが、後者である可能性も十二分に考えられる。『リューゴクシンで見慣れない人種の旅人がギャンブルで多額の富を得たらしい』そんな程度のうわさならこの町でも簡単に届いていることだろう。そして、同じ異世界人ならそのうわさを聞けばピンとくる。自分のほかにも召喚された人間がいる、と。とすれば自身の配下の人間を、その異世界人と思しき人間につかせ、あるいは実力を確かめるために多額の金を撒き餌に無意味なギャンブルを申し込むのもわかる。
あるいは前者の可能性も当然なくはない。クリノフュームがなんらかの理由で別の異世界人と接触し、敵対しているとしたならば、それを倒しうる人材は別の異世界人だという判断をくだしたのだ。前述のようにうわさから、燿一が異世界人である可能性があると判断できるから、このように近づいてきた……という可能性も、ある。こちらも悪くはない考えだ。
「クリノフュームとの勝負は負ける」
「ヨウイチ?」
「とかいったらまたカーネリアあたりが騒ぎそうだけど……ね」
そう言って燿一はふふっと苦笑する。
「そのうえで、そいつの後ろにいる……それが、クリノフュームの味方なのか敵なのか、わからないとはいえ。そいつには勝つ。だからそのためにクリノフュームには負ける。九億はドブに捨てる」
九億を捨てる。
まったく常人の感覚からしたらありえない話だった。しかし、燿一はすでに常人の感覚にない。それに当てはまる人生を送ったところで到底なしえないものをなそうとしているのだから。
国家という存在に手が届くほどの資金という概念を超えるだけの圧倒的資金力。それはもはや金銭の感覚をはるかに逸脱している。
九億円など、はした金に過ぎない。
それを捨てる覚悟もなく、その先の成功には手が届かないからだ。保身などいらない。
「九億をドブに捨てる……だと。ところで、ヨウイチよ」
「うん?」
「九億とはいったいどれくらいだ。たとえばあのリンゴなら、なんこくらい買えるのだ?」
迎えにある八百屋の露店を指さしてローザは聞く。
「んー。まあ、九億個くらいじゃない」
「おお! で、九億個とはどのくらいなのだ?」
「……ああ、まあ。それほど大した額じゃないよ。たとえその数百倍の金があったとしても、ローザの価値のほうがずっと大きいからね」
燿一がそういうと、きっとローザはその意味の半分も理解してはいないのだろうが、大切にされていると判断したのか、少しだけ頬を赤らめ、うつむいたのだった。




