開戦
一週間に一度開催されるコロシアム。その、最終試合開始前の時刻であった。
「……やあ、きみぃ。なんだかんだ言って、闘技場にはまっているみたいじゃないか。最終試合のエキシヴィションマッチにも来るなんてなあ」
最前列に座りリングを見つめていた燿一の横に、トリディマイト卿は座りそう言う。
「トリディマイト卿。……いえ」
「で、今日の首尾はどうだい? 今までの試合。きみのことだ。どうせ勝っただろうがな。グハハハハッ!」
「いえ、賭けていませんでしたよ」
「なに? 300万シェル借りたそうじゃないか。コロシアムで使うために借りたんじゃなかったのか?」
「いえ。ここで使うために借りたんですが、……まあ、これから、なんですよ」
「そうか。まあ、きみの考えていることはよくわからんが、まあ、また我を驚かせるようなことをやってくれるのだろう」
そして二人の選手がリングに登場する。一人は身の丈2メートルは超えようかと言う、大男。片目ながら威圧的な眼光を対戦相手に向けている。いつもならそれだけで対戦相手は震え戦意を喪失することだろう。しかし、今日だけは。今日だけはひるんでいなかった。その対戦相手も、同じく凛とした視線を、たしかに対戦相手にむけていたからである。
「今はおまえのことを信じる。セレナ……。絶対に死なないでくれ」
ぐっと燿一は額の前で両手を合わせる。
まさかギャンブルの前に神に祈ろうなどと、そんなことを自分がしようとは思わなかったけれど……。
ゴーンッという鐘の音がコロシアムに響き渡る。
リングに立つセレナは、フラフラと持っている剣を左右に振る。
格好がいつもの戦士服ではなく、市民が着るようなスカートひらひらであることは、まあ、仕方ないとして、剣が愛剣ではないのは少々残念ではあった。しかし、まあ。
「それ以上にうれしいしかない。フフ。みんな見てる? 今、わたしの目の前にいる。片目の狂獣ヴーランジェラが」
そして見つめる。対戦相手。何度も夢に見た、その瞬間。身の丈2メートルはあろうかと言う大男。そしてその、片目から発せられる異様な眼光を。
「今、殺すね」
そう落として、セレナは地面を蹴り、体勢を低く、駆けるっ!
「な、にっ!」
一瞬にして懐に入り込んだセレナの一閃は、巨大な大剣ではさばききれず、ヴーランジェラの脇腹をかすめ取っていく。
ピピッと地面に鮮血がほとばしる。
「ぐう……う」
しかし浅い。あの巨体でありながら身のこなしも相当のものだった。一瞬にして身を後方へと引くことにより、刃が深く刺さることを防いだのである。
そしてその瞬間、歓声がとどろいていたドーム内には静寂が包み込む。当然だった。これは試合ではない。エキシヴィションマッチであるはずだったのに。
「っち。この服。走りにくいっ!」
そう言ってセレナは自らの着せられているスカートをビリリと太もも近くまで破く。
「さーて……そろそろ目ぇさめたんじゃあないか?」
「きさま……」
脇腹を抑えながらヴーランジェラは大剣を掲げ立ち上がる。
「ただの女じゃ……ないな」
「そうともキサマを殺すために、この八年間、生きてきたのだから」
そしてまた地面をける。速いっ! おそらく筋力こそ劣ろうが、その俊敏さでは間違いなくヴーランジェラを勝っている。が。
キンッという金属音が響き渡る。今度はセレナの一閃を、ヴーランジェラは自身の大剣で受け止めていたのである。
「グ……」
しかもそのままヴーランジェラが大剣を振りぬくと、セレナの体は宙へと浮き、後方へと吹き飛んだ。
「が……」
背中を地面に強打し、跳ね上がりながらも、なんとかセレナは立ち上がる。
「なんて、バカ力だ、しかも……」
自らが持たされた剣を見る。すでに刃こぼれを起こしていた。
「たちを受けただけでこれか……。なるほど、一閃すらも、うけれないってわけ、か」
剣でヴーランジェラの攻撃を受ければその瞬間、この安物の剣はおられてしまうだろう。いや、ヴーランジェラほどの腕力があれば、自分の愛剣だったとして無事ではなかったかもしれない。
と、その瞬間である。すでにヴーランジェラはセレナの目の前まで迫ってきていた。そしてその大剣を思いっきり頭上より振り下ろす。
「っ」
セレナはすんでのところで横に飛びのいてそれを躱す。かわしながらそのまま地面に手をついて側転すると、その遠心力を利用して飛び上がる。
「つぁ!」
そしてそのまま剣先をヴーランジェラに向かって突き出す。が……。
「バカめ」
太刀筋の方向にすでにヴーランジェラは右腕を掲げていたのである。セレナの一刀はヴーランジェラの右手に食い込み、そこで制止する。
「一目で見抜けた。キサマが相応の戦士であるということ。久しぶりに血の騒ぐ相手だ。無傷では勝てん。それはわかったよ。クハハ。我が体に刻まれる創傷の数々、そのうちのひとつにキサマはなったのだ!」
そう言ってヴーランジェラは剣が突き刺さった右腕を思いっきり振るう。すると剣ごと持ち上がったセレナはバッサバッサと何度も空中で上下する、が、離さない。
その握りしめた拳だけは!
「なに? 落ちん、だとっ!」
「こいつは離せないよ、死んでも。だって、離したら、切り刻めない。キサマが村のみんなにしたように、キサマのことをっ!」
そう言ってセレナはヴーランジェラの右腕に着地するとその腕を蹴りつけ、剣を抜き、飛ぶ。
「だぁあああああああああああああああああっ!」
「甘いわぁああああああああっ!」
が、しかし頭上から向かってきたセレナの一閃に対してすぐさまヴーランジェラは左手に持つ大剣を振るう。
「ぐっ!」
空中でそれを受け止めたセレナは、その一閃の軌道そのままに後方へと吹っ飛ばされる。
「ぐはっ!」
そしてまた体を打ち付け、苦痛に表情をゆがめる。そして。
「終わり、だな……」
ヴーランジェラがそれを告げる。
遠く、ヴーランジェラの後方、ザンッと、セレナの持っていた剣の先が突き刺さっていた。
「キサマは武器を失った」
「ぐ……」
見るとセレナの剣は根元近くから折れていたのである。
「く、くそ……」
武器はもう、ないっ!




