満身創痍
「ぐく……」
戦意はそのまま、ヴーランジェラを睨み付けながら、しかしセレナは力なく両腕を地面へとだらりと振り下ろす。
「……ムリ、だったよ」
そうつぶやく。視界に映るヴーランジェラが歪んでいく。
な、泣いているのか?
そんなものとうにあの日に、なくしてしまったと思っていたのに。
「セレナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
いや。
視線を上げる。ヴーランジェラのはるか後方の観客席。
「なんだよ。見に来ていたのか。だけどもう」
しかしセレナの視線に映るその姿はあきらめるなと語っていた。そして、その指先はヴーランジェラより後方、リングの端を指示していたのである。
「なに、をやっている?」
なにを伝えようと。その指の先。ヴーランジェラの股の先に見えたそれ。折れた剣の先?
続いて、燿一は自らの目を指し示す。そして、またリングの端を。
「……きみはまだわたしを信じているのか」
そう言ってセレナは立ち上がり、根元から折れた剣を捨てる。
「ありがとう」
あきらめたのではない。
勝つために!
死んだっていい。いや、死のう! ただしっ!
「フハハッ! ついに諦めたか!」
あの悪魔を殺してから、だっ!
そして走る。ヴーランジェラに向かって。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「わざわざ殺されに向かってきてくれるとは、な」
ヴーランジェラは笑いながらセレナに向かって剣を振り下ろす。が、かわす。剣を持たないラフな姿勢ならそれも当然のごとく。
「つぁあああああっ!」
そのまま体勢を低くしてセレナはヴーランジェラの股の下をスライディングしてかわし、燿一の元へ向かって走る。いや、リングの端。
突き刺さった剣先、それを握りしめる。
「つ、ぐ……」
ブシュッと血がにじんでいく。深く突き刺さった剣先は容易な力では抜けなかった。力を込めれば込めるほど、刃は深くセレナの掌に食い込んでいく。しかし、それでもよかった。たとえこの指がすべて落ちたとしても。
「ええいっ! ちょこまかとっ!」
すぐさまセレナの元へと走り寄ったヴーランジェラはまた剣をセレナに向かって振り下ろす。しかしその瞬間、抜けるっ!
そのまま、刃を握りしめたまま、鮮血を舞わせながらセレナはまたヴーランジェラの一閃を躱す。
躱しながらすぐに地面を蹴りつけると、刃を握りしめたまま、ヴーランジェラの額に向かって飛ぶ。
「また、同じこと」
いや、違うっ!
狙うは切り裂くのはヴーランジェラではない。
ブシャーッとおびただしい量の鮮血が吹き出る。そう、血肉を切り裂いていた。が、ヴーランジェラのもの、ではない。
その、握りしめていた刃が掠め取ったのは、セレナ自身の肩であるっ!
「ぐ。くぅ……痛い。痛いけど、みんなはもっと痛かったんだっ!」
そしてそのまま、空中、まだヴーランジェラまで至らない距離で、セレナは自らの肩を貫通させながらその軌道のまま、刃をさらに振るう。ヴーランジェラの、その顔面に向かって。
「な……に」
血が滴る刃は当然その軌道に沿って血糊をとばす。
「つっ!」
瞳。たった一つの瞳が、一瞬閉じられる。そのとき、反射的にフリーだった左手はその右目に向かうが、次の瞬間。
ザグッと肉の抉れる音が、リング内に響き渡る。
「が……」
つい反射的に覆ってしまったその手の二本の指を切り落とし、さらに突き進む。ふたりの鮮血が混ざり合いながら、肉を切り分け、刃は深く突き刺さる。
「ぐぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
悲鳴とともにヴーランジェラはのた打ち、ついにセレナも握力を失い、そのまま剣を離し地面へと崩れ落ちる。同時にカラランと音を立てその刃も地面に落ちる。が……十分だった。すでに目的のものは、もう。
だって、その瞬間にもズドンッという巨大な音が、響き渡っていたからだ。その大剣が地面へと落とされていた。
ヴーランジェラは両手で、右目、いや、今まで右目があった場所を抑え、悲鳴を轟かせる。
セレナは、抉り取ったのだ、その、もう一つの方を。
「フフ。片目の狂獣が、盲目の狂獣になったな」
笑いながらセレナはしかしすぐさま次の行動に移す。もはや震え、肉は削げ落ち、白骨する露出したその手で、しかし、ヴーランジェラの大剣の柄をつかみ取る。
「長かった……」
そのまま抱えるようにして大剣を持ち上げると、それを、うめき声を上げるヴーランジェラに向かって振り下ろす。永遠のように思えた一瞬が、それで、完結する。ほんの、一瞬で。
それで、終わりだった。
感慨深さは、なぜだろう、あまり感じられなかった。感じる余裕もないのかもしれなかった。
「フフッ」
どさりとセレナも地面へと崩れ落ちる。
満身創痍の中、微笑む。
「終わったよ、みんな」
ついで、ズンッと重い音と地響きがリングにとどろく。崩れ落ちていた。その、コロシアムの無敗の戦士が、今、地面に降る。




