契約
「やあ、セレナ」
そこはランプの光がなければ歩くこともできないような、薄暗い牢獄の奥だった。
鉄格子の中にいた少女に向かい、燿一は声をかける。
「フフ。すごいやつだな、きみは」
体中は埃や煤にまみれ汚れ、疲れ切った視線を覗かせながらも、しかしその凛としたきらめきは一切失われることなくそこにあった。
「こうも簡単に敵の手中に入り込むことはできるとは。正直、半信半疑だったのだが、ね」
「……だけど、これでよかったのか」
「なに?」
「牢獄の中にいる敵を狩るには、牢獄に自ら落ちるしかない。きみは牢獄の中に堕ちたんだぞ! かりに勝ったところで」
「それでもいい。やつを殺せるのなら、死んでもいいのだ」
「……セレナ」
ガンっと燿一は鉄格子を握りしめる。
「ごめん、おれは」
「なにを謝る」
「きみは、命の恩人なのに、おれは」
「望んでやったことだ。わたしはきみに感謝している。あの時助けておいて、よかった。情けは人のためならず。最後には自分に帰ってくるのだな、しっかりと。ありがとう、ヨウイチ……わたしに助けさせてくれて」
「セレナ……」
「思えばこの八年間。わたしは、やつとまったく同じだったのではないか。生きるためとはいえ、人を殺めたこともある。富を得るための殺しすらやった。フフ。そうだ。あの男とわたしは同じだ。かりにあの男を殺して、自らも死んだところで、村のみんなのところには行けんだろうな……」
そしてツイッと一筋の涙が、頬を伝った。
なんと、声をかけていいかわからなかった。なにをすれば、彼女の力になれるのか、それを。そして、自分には彼女に声をかける資格すら、ないのだと、そう思った。
「勝てよ、セレナ」
だが、それだけは、その一言だけは。
「ああ。勝つよ。できればきみには見ていてもらいたいな。わたしの闘うところを。デクロア村の、その、最後を」
燿一は静かにそれにうなずくと、セレナの牢の前を立ち去る。
「お客様、お目当ての奴隷は見つかりましたか?」
黒いタキシードを着た青年が燿一にそう声をかけてくる。ここでは試合の終わった選手を購入することもできるのだ。この男は牢獄にいる選手の売買を行う売人なのだった。
「あの一番奥の牢にいた女の子を買いたい」
「お客様。申し訳ございません。あの少女はまだ試合前でして、売り物ではないのですよ」
「なら試合が終わった後なら買えるか?」
「あ、いえ……その。あの少女の場合は、つまりですね、最終試合の選手でして。フフッ。ご購入は難しいかと」
「いいからっ! いくらなんだっ! 生き残ったらおれが買う! いくら用意すればいい」
ガンっと壁を殴りつけると、売人の男は唖然としている。
「そ、そうですね。ではご予約と言うかたちで、300万シェルでいかがでしょう」
「わかった。用意しておく。だから契約書かなんか、書いてくれよ」
そう言うと、怪訝そうな顔をしながらも、売人は紙に何か文字を書いていく。文字はこの世界特有のもので、読めなかったが、きっと言われた通りのことを書いてくれているだろう。
「あの、しかしですね! あらかじめ言っておきますが、あの少女の場合はですね!」
「いいから……。賭けたんだよ、おれは、セレナに」
そう言って契約書を受け取ると、闘技場地下牢を燿一は後にする。
「300万シェル……か」
続いて燿一が赴いたのは、中央街にある金貸しの元であった。
「えっと、トリディマイト卿のお知り合いの旅人の方、ですか。ビザに一時的に国外退出権放棄の手続きを取らせていただければ、永続市民権の持たないお客様にもお金をお貸しすることができます」
「300万シェル貸してほしい」
「が、は? 300万?」
「無理か?」
「……いえ、でしたら丹保にその上級ビザを取らせていただくことになります」
「なに?」
「もしお金を返せなかった場合、あなたの人権は放棄され我々に奴隷として買われる、ということです」
「……そうか」
「おやめになられますか?」
「いや。いいよ。返せなかったら、それで」
「かしこまりました。では手続きを取らせていただきます。返済プランは年利25パーセントの五か年返済でよろしいですか? その場合月返済額は31万2500シェルずつとなります。一度でも返済が滞りましたら、その瞬間、あなたのビザははく奪されますのでご了承ください」
「わかった」
300万シェル。セレナが勝った時、セレナを買い付けることができる額、それだけの金額を得る。
そして、また、一週間が経過する。
その日、は、訪れる。




