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第17章・4:封印された武器

エデンが堪能しようとしていた美しい街並みには、兵士たちの重苦しい視線がどこまでも付きまとっていた。


(クソッ……こいつら、いつまで俺を追い回す気だ?)


(どこに行ってもいやがる。まるで増殖でもしてるみたいだ……)


別に、何か隠し事があるわけではない。


(それなのに、どうしてここまで監視されなきゃいけないんだ?)


(本当に鬱陶しいな。これじゃ、ゆっくり街を観光することもできない……)


しかし、そのとき――


眩い光に包まれた路地の一角に、ひっそりと佇む小さな小屋がエデンの目に留まった。


黒みがかった樫の木で造られた、古びて傷だらけの小屋。


その入口には、店の名らしき文字が掲げられていた。


「武具店……ゼノル?」


エデンは小さく呟いた。


「まあ……入って少し見るくらいなら問題ないか」


ちらりと背後を振り返る。


「少なくとも、少しの間はあのしつこい連中を撒けそうだしな」


エデンは何食わぬ顔で、目立たないその店へと足を踏み入れた。


だが、その一方――


路地の暗がりでは、尖った耳と不気味に裂けた笑みを持つ小さな影たちが、ゆっくりと蠢き始めていた。


「キ、キ、キ……!」


小さな者たちは鋭い牙を覗かせ、不気味な笑い声を漏らした。


重く古びた扉が、その長い年月を物語るような軋みを上げながら、ゆっくりと開いていく。


ギィィィィ……。


同時に――


チリリンッ♪


小さな鈴の音が、店内の隅々にまで響き渡った。


「お、お邪魔します……」


エデンは遠慮がちに声をかけた。


「……誰もいないのか?」


しかし、むっとするような熱気と鉄の匂いが満ちた店内に、人の姿はどこにも見当たらなかった。


だが、次の瞬間――


エデンの視線は、店内を埋め尽くす膨大な武具へと釘付けになった。


剣、刀、弩(クロスボウ)、盾――


そこには、戦士であれば誰もが欲しがるであろう武具が、所狭しと並べられていた。


「すげえ……」


エデンは目を輝かせながら、周囲の武具を見渡す。


「俺は武器のことなんて詳しくないけど、どれもすごく質がいい」


そっと一本の剣へ顔を近づけ、その美しい刀身を観察した。


「一つ一つ、丁寧に手入れされているのが見ただけで分かる……」


しかし、そこで一つの疑問が浮かんだ。


「これだけの武具を作れる鍛冶師が、どうしてこんなボロボロで人目につかない小屋で売ってるんだ?」


カァンッ! カァンッ! カァンッ!


そのとき突然、鉄を打ちつける甲高い音が店内に響き渡った。


「……っ!」


エデンは弾かれたように顔を上げる。


(この音……)


音の聞こえてきた方角を探るように、鋭く周囲を見渡した。


(いったい、どこから聞こえてくるんだ?)




カァンッ! カァンッ! カァンッ!


槌が鉄床を打ちつける音が、赤熱した金属から飛び散る火花と混じり合い、力強く響き渡っていた。


その音の主は、屈強な体つきと無骨な顔立ちをした、一人の中年男だった。


髪は乱れ、絡まり合い、滴る汗で濡れている。


その太い両腕は、世界そのものさえ叩き割ってしまいそうなほど逞しい。


しかし――


そこから繰り出される一振り一振りは、まるで外科医の手技のように、正確かつ繊細だった。


「俺がお前に、見物を許した覚えはないぞ」


男が、太く威圧的な声で告げた。


その赤みを帯びた瞳に射抜かれた瞬間、エデンは全身が凍りつくような感覚に襲われる。


「す、すみません……大きな音が聞こえてきたので、つい――」


「黙れ。外で待ってろ。すぐに相手をしてやる」


男はエデンの言葉を遮ると、再び鍛えていた剣へと視線を戻した。


「は、はい……」


それ以上何も言えず、エデンは完全に困惑したまま、店の受付へと戻っていった。


(い、今の人……いったい何者なんだ?)


(あの眼……恐ろしすぎるだろ……)


だが、あの男の態度を責めることはできなかった。


(考えてみれば、勝手に仕事場へ入り込んだのは俺だ)


(俺だって、知らない奴に自分の領域へ踏み込まれたら嫌だしな……)


それでも――


(あんな眼をした人に会うのは、久しぶりだ)


(爺ちゃんやシュンを見ているみたいだった……)


(脅しの言葉なんて必要ない。ただそこにいるだけで、相手に恐怖を叩き込む……そういう人間の眼だ)


エデンが思考の海に沈んでいると、先ほどの大男が汗を拭いながら、ゆっくりと鍛冶場から姿を現した。


「武具店ゼノルへようこそ。ここには、お前が望むものなら何でもある」


まるで何度も繰り返してきた決まり文句を読み上げるように、男は淡々と呟く。


「剣、盾、弩(クロスボウ)、鎧……」


そして、エデンの前で足を止めた。


「俺の名はゼノルだ」


「それで……今日は何をお求めだ?」


「…………」


「おい、小僧。聞いてるのか?」


しかし、エデンは何もない空間をぼんやりと見つめたまま、未だに自分の考えへ深く沈み込んでいた。


「おい!」


「えっ? あ、すみません。すぐに出ていきます……」


「お前、馬鹿なのか?」


「え?」


「『え?』じゃねえ!」


ゼノルは苛立たしげに声を荒らげた。


「武器を探しに、この店へ入ってきたんじゃねえのか!?」


「あっ、そうだった!」


エデンは、ようやく自分がここへ入った目的を思い出した。


「ありがとうございます、おじさん!」


「どうしてうちには、まともな客が一人も来ねえんだ……?」


ゼノルは、心底疲れ果てたように重いため息をついた。



「それで、お前は何を探してるんだ?」


「剣です」


「もう少し具体的に言えねえのか?」


「こういうものです」


エデンはそう答えると、漆黒の剣をカウンターの上に置いた。


ゼノルはその剣を手に取り、ゆっくりと鞘から引き抜く。


そして、隅々まで見定めるように刀身へ目を走らせた。


そこには無数の傷跡と亀裂が刻まれ、刃もすっかり擦り減っていた。


「疑いようもなく、見事な一振りだ」


ゼノルは感心したように呟く。


「だが……いったい、どうすりゃここまでボロボロにできるんだ?」


「この剣は、大切な友人からもらったものなんです」


エデンは苦い笑みを浮かべた。


「できることなら、別の剣に替えたくはありません。でも……もう使い物にならないことは、俺にも分かっています」


「馬鹿のくせに、剣を見る目だけはあるらしいな」


ゼノルはそう認めると、再び刀身へ視線を落とした。


「そのとおりだ。この剣はもう、武器としての役目を完全に失っている」


「見ただけじゃ分からねえだろうが、今のこいつにはゼンカを蓄える力が残っていない」


ゼノルは、剣を静かに鞘へ収める。


「何をしたところで、もう手遅れだ」


「はい……」


エデンは悔しそうに、その黒い剣を見つめた。


「だから俺は、相反する二つのゼンカを融合させても耐えられる剣を探しているんです」


「そういうことなら――」


その瞬間――


まるで葬儀の最中のような、重苦しい沈黙が店内を包み込んだ。


「…………」


「え?」


突然黙り込んだゼノルを前に、エデンは困惑する。


「どうしたんですか?」


「いやあ……どうやら、歳のせいで耳まで悪くなっちまったらしい」


ゼノルは引きつった顔で、乾いた笑い声を漏らした。


「お前が、相反する二つのゼンカを使うと言ったように聞こえたんだが……」


「でも……そう言いましたよ?」


「…………」


次の瞬間――


ゼノルの赤みがかった瞳から、剥き出しの殺気が放たれた。


その視線を真正面から浴びたエデンは、思わず目を見開く。


「おい、小僧」


ゼノルの声が、低く冷たく響いた。


「俺には、てめえのくだらねえ冗談に付き合ってる暇なんざねえ」


その瞳に、苛立ちが滲む。


「ふざけるなら、よそでやれ。とっとと失せろ」


「冗談なんかじゃない! 本気で言ってるんだ!」


エデンも怒りを露わにして言い返した。


ドンッ!


そして迷うことなく、祖父の剣をカウンターの上へ叩きつける。


「これが、あの日に使ったもう一本の剣だ!」


ゼノルの視線が、置かれた剣へと落ちた。


「この剣の何が特別なのかも、どうしてこいつだけがあの力に耐えられたのかも、俺には分からない」


エデンは真っ直ぐにゼノルを睨み返す。


「でも――俺は確かに見たんだ」


ゼノルは何も答えなかった。


ただ黙ったまま、カウンターに置かれた剣を注意深く見つめている。


(この剣は……)


「俺の話を聞いて、どうしてあんたがそこまでキレてるのかは知らない」


エデンは苛立ちを隠さず、言葉を続けた。


「俺はただ、自分の力に耐えられる剣が一本欲しいだけだ」


そして祖父の剣へ手を伸ばす。


「ここに俺の探しているものがないなら――もう帰る」




「最近のガキは、年長者を敬うってことを知らねえな」


ゼノルはため息をつくと、何事もなかったかのようにゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


「え?」


「さて……いったい、どう説明したもんか……」


ゼノルは答えを探すように、低い声で呟く。


「何を説明するっていうんだ?」


「お前が言った、相反する二つのゼンカを使うって話だ」


ゼノルは真剣な眼差しをエデンへ向けた。


「そんなことは絶対に不可能だ。百パーセントな」


「おい、いい加減にしろよ。こっちの我慢にも限界があるぞ」


「まったく……」


ゼノルは呆れたように首を振る。


「俺が不可能だと言うから、不可能なんじゃねえ」


「相反する二つのゼンカを使うということは、この世界に存在する、ありとあらゆる自然法則に真っ向から逆らうってことだ」


そして、目の前の少年を値踏みするように見つめた。


「まさか、お前みたいなガキが、自分だけの宇宙の法則を作り出せるとでも言うつもりか?」


「そこまでできるなら、ついでに俺にも美しい娘っ子を一人用意してくれねえか?」


「たとえ俺の力で宇宙も法則も作れたとしても、あんたのその願いだけは絶対に叶えられねえよ。このクソジジイ」


「わざわざ俺の店まで乗り込んできて、俺を脅すとはな……」


ゼノルの口元に、刃物のように鋭い笑みが浮かんだ。


「どうやら、自分の命をあまり大切にしていないらしい」


二人の視線が、激しくぶつかり合う。


その場に張り詰めた緊張は、どちらかがほんのわずかに動くだけで、最悪の形で弾け飛びそうだった。


…………。


ゼノルが、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


それを見たエデンも、即座に戦闘態勢を取る。


ゼノルが片手を伸ばした――


だが、その手が掴んだのは、カウンターに置かれた白い剣だけだった。


「たいした度胸じゃねえか、小僧」


ゼノルは声を上げて笑った。


「……何だよ?」


「お前が相反するゼンカを使うって話は、今でも信じちゃいねえ」


ゼノルは白い剣を手に取り、じっくりと眺める。


「だが、それが本当だろうが嘘だろうが、俺にはどうでもいい」


「だったら、どうしてわざわざ喧嘩を売ったんだ?」


「暇だったからだ」


「……本気かよ?」


「大マジだ」


その言葉を聞いた瞬間、エデンは思わず、心の底から間の抜けた笑みをこぼした。


(本当に、よく似てる……)


脳裏に、大切な祖父の姿が浮かぶ。


「この剣は、まさしく傑作だ」


ゼノルは白い剣を眺めながら、静かに告げた。


「羽根のように軽い。それでいて、世界を真っ二つに断ち切れるほどの鋭さを秘めている」


その赤みを帯びた瞳が、刀身の隅々までを見定めていく。


「お前みたいなひよっこが、六振りの神剣の一つを持っているとは驚きだ」


そして、疑うような視線をエデンへ向けた。


「本当に、これはお前の剣なのか?」


「いや、爺ちゃんのだ。今は俺が預かってるだけだよ」


「ふむ……」


ゼノルはエデンの顔をじっと見つめた。


「馬鹿ではあるが、嘘つきには見えねえな」


「わざわざ『馬鹿』って付け加える必要あったか?」


「もちろんだ」


エデンはただ一つため息を吐くと、改めて問いかけた。


「さっき言ってた、六振りの神剣って何なんだ?」


「話せば長くなる」


ゼノルは白い剣へ視線を落とした。


「まあ、お前の爺さんの剣は、とんでもなく特別な代物だ。今はそれだけ分かってりゃいい」


そして、その赤みを帯びた瞳を鋭く細める。


「だが……一つだけ、どうにも腑に落ちねえことがある」


「何が?」


「なぜ、こいつを封印した?」


「待ってくれ……封印だって?」


思いもよらない言葉に、エデンは目を見開いた。


「お前が気づかなかったのも無理はねえ。こいつを封印した奴は、自分が何をしているのか、よく理解していた」


ゼノルは白い剣を注意深く見つめながら続ける。


「この剣が本来持つ力を、ほとんど使えないところまで巧妙に抑え込んでやがる」


(もしかして……あの夜に見た、あのいくつもの顔と関係があるのか?)


エデンの脳裏に、その剣と初めて触れた夜の記憶が蘇った。


「その封印を解く方法はないのか?」


「悪いが、これは術者と結びついた特殊な封印だ」


ゼノルは静かに首を振った。


「解除できるのは、封印を施した本人だけだ」


「……そうか」


エデンは落胆したように視線を伏せる。


「一度に悪い知らせばかり聞かせて、すまねえな」


ゼノルはそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。


「だが……お前の助けになりそうなものなら、一つある」


ゼノルは店内の棚を次々と漁り始めた。


積み重なった武具や道具を退かしながら、何かを探していく。


「確か、この辺りに……」


やがて、その手が棚の奥で止まった。


「あったぞ」


ゼノルは小さな布を持ち上げる。


その下から姿を現したのは、漆黒の刀身と純白の柄を持つ一振りの剣だった。


「お前が求める奇跡に応えられるとは、保証できねえ」


ゼノルはその剣を持ち上げ、エデンの前へ差し出した。


「だが、さっきの黒い剣とよく似た性質を持っている」


エデンは両手で受け取ると、驚いたように目を見開いた。


まるで、何も持っていないかのように軽い。


「重さはほとんど感じねえだろ?」


ゼノルは腕を組み、得意げに告げた。


「それでも、耐久力はお前が今まで使っていた剣とは比べ物にならねえ」


「あ、ありがとうございます……」


「だが、心配するな」


ゼノルの太い声が、力強く店内に響く。


「お前が本当に求めているものは、この俺が必ず造り上げてやる」


「え?」


エデンは耳を疑い、ゼノルを見つめた。


「不可能なんじゃなかったのか?」


「おい、鍛冶師を見くびるんじゃねえ」


ゼノルは不満げに鼻を鳴らした。


「客が望むものを形にする。それが俺たち鍛冶師の務めだ」


その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。


「たとえ、そいつが正気の沙汰じゃない無理難題だったとしてもな」


「ゼノルさん……」


「たまには、奇跡ってやつを信じてみるのも悪くねえだろ?」


ゼノルは、穏やかに笑った。


「……そうかもしれませんね」


エデンの口元にも、微かな笑みが浮かぶ。


「俺の剣にふさわしい剣士になれよ、小僧」


そう告げながら、ゼノルは大きな手を差し出した。


「絶対に失望させません、ゼノルさん」


エデンはその手を取り、力強く握り返す。


その握手は――


炎と槌によって鍛え上げられたどんな剣よりも強固な約束を、二人の間に打ち立てた。


     ◇◇◇


「それじゃあ、また。ゼノルさん」


そう告げると、エデンは店の扉を開け、外へと出ていった。


「ああ、じゃあな。小僧」


ギィィィ……。


古びた扉が、ゆっくりと閉じていく。


チリリンッ――


鈴の音が鳴り止むと、ゼノルは再び一人きりになった。


店内を包み込んだ静寂は、どんな叫び声よりも大きく響いていた。


…………。


「……あっ」


ゼノルは、ふと思い出したように声を漏らす。


「代金をもらうの、忘れてたな……」


しばらく閉じた扉を見つめたあと、静かに肩をすくめた。


「まあ、いいか」


ゼノルの脳裏に、エデンの傷だらけの両手が浮かぶ。


「自分の身体をあそこまで追い込んだガキなら、敬意を払う価値はある」


そして、どこか懐かしむように目を細めた。


「見上げた戦士を育てたもんだな――ゲン」


ゼノルの口元に、微かな笑みが浮かぶ。


「奇跡を生み出せる戦士をな」


…………。

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