表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/90

第16章・2:小さな炎

アマテラスとエデンは、


あの木製のベンチに並んで座ったまま、


気まずい沈黙に包まれていた。


互いに視線を逸らし、


何としてでも会話を避けようとしている。


エデンの瞳には、


怒りと悲しみが入り混じっていた。


そのことに、


女神はすぐ気付いていた。


「……さっきは、あんな反応をしてしまってすまなかった」


沈黙を破るように、


アマテラスが小さく呟く。


謝罪を聞いたエデンは、


思わず彼女へ視線を向けた。


だが何も答えない。


「初めてあの剣を見た時、夢でも見てるのかと思った」


アマテラスは遠くを見るように微笑む。


「あの人が、自分の愛剣を手放すなんてあり得ないと思っていたから」


「それなのに、今度は“孫がいる”なんて聞かされるとはな……」


彼女は苦笑した。


「最後に会ってから、一体どれくらい経ったんだろうな」


エデンは空を見上げながら吐き捨てるように言う。


「アンタたちみたいな不死の存在とは違うんだよ、俺たちは」


「人間は、毎日を全力で生きるしかない」


「死んだら終わりだからな」


その言葉を聞いた瞬間、


アマテラスはなぜか柔らかく笑った。


その反応に、


今度はエデンが困惑する。


「……お前、本当にゲンにそっくりだな」


「は?」


「その目だ」


彼女は優しく笑う。


「あの男が持っていた炎と同じものが、お前の中にもある」


「綺麗事で信用を得ようとしても無駄だぞ」


エデンは鋭く睨む。


「……まだ私を危険だと思っているのか?」


「さぁな。自分で考えろよ」


エデンは肩を竦めた。


「この世界で学んだことがあるとすれば、一番信用しちゃいけないのは神だってことだ」


「……まあ、それは否定できないな」


アマテラスは苦笑しながら肩を竦める。


「実際、大半の神は自分のことしか考えていない」


「でも責めることもできないんだ」


「私たちは長く生きすぎた」


「見たくもないものを、山ほど見てきたからな」


彼女は少し寂しそうに目を細めた。


「けれど、その長い年月の中で」


「私たちを止めてくれる者は誰もいなかった」


「“それは間違っている”と言ってくれる者も」


アマテラスはエデンを見る。


「文明一つ滅ぼせる力を持った子供が、何百人もいる状況を想像できるか?」


「……まあ、今とそんな変わらなくないか?」


エデンが苦笑すると、


アマテラスも吹き出した。


「ふふっ……確かにな」


彼女は静かに続ける。


「私たちは、自分たちだけで“善悪”を学ぶしかなかった」


「正直、今でも変われていない神は大勢いる」


「……変わる?」


「そうだ」


「自分に真正面からぶつかってきて、“間違ってる”って教えてくれる存在」


「……アンタにとっては誰だったんだ?」


その問いに、


アマテラスは少しだけ目を伏せた。


そして懐かしそうに微笑む。


「……お前の祖父だ」


「……!」


「認めたくはないが」


「私はあの男に、自分がどれだけ幼稚だったかを思い知らされた」


彼女の声には、


どこか温かい響きが混じっていた。


「絶対的な力を持ち、誰からも恐れられていた少女」


「家族にすら恐れられていた」


「そんな時、突然あいつが現れた」


「私の前で、一度も跪かなかった“ただの人間”がな」


アマテラスは笑う。


「毎日のように宮殿へやって来ては、私を“対等な存在”として扱った」


「最初は腹が立って仕方なかった」


「私の中で人間なんて、信用に値しない道具でしかなかったから」


「何度も追い払おうとした」


「殺すと脅したことだってある」


「それでもあいつは、毎回あの馬鹿みたいな笑顔で戻ってくるんだ」


その記憶を思い出したのか、


アマテラスは小さく笑った。


「あれだけ毎回違う冗談を思いつく才能だけは、本当に羨ましかったな」


「……じいちゃん……」


エデンは小さく呟く。


「気付けば」


アマテラスはゆっくり目を閉じた。


「あいつは、家族みたいな存在になっていた」


記憶に浸るように、


彼女の声はどこまでも優しかった。




「……おじいさん、本当にすごい人だったんだな」


エデンは壊れたような笑みを浮かべた。


「まさか神と友達だったなんて思わなかった」


「でも、あの人なら別に不思議でもない気がする」


「……本当に近しい関係だったんだな」


アマテラスが静かに呟く。


「まあな……」


エデンは遠くを見るように目を細めた。


「俺とじいちゃんは、ずっと二人で生きてきた」


「肩を並べて、必死に前へ進んできたんだ」


「俺、親の顔を知らないからさ」


「だから、あの人が俺の全部だった」


彼は小さく笑う。


「まあ、性格は最悪だったけどな」


「でも……悪い祖父じゃなかった」


「……エデン」


「……どんな人だったんだ?」


エデンは隠しきれない期待を滲ませる。


「一緒に暮らしてたのに、俺……本当の意味では何も知らなかったから」


「どんな人、か……」


アマテラスは懐かしそうに呟いた。


「変わった男だったよ」


「変わった?」


「悪い意味じゃない」


「ただ……あまりにも“自分らしい”男だった」


彼女は静かに続ける。


「大戦争の時もそうだ」


「皆が容赦なく殺し合っていた中で、あいつだけは“自分のやり方”を貫いた」


「軍勢ごと消し飛ばせるほどの力を持ちながら」


「最後まで“命を奪うこと”を拒み続けた」


「どうしてそんなことをするのか聞いた時、あいつはこう答えた」


アマテラスは、


どこか愛おしそうに目を細めた。


『慈悲ってのはな、この世界が覚えるべき力なんだよ』


エデンは黙り込む。


その言葉は、


腰に差した剣よりも重く胸にのしかかった。


「……あいつはずっと信じていた」


「どんなに小さくても、どんなに醜くても」


「全ての命には意味があるってな」


アマテラスは空を見上げる。


「やがて時は流れ、戦争は終わった」


「そしてある日、ゲンは突然姿を消した」


「何も告げずに」


「どこへ行ったのかも、なぜ去ったのかも分からない」


「……でも今でも私は覚えている」


「愛のために戦った、あの優しい戦士を」


彼女はゆっくりエデンを見る。


「だから教えてくれ、エデン」


「あの傲慢な男は、今どうしている?」


……


その問いを聞いた瞬間、


エデンの身体は凍り付いた。


脳裏を過るのは、


あの夜の記憶。


悲鳴。


血。


ゆっくりと消えていく祖父の瞳――。


エデンは何一つ言葉を発することができなかった。


その沈黙だけで、


アマテラスは全てを察する。


「……っ、ごめん」


「私はてっきり――」


「Black Lightsに攫われた」


エデンが遮るように答えた。


「……え?」


「そんな……あり得ない」


「どうして……?」


「俺のせいだ」


彼は冷たく言い放つ。


「エデン……」


「もしあの夜、俺があそこにいなければ」


「もし俺がもっと強ければ……」


エデンの瞳が震える。


「じいちゃんだけじゃない……」


「あの夜死んだ全員……」


彼の視界には、


無数の血が映っていた。


罪のない人々の血。


まるでそれが、


自分の手から流れ落ちているように。


「もし俺が……」


「皆が望む“何か”だったなら――」


――パンッ!


乾いた音が、


静寂を切り裂いた。




「……え……?」


エデンは驚いたように声を漏らした。


その瞬間――


傲慢で、誰よりも強大に見えたその女神が、


まるで母親のような温かさで、


彼の手を優しく握っていた。


「あなたのせいじゃない」


「でも……」


「あなたのせいじゃないのよ、エデン」


「俺は……あの場にいたのに……」


「何もできずに座ってただけなんだ……」


「それでも、あなたのせいじゃない」


その言葉を聞いた瞬間、


エデンの中で張り詰めていた何かが崩れ落ちた。


頬を伝う涙は、


痛みと罪悪感で濁っていた。


「……俺……」


アマテラスは静かに続ける。


「きっとゲンは、相手を甘く見ていたのよ」


「でも、それでも命を懸けてあなたを守った」


「それはね……」


「彼がどれだけあなたを愛していて、信じていたかの証なの」


彼女は懐かしそうに目を細めた。


「ゲンは、他人を認めることなんて滅多にしない男だった」


「私ですら、認めてもらうまでに長い時間がかかったくらいよ」


「そんな男が、自分の剣をあなたに託した」


「それが、彼の答えなの」


エデンは静かに腰の剣へ視線を落とす。


どこにでもありそうな、


飾り気のない白い剣。


けれどその重さは、


今にも彼を押し潰しそうだった。


――英雄の重さ。


「別に、あなたがゲンと同じ道を歩む必要なんてない」


アマテラスは穏やかに微笑む。


「あなたは、あなた自身の道を見つければいい」


「あなた自身が信じたいと思える道を」


「世界を照らせるような道をね」


……


その言葉を聞いたエデンは、


涙を拭いながら小さく笑った。


「……ありがとう、アマテラス」


「ひとつ、お願いしてもいいか?」


「なに?」


「また今度会った時……」


「じいちゃんの話を聞かせてくれないか?」


アマテラスは優しく笑う。


「もちろん」


「でも次は――」


「彼も一緒よ」


その笑顔は、


どこまでも温かく、


そしてどこまでも切なかった。


その時――


別の声が二人の間に割って入る。


「――アマテラス!」


「ツクヨミ……どうしたの?」


【ツクヨミ:三貴子の一柱――月と夜の神】


「姉上、そろそろ戻る時間です」


「……そう」


「エデン、ごめんなさいね」


「もっと話していたかったけど」


「いえ……」


エデンは深く頭を下げた。


「ありがとうございました、太陽神様」


その礼儀正しい一礼を見た瞬間、


アマテラスは目を見開いた。


そこには、


かつてのゲンの面影があった。


あの不遜で、


真っ直ぐだった戦士の姿が。


「こちらこそ、嬉しかったわ」


彼女もまた、


静かに頭を下げる。


「小さな獅子さん」


「……姉上」


二人は互いに小さく笑い合い、


ゆっくりと反対方向へ歩き出した。


「姉上……あの少年は……?」


「ええ」


アマテラスは静かに頷く。


「伝説の“炎獅子”の孫よ」


「……監視を付けますか?」


「いいえ、大丈夫」


彼女は穏やかに空を見上げた。


「あの子はきっと大丈夫」


「彼の瞳の炎が、嘘をついていないもの」


その赤い瞳には、


確かな確信が宿っていた。


「きっとあの子は、とても大きな存在になる」


「……運命さえ震わせるほどにね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ