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第16章・1:評判

Black Lightsによるアテナイ襲撃から、


すでに数日が経っていた。


痛みも、恐怖も、傷跡も、


未だ街の至る場所に残っている。


それでもアテナイの人々は理解していた。


あの悪夢に永遠に囚われ続けるわけにはいかないと。


だから彼らは、


瓦礫に埋もれた街を、


少しずつ再び立ち上がらせ始めていた。


崩れ落ちた細い路地を歩くたび、


腐臭と鉄の匂いが全身にまとわりつく。


焼け焦げた死体を目にするたび、


俺の頭に浮かぶのは、たった一つの考えだけだった。


――全部、俺のせいだ。


襲撃の本当の理由は、


結局最後まで明かされなかった。


それでも、


自分自身を汚れていると感じずにはいられなかった。


……たぶん、


シュンも同じなんだと思う。


人々が“犯人”を求めた時、


シュンは前へ出た。


自分が責められる可能性を理解した上で、


それでも皆の前に立った。


皮肉なことに、


あの男のおかげで戦いは止まったというのに。


だが演壇に立つ彼を見た瞬間、


民衆は怒りも憎しみも忘れた。


そして迷いなく、


自分たちを救った英雄へ拍手を送った。


アテナイ市民にとっても、


世界にとっても、


ヨゲンは“シュンの到着に怯えて逃げた敗北者”になった。


新聞では、


彼は今回の英雄的行動によって勲章を授与されると報じられている。


けれど――


あの時の彼の顔を見た瞬間から、


俺は何度も考えてしまう。


あの人は、


どれほど重いものを背負っているんだろう、と。


きっと、


あの場に現れた理由は、


手柄のためでも反射的な正義感でもない。


世界中が信頼している唯一の男が、


彼だからだ。


だからこそ、


もう一つ考えてしまう。


もし、


いつか彼がいなくなったら――


世界は絶望に沈むのか。


それとも、


新たな光が生まれ、


再び人々の道を照らすのだろうか。




―――――


【現在】


エデンは小さな木製のベンチに腰掛け、


水のボトルを片手に物思いに耽っていた。


普段とは違い、


今日はゆったりした作業着のような服を着ている。


腰には工具でいっぱいのベルトまで巻かれていた。


「はぁぁ……マジで疲れたぁ……」


そう呟きながら、


彼はベンチへ身体を預ける。


「神々も手伝ってくれてるとはいえ、街の復興は思ったより時間かかってるな……」


晴れ渡った空を見上げながら、


エデンは小さく息を吐いた。


「……でもさ」


「アテナイの人たちを見てると、なんか自分が情けなく感じるんだよな」


「こんなに苦しいはずなのに、それでも笑って前を向いてる」


エデンは苦笑する。


壊れかけたような、


弱々しい笑みだった。


「どれだけ鍛えても……」


「俺は結局、あの夜に祖父さんを守れなかった、情けないガキのままだ」


そして静かに空を見上げる。


「……じいちゃん」


「今の俺を見たら、誇りに思ってくれるかな」


……



エデンの目が鋭く動いた。


同時に、


腰の剣の柄へ手をかけながら警戒する。


「……死にたくなかったら、そこから出てきた方がいい」


その瞬間、


エデンの前にあった茂みがわずかに揺れた。


そこから現れたのは、


巨大な体格を持つ一人の女性だった。


その顔立ちは、


まるで絹のように滑らかで美しい。


紅い瞳には、


猛々しさと揺るがぬ意志が宿っていた。


「ふふ、ちゃんと隠れられてると思ったんだけどな」


女性は服についた葉を払いながらそう言った。


その言葉に、


エデンは困惑したように笑う。


「いや……さすがに、五十センチくらいの茂みで大人一人隠すのは無理あるだろ……」


苦笑しながら呟いた瞬間、


彼の視線は女性の“太陽の髪飾り”へ向いた。


「……そう言われると、確かにそうかもしれないな」


彼女は真面目に状況を分析し始める。


(なんだこの変な人……?)


エデンは眉をひそめた。


だが次の瞬間、


彼はその顔に見覚えがあることに気付く。


以前見た、


評議会の神々が並んだポスター。


その中でも、


ひときわ印象的だった女神。


忘れられるはずがなかった。


――アマテラス。


「……神か」


警戒混じりに呟く。


「どうかした?」


アマテラスは首を傾げた。


「いや、別に」


エデンは肩を竦める。


「ただ、なんで神様がこそこそ俺を覗き見してるのかなって思っただけだ」


「……どうして私が神だって分かったの?」


「そんな派手で高そうな格好してるの、神くらいだろ」


エデンは彼女の豪華な衣装を見ながら言う。


「“見ろ、私は神だ。お前ら凡人より上だ”って感じが全身から滲み出てる」


「神と知ってなお、その態度とはなかなか無礼だな」


アマテラスはわざと威圧的な口調で言った。


だがエデンは一歩も引かない。


「悪いけど、神だろうが天使だろうが悪魔だろうが、全部同じだ」


「敬意を払ってほしいなら、自分で勝ち取ってくれ」


真っ直ぐなその視線を見た瞬間、


アマテラスは満足そうに笑った。


「……面白い人間だ」


「は?」


「ここまで図々しい人間は久しぶりに見た」


彼女は楽しそうに微笑む。


「いつもは皆、必要以上に敬って怖がってくるからな。正直うんざりしていた」


「だから、お前のその度胸には感謝しているよ、人間」


そう言って、


彼女は丁寧に一礼した。


そのあまりにも親しみやすく謙虚な態度に、


今度はエデンの方が困惑する。


「……なんか変な神様だな」


エデンは苦笑した。


そしてそのまま立ち上がり、


軽く頭を下げて名乗る。


「最初は失礼だった。俺はエデン。よろしく」


するとアマテラスの目がわずかに見開かれた。


「……あのエデン?」


「そう、その“あのエデン”だよ」


エデンは自嘲気味に笑う。


「呪われた子供」


「この虐殺の元凶」


「本来なら裁かれるべき存在」


「っ……ごめんなさい……」


アマテラスは思わず表情を曇らせた。


だがエデンは静かに首を振る。


「謝る必要なんてないよ」


「自分の名前にどんな噂がついてるかくらい、ちゃんと分かってる」


「……そう」



その時だった。


――ゴォォォン……


鐘楼の重々しい鐘の音が、


首都全体へ響き渡る。


その音に、


エデンは反射的に空を見上げた。


「……そろそろ仕事戻らないとな」


そう言いながら、


彼は軽く肩を回す。


「もっと話していたかったけど、ごめんな、女神様」


「また今度、話せたらいいな」


エデンはそう笑い、


ゆっくりとその場を離れようとした。


「――待って!」


アマテラスが思わず手を伸ばす。


「ん? どうした?」


エデンが振り返る。


すると彼女は、


どこか迷うような表情を浮かべながら口を開いた。


「……あの白い剣を見た時から」


「ずっと気になっていたことがある」


「……何?」


「どうして、その剣をお前が持っている?」


「は?」


エデンは困惑したように眉をひそめる。


「なんだよ突然」


「答えてくれ」


アマテラスの声は、


先ほどまでとは違って真剣だった。


その真っ直ぐな眼差しを見て、


エデンも小さく息を吐く。


「……大事な人から預かってるんだ」


「誰から?」


「いや、ちょっと待てよ」


エデンは苦笑する。


「なんなんだよ急に」


「尋問か何かか?」


「答えて」


「悪いけど、それは言えない」


その返答を聞いた瞬間、


アマテラスはエデンの手首を強く掴んだ。


「っ、おい離せ!」


エデンは咄嗟に振り払おうとする。


「答えて!」


「なんなんだよ急に! 離せって!」


アマテラスの瞳が揺れる。


「……どうしてゲンが」


「自分のあの剣を手放すの!?」


その名前を聞いた瞬間、


エデンの目が大きく見開かれた。


身体が完全に固まる。


「……今、“ゲン”って言ったのか?」


アマテラスも、


エデンの反応を見てハッとしたように動きを止める。


「……ええ」


「……どうして、お前がその名前を知ってるの?」


思いがけず、


過去と現在がその場で交差した。


エデンにとってただの祖父だったその男の名を、


神々の世界も知っていた。


一人の“人間”の名を。


神々の記憶にすら、


焼き付けられるほどの存在を。

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