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第15章・5:王

先ほどまで傲慢と憎悪に満ちていたその広間には、


今やただ“敬意”だけが存在していた。


どれほど巨大な力を持とうと。


どれほど傲慢な神であろうと。


誰一人として迷うことなく、


膝を地へつけていた。


最強の神。


最も賢き神。


最も知略に優れた神。


――全員が頭を垂れている。


雲の上を支配する、


たった一人の人間へ。


だが。


王であるその男は、


跪く神々に一切興味を示さなかった。


彼の視線はただ一人。


その存在を前にしても、


決して目を伏せようとしない英雄へ向けられていた。


そしてエスカトスは、


静かな笑みを浮かべながら口を開く。


「久しぶりだな、シュン」


「元気そうで何よりだ」


シュンは露骨に不機嫌そうな顔を浮かべた。


「……何しに来た、エスカトス」


「おや?」


エスカトスは肩を竦める。


「王が民の呼び声に応えるのは当然ではないのか?」


「お前が民を気にするとはな」


シュンは鼻で笑った。


「驚きだ」


「仕方ないさ」


エスカトスは淡々と答える。


「これ以上、我が民を絶望へ沈めるわけにはいかないからな」


そして再び、


彼は神々へ視線を向けた。


「それで?」


「Black Lightsの目的は何だ?」


「も、申し訳ありません陛下……!」


ゼウスが震える声で答える。


「その情報までは掴めておりません……」


「……本当に?」


エスカトスの黄金の瞳が、


ゆっくりとシュンへ向けられる。


「はい、陛下」


「なぜ全てを話さなかった、英雄」


その言葉に、


空気が僅かに張り詰めた。


「……どういう意味ですか、陛下?」


オーディンが困惑したように尋ねる。


エスカトスは静かに微笑む。


「彼らを信用していないのか」


「それとも――」


「知れば何をするか分からないと恐れているのか?」


「……お前には関係ない」


シュンは即答した。


「シュン、今すぐ説明――」


ゼウスが怒声を上げかけた瞬間。


エスカトスの声音が、


空気ごと全てを凍らせる。


「黙れ」


広間が静まり返った。


「誰がお前に発言を許した?」


「無能な指導者」


ゼウスの顔が青ざめる。


「もしシュンがいなければ、お前の王国は跡形もなく消えていた」


「感謝するべきだろう」


「……っ」


ゼウスは震えながら目を伏せた。


「も、申し訳ありません……」


その冷たく鋭い眼差しを前に、


彼は恐怖で頭を下げることしかできなかった。


そしてエスカトスは、


静かに核心へ触れる。


「……奴らの本当の目的は明白だ」


「お前の少年――」


「“エデン・ヨミ”を手に入れること」


広間の空気が重く沈む。


シュンは何も答えない。


だが、


その沈黙が何より雄弁だった。


その瞬間、


ゼウスは強く歯を食いしばる。


――ギリッ。


「……これが」


彼は心の中で呟く。


「俺の“信仰”の代償だというのか……」




「その目を見る限り――」


エスカトスはシュンを真っ直ぐ見つめながら口を開く。


「お前自身も、“なぜ奴らがそこまでエデンを求めるのか”理解できていないようだな」


「……そして、それこそがお前を最も不安にさせている」


シュンは露骨に顔を歪めた。


「人の心を勝手に読むのをやめろ」


「吐き気がする」


「おやおや」


エスカトスは小さく笑う。


「誰かを大切にしている時のお前は、本当に分かりやすい」


そのまま彼はゆっくりと玉座から降りた。


再び、


その足で大地を踏み締める。


奇妙なほど穏やかな足取りで、


彼は広間を歩き始めた。


神々は皆、


その姿を不思議そうに見つめている。


だが、


言葉よりも重い沈黙がその場を支配していた。


やがてエスカトスは、


星々に照らされた天井へ視線を向ける。


そして――


まるで夜空の中に太陽を見つけたかのように、


静かに微笑んだ。


「……さて」


「お前たちは、どうするつもりだ?」


「どういう意味でしょうか、陛下?」


ゼウスが困惑したように尋ねる。


エスカトスはゆっくりと振り返った。


「今日、我々は取り返しのつかないほど大きな打撃を受けた」


「だからこそ聞いている」


「恐怖へ屈するのか」


「それとも、迷いを抱えたままでも前へ進み続けるのか」


その問いに、


ゼウスは真っ先に口を開いた。


「……恐れながら申し上げます」


「これ以上進み続けるのは危険です」


「被害が大きすぎる」


「今や問題はアケアだけではありません」


「世界全体の問題です」


ゼウスは拳を握る。


「Black Lightsを止めるまでは、全てを中断するべきかと」


――これ以上、


失った威信まで失うわけにはいかない……。


その本音を、


彼は胸の内へ押し込めた。


だが。


エスカトスは小さく笑い、


再びシュンへ視線を向ける。


「……なのに」


「お前の目は、まるで逆のことを言っているぞ?」


その言葉に、


神々は一斉にシュンを見た。


シュンは険しい表情のまま答える。


「……今回はゼウスに賛成だ」


「おや」


エスカトスは楽しそうに笑う。


「謙遜するな、英雄」


「お前も分かっているはずだ」


「何が“正しい答え”なのかを」


シュンの眉が僅かに動く。


「戦士としての本能は、既に最善を理解している」


「だが――」


「優しすぎる心が、お前の判断を鈍らせている」


エスカトスは意味深な笑みを浮かべた。


「冷たかったお前を変えた何かがある」


「あるいは――誰か、かな?」


「黙れ」


シュンは低く吐き捨てる。


「答えはもう言ったはずだ」


「そうか」


エスカトスは肩を竦めた。


「なら、代わりに私が言おう」


そして彼は、


王としての絶対的な威圧感を纏いながら宣言する。


「――“Tournament of God”は予定通り開催される」


広間が静まり返った。


「参加を希望する学生は全員出場を許可する」


そして、


エスカトスは静かに言い放つ。


「……もちろん、“エデン・ヨミ”も含めてな」


その瞬間、


神々は完全に凍り付いた。


――あの惨劇の直後だというのに。




「へ、陛下……」


ゼウスが青ざめた顔で口を開く。


「恐れながら申し上げますが、それはあまりにも危険です」


「罪のない民だけでなく、生徒たちまで危険に晒すことになる……!」


「……何を企んでいる、エスカトス」


シュンが怒気を滲ませながら睨みつける。


だがエスカトスは微動だにしない。


「シュン」


「お前なら分かっているはずだ」


王は静かに言葉を紡ぐ。


「我々が相手にしているのは、誇り高い戦士でも、掟を重んじる者でもない」


「奴らは倫理も躊躇も持たない」


「世界を焼き尽くす覚悟を持った狂人たちだ」


広間の空気が重く沈む。


「ならば対抗する側も、“全てを失う覚悟”を持たねばならない」


「たとえその果てに、自分自身を見失うとしてもな」


「……エデンを送り出せば、それこそ奴らに勝利を差し出すようなものだ!」


シュンが怒鳴る。


エスカトスは小さく笑った。


「おやおや、どうした英雄」


「かつてのお前なら、もっと冷静だったはずだが?」


「指導者であることは、人間らしさを捨てることじゃない」


シュンは低く吐き捨てる。


「……分かっているだろう」


エスカトスは穏やかな声音のまま続けた。


「これが最善だと」


「我々まで迷えば――」


「誰が弱き者たちの道を照らす?」


その言葉を聞いた瞬間、


シュンの中で何かが切れた。


「……その言葉を」


彼の瞳が鋭く歪む。


「二度とその汚れた口で語るなッ!!」


広間が震える。


だがエスカトスは、


むしろ楽しげに笑った。


「落ち着け、英雄」


「お前も分かっているはずだ」


「今日の失敗の直後に、ヨゲンはしばらく姿を現さない」


「奴は大胆だが、愚かではない」


「勝利を確信した瞬間にしか動かない」


「だからこそ――」


「その時こそ、お前は全力で奴を叩ける」


エスカトスの黄金の瞳が、


静かにシュンを見据える。


「……どれだけ足掻こうと、お前の手に染み付いた血は消えない」


「ならばお前にできることは、一つだけだ」


「戦い続けろ、英雄」


シュンは強く歯を食いしばる。


拳を震わせながら、


ゆっくりと視線を落とした。


「……ああ」


その答えを聞いた瞬間、


エスカトスは満足げに微笑んだ。


そして神々の前へ立つ。


黒いローブを翻しながら、


王として声を轟かせた。


「顔を上げろ――」


「第一の神に祝福されし、誇り高き神々よ!」


その声に、


神々が一斉に顔を上げる。


その瞳には、


既に迷いではなく覚悟が宿っていた。


「今日、奴らが傷つけたのはアケアだけではない!」


「我々全員だ!」


「サモアからトンガまで!」


「テノチティトランからノルクまで!」


エスカトスの声が、


広間全体を震わせる。


「今宵、奴らは我々全てへ戦争を宣言した!」


「ならば我々も――」


「奪われた最後の命の代償を払わせるまで、決して止まらない!!」


神々が拳を握る。


そして、


全員が咆哮した。


「――オオオオオオオオオオッ!!」


その叫びは、


まるで新たな戦争の狼煙のように響き渡る。


――必ず償わせる。


エスカトスは静かに誓った。


――Black Lights。

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