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第15章・4:代償など構わない

重苦しい緊張が、


その場全体を包み込んでいた。


十二柱の支配者たちの視線は、


先ほど大虐殺を止めたばかりの一人の人間へ、


嫌悪と憎悪を込めて向けられている。


――英雄を裁く時が来たのだ。


「……シュン、前へ」


ゼウスが静かに告げた。


シュンはゆっくりと演壇の後ろへ歩み出る。


広間の中央。


そこは、


全ての神々が彼の一挙手一投足を見渡せる場所だった。


シュンは恐れなど一切見せない。


その瞳には、


揺るぎない意志だけが宿っていた。


「まず初めに――」


彼は静かに口を開く。


「本日のアテナイを襲っている混乱の最中にも関わらず、この場に集まってくださったことへ感謝を申し上げます」


「ですがご安心ください」


「現在、私の部隊が事態の収拾に当たっています」


「まもなく全区域を制圧できるでしょう」


そしてシュンは視線を上げた。


「その上で――」


「ここ数ヶ月に渡る我々の調査結果を報告します」


パチン――


指を鳴らした瞬間、


シュンの背後に複数のホログラムが浮かび上がった。


そこには、


世界各地に印された地点。


無数の資料。


写真。


そして名前が映し出されている。


「……これは何だ?」


ゼウスが眉をひそめる。


シュンは淡々と答えた。


「現時点で我々が収集した、敵組織――“Black Lights”に関する全情報です」


再びその名を聞いた瞬間、


神々の身体を不快な悪寒が走った。


「既にご存知の通り」


「Black Lightsは、王と現行体制の打倒を目的とした組織です」


「革命軍と違い、彼らは自分たちの存在を隠そうとしない」


「それどころか、その手段は極端かつ予測不能です」


ホログラムには、


各地で確認された事件や襲撃記録が映し出されていく。


「この組織には世界中から人間が集まっているため、正確な人数は把握できていません」


「ですが――」


シュンの目が鋭く細まる。


「最も危険なのは数ではなく、“影響力”です」


「……なぜだ?」


アマテラスが問い掛けた。


「我々の調査では」


「彼らは世界中の複数の地域、王国、さらには政府内部にまで支援基盤を持っています」


「そしてその中心にいる男――ヨゲンは、極めて高い扇動能力を持つ」


「彼一人で国家規模の戦争すら引き起こしかねません」


「そんな馬鹿な!」


ゼウスが即座に否定する。


「奴の顔も目的も既に世界中へ知れ渡った!」


「今さら誰が関わろうとする!」


だがシュンは静かに首を横へ振った。


「……私はそうは思いません」


「今回の件で彼は、“たった一人でも世界の均衡を崩せる”ことを証明した」


「だからこそ、人々は今の体制そのものへ疑念を抱き始めるでしょう」


広間に重い沈黙が落ちる。


「これは全て、大きな計画の始まりに過ぎません」


「そして彼は、我々を打ち負かすことで望みを手に入れた」


シュンは神々を真っ直ぐ見据える。


「――現行システムは既に時代遅れである、と」


その言葉は、


神々の誇りを真正面から叩き潰す一撃だった。


誰もが苛立ちを隠せない。


だがシュンは構わず続ける。


「……しかし、最大の問題は別にあります」


彼が手を振ると、


十二枚の画像が浮かび上がった。


その中には顔すら不明な者もいる。


「Black Lights最強戦力――」


「“終焉の十二星”」


広間の空気がさらに冷え込む。


シュンは静かに告げた。


「彼らは本物の怪物です」


「――神すら殺せるほどの」


「そんなものは戯言だッ!!」


フイツィロポチトリが怒声を轟かせた。


「神を倒せるのは神だけだ!」


その瞬間、


シュンは静かにホログラムを切り替える。


そこに映し出されたのは――


全身を血で染めたアレスの姿だった。


「……アレス」


ゼウスが目を見開いたまま呟く。


「貴方が“不可能”と呼んだその結果を生み出したのは――」


「Black Lightsの中でも特に危険な一人、“Puppet”です」


広間に重い沈黙が落ちる。


「我々は未だに奴の出自も、本名も、能力の全容すら把握できていません」


シュンは淡々と続けた。


「ですが、一つだけ確かなことがあります」


彼の黄金の瞳が静かに細まる。


「――もし奴が真の力へ到達すれば、我々は全員殺される」


その率直すぎる言葉に、


神々は完全に言葉を失った。


それは、


常に絶対的だったシュンが、


初めて“敗北の可能性”を口にした瞬間だったからだ。


だがその時、


静かな威厳を持つ声が割って入る。


「……奴らはどこに潜んでいる?」


「そして、“ヨゲン”とは何者だ?」


オーディンが問い掛けた。


シュンは僅かに目を伏せる。


「……申し訳ありません」


「そこまでは掴めていません」


「役立たずめ……」


フイツィロポチトリが吐き捨てる。


「追跡は不可能に近い」


シュンは冷静に説明した。


「まるで常に亡霊を追っているようなものです」


「加えて、我々が持つ情報自体も極めて限られている」


その瞬間、


再びフイツィロポチトリが口を開く。


その声音には、


怒りと傲慢さが滲んでいた。


「一つ答えろ、シュン」


「何でしょう」


「お前はヨゲンを目の前にしていた」


「だが奴に頼まれた程度で逃がしたそうだな」


フイツィロポチトリは鼻で笑う。


「それでも戦士を名乗るつもりか?」


シュンの瞳が静かに揺れる。


「……私は、国家の未来にとって最善の選択をしただけです」


「既に十分すぎるほど人が死んだ」


「それが何だと言うんだ!」


フイツィロポチトリが机を叩き怒鳴る。


「お前は危険人物を、戦いもせず逃がしたんだぞ!」


「貴様の役目は奴を止めることだった!」


「たとえアテナイ市民が全滅しようともな!」


その言葉を聞いた瞬間、


シュンの拳が軋むほど強く握られる。


歯を食いしばる音が静かに響いた。


「……代償など関係ない、だと?」


低く、


押し殺した声。


「そうだ」


フイツィロポチトリは迷いなく言い放つ。


「人間の命など、我々に仕える以上の価値はない」


――ピキッ。


空気が凍りつく。


シュンはなおも怒りを抑え込みながら、


低く吐き捨てた。


「……大した働きもしていないくせによく喋るな」


「このクソ蜂鳥が」


「何だと……?」


フイツィロポチトリの目が吊り上がる。


シュンは真正面から睨み返した。


「神でないというだけで、市民の命に価値が無いと本気で思っているのか?」


「一人を倒すためなら、何千人死のうが構わないと?」


「その通りだ」


フイツィロポチトリは即答する。


「それが世界の均衡を守るための正しい代償だ」


シュンの瞳から、


静かな慈悲が完全に消えた。


「……誰がお前に、そんなことを決める資格を与えた?」


その問いに、


フイツィロポチトリは傲然と顎を上げる。


「神だ」




――ザシュッ!!


瞬き一つの間に、


シュンの爆発的な踏み込みが空間を揺らした。


広間全体が激震する。


誰一人反応できなかった。


気づいた時には、


シュンの冷たく鋭い剣先が、


傲慢な神の首筋へ突きつけられていた。


神々は目を見開く。


驚愕。


そして恐怖。


その両方が、


確かに彼らの表情へ浮かび上がっていた。


次の瞬間――


フイツィロポチトリの首元から、


小さな血の雫が静かに零れ落ちる。


「……へぇ」


シュンは冷え切った瞳のまま呟いた。


「神っていうのも、ちゃんと血が流れるんだな」


「貴様……ッ」


フイツィロポチトリの顔が怒りで歪む。


だがその瞬間、


ゼウスが怒号を轟かせた。


「いい加減にしろ、貴様らッ!!」


空気が震える。


「殺し合いたいなら、私の見えない場所でやれ!」


ゼウスは苛立ちを隠さず吐き捨てた。


「我々が愚か者みたいに争っている間にも、奴らは次の一手を進めているんだぞ……!」


……


だがその時だった。


静かで、


どこまでも穏やかな声が広間へ響く。


「……随分と暗い顔をしているな」


その瞬間、


誰もが息を呑んだ。


艶やかで輝く黄金の髪が、


ゆっくりと揺れる。


まるで神話そのもののような、


圧倒的な美しさ。


彼の身体を彩る鎖が、


歩みに合わせて静かに鳴った。


――シャラン……


その音色は、


不気味なほど優雅だった。


「我が愛しき兵たちよ」


「今日は随分と手酷くやられたようだな」


一歩。


また一歩。


その足音には、


王としての絶対的な威圧感と自信が宿っていた。


黒いローブは床の上を滑るように揺れ、


まるで穢れた地面に触れることすら拒んでいるかのようだった。


「……そんな馬鹿な」


シュンが初めて言葉を失う。


その男は迷いなく歩み続ける。


巨大な王座へ。


――ただ一人しか座ることを許されない玉座へ。


そして当然のように腰を下ろした。


その瞬間、


空気そのものが変わる。


もはや裁かれているのは一人の男ではない。


今この場では、


神々ですら彼へ跪き、


裁きを受ける側だった。


次々と神々が玉座から降りる。


そして片膝をつき、


頭を垂れた。


「――陛下、お帰りを」


エスカトスは静かに微笑む。


王に相応しい、


絶対的な余裕と静けさ。


彼は足元に跪く神々を、


ただ穏やかに見下ろしていた。


……だが。


ただ一人。


その場で膝を折らない男がいた。


悲劇を背負った英雄――シュン。


彼だけは離れた場所で、


なお真っ直ぐ立っていた。


どんな代償を払おうとも、


誰一人として、


彼に頭を下げさせる資格など無かった。

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