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第14章・5:山の頂から

瓦礫の中を、


一人の男が歩いていた。


緑色の髪を揺らしながら。


その姿は頼もしい。


だが、


彼の表情には怒りと焦燥が滲んでいた。


かつては整っていた衣服も、


今では灰と血に汚れ、


原型を失っている。


憂いを帯びながらも優しかった瞳は、


今や炎を宿した深い奈落だった。


(……くそっ)


オリヴィオは舌打ちする。


(アレスの馬鹿は何をしてるんだ……?)


(なんで急に通信を切った……?)


瓦礫を踏みしめながら、


彼は苛立ちを押し殺せない。


(あと数秒でも待っていれば、もっとまともな作戦が立てられたのに……)


(あいつの傲慢さは、誰かの指示で動くことを許さないらしい)


オリヴィオは苦く笑った。


(まだ襲撃から数分しか経ってないのに……)


(まるで戦争以上の重さが肩にのしかかってる)


彼は視線を落とす。


そこにあるのは、


自らの剣。


その刃は、


肉と血で染まっていた。


(……仕方なかった)


(もし俺が殺さなければ、あいつらは迷わずこちらを殺していた)


自分に言い聞かせるように、


何度も何度も繰り返す。


……


その時――


「アアアアアアッ!!」


闇の中から、


複数のフードの男たちが飛び出した。


一切の躊躇なく、


オリヴィオへ襲い掛かる。


――ザシュッ!!


瞬きする間もない。


オリヴィオは即座に構えを取り戻し、


鞘から剣を抜き放つ。


銀閃。


その一撃だけで、


敵の首が宙を舞った。


さらに、


足を滑らかに踏み替える。


身体を回転させながら、


流れるような斬撃を放つ。


一秒。


たった一秒で、


周囲の敵全員が崩れ落ちた。


だが――


オリヴィオは剣を収めない。


背後へ向け、


鋭い突きを放つ。


「――ガハッ!!」


隠れていた敵が姿を現した。


返り血が、


オリヴィオの背を濡らす。


次の瞬間、


雷光のような速さで剣を引き抜き、


敵の首を切断した。


ドサッ――


再び、


静寂。


狂気に満ちた沈黙だけが、


辺りを包み込む。


オリヴィオは重く息を吐いた。


そして、


無意識に周囲を見渡す。


燃え落ちた家々。


黒焦げになった死体。


真紅に染まった瓦礫。


だが、


彼を最も苦しめていたのは――


自分の足元だった。


十以上の命。


自らの手で奪った命。


その魂が、


神々へ向けて叫んでいる気がした。


(……仕方なかった)


彼は再び、


自分へ言い聞かせる。


(今ここで止めなければ……)


(もっと多くの人が死ぬ)



だが、


数え切れない思考に飲まれる中、


オリヴィオは異様な力の流れを感じ取った。


「……なんだ、あれは?」


彼は眉をひそめる。


山の頂上から、


膨大なゼンカが噴き出していた。


オリヴィオはすぐに通信を繋ぐ。


「アフロディーテ、聞こえるか?」


『はぁ!? 何よ今!? こっちはフード野郎どもの相手で忙しいんだけど!!』


愛の女神は、


優雅で妖艶な舞を踊るように敵を翻弄していた。


その動きは美しく、


同時に致命的。


華やかな回転と共に、


鋭い打撃が敵を叩き潰していく。


「……この戦いをひっくり返せるかもしれない」


『ひっくり返す? どういう意味?』


問いかけながら、


アフロディーテは一人の敵の顔面へ膝蹴りを叩き込む。


「結界の術者の居場所を見つけたかもしれない」


『……!』


「内側か外側かは分からない。だが、そいつを倒せれば……まだ可能性はある」


アフロディーテは小さく舌打ちした。


『よくやった。そこを動くな、すぐ向かう』


彼女は桃色の小さなダーツを放つ。


それを受けた敵たちは、


苦悶の表情を浮かべながら幻覚に囚われていった。


「……時間がないかもしれない」


オリヴィオは険しい顔で呟く。


『おい、無茶はするな』


アフロディーテの声が鋭くなる。


『こいつら、今までの敵とは格が違うのよ』


『そっちへ行くまで数分かかる』


「……悪いな」


オリヴィオは目を閉じる。


「その数分が、生き残れるかどうかの分かれ道になる可能性が高い」


『死んだら余計に不利になるだけよ、オリヴィオ』


「……お前が一番分かってるはずだ」


彼は空を見上げる。


「俺たちが相手にしてる連中は……俺たちじゃ到底届かない場所にいる」


『……じゃあ、どうするつもり?』


オリヴィオは静かに息を吐いた。


「一瞬でいい」


「ほんの一瞬だけ隙を作れれば、それで十分だ」


「……あいつなら理解してくれる」


『“あいつ”?』


アフロディーテは眉をひそめる。


『そんな不確かな希望のために命を懸ける気?』


オリヴィオは迷わず答えた。


「……兄貴を信じてるからだ」


その声には、


一切の迷いがなかった。


「兄貴は……誰よりも強い」


その言葉を聞き、


アフロディーテは小さく笑う。


『……死ぬんじゃないわよ、オリヴィオ』


「死なないさ」


――ズォォォン!!


次の瞬間、


オリヴィオは山頂へ向かって駆け出した。


鼓動が激しく脈打つ。


一歩進むたび、


胸の中で響くのはただ一つ。


(兄貴を信じてる)


……


【同時刻・アテナ南方山岳地帯】


山頂では、


二人のフード姿の男が静かに街を見下ろしていた。


炎。


悲鳴。


崩れ落ちる都市。


アテナは、


苦痛と絶望に呑み込まれていた。


「……なぜ受け入れた?」


一人目の男が口を開く。


その声は、


まるで暗号のように歪んでいた。


「何をだ?」


もう一人の男は静かに返す。


その声には落ち着きがあった。


だが、


どこか深い傷も感じさせる。


「お前は“運命”だとか、“新しい世界のために古い世界を壊す”だとか……そうい

う思想を信じる人間には見えない」


「……少しも後悔しないのか?」


「悲しみはないのか?」


その問いに、


男は静かに目を閉じた。


「……俺の手は、お前の想像以上に血で汚れている、レムリエル」


彼は淡々と続ける。


「過去の血」


「現在の血」


「そして――まだ流れてもいない未来の血でさえな」


風が静かに吹き抜ける。



「お前の言う“善悪”なんて概念は、俺には関係ない」


「俺にとって重要なのは……夢が叶うかどうかだけだ」


「夢……?」


「……正確には、俺自身の夢じゃない」


男は空を見上げた。


「ある旧友の……最後の願いだ」


その瞬間――


レムリエルがゆっくりと首を動かした。


「どうした?」


「……小さな来客が来たようだ」


二人は同時に視線を向ける。


そこには、


ただの茂みしかない。


だが――


「隠れる必要はない」


レムリエルは冷たく告げた。


「お前がそこにいることくらい、最初から分かっている」


――ザシュッ!! ドゴォォォン!!


オリヴィオが背後から飛び出し、


凄まじい斬撃を振り下ろした。


だが、


もう一人のフードの男は、


小さなナイフ一本でその一撃を受け止める。


激しい火花が夜空へ散った。


衝撃だけで、


オリヴィオの身体は後方へ吹き飛ばされる。


「へぇ……」


レムリエルは面白そうに目を細めた。


「もっと愚かな客かと思っていたが……どうやら私たちを欺いていたらしい」


オリヴィオは獰猛に笑う。


「運が良かったな」


「そいつがいなけりゃ、お前の首は飛んでた」


フードの男は冷たい声で告げる。


「……その程度の力で、随分と自信家だな」


「一つ忠告してやろう、小さな客人」


レムリエルが静かに口を開く。


「今すぐ踵を返して立ち去れ」


「死にたくないならな」


オリヴィオは肩をすくめた。


「悪いな。せっかくの親切だが――断らせてもらう」


その返答を聞き、


レムリエルは静かに息を吐く。


「……残念だ」


「ならば、死ね」


――ブゥゥゥゥゥン!! バキィィィン!!


次の瞬間、


オリヴィオは全身を押し潰されるような圧力に襲われた。


「――ッ!?」


身体のあらゆる骨が軋む。


地面へ叩きつけられ、


周囲の大地が陥没していく。


(なんだ……この力……!?)


地面は沈み続ける。


呼吸さえ許されない。


だが――


オリヴィオは腕を震わせながら、


ゆっくりと身体を起こし始めた。


「……面白い」


レムリエルが小さく呟く。


(何と戦おうと立ち上がれ、オリヴィオ)


脳裏に響く声。


(戦え、オリヴィオ!!)


その瞬間――


オリヴィオの身体から、


眩い光のゼンカが溢れ出した。


レムリエルとフードの男が、


初めてわずかに目を見開く。


力に押し潰されていた男が、


ゆっくりと立ち上がる。


自分を無力だと思っていた男が、


強者へ牙を剥く。


(これが最後でも構わない)


(腕が砕けようが、脚が折れようが――進め)


(あいつが世界を照らせるようになるまで!!)


「――アアアアアアアアッ!!」


轟音と共に、


オリヴィオを押し潰していた力場が砕け散った。


破片のように光が舞う。


オリヴィオの呼吸は重い。


だが、


その瞳の炎だけは消えていなかった。


「なるほど……」


レムリエルは静かに呟く。


「お前は“こちら側”の存在だったか」


そう言いながら、


彼はゆっくりとフードを外した。


その瞬間、


オリヴィオの目が見開かれる。


そこにいたのは、


到底“人間”とは呼べない存在だった。


完全な白。


顔には肌の質感すらない。


ただ中央に、


赤い単眼だけが存在している。


そして背中からは、


巨大で美しい二枚の翼。


だが、


本当に恐ろしかったのはその後ろだった。


炎に包まれた巨大な眼。


その周囲には幾重もの輪。


そして、


無数の眼が浮かび上がっている。


「……貴重な血を無駄にしたくはなかったが」


レムリエルは静かに人差し指を向ける。


「お前がそうさせる」


次の瞬間――


光線が放たれた。


オリヴィオは反応すらできない。


――ズドォォォッ!!


光は彼の胸を貫通した。


「あ……ッ!!」


凄まじい激痛。


オリヴィオは膝をつき、


大量の血を吐き出す。


視界が歪む。


世界が回転する。


その瞬間、


彼は理解した。


(……次元が違う)


目の前の存在は、


圧倒的に格が違う。


もし勝利を掴みたいのなら――


すべてを賭けるしかない。


命すらも。

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