表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/90

第14章・4:壊れた舞台

ついに幕は開かれた。


この狂った舞台の主役である二人は、


地獄の観客たちの視線を真正面から受けていた。


(何なんだ……これは……? 幻覚か……?)


アレスは周囲を見渡しながら眉をひそめる。


「……またお前の悪趣味な遊びか、パペット」


するとパペットは、


糸で縫われた口元を歪ませながら笑った。


「違うよ、違うよ♪」


「これはただの――」


「美しく、歪んだ“表現”さ」


その目が妖しく細まる。


「今日は君に教えてあげる」


「“痛み”がどれほど美しいものかをね」


――その瞬間。


オルゴールの音色が劇場全体を包み込んだ。


不気味で、


暗く、


なのにどこか愉快。


狂気に満ちた旋律。


パペットが指を鳴らす。


パチン――


その背後から、


深紅の糸に吊られた“不死者の楽団”が現れた。


腕のない演奏者。


顔の潰れた歌手。


腹を裂かれた指揮者。


死体たちは糸に操られながら、


狂った音楽を奏で始める。


パペットは大きく両腕を広げ、


歓喜に満ちた声で叫んだ。


「皆さぁん!!」


「――ようこそォ!!」


「《壊れた舞台》へぇぇぇぇぇぇぇ!!♪」


次の瞬間――


演奏が爆発した。


激しい音色。


狂った笑い声。


そして、


天から降り注ぐ大量の血。


鮮血の雨が、


舞台全体を赤く染め上げる。


「ふざけるなァ!!」


アレスは叫びながら、


迷いなく突撃した。


槍を構え、


一直線にパペットへ迫る。


だが――


その時。


パペットが歌う。


♪「赤い幕が 開いていく」


アレスは猛烈な連撃を放つ。


神速。


重撃。


一撃一撃が空気を裂き、


舞台を破壊する。


しかし――


当たらない。


パペットは、


まるで踊っているかのように、


軽やかに攻撃を避けていく。


今まで通用していた戦法が、


完全に“遊ばれて”いた。


(何だと……!?)


その瞬間。


パペットがアレスの耳元に現れる。


♪「歪んだ夢の 始まりだ」


「――ッ!?」


アレスは即座に反応し、


槍を横薙ぎに振るう。


轟音。


舞台の一角が丸ごと吹き飛ぶ。


だが、


パペットは既に別の場所にいた。


(どこからこんな速度を……!?)


パペットは観客席へ降り立つ。


そして、


そこにいた観客の一人の頬へ、


ナイフで“笑顔”を描いた。


血飛沫。


悲鳴。


♪「笑顔の奥に 隠れている」


「……遊ぶなァァァァ!!」


アレスは怒号と共に飛び込む。


――ドゴォォォォン!!


巨大な爆発。


観客席が粉砕される。


瓦礫。


血。


肉片。


その暴威は、


ギリシャ市民すら巻き込んでいた。


♪「砕けた悲鳴 聞こえるか?」


アレスの足元。


そこには、


彼自身が殺してしまった無数の市民たち。


焼け焦げた身体。


潰れた四肢。


絶望に染まった瞳。


その視線が、


神である彼の魂を貫く。


まるで、


弱さを責め立てるように。


♪「糸を引けば 踊りだす」


無数の糸が、


一斉にアレスへ絡みつく。


「ッ!!」


アレスは反射的に槍で斬り裂こうとする。


だが――


切れない。


鋼よりも硬い。


神の力すら通さない。


「離せぇぇぇぇぇ!!」


パペットは、


糸に囚われたまま動けないアレスの前へゆっくりと歩み寄った。


そして、


その顎を掴み、


愛おしむように囁く。


♪「壊れた心 美しい♪」


「……ッ!!」


アレスは全身を震わせながら暴れる。


筋肉を軋ませ、


神の力で無理やり引きちぎろうとする。


だが――


切れない。


壊れない。


深紅の糸は、


まるで呪いのように彼を縛り続ける。


そのまま、


アレスの身体は舞台中央へと引きずられていった。


全ての観客の視線が、


彼へ突き刺さる。


そして――


観客たちが一斉に叫ぶ。


♪「踊れ 踊れ♪」


次の瞬間、


糸がアレスの身体を無理やり操り始めた。


腕。


足。


首。


まるで本物の操り人形。


観客たちは笑っている。


だがその目からは、


血の涙が流れていた。


♪「壊れるまで♪」


焼け焦げたギリシャ市民たちが、


ゆっくりとアレスを囲み始める。


その瞳には、


絶望しか存在しない。


♪「悲鳴さえも音楽になる♪」


死人たちは、


泣きながら、


叫びながら、


必死にアレスへ縋りつく。


まるで、


「終わらせてくれ」と懇願するように。


「やめろ……」


「触るな……!」


♪「笑え 笑え♪」


観客席が合唱する。


狂ったように。


壊れたように。


その瞬間――


ベチャッ。


アレスの頬へ、


肉片と血が降りかかった。


まるで、


悪趣味な喜劇。


♪「狂うほど♪」


アレスは何もできない。


抵抗できない。


ただ、


絶望だけが積み重なっていく。


響き渡る悲鳴。


空すら裂きそうな叫び。


そしてパペットは、


大きく両腕を広げながら叫ぶ。


♪「ここでは痛みも芸術さ♪」


その背後で、


もう一枚の緞帳がゆっくりと開いた。


そこに現れたのは――


無数の“顔”。


恐怖。


苦痛。


絶望。


狂気。


人々の感情が、


そのまま芸術作品のように張り付けられていた。


アレスは、


完全に言葉を失う。


(……どうやって……)


(こんな奴に勝てばいい……?)


理解不能。


パペットには、


誇りもない。


信念もない。


道徳もない。


ただ、


己の最も暗く深い欲望のままに動いている。


(……勝てるのか……?)


神の瞳が揺れる。


その瞬間――


パペットが爆笑した。


観客も、


死人たちも、


全員が笑う。


壊れたように。


狂ったように。


だが――


次の瞬間。


アレスの心臓が止まりかける。


目の前に、


二人の女性が現れた。


その姿を見た瞬間、


アレスの全身が凍りつく。


「あ……」


その二人は、


彼にとって、


この世界の残酷さそのものだった。


「行くな……」


アレスは震える手を伸ばす。


「お願いだ……」


――シュンッ。


次の瞬間。


二人の身体は、


無慈悲に爆発した。


赤い紙吹雪となって。


世界が止まる。


あの日の悪夢。


失った瞬間。


守れなかった記憶。


それが、


再び彼を飲み込む。


アレスの頬を、


何かが伝って落ちる。


ぽたり。


ぽたり。


「……なんでだ……?」


彼は呆然と呟く。


「……雨……か……?」


だが、


それは違った。


彼の頬を濡らしていたのは――


涙だった。


. . .


その瞬間――


止まることのなかった音楽へ、


再びパペットが溶け込む。


♪「涙の味が 甘すぎて♪」


パペットはゆっくりと指先を伸ばし、


アレスの頬を伝う涙をなぞった。


そして――


その涙を、


舌で味わう。


恍惚とした表情。


「……っ」


♪「壊したくなる その心♪」


グシャッ――


パペットは、


人間の心臓を握り潰した。


まるで、


ただのガラス細工でも壊すかのように。


鮮血が飛び散る。


♪「歪んだ顔が 愛おしい♪」


アレスの瞳は、


少しずつ焦点を失っていく。


過去。


罪。


後悔。


悪夢。


それらが何度も何度も蘇り、


彼の精神を引き裂いていた。


♪「もっと聞かせて その声を♪」


「ぁ……ぁぁ……!!」


アレスは叫ぶ。


絶望に満ちた悲鳴。


その瞬間、


パペットの糸がゆっくりと彼を解放した。


だが――


もう遅い。


「なぜ慈悲を与えた?」


「なぜあいつを生かした?」


「なぜ止めなかった?」


同じ声が、


頭の中で繰り返される。


何度も。


何度も。


何度も。


アレスは膝から崩れ落ちた。


目を見開いたまま、


過去の叫びを聞き続ける。


終わらない。


止まらない。


♪「逃げられない♪」


パペットが耳元で囁く。


♪「終わらない♪」


糸で縫われた口が、


大きく歪む。


♪「すべてはショーの一部♪」


その瞬間――


空から大量の死体が降ってきた。


ドサッ。


グシャッ。


鮮血が舞台を真紅に染める。


……


そして観客たちは、


狂ったように声を揃える。


♪「回れ 回れ♪」


アレスは立ち上がる。


だが、


その身体は左右に揺れていた。


視界が歪む。


現実と幻覚の境界が崩れていく。


♪「終わらぬ舞台♪」


パペットは糸を舞台中へ広げた。


観客全員が、


“主役”アレスを彩る演者へと変わる。


♪「壊れた人形 笑っている♪」


その時――


アレスの顔に、


壊れた笑みが浮かんだ。


涙を流しながら。


彼自身、


理解している。


壊れているのは自分だと。


だから止めようとする。


自分の皮膚を引き裂いてでも。


だが、


止まらない。


♪「叫べ 叫べ♪」


観客が懇願する。


無数の視線が、


アレスを裁くように突き刺さる。


♪「声が裂けても♪」


アレスの叫びは、


どんどん壊れていく。


喉が裂けても。


血を吐いても。


亡霊たちは、


彼の罪を責め続ける。


♪「悲劇こそが美しい♪」


パペットは、


怯えきった神の瞳を見つめながら囁いた。


……


♪「さあ もっと…♪」


♪「もっと壊れて…♪」


アレスの声は、


悲鳴を上げるたびに歪んでいく。


人間とも獣ともつかない声。


♪「君の絶望が♪」


♪「最高の演出だ♪」


パペットは、


アレスの顎から手を離した。


アレスは、


もう抵抗しない。


ただ、


虚ろな瞳で地面を見つめていた。


そして――


小さく、


震える声で呟く。


「助けて……」


脳裏に浮かぶのは、


父――ゼウスの姿。


「やめて……」


震える手を伸ばす。


「痛い……」


その言葉と共に、


アレスの瞳から、


最後の光がゆっくりと消えていった。


. . .



パペットは、


壊れかけた小さな玩具を見るように、


アレスへ視線を落とした。


そこに浮かんでいたのは、


明確な“失望”。


そして、


ほとんど囁くような声で歌う。


♪「壊れても♪」


♪「まだ足りない♪」


次の瞬間――


パペットは舞台全体へ糸を張り巡らせた。


観客。


死人。


楽団。


すべてを、


彼の“劇”へ引きずり込む。


「――そろそろ終幕の時間だ」


その言葉と同時に、


全員が狂ったように踊り始めた。


死人たちは身体を軋ませながら舞い、


楽団は狂気のまま演奏を続ける。


太鼓の音は、


もはや断末魔だった。


♪「踊れ 踊れ♪」


全員が叫ぶ。


♪「狂気のショー♪」


パペットは、


完全に意志を失ったアレスと共に、


優雅に踊り始めた。


まるで舞踏会。


まるで恋人同士。


♪「涙さえも飾りになる♪」


ドンッ――!!


ドンッ――!!


太鼓が鳴るたび、


死人たちの身体が壊れていく。


肉が裂け、


骨が砕け、


悲鳴が響く。


そのすべてが、


音楽だった。


♪「壊せ 壊せ♪」


観客が狂ったように叫ぶ。


次の瞬間、


腸が宙を舞った。


肉片が飛び散る。


血が雨のように降り注ぐ。


だがパペットは、


笑いながら踊り続ける。


♪「すべてを♪」


その指先は、


まるで刃物。


糸を操るたび、


次々と首が宙を舞う。


♪「ここでは絶望が輝く♪」


パペットが両腕を大きく広げる。


その瞬間――


――BOOOOOOM!!


巨大なドラム音と共に、


血と肉の豪雨が舞台を覆い尽くした。


世界そのものが、


真紅へ染まる。


そして――


♪「さあ…♪」


♪「幕を閉じよう…♪」


パペットは、


完全に崩壊した円形劇場へ向けて、


優雅に一礼した。


そこにはもう、


観客はいない。


歓声もない。


残っているのは――


戦争の神と、


狂った人形遣いだけ。


……


やがて、


緞帳がゆっくりと閉じていく。


ギィィ……


赤い幕が、


全てを覆い隠した。


そして――


静寂。


先ほどまでの狂気も、


音楽も、


絶叫も、


すべて消えた。


残ったのは、


壊れた二人の男だけだった。


……


「……なぜだ……」


アレスが掠れた声で呟く。


「……なぜ……こんなことをする……?」


パペットは小さく首を傾げる。


「何が?」


「他人の痛みで……何を得る……?」


するとパペットは、


不思議そうに笑った。


「僕?」


「何も得てないよ」


そして、


ゆっくりとアレスを見下ろす。


「僕はただ――」


「君が“本当は何者なのか”を見せてあげただけ」


その声は、


どこまでも優しい。


だからこそ恐ろしい。


「脆くて弱い神」


「何一つ守れなかった神」


「恐れを知らない戦士を演じ続けた、弱い男」


パペットは再びアレスの顎を掴む。


そして、


涙で濡れた瞳を覗き込みながら問いかけた。


「どうしてそんなに悲しいの?」


「君は最初から、神々に踊らされる操り人形だったじゃないか」


「これからも同じだよ」


「ただ――」


糸で縫われた口が、


ゆっくりと歪む。


「僕と一緒なら、もう苦しまなくて済む」


アレスの瞳から、


力が抜けていく。


「……もう……終わったのか……?」


「うん」


パペットは静かに頷いた。


その答えを聞いた瞬間、


アレスは小さく笑った。


安堵にも似た、


壊れた笑み。


そして、


ゆっくりと目を閉じる。


世界が、


暗闇へ沈んでいく。


……


最後に響いたのは――


湿った、


冷たい、


金属音。


――SWOOSH。


その後に残ったのは、


墓場のような沈黙だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ