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第12章・3:人間の感情

かつては荘厳で気品に満ちていた邸宅は――


今や瓦礫と記憶だけを残し、無残に崩れ落ちていた。


破壊。


静寂。


そして、まだ消えきらない炎。


そのすべてが、空間を支配していた。


第4グループとロワは、焦燥を隠せないまま現場へと駆けつけた。


そして、その光景を目にした瞬間――


全員の瞳が大きく見開かれる。


「……遅かったか……」


シュウが震える声で呟いた。


「迷っている場合じゃない!」


ロワが鋭く言い放つ。


その声には、焦りが滲んでいた。


「エデンは必ず生きている!」


「何としてでも見つけ出して!」


「ヨウヘイは私が探す!」


その言葉を合図に、


全員が一斉に動き出した。


必死に瓦礫をかき分ける。


僅かな希望を信じて。


「エデン!!どこだ!!」


シュウの叫びが響く。


ユキとロワは狂ったように瓦礫をどかし続ける。


だが――


何を探しても見つかるのは、


崩れた石と粉塵ばかり。


その時――


ヴィオレットの表情が凍りついた。


言葉を発しようとするが、声にならない。


彼女の視線の先には――


石の隙間を流れる、一筋の赤。


血だった。


「……そんな……」


シュウもそれに気づき、


顔色が変わる。


「こっちだ!!」


声が張り裂けるほどの叫びだった。


全員が迷うことなく駆け寄る。


必死に瓦礫を投げ飛ばしながら、


少しずつ、


人の形が現れていく。


そして――


その姿を目にした瞬間、


誰も言葉を発することができなかった。


友の右脇腹は、


完全に貫かれていた。


左腕には、


濃密で不気味な闇のエネルギーが絡みついている。


その力は、


身体の半分へと侵食しようとしていたが――


もう半分が、


それを拒絶していた。


「……死にかけている」


ロワが低く呟いた。


ゼンカが、急速に弱まっている。


「どういうことだ……?」


シュウは愕然としていた。


「この程度の傷で、ここまで衰弱するはずがない……」


ロワは目を見開いたまま分析する。


「何が起きたのかは分からない……」


「だが――」


「まるで、あの半身が闇の力を拒絶しているようだ」


「二つの力が……適合していない」


ユキは迷うことなく自分のコートを引き裂いた。


そして、震える手でエデンの傷口を押さえる。


その瞳には涙が溢れていた。


「このまま何もしないで見てるなんて……できるわけないでしょ……」


声が震える。


「何か方法があるはず……」


「ユキ……」


シュウが小さく呟いた。


ヴィオレットも静かに膝をつく。


エデンの胸に手を当てた。


「彼に……これ以上、苦しみを一人で背負わせるわけにはいきません」


優しく、しかし強い声だった。


「そのために……私たちがいるんです」


ヴィオレットの掌から、


淡く温かな緑色の光が溢れ出す。


癒しのゼンカ。


その光が、エデンの身体を包み込んでいく。


シュウとロワも前へ出た。


手を伸ばす。


それぞれのゼンカが、静かに流れ込んでいく。


……


荒れ果てたその場所に、重い静寂が広がっていた。


彼らは瀕死の少年へ想いを込めるように、自らのゼンカを注ぎ続けていた。


「くそ……あの時、無理やりでも連れていれば……こんなことにはならなかったのに……」


シュウの瞳は、今にも砕け散りそうなほど揺れていた。


「……なんで頼ってくれないのよ……私たちはそんなに信用できない?」


ユキの胸に渦巻くのは、怒りではなく、どうしようもない悔しさだった。


「まだ……諦めないよね、エデン……?」


ヴァイオレットの頬を、涙が静かに伝う。


「お願い……戦って……もう少しだけ……」


ロワは、エデンの瞳を真っ直ぐ見つめながら、静かに問いかけた。


「ここまで来るために、どれだけ努力してきたか……私は知っている」


「でも……どうして一人で全部背負おうとするの?」


「どれほど強い存在でも……壊れた心の重さには耐えられない」


「恐怖に、大切な人たちから離れる理由を与えてはいけない」


それでも、いくらゼンカを流し込んでも、何も変わらなかった。


ロワの表情に焦りが浮かぶ。


「……どうして?」


エデンのゼンカは、まるで風に散る灰のように、ゆっくりと消えていく。


痛みの中で輝き続けてきたその力が、今は、その痛みによって打ち砕かれようとしていた。


その時だった。


誰も聞きたくなかった声が、無慈悲に響いた。


「……無駄だ」


瓦礫の上に座り込んでいたヨウヘイが、静かに口を開いた。


その身体は血にまみれ、深い傷に覆われていた。


「ヨウヘイ……?」


ロワが驚きを隠せず問いかける。


「無駄って……どういう意味?」


「君たちのゼンカが弱いわけじゃない」


彼はゆっくりと顔を上げた。


「問題は……その悪魔が、それを拒絶していることだ」


「てめぇ……!!」


シュウの怒声が響く。


「エデンに何をしやがった、このクソ野郎!!」


「……俺は何もしていない」


ヨウヘイは静かに答えた。


「ただ、互いの信念をぶつけ合っただけだ」


「限界を超えたのは……あいつ自身だ」


「どうしてこんな場所に呼び出した!?」


「呼び出してはいない」


ヨウヘイは視線を逸らした。


「出会いは……ただの偶然だった」


「ふざけるな!!」


シュウが怒りを爆発させる。


「あの戦いの時から、お前はずっと苛立っていただろ!!」


「ちょうどいい理由ができたから、戦っただけじゃないのか!?」


「……ああ」


ヨウヘイは迷いなく答えた。


「俺は悪魔が嫌いだ」


「存在する限り、否定する」


「だが……」


彼は小さく息を吐いた。


「ほんの一瞬だけ……あいつに人間を見た」


「俺の考えは変わらない」


「ここは、あいつのいる場所じゃない」


「どれだけ努力しようと……それは覆らない事実だ」


「だが」


彼の瞳がわずかに揺れた。


「命を懸けて戦う姿だけは……認める」


「もし臆病者だったなら……迷わず殺していた」


「だが……あの目に宿る炎だけは、本物だった」


ヨウヘイは、ふらつきながら立ち上がった。


周囲の視線を受けながら、ゆっくりとエデンへ近づいていく。


神に祝福された少年は、


軽蔑していたはずの相手の胸へ、静かに手を置いた。


「悪魔としてではない」


「人間として」


「死ぬな」


「言葉だけではないと……証明してみせろ」


「エデン・ヨミ」


その瞬間、


ヨウヘイの身体から、膨大なゼンカが溢れ出した。


光はまっすぐエデンへ流れ込み、


その光景に、誰もが言葉を失った。




遠くから、数名の神々が焦燥に駆られながら駆け寄ってきた。

しかし、介入しようとしたその瞬間、オリヴィオが静かに手を伸ばし、彼らを制した。


「何をするつもりだ、オリヴィオ?」

ゼウスは怒りを隠さず問い詰めた。


「エデンは大丈夫だ。落ち着け」


「なぜそう言い切れる?」

アスクレピオスが疑問を口にする。


「彼は今、愛し、尊敬している者たちに囲まれているからだ」


オリヴィオは小さく微笑んだ。


「くだらん。愛などで何かが救えるものか」

ゼウスは低く唸った。


「そう思うか?……なら、見てみろ」


神々は視線を向けた。


破壊と絶望に満ちていた庭園が、ゆっくりと、黄金色に染まりながら芽吹いていく。


その中心にいたのは――ヴァイオレット。


彼女の透き通る歌声が、痛みを一瞬だけ忘れさせ、涙を微笑みに変えていく。


静かな闇に

手を伸ばした

届かなくても

信じていた


一つ一つの言葉が、魂へ直接語りかけていた。


霧の中で孤独に迷う少年へ、差し伸べられる見えない手のように。


「どういうこと……?」

アフロディーテが息を呑む。


「エデンのゼンカが……再び輝き始めている……」


「すべての力が破壊のために生まれたわけではない」

オリヴィオは静かに語った。


「感情、意志、想い……それらすべてを力へと変える者がいる」


「その力は、どんな権能よりも強くなることがある」


「覚えているか、ゼウス。お前の息子、アポロンの言葉を」


「彼は最期の瞬間まで歌い続けた」


「自分を殺そうとする者たちの幸せを願いながら」


「その声だけで、無慈悲な者たちの心すら揺らした」


「世界を変えるのに、必ずしも強大な力は必要ない」


「必要なのは――意志だ」


「そしてあの少女は、初めて自分の想いに正直になっている」


壊れた心が

涙を隠す

痛みの奥で

震えている


柔らかな光の軌跡が地面から立ち昇り、

その温もりは、そこにいるすべての心を震わせた。


ゆっくりと、エデンの身体が癒されていく。


しかし同時に、ヴァイオレットのゼンカは急速に弱まっていた。


触れた温もり

消えないように

優しい光を

抱きしめた


歌が続くたび、ヴァイオレットの身体から血が滲み出していく。


「ヴァイオレット、もうやめて!」

ユキが叫ぶ。


(今は止まれない……エデンを救わなきゃ……たとえ私が死んでも……)


彼女は歌い続けた。


そして、最後の高音へ届こうとしたその瞬間――


優しく肩に触れる手があった。


振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべたオリヴィオが立っていた。


「よく頑張った」


「ここからは、我々に任せなさい」


「でも……」


「彼が望むはずがない」


「友が、自分を救うために命を落とすことなど」


「……ごめんなさい……」


そう呟いた直後、ヴァイオレットは力尽きて崩れ落ちた。


「ヴァイオレット!!」


仲間たちの声が重なる。


「心配はいらない」

アスクレピオスが冷静に言った。


「限界を超えただけだ。命に別状はない」


「彼女は私が診よう」


「アフロディーテ、他の生徒たちを寮へ戻せ」

ゼウスが命じた。


「オリヴィオとアスクレピオスは負傷者の治療に当たる」


「……私はヨウヘイと話をする」


その言葉を聞いた瞬間、ロワが間に立ちはだかった。


「指一本でも触れてみろ」


「殺す」


緊張が走る。


しかしヨウヘイがそっとロワの手に触れ、首を横に振った。


「これは……俺の問題だ」


「大丈夫だ」


「……ヨウヘイ……」


「行こう、ロワ」

アフロディーテが優しく手を引いた。


学生たちは後ろ髪を引かれながら、その場を後にしていく。


振り返らずにはいられなかった。


あの戦いが残した爪痕を。


そして――


父と子が、再び向き合う。


互いの瞳に宿るのは、消えることのない確執。


呪われた少年は、ひとまず死の淵から引き戻された。


だが――


空からも、深淵からも、


なお多くの視線が彼を見つめている。


その存在を求める者たちの視線。


天より。


そして、地獄より。

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