第12章・2:雷の継承者
張り詰めた空気が、その場を支配していた。
互いの視線には、わずかな敬意すら存在しない。
ただ純粋な嫌悪だけが、そこにあった。
しかし――
エデンの瞳には、より重い何かが宿り、
ヨウヘイの瞳には、説明のつかないほどの激情が燃えていた。
「……何が目的だ、ヨウヘイ」
エデンは冷たい声で言った。
「くだらない思想ごっこに付き合う暇はない」
「黙れ!!」
ヨウヘイの怒声が響く。
「お前のような悪魔の屑に、俺へ話しかける資格などない!」
「それなら、どうして俺を止める?」
エデンは苛立ちを隠さず言い返した。
「お前のことなど、どうでもいい」
「俺にそんな暇があるとでも思っているのか?」
ヨウヘイは嘲笑した。
「ここに来るよう仕向けたのはお前だ」
「俺の誇りを踏みにじった張本人がな」
(……俺が? 何の話だ……?)
「何が起きているのか分からないが……」
エデンは一歩引きながら言った。
「何か誤解があるようだ」
「ここは互いに引くべきじゃないか?」
「すべて忘れる。それでいいだろう」
「ふざけるな!!」
ヨウヘイの怒号と同時に――
雷光が弾けた。
轟音とともに放たれた稲妻が地面を焼き焦がす。
その速度はあまりにも速く、
エデンは反応することすらできなかった。
身体が凍りつく。
(……まずい)
(今のが俺に向けられていたら、確実に死んでいた)
「自分であの手紙を送りつけておいて……」
ヨウヘイは低く言った。
「今さら知らないふりをするつもりか?」
「……手紙?」
エデンは眉をひそめた。
「待て……何かおかしい」
「俺はそんなものを書いていない」
「誰かが俺を騙って、お前をここへ呼び出した可能性がある」
「そんなことはどうでもいい」
ヨウヘイは即座に言い放った。
「こうして目の前にいる以上――」
「お前には代償を払ってもらう」
(……駄目だ)
エデンは歯を食いしばった。
(何を言っても、この男は聞く耳を持たない)
(こいつの憎しみは、理性を完全に上回っている)
(どうする……)
(軽率な一手で、殺される)
(……それだけじゃない)
エデンの脳裏に、手紙の内容が浮かんだ。
<<今日、午後五時。劇場の裏で待つ。祖父がお前を待っている>>
(誰が書いたのかは分からない……)
(だが――)
(祖父の情報を知っているなら、会うしかない)
(何としてでも)
エデンは視線を鋭くした。
「ヨウヘイ……道を開けろ」
低く、はっきりと告げた。
「GODSでの立場などどうでもいい」
「通るために、お前を殺す必要があるなら――」
「そうする」
ヨウヘイの口元が歪む。
「だが、お前にとっては重要なんじゃないのか?」
エデンはわずかに挑発するように言った。
「問題を起こせば、追放される可能性が高い」
「安心しろ」
ヨウヘイは余裕を見せた。
「俺の力があれば、この場所に固執する必要などない」
「仮に追放されたとしても、俺を迎え入れる場所などいくらでもある」
ゆっくりと腕を広げる。
「それが、お前と俺の違いだ」
「俺は天に祝福された存在」
「この世界を統べる運命にある」
「だが、お前は違う」
その声には、冷たい軽蔑が込められていた。
「地獄に堕ちるのがお似合いだ」
「お前を生んだ一族ごと――」
「悪魔の血に穢れた屑だからな」
……
その言葉を聞いた瞬間、エデンの拳が強く握り締められた。
怒りが、抑えきれないほど膨れ上がる。
「……今、何て言った?」
「おや、怒ったのか?」
ヨウヘイは冷たく笑った。
「俺の家族を巻き込むな……この野郎」
エデンは低く呟いた。
その瞳には、明確な殺意が宿っていた。
「お前のようなゴミをこの世に生み出した時点で、あの一族は罪を犯した」
ヨウヘイの声は、容赦なく響いた。
「お前に生きる価値などない」
ゆっくりと――
エデンのゼンカが、不穏な揺らぎを見せ始める。
「……誰がお前に、それを決める権利を与えた?」
その声には、底知れぬ憎悪が込められていた。
「まだ分からないのか?」
ヨウヘイは迷いなく答えた。
「俺は、この世界を統べる存在になる」
「それが、生まれる前から定められた運命だからだ」
揺るぎない確信だった。
「だから理解できない」
「どうしてお前のような、醜く弱い存在が、この世界に存在しているのか」
軽蔑の視線が突き刺さる。
「英雄シュンが、どうしてお前のような取るに足らない存在のために、自らの名を汚したのか」
「世界のためにも、さっさと死んでくれないか?」
エデンは舌で乾いた唇を湿らせた。
言葉を探すように、静かに呟く。
「……お前が悪魔に何をされたのかは知らない」
「だが、どうしてその憎しみを、俺が受けなければならない?」
「お前のことなど、何も知らない」
「それなのに、最初から向けられるのは侮蔑と敵意ばかりだ」
エデンの声が震えた。
「……なぜだ」
怒りが爆発する。
「俺が何をしたっていうんだ!!」
「どうして、ここまで言われなきゃならない!!」
ヨウヘイは何も答えず、ただ高みから見下ろしていた。
その瞳は、氷のように冷たい。
「答えろよ……!!」
沈黙が流れる。
そして――
「生まれたからだ」
感情の欠片もない声だった。
「……何?」
「お前が存在していること、それ自体が間違いなんだ」
ヨウヘイは淡々と言い放った。
「悪魔に、価値などない」
その視線は、遠い過去を見つめていた。
「歴史が始まってからというもの……」
「奴らは欺き、傷つけ、裏切り続けてきた」
「たとえ、その相手が自分たちの創造主であったとしてもだ」
ヨウヘイの拳がわずかに震えた。
「ある悪魔が……」
「大切な存在を裏切った」
「俺の目の前で、命を奪った」
その声が低く沈む。
「命乞いをしていた」
「最後の力で、必死に助けを求めていた」
「だが、あの化け物は笑いながら、何度も何度も刃を突き立て続けた」
ヨウヘイの瞳は、虚空を見つめていた。
「意識が残っている状態で……」
「涙を流しながら……」
「ゆっくりと……喰われていった」
その光景を想像した瞬間――
エデンの胃が締め付けられる。
吐き気が込み上げた。
(……そうか)
エデンは静かに思った。
(あの目……)
(かつての俺と同じだ)
底の見えない憎悪。
終わりのない闇。
(あの日……俺も、あんな目をしていたのか……シュン)
ヨウヘイの身体がゆっくりと宙へ浮かび上がる。
雷鳴が空気を震わせた。
「この世界から、最後の悪魔が消えるまで――」
「俺は止まらない」
静かな宣言だった。
エデンはゆっくりと剣を抜いた。
刃が鈍く光る。
「……お前の痛みは理解した」
低く呟く。
「だが、それでも――」
構えを取る。
「ここで退くわけにはいかない」
鋭い視線がぶつかる。
「来い」
「全力で来いよ」
「化け物」
嵐の気配が、さらに強まった。
空が獣のように唸り始めた。
ヨウヘイはゆっくりと両手を広げ、支配者のように天を仰ぐ。
―――BRUM!!
一瞬のうちに、強烈な雷が地面へと叩きつけられた。
だが今回は、エデンも反応が間に合った。
次の瞬間――
ヨウヘイは間髪入れず、連続して雷撃を放ち始めた。
凄まじい威力の雷が雨のように降り注ぎ、地面を次々と砕いていく。
エデンは高速で動き続けながら、その雷撃の嵐を回避していく。
止まらない。
ただ、観察していた。
反撃はしない。
「逃げ回るのはやめろ!!」
ヨウヘイが怒号を響かせる。
「さっさと死を受け入れろ!!」
「殺したいなら、もっと本気を出せ」
エデンは正確な動きで雷撃の間をすり抜けながら挑発した。
「たとえお前が俺の存在を否定しても――」
「俺は戦い続ける」
「家族が守ろうとした、あの命のために」
―――BOOM!! BOOM!! BOOM!!
雷撃は止まらない。
触れたものすべてが、例外なく灰へと変わっていく。
(正直に言って……)
エデンは走りながら冷静に分析していた。
(俺に勝ち目はほとんどない)
(理解はできないが……)
(あいつの才能は本物だ)
(ただの虚勢じゃない)
歯を食いしばる。
(だが、あれは使えない……今は)
(あの力を使えば、どうなるか分からない)
(制御を失えば……)
(俺があいつを殺してしまうかもしれない)
それでも――
(近づく隙が……あるかもしれない)
「どうした!!」
ヨウヘイが嘲笑する。
「いつまで逃げ続けるつもりだ!!」
「見せてみろ!!」
「皆が恐れる悪魔の力を!!」
「本性を隠すな、悪魔!!」
「使わない」
エデンは短く答えた。
「お前を殺してしまう可能性がある」
「俺を侮辱するなァ!!」
ヨウヘイの怒りが爆発する。
凄まじい雷が放たれた。
エデンの身体へ直撃する。
―――CRASH!!
強烈な衝撃によって、エデンは大木へ叩きつけられた。
大量の血を吐き出す。
立ち上がろうとした、その瞬間――
再び雷の雨が迫る。
―――BRUM! BRUM! BRUM! BRUM!
容赦のない連撃。
立ち上がる暇すら与えない。
雷がすべてを焼き払っていく。
「死ね!!」
「死ね!!」
「死ね!!」
……
土煙がゆっくりと立ち上る。
ヨウヘイは冷ややかな視線を向けた。
「英雄が目をかける価値があるとは思えないな」
「これほど弱いとは……滑稽だ」
その時――
ヨウヘイの瞳が見開かれた。
(……いない?)
姿が消えている。
気づいた瞬間――
背後に、捕食者の気配があった。
エデンの剣が炎に包まれる。
その炎は、まるで絶望の深淵へ沈み込むかのように――
ゆっくりと黒へと染まっていく。
(しま――)
「黒焔一閃!!」
―――PUM!!
斬撃がヨウヘイへ直撃した。
衝撃のあまり、ヨウヘイは大量の血を吐き出す。
その威力は凄まじく、
彼の身体は数十メートル吹き飛ばされ、
ゼウスの像へ激突した。
巨大な石像を巻き込みながら、破壊していく。
ヨウヘイはゆっくりと身体を起こした。
信じられないという表情のまま、自らの頬に触れる。
指先に伝わる、生温かい感触。
血だった。
「……どうした?」
エデンは静かに言った。
今度は彼が、見下ろす側に立っていた。
「もう捕まえたつもりだったのか?」
「……どういうことだ」
ヨウヘイの声が低く震える。
「油断が早すぎる」
エデンは淡々と続けた。
「その自信――」
「両刃の剣だ」
ゆっくりと剣を構え直す。
「認めるよ」
「お前は強い」
「だが、すべてを見下していいほどじゃない」
エデンの視線がわずかに揺れる。
「正直に言えば……」
「俺にも分からない」
「なぜシュンが俺を弟子にしたのか」
苦く笑う。
「自分の中に特別な何かがあるなんて、今でも思えない」
「それでも――」
拳を握る。
「最後の瞬間まで戦う」
「俺が守りたいと願った人のために」
わずかな沈黙。
「お前の憎しみも、痛みも……」
「すべて背負って進む」
「何度蹴られても」
「何度侮辱されても」
「何度否定されても」
「俺は止まらない」
「前に進み続ける」
「黙れェ!!」
ヨウヘイの怒声が響き渡った。
「綺麗事で俺を騙せると思うな!!」
「俺は、あいつのようにはならない!!」
「お前に世界を壊させるものか!!」
その瞬間――
ヨウヘイの身体から、膨大な黄金の電撃が溢れ出した。
空気が震える。
大気が軋む。
「お前に相応しい場所を教えてやる」
雷雲が激しく渦巻いた。
大地に、無数の光が走る。
地面の下から、根のように広がる電流。
それらはまるで生き物のように蠢きながら、
屋敷全体を取り囲んでいく。
空と地が、雷によって繋がっていく。
その光景に、エデンの表情が僅かに歪んだ。
(……何だ、これは)
(術式か?)
次の瞬間――
エデンの前に、巨大な樹が姿を現した。
純粋な雷だけで構成された、巨大な樹。
その中心に、巨大な紋章が浮かび上がる。
すべてのエネルギーが、その紋章へ吸収されていく。
「――Seal of Electricity」
ヨウヘイは指を銃の形に構えた。
そして、静かに告げる。
「Bang」
―――BOOM!!
圧倒的なエネルギーが解き放たれた。
巨大な雷の砲撃が、凄まじい速度でエデンへと迫る。
その威力は、
空間すら歪ませた。
時間さえ引き裂くかのような一撃。
エデンの思考が、凍りつく。
一瞬のうちに、無数の可能性を計算する。
回避。
防御。
迎撃。
反撃。
……
(……ない)
答えは、存在しなかった。
思考が止まる。
死が、すぐそこまで迫っていた。
記憶が走馬灯のように駆け巡る。
守ろうとしてきたもの。
信じてきたもの。
すべてが、脳裏をよぎる。
(……ここで終わるのか)
心の奥底から、小さな声が漏れた。
(……俺は)
(死ぬのか)
……
その瞬間――
気品に満ちた女性の声が、エデンの意識に直接響いた。
『死んではなりません――天と地獄の子よ』
(……誰だ?)
『今回は特別に、私の力を貸しましょう』
(……あなたの力?)
エデンの視線が、ゆっくりと祖父の剣へ向けられた。
その刃は――
これまで一度も抜かれたことがなかった。
(……どういうことだ)
『光か、闇か』
『どちらを選びますか?』
女性の声が静かに問いかける。
だが――
エデンは一瞬たりとも迷わなかった。
両手に剣を握る。
片方の刃は、深淵の闇に包まれていく。
絶望の底から響く、無数の魂の叫び。
その力に呼応するかのように、
エデンの左手は漆黒に染まり、
指先と爪は、まるで悪魔のそれのように鋭く変化した。
もう一方の剣は、純白の炎に包まれる。
極限まで燃え上がった炎は、
やがて白銀の輝きを放ち始める。
同時に、エデンの右目が黄金に染まった。
「……死にたくない」
エデンは限界まで力を引き上げながら呟いた。
「仲間たちと……」
「笑って、戦い続けたい」
二つの力が交差する。
光と闇が絡み合い、
炎と深淵が一つへと収束していく。
「俺は――」
「自分の闇で世界を照らす」
「悪魔でも」
「救世主でもない」
「俺は――人間だ」
震えるほどの決意。
「もう一度、あの人に会うためなら」
「何度でも悪魔になってやる」
闇の霧と白炎が渦を巻く。
相反する力が共鳴し始めた。
「何者になるかは――」
「俺自身が決める」
「運命ですら、俺を縛ることはできない」
剣が振り下ろされる。
「――天淵一閃!!」
膨大なエネルギーが解き放たれた。
二つの技が正面から衝突する。
―――CRASH!!! BOOOOM!!!
凄まじい衝撃が、アテナイ全土を震わせた。
……
衝突の後――
空は完全に晴れ渡っていた。
果てしなく広がる、澄み切った蒼。
しかしその空に、
一筋の虹が現れる。
それは雨の終わりを告げるものではなかった。
雨の始まりを示していた。
瓦礫の中――
二人の学生が倒れていた。
互いに意識を失い、
温かな雨に打たれている。
空さえも、
この戦いに応えたかのようだった。
痛みと過去がぶつかり合ったその戦いは、
世界そのものに歪みを生み出していた。
確かに示されたことがある。
世界は、変わり始めている。
その変化は、
自然の法則すら揺るがし始めていた。
【エデン・ヨミ VS ヨウヘイ・アクティナ】
結果:引き分け




