表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/78

第11章・5:本能

張り詰めた空気が、静かにその場を支配していた。


シュウの視線は揺るぎなく、確かな決意を宿している。

それとは対照的に、リュウザキの瞳は冷たく、計算された静寂に満ちていた。


「君と戦えるなんて、光栄だよ――天才くん」


リュウザキは皮肉めいた笑みを浮かべながらそう言った。


「その呼び方、やめてくれないか? 嫌いなんだ」


「どうして? 君は十年に一人現れるかどうかの天才なんだろう?」


「こんなに情けない天才がいるかよ」


シュウは小さく自嘲した。


「へぇ……なるほど」


シュウは視線を逸らさず、目の前の歪んだ殺意を放つ男を見据える。


(どうやってこの怪物を止めるか、ずっと考えていた……)


(だが、こいつのような相手に、理屈だけの作戦は通用しないと分かってきた)


(普通、死や血に深く関わってきた者は、その意図を隠しきれないものだ。だが……リュウザキのゼンカからは何も感じない)


シュウはそのゼンカをじっと観察した。


圧倒的な静寂。

押し潰されるほどの冷たさ。


そこには傷も歪みも存在しない。

まるで生命の輝きを失ったかのような、空虚な闇だけがあった。


(どんな人生を歩めば、こんなにも暗いゼンカになるんだ……?)


それでも、シュウの決意は揺らがない。


(それでも、迷うわけにはいかない。

俺の勝利を待っている人たちがいる。

期待を裏切るわけにはいかない)


シュウは静かに構えを取った。


「――始め!」


合図と同時に、シュウは防御姿勢を取った。


その様子に、リュウザキの口元がわずかに歪む。


(なるほど、無駄を徹底的に省いている……か)


次の瞬間、リュウザキが一気に距離を詰めた。


鋭く、速く、そして容赦のない連撃。


しかし、その攻撃はシュウには届かない。

シュウは圧倒的な精度と速度で、すべてを回避していく。


(やはり……リュウザキは距離を詰める戦いに慣れている)


(戦闘スタイルは、おそらく近接武器の使用を前提としている)


(距離を保てば、適応される前に勝機を掴めるはずだ)


(あとは――)


シュウが後退しようとした、その瞬間。


リュウザキが二歩、静かに後ろへ下がった。


「……何?」


予想外の行動に、シュウの動きが止まる。


「どうした? ただの動きにしては、ずいぶん驚いているようだな」


リュウザキは微笑みを浮かべた。


「ずっと距離を詰め続けると思っていたのか?」


シュウは答えない。


だが、その沈黙こそが動揺の証だった。


(大丈夫だ……迷うな。前に進むだけだ)


シュウは一気に踏み込んだ。


高速の連撃が繰り出される。


しかし、その攻撃もまた、リュウザキには届かない。


まるで次の行動を最初から知っているかのように、すべてを回避していく。


シュウが攻撃のパターンを変えようとした瞬間。


鋭い衝撃が、何度も体に突き刺さった。


乾いた音が、空気を切り裂く。


時間が経つにつれ、シュウの視界が歪み始めた。


(三人……? どうしてリュウザキが三人に見える……?)


それでも攻撃の手を止めることはない。


リュウザキはただ、指先だけでシュウの体を打ち続けていた。


その動きは、まるで蛇が獲物を絡め取るかのようにしなやかだった。


(なんだ……この感覚は……?)


シュウの呼吸が重くなる。


(呼吸が……鉛のように重い……)


(まるでこいつ……俺の動きを、考える前から知っているみたいだ……)


(それだけじゃない……俺の行動に合わせて、本能的に最適な動きを選んでいる……?)


(そんなこと……あり得るのか……?)


ふと、ある記憶がよぎる。


(この感覚……“無力さ”を感じたのは、エデンと戦ったとき以来だ……)


視界が、さらに霞んでいく。


(だが……今は考えるな……)


(何があっても……勝つんだ)


シュウは攻撃姿勢へと踏み込む。


だが、その瞬間。


彼の目が大きく見開かれた。


リュウザキはすでに――


完璧な位置で、カウンターの構えを取っていた。


「どうして……?」


シュウは呆然と呟いた。

再び、自分の動きが完全に読まれていたことに気づいたからだ。


「なるほど……どうやら大きな誤解をしているようだな、天才くん」


リュウザキは静かに言った。


「私が短剣を使うからといって、それが唯一の選択肢だと思ったのか?」


「暗殺者というものは状況に適応し続ける存在だ。

一つの戦い方に依存したり、特定の型を優先したりはしない。

相手に読まれた時点で、それはすでに敗北に等しいからな」


リュウザキは淡々と続ける。


「たとえ両腕を失ったとしても、お前に勝ち目はない。

お前が次の行動を考える頃には、私はすでに適応し、無力化している」


(くそ……)


「お前は、私に読まれた瞬間に負けている」


リュウザキの声には、一切の感情がなかった。


「少しばかり複雑な思考を持っているようだが……

自分の感情も行動も制御できていない」


「怒れば殴る。

嬉しければ笑う。

すべての行動が機械的で、不自然だ」


「お前と戦っていると、まるで子供を相手にしているようで退屈だ」


「……黙れ」


「とはいえ、子供の方がまだ楽しませてくれそうだがな」


冷たく、鋭い笑み。


「黙れと言っているんだ!!」


シュウは怒りに任せて叫んだ。


「ほらな……やはりそうだ」


リュウザキは淡々と続ける。


「挑発されたら怒るとでも学んだのか?

それとも、それが戦いにおける正しい反応だと信じているのか?」


「もう……黙れ!!」


シュウは叫びながら、一気に踏み込んだ。


その瞬間。


リュウザキの口元がわずかに歪む。


瞬きほどの時間で、三度。


鋭く、正確な打撃がシュウの体の急所に触れた。


シュウはその場に立ち尽くしたまま動かない。


(な、何だ……今のは……?)


体は静止している。

しかし、違和感だけが全身を駆け巡っていた。


(構うものか……迷っている時間はない……)


(あの男を、一刻も早く倒さなければ……!)


シュウは怒りに身を任せ、全力で攻撃を繰り出した。


連撃。


蹴り。

打撃。

上段からの振り下ろし。

下段からの突き上げ。


まるで無限の引き出しを持つかのような、多彩な攻撃。


その動きは即興的でありながら、紛れもなく天才のそれだった。


だが――


すべてが空を切る。


巨大な笑みを浮かべた少年には、かすりもしない。


(なぜ当たらない……?)


(これだけ攻撃しているのに、触れることすらできない……)


(まるで足場が無限に広がっているみたいだ……)


(リュウザキも、この世界そのものも……俺を嘲笑っているようだ……)


シュウは焦りに駆られ、さらに攻撃を重ねた。


一撃。

また一撃。


だが、その拳が届くことは決してなかった。


……




その瞬間、場にいた全員が目の前の光景に言葉を失った。


天才と称された少年は――

そこに存在しない何かと戦っていた。


シュウは虚空へ向かって拳を振るい続けていた。

まるで、誰にも見えない敵を追い続けているかのように。


一方で、リュウザキは地面に座ったまま、退屈そうにその様子を眺めていた。


シュウは空へ向かって叫びながら、決して届くことのない影を追い続けている。


その表情には、明らかな焦燥と絶望が浮かんでいた。


「……もう終わらせるべきだな?」


ヘラクレスが不安を滲ませながら言った。


「ええ……」


アフロディーテもまた、恐怖を隠せずに頷いた。


「シュウ・サジェスは戦闘継続が不可能と判断する!

よって、この試合はここまでだ!」


ヘラクレスの宣言が響き渡った。


「ふぁ……ちょうど眠くなってきたところだ」


リュウザキは小さく呟きながら、ゆっくりと体を伸ばした。


そして立ち去る直前。


リュウザキは無造作に手を伸ばし、シュウの後頭部へと正確な一撃を叩き込んだ。


次の瞬間。


シュウの意識は途切れた。


「ゆっくり休め、天才くん」


低く、暗い声が落ちる。


――ドサッ。


乾いた音と共に、シュウの体は力なく地面へ崩れ落ちた。


抵抗することもなく、彼の頬は床に触れる。


リュウザキは振り返ることなく、静かにプラットフォームから降りていった。


その様子を見た仲間たちは、迷うことなく駆け寄った。


エデンがシュウの体を抱き起こす。


「……まだ息はある」


脈を確認しながら、エデンが言った。


「すぐにアスクレピオスのところへ連れて行かないと!」


ヴァイオレットが焦りを滲ませる。


「分かった、俺が連れて行く。

ヴァイオレットはユキについていてくれ」


「大丈夫、そこまでしなくても――」


「強がるな」


エデンは静かに言った。


しかし、その直後。


ユキの瞳に宿る激しい怒りに、エデンは気づいた。


まるで今にも爆発しそうなほどの、抑えきれない憤怒。


「今の状態で一人にするわけにはいかない。

誰かを殺しかねない」


エデンは冷静に続けた。


「悔しい気持ちは分かる。だが、今は怒りに任せて動く時じゃない。

あの男は……そういう感情を利用する」


「……チッ。好きにすればいい」


ユキは舌打ちし、元の場所へ戻っていった。


「ヴァイオレット、頼んだ」


「ええ、任せて。誰も殺させないようにするわ」


軽く冗談を交えながら答える。


「助かる」


……


エデンはシュウを抱えたまま、その場を離れていった。


プラットフォームから離れるにつれて、エデンの表情は徐々に変わっていく。


瞳に宿る光が、冷たく、暗く沈んでいった。


(あいつは……必ず殺す)


シュウの敗北。


それは第四グループにとって、三人目の脱落を意味していた。


だがそれ以上に――


誇りを深く傷つける結果だった。


チーム最強の戦士が、あのような形で地に倒れた。


その光景は、彼らの胸に強い痛みを刻み込んだ。


しかし同時に、その屈辱は彼らの結束をより強固なものへと変えていく。


二度と、あのような屈辱を味わわないために。


それでも、世界は立ち止まらない。


戦いは続く。


ただ一人の勝者が決まる、その瞬間まで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ