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第11章・3:上位者

風が止まったかのようだった。


向かい合う二人の少年。


その視線には、言葉では表しきれない感情の渦が宿っている。


怒り。


嫌悪。


決意。


そして――


衝突の予感。


周囲の生徒たちもまた、それぞれの思いを抱いていた。


期待に満ちた者。


不安を隠せない者。


そして――


どこか楽しそうに笑う者さえいる。


「いい試合になることを願ってる。」


エデンは軽く一礼した。


「黙れ。」


ヨヘイが冷たく吐き捨てる。


「貴様の声を聞くだけで吐き気がする。」


「忌まわしい悪魔め。」


(……厳しいな。)


エデンは小さく息を吐いた。


「ルールの確認は必要か?」


ヘラクレスが問いかける。


「不要です。」


ヨヘイは礼儀正しく答えた。


その態度の変化が、かえって異様だった。


「ならば――」


「良い試合を期待している。」


「始め!」


ドンッ――


次の瞬間。


衝撃音が響いた。


エデンの顔はすでに地面に叩きつけられていた。


あまりにも速すぎた。


誰一人、動きを視認できなかった。


遅れて――


血が地面へ滴る。


その場にいた全員が、言葉を失った。


結果が見えていたとはいえ。


それでも、これは異常だった。


(何が……起きた……?)


エデンは倒れたまま考える。


(俺は……もう負けたのか……?)


揺れる視界の中。


エデンは顔を上げる。


そこに立っていたのは――


圧倒的な存在。


ヨヘイの瞳は、絶対的な優位を示していた。


(今のは……?)


アフロディーテでさえ理解が追いつかない。


(ヨヘイの動きを追えなかった。)


(気づいた時には、すでに終わっていた。)


(彼の実力がゴールドランクを超えていることは分かっていた。)


(でも、これは……常識外れよ。)


(あの一瞬で、あれほどの威力の蹴りを?)


シュウは冷静に分析を続ける。


(単なる速度でも、単なる力でもない。)


(両方を極限まで融合させている。)


(しかも死角を突いた。)


(1秒もかかっていない。)


(……化け物か。)


「先生。」


ヨヘイが淡々と声をかける。


「もう勝敗を宣言してもよろしいのでは?」


「彼では、私に何もできないでしょう。」


ヘラクレスはエデンを見つめる。


武器もない。


力の差は明白。


まるで、天空の王の前に立つ無力な少年だった。


ヘラクレスは唇を噛む。


それが単なる傲慢ではないことを理解していた。


むしろ――


どこか慈悲すら感じる言葉だった。


拳を握りしめる。


「しょ、勝者は――」


その瞬間。


叫び声が空気を震わせた。


「まだだ!」


エデンが立ち上がる。


怒りを宿した瞳。


ヨヘイは歩みを止め、振り返る。


その視線には――


哀れみと嫌悪が混ざっていた。


「大丈夫か?」


ヘラクレスが問いかける。


エデンの顔は血に染まっていた。


「はい。」


「続けさせてください。」


その声に迷いはなかった。


「だが――」


「分からないのか?」


ヨヘイが吐き捨てる。


「貴様に勝機などない。」


「弱者は弱者のままだ。」


「悪魔は地獄で朽ちる運命にある。」


「だから、さっさと諦めろ。」


「時間の無駄だ。」


「悪いな。」


エデンは口元を歪めた。


「俺、諦めが悪いんだ。」


「ここで退いたら――」


「お前の言う通りの存在になってしまう。」


「確かに、俺はお前に勝てないかもしれない。」


「本気で戦えば、最初の一秒で死んでいただろう。」


「でも――」


「これは決闘だ。」


「お前は全力を出せない。」


「だから。」


「一発でいい。」


「たった一発。」


「その一撃を当てる。」


不思議な自信。


それでも――


嘘ではない言葉。


「……虫唾が走る。」


ヨヘイの声が低くなる。


「力の代償も知らずに語るな。」


「笑っていられるのも今だけだ。」


「皆、最後には私の足元に跪く。」


「そんなに簡単に諦めていたら――」


エデンは仲間たちを見た。


「俺は、ここにいない。」


仲間たちは無言で頷いた。


その視線には、疑いはなかった。


(本当に面白い男ね。)


ロワが小さく笑う。


(これが“本物”か。)


ジェイクは嬉しそうに笑った。


(……これが、あなたの言っていたもの?)


アフロディーテは思い出す。


かつてのシュンの姿。


同じ目。


同じ覚悟。


決して折れない意志。


運命に抗う者の瞳だった。


戦いは、まだ終わらない。


. . .


ヨヘイは完全に振り返り、静かに構えを取った。


その姿には、一切の無駄がなかった。


「何度でも教えてやる。」


冷たい声。


「貴様と私の差をな。」


シュッ――


ドンッ!!


まるで雷のようだった。


次の瞬間、ヨヘイはすでにエデンの目の前にいた。


拳が顔面に直撃する。


骨が軋む音。


筋肉が悲鳴を上げる。


その一撃はエデンの体を地面へ叩きつけた。


ヨヘイの拳は、そのまま血に濡れた顔へ押し付けられている。


エデンの意識はかろうじて繋がっていた。


「理解したか?」


冷酷な声。


「だから言っただろ。」


エデンは血を吐きながら笑った。


「言っただろ……」


「俺は頑固なんだ。」


振り絞るように拳を放つ。


だが――


ヨヘイは容易くかわした。


エデンはふらつきながら立ち上がる。


顔は腫れ上がり、血に覆われていた。


(くそ……速すぎる。)


(攻撃の軌道すら見えない。)


(あと何発耐えられる……?)


意識が揺らぐ。


(闇雲に避けるのは無理だ。)


(なら――)


(正面からぶつかるしかない。)


(奴の戦い方からして、背後を狙うことはない。)


(誇りが邪魔をするはずだ。)


(確率は分からない。)


(1%でもいい。)


(当たればいい。)


「どうした?」


ヨヘイが嘲笑する。


「恐怖で声も出なくなったか?」


「いや。」


エデンは息を吐いた。


「少し目を休ませていただけだ。」


その言葉に、ヨヘイの眉がわずかに動く。


「その笑み――」


「すぐ消してやる。」


再び、ヨヘイが踏み込む。


拳。


蹴り。


肘。


膝。


四方八方から襲いかかる猛攻。


一切の間断がない。


瞬く間に、舞台は血に染まった。


エデンは防ぎきれない。


ただ、殴られ続ける。


顔は完全にサンドバッグだった。


(まだ……)


体が揺れる。


視界が霞む。


顔の感覚が消えていく。


(まだ……)


「いい加減、倒れろ!」


ヨヘイが叫ぶ。


「アフロディーテ、止めるべきだ!」


ヘラクレスが焦りを見せる。


「まだよ。」


彼女は静かに答えた。


「何を言っている!」


「このままでは命に関わる!」


「まだよ。」


ドンッ!!


新たな一撃がエデンの体を揺らした。


膝が崩れる。


意識が遠のく。


(終わりだ。)


ヨヘイは確信していた。


勝負は決したと。


. . .


ほんの一瞬だった。


ヨヘイの呼吸がわずかに乱れる。


その拍子に、重心と間合いが微かにずれた。


(――今だ!)


エデンの足が強く地面を踏みしめる。


右足を後方へ引き、限界まで力を溜める。


そして――


ヨヘイの攻撃の勢いを利用し、全身の力を拳へ集中させた。


渾身の一撃。


ヨヘイは反応した。


だが、構えがわずかに遅れる。


完全には避けきれない。


直撃は免れたものの――


衝撃は確かに届いた。


その拳は、選ばれし者の身体を揺らした。


体の奥深くまで震動が走る。


ヨヘイの身体が後方へ弾かれる。


彼が痛みを感じたのは――


生まれて初めてだった。


しかしヨヘイは体勢を崩さない。


即座に着地し、再び構えを取る。


(あの瞬間を待っていたのか……?)


ヨヘイは状況を分析する。


だが次の瞬間――


彼の視線は止まった。


そこにいたのは、動かないエデンの姿。


拳を突き出したまま。


すでに力は残っていない。


体は血に染まっていた。


だが――


その口元には笑みが浮かんでいた。


それは、ヨヘイの心を僅かに揺らした。


「……ちっ。」


ヨヘイが小さく舌打ちする。


「そこまで!」


アフロディーテが駆け寄った。


エデンの身体を抱き起こす。


「大丈夫?」


「問題……ない。」


エデンは親指を立てる。


「本当に、馬鹿ね……」


アフロディーテは優しく笑った。


「医者を呼ぶ?」


「いや……平気だ。」


その瞬間――


エデンの顔の傷がゆっくりと再生し始めた。


腫れが引いていく。


裂けた皮膚が閉じていく。


「え……?」


アフロディーテが目を見開く。


「どういうこと……?」


「分からない。」


エデンは苦笑する。


「致命傷じゃなければ、治るみたいだ。」


「でも……」


「少し疲れた。」


「部屋まで手を貸してくれないか?」


「もちろん。」


アフロディーテは彼の腕を肩に回した。


「少し休憩を取る。」


ヘラクレスが声を上げる。


「その後、試合を再開する。」


「次は――」


「シュウ・サジェス。」


「リュウザキ・ホシ。」


「はい。」


シュウが静かに答える。


「……ああ。」


リュウザキも頷いた。


その場にいた全員が、まだ状況を理解できずにいた。


結果自体は予想通り。


勝者はヨヘイ。


だが――


最後の一撃が、すべてを変えた。


ほんの一瞬。


ただの人間が、天へ届いた。


それは、力ではない。


意志だった。


そして――


勝者の胸には、これまで感じたことのない感情が芽生えていた。


敗北ではない。


だが、それ以上に重い感覚。


屈辱。


「必ず――」


ヨヘイの瞳に暗い光が宿る。


「貴様を完全に叩き潰す。」


「悪魔。」

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