第11章・1:変態への尋問
重苦しい沈黙が部屋を包んでいた。
張り詰めた空気。
互いに視線を交わしながら、グループ4のメンバーは答えを探していた。
そして――
部屋の中央。
短い髪の少女が、どこか気まずそうに視線を逸らしている。
「ロワ・マッチ……」
シュウが静かに名前を呼ぶ。
彼の表情は真剣そのものだった。
「さて、どう答える?」
シュウはランプを彼女の顔へと向ける。
まるで罪人を尋問する探偵のように。
「君は――」
「無実か、それとも有罪か。」
「だから何度も言ってるでしょ!私は何も知らないってば!」
ロワは椅子に縛られたまま、必死に縄を解こうとする。
「ならば聞こう。」
シュウは声を低くした。
「なぜエデンの部屋にいた?」
「変態。」
ユキが冷たく言い放つ。
「変態じゃないってば!」
ロワが叫ぶ。
「ちゃんと説明したでしょ?!いい加減ほどいてよ!」
「ずっと待ってたのよ!」
「でも全然帰ってこないから、部屋に入って待ってただけ!」
「どう思う、名探偵ユキ?」
「変態ね。」
「ほら見ろ。」
「ヴァイオレット……」
エデンが小声で囁く。
「こいつら、何してるんだ?」
「わ、分かりません……」
ヴァイオレットは戸惑いながら答えた。
「でも……」
「たぶん、三人は知り合いなんだと思います。」
「やっぱりな。」
シュウが満足そうに頷く。
「では――」
彼は存在しないネクタイを整える仕草をした。
「ヨミ様。」
「証言をお願いします。」
「え、俺?」
「もちろんです、ヨミ様。」
シュウは真剣な表情を崩さない。
「あなたは被害者だ。」
「部屋で変態を発見した本人ですから。」
「変態じゃない!」
「えーっと……」
エデンは頭をかきながら答えた。
「俺が部屋に入ったら、こいつが寝てて……」
「起きた瞬間、獲物に飛びかかる猛獣みたいに襲いかかってきた。」
「ほら見たことか!」
シュウが机を叩く。
「被告は被害者に飛びかかった!」
「これは高度な変態性を証明している!」
「変態。」
「変態。」
ヴァイオレットも小さく頷いた。
「ヴァイオレットまで?!」
ロワは天を仰いだ。
「もう好きにして……」
「よろしい!」
シュウは大きく腕を振り上げる。
「神々の名のもとに宣告する!」
「ロワ・マッチ!」
「貴様の罪は――」
「一週間、戦闘禁止刑だ!」
「いやああああああああ!!」
. . .
ついに我慢できなくなったのか――
シュウ、ユキ、ロワの三人は同時に吹き出した。
「ぷっ……」
「ふふっ……」
「はははは!」
部屋に笑い声が響く。
その光景を前に――
エデンとヴァイオレットは、完全に置いてけぼりだった。
「ちょ、ちょっと待て。」
エデンが眉をひそめる。
「いったい何が起きてるんだ?」
「説明してもらえるか?」
「ごめん、ごめん……」
シュウは笑いをこらえながら答えた。
「紹介しよう。」
「彼女はロワ・マッチ。」
「僕たちの友人だ。」
「はじめまして!」
ロワは満面の笑みで手を振った。
「……最初からそう言えばよかったんじゃないか?」
エデンが呆れた声で言う。
「いやいや。」
シュウは首を振った。
「裁判は本気だった。」
「僕とユキはずっと思っていたんだ。」
「彼女は変態だって。」
「だが証拠がなかった。」
「そして今日――ついに確信に変わった。」
「偶然だってば!」
ロワが机を叩く。
「はいはい、変態さん。」
「変態。」
ユキが短く呟いた。
「あなたたち……仲がいいんですね……」
ヴァイオレットが苦笑する。
「まあね。」
シュウが頷いた。
「英雄や神の子供っていうのは、幼い頃から顔を合わせる機会が多いんだ。」
「合同訓練とか、儀式とかね。」
「正直に言うと――」
ロワは腕を組みながら、エデンとヴァイオレットを見る。
「あなたたち二人は珍しい存在よ。」
「私たちが知らない人なんて、ほとんどいないもの。」
「大体の候補者は、子供の頃から互いを知ってる。」
(なるほど……)
エデンは心の中で納得する。
(最初に会った時、シュウがユキのことを知っていたのもそのせいか。)
アテネに来た初日のことが脳裏に浮かんだ。
「僕たち三人は特にね。」
シュウが続ける。
「彼女の父親に格闘術を教わっていたんだ。」
「お父様が?」
ヴァイオレットが驚く。
「そう。」
ロワは誇らしげに微笑んだ。
「英雄――ヘラクレス。」
(ああ……あの人か。)
エデンの脳裏に、気絶して倒れている大男の姿が浮かんだ。
(まさか英雄だったとはな……)
「それで――」
ユキが腕を組みながら問いかけた。
「何の用でここに来たの?」
「ゼウス寮の素晴らしい生活でも自慢しに来たの?」
「素晴らしい?」
ロワは眉をひそめた。
「ゼウスの半裸の絵や像に囲まれて暮らすことを“素晴らしい”って言うなら、そうかもね。」
その瞬間――
エデンとシュウの視線が交差する。
エデンの口元には、勝ち誇ったような笑み。
(ほら見ろ。)
と言わんばかりだった。
「私がここに来た理由は一つだけ。」
ロワはエデンへ視線を向けた。
「授業で噂になっていた“呪われた子供”を見に来たの。」
「でも実際に会ってみたら――」
「普通の少年だった。」
「普通の強さ。」
「普通の雰囲気。」
「そして……顔は普通じゃないわね。」
「悪くない。」
「褒めてるつもりよ。」
「気にするな。」
エデンは肩をすくめた。
「俺のプライドはとっくに粉々だから。」
ロワは少しだけ考えるように視線を落とした。
そして――
拳を軽く握る。
「もしかしたら、来るタイミングが悪かったのかもしれない。」
「でも――」
「見せてくれない?」
「あなたの力。」
その言葉を聞いた瞬間。
エデンの表情が曇った。
視線を落とす。
歯を噛みしめる。
「……悪い。」
低い声。
「今はまだ、制御できない。」
「もしかしたら――」
「一生できないかもしれない。」
「期待に応えられなくて、すまない。」
「そう……」
ロワは静かに頷いた。
「なら、ここに用はないわね。」
彼女は、何事もなかったかのように縄を引きちぎった。
その動きは、あまりにも自然だった。
「そうだ。」
ロワは振り返る。
「ヨヘイには気をつけなさい。」
「ヨヘイ?」
「ゼウスの息子だ。」
シュウが補足する。
「どうして?」
エデンが眉をひそめた。
「あなたが教室に入った瞬間から、ずっとあなたを見ていた。」
「好意的な視線じゃないわね。」
ロワは少しだけ笑った。
「それに――」
「こんな綺麗な顔が傷つくのは、もったいないもの。」
その言葉と共に見せた笑顔。
部屋の空気が、一瞬止まる。
「じゃあ、私は帰るわ。」
ロワは軽く体を伸ばした。
「あ、そうだ。」
「アフロディーテに伝えておいて。」
「裏口のドア、新しくしないといけないって。」
「じゃあね!」
次の瞬間――
彼女の姿は消えていた。
「……あのバカ。」
ユキがため息をつく。
「ヨヘイ、か……」
エデンは小さく呟いた。
パン、パン。
シュウが手を叩く。
「はい、解散。」
「今日はもう寝よう。」
「明日は忙しくなる。」
「はーい……」
気の抜けた返事が重なる。
こうして――
GODSでの最初の一日は、幕を閉じた。
だが――
光の届かない路地裏では、別の物語が動き始めていた。
「報告します。」
機械のように無機質な声が響く。
「潜入は成功しました。」
「問題なくGODSへ侵入完了。」
「対象も確認済みです。」
「よくやった。」
歪んだ加工音声が応じる。
「第二段階へ移行する。」
「準備を開始しろ。」
「随時報告を続けろ。」
「了解しました。」
通信は途切れた。
フードを被った人物は、しばらく沈黙する。
やがて――
小さなロケットを取り出した。
中には、大切な誰かの写真。
顔は判別できない。
だが――
その笑顔だけは、確かに温かかった。
「もう少し待っていてくれ……」
静かな声。
「必ず、君の元へ戻る。」




