表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/79

第10章・3:黄昏

柔らかな花の香りが、美しい庭園を包み込んでいた。


豊かな緑に囲まれたその場所には、穏やかな水音が響いている。


噴水から落ちる雫の音が、静かに耳へと溶け込んでいく。


そこに集まっていた者たちは――


誰一人として景色を楽しんではいなかった。


それぞれが、先ほど聞かされた現実を噛みしめていた。


「……最悪だ。」


沈黙を破ったのはエデンだった。


「どうして俺がクラスで一番下なんだ?」


「そんなに弱いのか、俺は……」


「ええ。」


ユキは一切の迷いなく答えた。


「ありがとう、その繊細な優しさに感謝するよ、ブス。」


「どういたしまして、バカ。」


「まあまあ、そこまで落ち込むこともないよ。」


シュウが苦笑しながら口を挟む。


「君はブロンズの中間に位置している。」


[エデン・ヨミ:ブロンズランク 51位]


「平均的って、君にぴったりじゃない。」

ユキが皮肉を言う。


「本当に黙る気はないのか?」

エデンは作り笑いを浮かべた。


「落ち着いて、エデン。」


シュウは穏やかに続ける。


「アフロディーテも言っていただろう?

この順位は暫定的なものだ。」


「時間が経てば変わるさ。」


「君はいいよな。」


エデンは少し不満そうに言った。


「シルバーランクのトップなんだから。」


[シュウ・サジェス:シルバーランク 1位]


「……それが一番腹立たしいんだけどね。」


シュウは歯を食いしばった。


「どうしてそこまで順位にこだわるの?」


ユキは肩をすくめる。


「ただの数字じゃない。」


[ユキ・ツカ:シルバーランク 30位]


「俺が一番気に入らないのは――」


エデンは真剣な表情で言った。


「お前より下にいることだ。」


「へぇ……嫉妬?」


「黙れ。」


その時――


会話に割り込むように、毒を含んだ声が響いた。


「そんな無意味な順位、気にする必要はない。」


「リュウザキ……」

シュウが呟く。


[リュウザキ・ホシ:シルバーランク 10位]


「どういう意味だ?」

エデンが問いかける。


「この順位は、あくまで表向きのものに過ぎない。」


リュウザキは静かに言った。


「奴らは分かっている。

お前の力がどれほど危険かを。」


「だから考えられる可能性は二つ。」


「本当に愚かで、お前の力を見抜けなかったか――」


わずかな間。


「あるいは、何かを隠している。」


「誰に?」

シュウが警戒する。


「さあな。」


リュウザキは肩をすくめた。


「だが、この力の出現はすでに“影”の中で知られているはずだ。」


「お前のことか?」


エデンは鋭い視線を向けた。


「さっきから俺を観察している。

何か言いたいことでもあるのか?

暗殺者。」


その言葉に、リュウザキは皮肉な笑みを浮かべた。


「特別な理由はない。」


「ただ忠告しておこうと思っただけだ、呪われた少年。」


「お前が現れてから、“影”が騒がしくなっている。」


「だから――」


静かに続ける。


「自分の影すら信用しない方がいい。」


「それにはお前も含まれるのか?」


「もちろんだ。」


淡々と答えた。


「退屈になったら、気づかれないうちに喉を切るかもしれない。」


「忠告どうも。」


エデンは迷いなく言った。


「覚えておくよ。」


しばらくエデンを見つめた後、リュウザキは背を向けた。


何も言わず、その場を去っていく。


「……変なやつだな。」

シュウが呟く。


「でも、ただ脅しただけとは思えない。」


ユキは静かに言った。


「意外と鋭い人よ。

シュウのゼンカについても見抜いていたし。」


「一流の暗殺者だからね。」


シュウは警戒したまま続ける。


「あの冷酷さと剣の扱いは、普通じゃない。」


「言葉が誠実に聞こえても、

奴は嘘をつくことに慣れている。」


「距離を保った方がいい。」


「俺は、嘘つきには見えなかった。」

エデンは小さく言った。


「……冗談だろ?」


シュウは呆れた。


「暗殺者は嘘のプロだ。

自分の利益しか考えていない。」


「……それでも。」


エデンは静かに続ける。


「なぜか、信じるべきだと思った。」


「本当にお人好しだね、君は……」

シュウはため息をついた。


「でしょ?」

ユキが肩をすくめた。


キーンコーン――


鐘の音が庭園に響いた。


「そろそろ戻る時間だね。」


シュウが立ち上がる。


「行こうか?」


「うん。」


三人は並んで歩き出した。


穏やかな庭の空気とは裏腹に――


影の中では、何かが動き始めていた。



【教室へ戻る途中】


三人は、朝から起きた出来事について話しながら廊下を歩いていた。


他の生徒たちの順位について冗談を言い合い、

張り詰めていた空気は少しずつ和らいでいく。


だが――


その会話を遮るように、小さな声が聞こえた。


「す、すみません……」


三人は同時に振り向いた。


そこに立っていたのは――


紫色の髪と、透き通るような紫の瞳を持つ少女。


「え……?」


エデンはわずかに頬を赤らめた。


「な、何かな?」


「えっと……その……」


少女は視線を泳がせながら、もじもじとしている。


「ちょっと恥ずかしくて……」


「あとででもいいけど……」


「い、いえ!」


彼女は慌てて首を振った。


(何が起きてるんだ……?)


シュウは横目でユキを見た。


ユキは小さく肩をすくめる。


少女はぎゅっと拳を握りしめ――


意を決したように叫んだ。


「ファンなんです!!」


「……え?」


エデンは首をかしげた。


次の瞬間。


少女は勢いよくエデンの両手を掴んだ。


距離が一気に縮まる。


「あなたの戦い、本当にすごかったです!」


「たくさんの技を使っていて、圧倒されました!」


(この人、何を言ってるんだ……?)


エデンはぎこちない笑みを浮かべる。


(……近くないか?)


「攻撃に込められた情熱がすごくて!」


「あなたを見てから、私も頑張ろうって思えたんです!」


「いつかあなたみたいになりたいって……!」


「えっと……」


エデンは困惑した表情で尋ねた。


「君は……誰?」


少女は背筋を伸ばした。


「ヴァイオレット・レカルツです!」


「ブロンズランク50位です!」


「どうやらファンの方が順位は上みたいだね。」

ユキが吹き出した。


「黙れ!」

エデンは顔を真っ赤にした。


エデンは再びヴァイオレットの目を見つめた。


少しだけ真剣な表情になる。


「……ごめん。」


「君がどんなイメージを持っているか分からないけど。」


「俺は、誰かに憧れられるような人間じゃない。」


「ヒーローでもなければ、革命家でもない。」


「ただ、自分のために戦ってるだけの人間だ。」


ヴァイオレットはわずかに視線を落とした。


エデンは言い過ぎたかと思い、目を逸らす。


しばしの沈黙。



だが――


彼女は小さく微笑んだ。


「だからこそ、憧れるんです。」


静かな声だった。


「あなたは、自分の気持ちを隠さない。」


「何度も迷って、怖がって……それでも前に進んだ。」


「その姿が、とても眩しかった。」


真っ直ぐな瞳。


「私もいつか――」


「自分の気持ちを言葉にできる人になりたい。」


エデンは言葉を失った。


その瞬間――


パン!


大きな手拍子が響く。


「はいはい、そこまで!」


アフロディーテが黒板の前で腕を組んでいた。


「恋人ごっこは後にして、席につきなさい。」


「え……」


エデンはさらに赤くなる。


「こちらに座ってもいいですか?」

ヴァイオレットが小さく尋ねた。


「うん。」


三人は同時に頷いた。


こうして――


新たな関係が生まれた。


まだ小さく、かすかな繋がり。


だがその出会いは、

確実に未来を変えていくことになる。



「さて――」


アフロディーテは腕を組みながら教室を見渡した。


「そろそろ、自分に何が足りないのか考える時間は十分にあった頃でしょう。」


静かな声だったが、その言葉には重みがあった。


「今日という日は、これから始まる人生への“導入”に過ぎない。」


「そして、この世界において――」


わずかに微笑む。


「一人で生きていくことはできない。」


教室に静寂が落ちた。


「あなたたちは様々な困難に直面することになる。」


「危険な魔物。

人間。

そして――神。」


その言葉に、誰もが息を呑んだ。


「そのため、あなたたちは四つのグループに分けられる。」


黒板に文字が浮かび上がる。


ゼウス班

ポセイドン班

アポロン班

ハデス班


「それぞれの能力、そして相性を考慮して編成した。」


「目的はただ一つ。」


「二年間、様々な任務を共にこなせる部隊を作ること。」


アフロディーテは指を鳴らした。


「では、発表するわ。」


「第一班――ゼウス。」


「ヨヘイ・アクティナ【ゴールド3位】

ゼフ・ミズシマ【ゴールド10位】

ロワ・マッチ【ゴールド12位】

セバスチャン・グリアン【シルバー10位】」


教室の空気がわずかに揺れる。


「いずれも卓越した能力を持つ優秀なメンバー。」


「連携力も高く、高難度任務への参加が期待される。」


「ヨヘイ、あなたがリーダーよ。」


「はい。」


短く力強い返事。


「第二班――ポセイドン。」


「アイザック・ヨイ【ブロンズ10位】

ルクス・レインボー【シルバー50位】

リカ・チュス【シルバー67位】

ジェイク・ライト【シルバー30位】」


「アイザック、あなたに指揮を任せる。」


「優れた統率力を期待しているわ。」


「任せてください。」


落ち着いた声だった。


「第三班――アポロン。」


「アリス・ハンター【シルバー45位】

ロイ・トレド【ブロンズ25位】

エリス・オネニゲ【ブロンズ30位】」


「そして――」


一瞬の間。


「リーダーはリュウザキ・ホシ。」


教室の空気が凍りついた。


指名された三人は同時にリュウザキを見た。


彼は静かに微笑んでいる。


「ふざけないで!」


アリスが声を荒げた。


「どうして暗殺者の指示なんて聞かなきゃいけないの!?」


「たとえ強くても、信用できるわけない!」


「これはオリンポスからの正式な命令よ。」


アフロディーテの声が冷たくなる。


「不満があるなら、直接抗議しなさい。」


「……」


アリスは言葉を失った。


その時――


「拒否する。」


リュウザキが手を挙げた。


「……何を言っているの?」


「役立たずの集団を率いる趣味はない。」


無表情で言い放つ。


「気の強い女。女好き。陰気な奴。」


「最悪の組み合わせだ。」


「貴様……!」

アリスが歯を食いしばる。


「リーダーを変更することに問題はないはずだろう?」


静かな圧力。


ロイとエリスはわずかに頷いた。


「ほらな。」


リュウザキは皮肉に笑った。


「野生児、お前がリーダーだ。」


「おめでとう。」


「この……!」


アリスは怒りに震えた。


「後にしなさい。」


アフロディーテが一喝する。


「はいはい。」


リュウザキは興味なさそうに答えた。


「最後に――第四班。」


わずかに視線が柔らかくなる。


「ハデス班。」


「エデン・ヨミ

ユキ・ツカ

ヴァイオレット・レカルツ

シュウ・サジェス」


一瞬の沈黙。


「正直に言うわ。」


アフロディーテは淡々と続けた。


「あなたたちには大きな期待はされていない。」


「予測不能な存在。」


「両刃の剣。」


「最後に誰を傷つけるか分からない危険なチーム。」


その言葉にも、四人の表情は変わらない。


むしろ――


闘志が燃え上がる。


「だが以前も言ったはず。」


「私たちが間違っているかどうかを証明できるのは――」


「あなたたち自身。」


四人は静かに頷いた。


瞳には炎が宿っている。


「シュウ、あなたがリーダーよ。」


「他の三人は――」


小さくため息をついた。


「呼吸ができるだけでも奇跡みたいな問題児だから。」


三人は特に否定しなかった。


「褒め言葉として受け取っておきます。」

シュウが苦笑する。


「以上よ。」


アフロディーテは教室を見渡した。


「初日はこれで終了。」


「幸運を祈るわ。」


「明日からが本番。」


「本当の試練が始まる。」


鋭い視線が全員を貫く。


「失望させないで。」




時が静かに流れていく。


夕暮れはゆっくりと地平線へ沈み、

街の灯籠が柔らかな光で歴史ある路地を照らし始めていた。


ハデス班の四人は、寮へ向かって歩いていた。


だが、その途中で――


エデンはあることに気づいた。


「……カードを忘れた。」


「はぁ?」

ユキが苛立った声を漏らす。


「取りに戻ろうか?」

シュウが尋ねた。


「いや、大丈夫!」


エデンはすぐに踵を返した。


「先に行ってて!すぐ追いつく!」


「分かった、急げよ!」

シュウの声が背後から届く。



教室へ戻ると、すでに辺りは静まり返っていた。


誰の気配もない。


夕焼けの残光だけが、教室を淡く染めている。


エデンは机の間を探し回った。


そして――


小さな橙色の光を見つけた。


「……あった。」


カードを拾い上げ、付着していた埃を軽く払う。


その瞬間――


背筋に冷たいものが走った。


教室の奥。


そこに、誰かが座っていた。


背を向けたまま。


エデンは即座に身構えた。


「……誰だ!」


その人物はゆっくりと両手を上げる。


黒い外套。


背には、黄金に輝く太陽の紋章。


「エデン・ヨミ……だったかな。」


振り向くことなく、穏やかに言った。


「噂はよく聞いている。」


「答えろ!」


「安心するといい。」


「武器は持っていない。」


静かな声だった。


「ただ、君をこの目で見てみたかっただけだ。」


「何の用だ!」


「噂通りかどうか、確かめたくてね。」


わずかな間。


「なるほど。」


「確かに、噂は誇張ではなかったようだ。」


「その瞳に宿る炎――」


「彼に似ている。」


「……誰のことだ?」


男はゆっくりと立ち上がった。


絹のように滑らかな金色の髪が、わずかに揺れる。


「私にとって、とても特別な存在だった人だ。」


そして静かに告げる。


「楽しませてくれよ、エデン・ヨミ。」


「君を観察させてもらう。」


指を軽く鳴らした。


パチン。


次の瞬間――


男の姿は消えていた。


痕跡すら残さずに。


エデンはその場に立ち尽くした。


呼吸が浅くなる。


(……何者なんだ、あの男は。)


全身に汗が滲んでいた。


(あのゼンカ……)


(まるで、世界そのものを覆っているようだった。)


(あの瞬間――)


(この世には彼しか存在していないように感じた。)


ようやく身体の力を抜く。


(少なくとも、今すぐ殺すつもりはなかったようだ。)


(本気なら……もう死んでいた。)


そして、確信する。


(あの力は――)


(シュンをも上回っている……)


エデンは窓の外へ視線を向けた。


夕陽の最後の残光が、ゆっくりと消えていく。


この出会いが偶然であるはずがない。


リュウザキの言葉が、脳裏をよぎる。


世界は――


光の中だけで動いているわけではない。


影の中でも、確実に動き続けている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ