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第8章・5:前へ進み続ける

夕陽が、ゆっくりと地平線へ沈んでいく。


柔らかな海風が、優しく頬を撫でていた。


かつて彼らを迎え入れた、あの山の頂。


そこには――


神々に挑んだ少年と。


その痛みから救い上げた師が、並んで立っていた。


二人は静かに、沈みゆく太陽を見つめている。


黄金色に染まる砂浜。


穏やかに打ち寄せる波の音。


まるで、あの激動が嘘だったかのような静けさだった。


「……今日は、長かったなぁ……」


大きく息を吐きながら、シュンがぼやく。


「……すみません」


エデンが、苦笑いを浮かべた。


「色々と、問題を起こしてしまって……」


「何に謝ってるんだ?」


シュンが肩をすくめる。


「ジジイの顔面でも蹴り飛ばしたことか?」


皮肉っぽく笑う。


「一度やってみたかったんだ。むしろ礼を言いたいくらいだな」


「……違いますよ」


エデンは拳を握る。


「俺のせいで、また面倒なことに巻き込んでしまった」


視線が落ちる。


「ここにいる人たちが、簡単に納得してくれるとは思えません」


「気にするな」


シュンは、あっさりと言う。


「こういう騒ぎは、わりと日常茶飯事だ」


軽く笑う。


「お前が思ってるより、この世界は物騒なんだよ」


そして、少しだけ真面目な声になる。


「今お前にできることは一つだけだ」


「もういない奴らのために――」


「前に進むこと」


風が、少しだけ強く吹いた。


「死は、どこにでもある」


遠くを見るように、シュンが呟く。


「仲間が倒れるところなんて、嫌というほど見てきた」


「泣きすぎて、涙も出なくなったこともある」


静かな告白。


「でもな」


目を細める。


「あいつらは、きっと望んでない」


「俺が立ち止まることなんて」


「だから――」


「戦い続けることにした」


「……俺は、そんなに強くありません」


エデンは、小さく言った。


俯いたまま。


「大切な人がいなくなる世界なんて……」


声が、かすれる。


「想像するだけで、壊れてしまいそうになる」


「分かるさ」


シュンの声は、穏やかだった。


「辛いし、苦しい」


「逃げたくなる」


一拍。


「だが、いつか選ばなきゃならない」


「涙に溺れるか」


「それとも――」


「前に進むか」


エデンは、ゆっくりと顔を上げた。


「……俺は」


少しだけ考えて。


答える。


「泣きたいです」


素直な言葉。


「大切な人のために」


「でも」


拳を握る。


「その涙を、力に変えて進みます」


「忘れないために」


「……あの人たちが、俺の力だから」


沈黙。


そして――


「……はは」


シュンが、小さく笑う。


「本当に」


「飽きさせねぇな、お前は」


「え?」


ぽん、と。


温かい手が、エデンの頭に乗る。


優しく、撫でるように。


「初めて会った時とは、別人だ」


懐かしむように言う。


「あの時のお前の目は――」


「完全に壊れてた」


「世界ごと焼き尽くしそうな、憎しみだけがあった」


だが今は違う。


「今の目には、意志がある」


「覚悟がある」


「自分の道を守ろうとする力がある」


穏やかに、微笑む。


「きっと、お前には大きな運命が待ってる」


「だから――」


「自分を信じろ」


「その折れない心をな」


エデンは、わずかに迷う。


「……でも」


「もし、認めてもらえなかったら……?」


小さな不安。


だが。


「もう少し、自分を信じろ」


シュンは笑う。


「ここまで来たのは、運じゃない」


「努力だ」


「覚悟だ」


「その意志だ」


そして。


「神どもの、あの腐った心を揺らしたんだ」


軽く肩をすくめる。


「それ以上の証明があるか?」


夕陽が、さらに沈んでいく。


空が、橙色に染まる。


「きっと見てるさ」


静かに言う。


「お前のじいさんも」


「今のお前を見て、誇りに思ってる」


「……シュン」


「前に進め」


短く。


だが、力強く。


その言葉は、確かに背中を押した。


波の音が、静かに響いていた。


新たな一歩を祝福するように。


――……


――バキィィン!!


突如として、シュンの背後で空間が砕け散った。


まるで鏡が割れるかのように、時と空間に亀裂が走る。


歪んだ裂け目の奥では、異なる世界の光景が揺らめいていた。


「なっ……何だ、それ……?」


エデンは目を見開く。


だが――


シュンは、まるで予想していたかのように、静かに振り返った。


「どうやら、仕事が呼んでるらしい」


落ち着いた声。


「仕事……?」


「ここ数ヶ月、ちょっとサボり気味だったからな」


肩をすくめ、苦笑する。


「向こうも、さすがに怒ってるだろう」


「……じゃあ」


少しの間。


エデンは言葉を選ぶ。


「……ここで別れるのか?」


シュンはニヤリと笑う。


「なんだ?」


「泣くのか?」


「勘違いするな、バカ!」


エデンは即座に言い返した。


「誰が泣くか!」


「安心しろ」


シュンは軽く笑う。


「ここにいなくても、お前のことは見てる」


「……それ、安心していいのか怖がるべきなのか分からないんですけど」


「オリヴィオが面倒を見てくれる」


淡々と告げる。


「正式に受け入れが決まるまでは、あいつの管理下だ」


「その後は、おそらく奴の所有する住居で暮らすことになる」


「向こうも、お前を放ってはおかないさ」


エデンは苦笑する。


「……あれだけ騒ぎを起こしておいて、歓迎されるとは思えません」


「それで立ち止まったことがあるのか?」


問いかけ。


短い沈黙。


「……ありません」


「なら問題ない」


シュンは微笑む。


「お前なら、大丈夫だ」


そして――


ゆっくりと、手を差し出した。


「忘れるな」


その声は、どこまでも真っ直ぐだった。


「人間であることを」


「これまで通り」


「自分に正直に」


「前に進め」


エデンはその手を見つめる。


そして。


迷いなく握った。


「もっと強くなります」


真っ直ぐな瞳。


「あなたにも、誰にも頼らなくていいくらいに」


拳に力がこもる。


「そして、いつか」


微笑む。


「あなたを超えます」


シュンは口元を歪めた。


「その時を楽しみにしてる」


挑発的な笑み。


「バカ弟子」


二人の手が、強く握られる。


その瞬間――


ゼンカが解き放たれた。


光と闇が、衝突する。


英雄の側から溢れる光は、世界を照らすように輝いていた。


細かな光の粒子が、空へ舞い上がる。


未来を導く力。


希望を灯す力。


世界を照らす力。


一方――


生まれながらに痛みを背負った少年。


その苦しみが生み出した力。


歪み。


深淵。


底の見えない闇。


あまりにも濃密で。


すべての光を呑み込むかのような重圧。


世界に恐れられた力。


破滅をもたらすと恐れられた力。


地獄を統べるとさえ言われた力。


だが――


その二つは。


互いを拒絶しなかった。


光は闇を消さず。


闇は光を喰らわなかった。


二つの力は、静かに溶け合う。


まるで――


互いの存在を認めるかのように。


なぜなら。


彼らは選んだからだ。


運命に従うのではなく。


自らの意思で未来を決めることを。


光と影は。


対立するものではなく。


共に進むものだと。


証明するかのように。


……


固く交わされた握手の余韻が、まだ空気に残っていた。


シュンは、そのまま時空の裂け目へと足を向ける。


だが――


一歩踏み出す直前。


足を止めた。


「……そうだ」


何かを思い出したかのように呟く。


「どうしたんですか?」


エデンが首をかしげる。


シュンは少しだけ視線を逸らした。


珍しく、言葉を選んでいるようだった。


唇を軽く舐め、息を整える。


そして。


静かに告げた。


「今回の任務だが……」


一拍。


「お前の祖父を連れ去った連中の手がかりが見つかったらしい」


その瞬間。


エデンの瞳が、大きく見開かれた。


「……え?」


鼓動が、跳ね上がる。


「必ず捕まえる」


シュンの拳に力がこもる。


「何としてでもだ」


その声には、確かな怒りが滲んでいた。


次の瞬間。


彼の身体は光に包まれ、ゆっくりとポータルへ溶けていく。


「待ってください!」


エデンが手を伸ばす。


だが。


時空の裂け目は、無情にも閉じていった。


残された言葉。


「……じいちゃん」


拳を強く握る。


胸の奥が、熱くなる。


「もう……置いていかれない」


決意が、宿る。


「誰かに頼るだけじゃ駄目だ」


視線を空へ向ける。


「もっと強くならないと」


歯を食いしばる。


「必ず――」


拳を握りしめたまま、叫んだ。


「強くなってやる!」


その声は、夕焼けの空へと響いていった。


……


師と弟子。


二つの道が、ここで分かれる。


だが――


それは終わりではない。


運命が、大きく動き出す合図だった。


雲よりも遥か高く。


純白の宮殿。


人の手が届かぬ場所。


そこでは、すでに次の局面が始まっていた。


整えられた白髪。


完璧に整った口髭。


洗練された佇まいを持つ、中年の男が長い廊下を歩いている。


足音だけが、静かに響く。


やがて。


光すら届かぬ間へ辿り着く。


男は深く頭を垂れた。


「陛下」


恭しく告げる。


「英雄シュンより、書簡が届いております」


闇の奥。


二つの黄金の光が、ゆっくりと現れる。


その存在だけで。


空気が震える。


「……シュンか」


低く、重い声。


すべての者が、思わず跪くような威圧。


「はい。本日早朝に届きました」


「緊急性の高い案件とのことです」


短い沈黙。


やがて。


闇の中で、微かに口元が歪む。


「なるほど……」


ゆっくりと呟く。


「どうやら」


「競争は、すでに始まっているようだな」


完璧な微笑。


まるで、すべてを見透かしているかのように。


「期待しているぞ、シュン」


低く。


愉しむように。


「私を退屈させるな」


黄金の瞳が、静かに輝いた。

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