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第8章・3:オリュンポスの決断

場の空気は、張り詰めていた。


誰もが口を閉ざし、

視線だけが静かに交錯する。


その一つ一つに――


重い責任がのしかかっていた。


そして。


この場のすべての中心にある名。


――エデン・ヨミ。


「急な招集となったこと、詫びよう」


ゼウスが、静かに頭を下げる。


「だが、本日の議題は――」


一拍。


「最優先事項だ」


その声には、迷いがなかった。


「……まったく、面倒な話ね」


苛立ちを隠さず、ヘラが口を開く。


「現場にいた連中だけで決めればよかったでしょう?」


足を組み、冷ややかな視線を巡らせる。


「こちらにも、やるべきことは山ほどあるのよ」


「正直、結論なんてどうでもいいわ」


そして――


その視線が、一点に突き刺さる。


「……それより」


「どうして“あれ”がここにいるの?」


向けられた先。


そこには――


微笑を浮かべるシュン。


「やあ」


軽く手を上げ、柔らかく挨拶する。


「……吐き気がする」


ヘラの声は、氷のように冷たい。


「こんな不快な存在と同じ空間にいるなんてね」


「相変わらずだな、魔女」


シュンは笑う。


どこまでも軽く。


「また会えて嬉しいよ」


「チッ……」


空気が、さらに険悪になる。


「――そこまでだ」


ゼウスの一声で、場が制圧される。


「シュンの同席は、必要不可欠だ」


一瞬だけ、言葉を選ぶ。


「……認めたくはないがな」


わずかな沈黙。


「彼は当該事案の当事者だ」


「よって、本件において発言権と投票権を有する」


「どうだ、すごいだろ?」


シュンが、にやりと笑う。


「……殺すわよ」


「おいおい、怖いな」


「ゼウス」


手が、静かに上がる。


アテナだった。


「ポセイドンとハデスは?」


「出席しないのかしら」


「現在、所在不明だ」


ゼウスは短く答える。


「連絡も取れん」


「よって、本会議は不在のまま進行する」


「……また責任放棄ね」


アテナが、小さくため息をつく。


「そろそろ代替を考えるべきでは?」


「その件は後だ」


即座に切り捨てる。


「今は――」


「目の前の案件に集中しろ」


沈黙。


その後。


各々の前に置かれた資料へと手が伸びる。


一斉に、紙がめくられる音。


そこに記されているのは――


エデン・ヨミ。


その顔。


能力。


そして、記録。


「まずは説明しよう」


ゼウスの声が、場を支配する。


「本件の対象者――」


「エデン・ヨミ」


「シュンの弟子だ」


ざわり、と空気が揺れた。


複数の神々が、シュンへ視線を向ける。


疑念。


驚き。


そして――不信。


「……これはまた、意外ね」


デメテルが、わずかに微笑む。


「まさか英雄が、子を育てるとは思わなかったわ」


「書類に記された情報は、試験時の記録およびシュンからの報告に基づく」


ゼウスは続ける。


「出自は不明」


「だが――」


一拍。


「その力は、極めて危険かつ強大だ」


空気が、重く沈む。


「シュウ・サジェスとの戦闘において」


「当該対象は、死の危機に瀕した結果――」


「完全な暴走状態へと移行した」


誰も、口を挟まない。


「その際に発現した“悪魔的能力”は」


「周囲の人間のみならず、神々にすら影響を及ぼした」


「結果――」


資料の一枚が、静かにめくられる。


「観客数千名が死亡」


「崩落および飛来物による被害だ」


重い沈黙。


逃げ場のない現実。


「本件は、GODS史上においても前例のない事案である」


「組織としての信頼にも関わる問題だ」


「……なら結論は出ているだろう」


低い声。


ヘファイストスだった。


「存在そのものが危険だ」


「排除以外に選択肢はない」


「議論の余地などあるのか?」


鋭い指摘。


しかし――


「規則に従う」


ゼウスは即答する。


「本件は、オリュンポス全体による投票で決定される」


「私の独断では決められない」


再び、沈黙が落ちる。


神々は資料へ視線を落とし――


それぞれの思考へ沈んでいく。


その中で。


ただ一人。


シュンだけが、別の方向を見ていた。


アテネの空。


夕焼けに染まる地平線。


その先を――


静かに見つめながら。


――……



静寂が、続いていた。


重く、息苦しい沈黙。


誰もが思考を巡らせ――


やがて。


「……時間だ」


ゼウスが、ゆっくりと口を開く。


その一言で、空気が引き締まる。


「これより投票を行う」


一拍。


「議題――エデン・ヨミに対する死刑の是非」


場の空気が、さらに冷え込む。


「シュン。お前からだ」


視線が、集まる。


シュンは、わずかに肩をすくめた。


「……反対だ」


迷いのない声。


「もう言ったはずだ」


「エデンは優しい奴だ」


静かに、だが確かに言葉を重ねる。


「人生で一度も過ちを犯さない人間なんていない」


「ここにいる全員も、例外じゃない」


誰も否定しない。


できない。


「ここは、あいつが成長するには最適な場所だ」


「人としても、神としてもな」


その瞳が、まっすぐ前を向く。


「……いつか」


一瞬だけ、柔らかくなる。


「あいつが道を照らす日が来る」


沈黙。


その言葉に、わずかに揺れる者もいた。


微笑む者。


目を逸らす者。


迷う者。


「次。アフロディーテ」


ゼウスの声。


アフロディーテは、すぐには答えなかった。


ぎゅっと、手を握りしめる。


震えを押さえるように。


「……私は」


視線が、シュンへ向く。


だが、彼は何も言わない。


ただ――信じている。


その姿が、背中を押した。


「……反対です」


小さく、しかし確かな声。


「正しいかどうかは、分かりません」


「でも……今の私の心は、そう言っている」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「ずっと“正しさ”だけを選んできた」


「……でも、それで私は間違えた」


静かな告白。


「だから、今回は――」


一瞬、目を閉じる。


「信じてみたいんです」


「彼を」


「……そして」


シュンを見る。


「彼が信じた、その子を」


わずかな沈黙。


シュンは、何も言わない。


ただ、口元だけが動いた。


――ありがとう。


それだけで、十分だった。


「……反対、二票」


「賛成、ゼロ」


ゼウスが告げる。


「次。アレス」


「――賛成だ」


即答だった。


迷いはない。


「……すまない、シュン。アフロディーテ」


一瞬だけ、目を伏せる。


「お前たちの気持ちは理解できる」


「その才能も、認めている」


拳を握る。


「だが――」


「感情で規則を曲げることはできない」


「秩序と民の安全は、一個人より重い」


言い切る。


それが、彼の信念。


アフロディーテは、何も言わなかった。


ただ、静かに受け止める。


その姿に、アレスは目を逸らした。


「次。アルテミス」


「……私は」


淡々とした声。


「綺麗な理由なんて持ってない」


資料を軽く叩く。


「でも、これが事実なら――」


「殺すのは、もったいない」


ざわり、と空気が揺れる。


「悪魔でも、天使でも、どうでもいい」


「ここにいる“バカども”をねじ伏せた力」


「それだけで価値がある」


鋭い視線。


「リスク? 上等じゃない」


「私は面白い方を選ぶ」


「――反対」


「……ルールを破るとはな」


シュンが、くすりと笑う。


「たまにはね」


アルテミスは、肩をすくめた。


「反対三、賛成一」


ゼウスが告げる。


「次。アテナ」


「……私はアレスと同じです」


迷いのない声。


「規則には意味がある」


「それを破れば、すべてが崩れる」


冷静な分析。


「彼の力も、意図も、何一つ分かっていない」


「ここに置くこと自体がリスクです」


「世界にとっても」


一拍。


「ゆえに――賛成」


空気が、再び引き締まる。


「次。デメテル」


「自然はね」


穏やかな声。


「均衡で成り立っているの」


指で机をなぞる。


「一つでも狂えば、すべてが崩れる」


視線が、資料へ落ちる。


「この子は、その“狂い”よ」


「正しいかどうかは分からない」


「でも――」


顔を上げる。


「均衡のためには、排除すべき」


「……賛成」


「次。ディオニュソス」


「はぁ……めんどくせぇなぁ」


だらけた声。


身体を預ける。


「理由とか、どうでもいいだろ」


にやりと笑う。


「あのガキ、面白そうじゃん」


「殺すのはもったいねぇ」


手をひらひらさせる。


「好きにしろよ」


「俺は反対」


「……次。ヘファイストス」


「結論は出ている」


低く、重い声。


「国家を危険に晒した時点で終わりだ」


資料を閉じる。


「例外は認めない」


「処罰は、行為に見合うべきだ」


「……賛成」


「これで――」


ゼウスが、静かに告げる。


「賛成四、反対四」


完全な均衡。


重い沈黙が落ちる。


「最終決定は、必ず尊重される」


その言葉の後。


シュンが、ゆっくりと口を開いた。


「分かってるさ」


軽く笑う。


「本気なら、今すぐ連れて逃げてる」


だが――


その瞳は、真剣だった。


「それでも、ここにいる」


「お前らに賭けたからだ」


静かに。


確信を込めて。


「正しい答えを出すって、信じてる」


ゼウスは、何も言わない。


ただ、視線を戻す。


「……ヘラ」


最後の一人。


その名が、呼ばれる。


「――賛成」


即答。


怒りを含んだ声。


「悪魔が、この聖域に存在すること自体が許されない」


その瞳は、毒のように鋭い。


「穢れよ」


「裏切り者よ」


視線が、シュンへ突き刺さる。


「排除すべきゴミだ」


その瞬間。


空気が、変わる。


シュンの瞳が――


黄金に染まった。


静かに。


だが確実に。


“何か”が、目を覚ます。

「……ヘルメス」


ゼウスの声が、静かに響く。


「お前の一票で、すべてが決まる」


空気が、凍りついた。


「……は、はい……」


かすれた声。


ヘルメスは、ゆっくりと周囲を見渡す。


突き刺さるような視線。


冷たいもの。


温かいもの。


だが、そのすべてが――


“答え”を求めていた。


「……僕は……」


言葉が、詰まる。


その瞬間。


――蘇る。


「ルールに従った結果、民を切り捨てるのは初めてじゃないだろ?」


シュンの言葉。


胸を抉るような、あの一言。


そして――


もう一つ。


あの笑顔。


血に濡れながらも。


それでも、太陽のように輝いていた。


「……ありがとう」


たった一言。


だが――


それは、確かに届いていた。


「……僕は」


ヘルメスは、ゆっくりと顔を上げる。


「ルールが、常に正しいとは思いません」


静かな声。


だが、震えてはいない。


「時には……」


拳を握る。


「自分で“正しい”と思う道を選ぶべきです」


神々が、息を呑む。


「彼を、何も知らないまま」


「“悪魔だから”という理由だけで裁くのは――」


「……違うと思う」


その言葉は、確実に響いた。


「確かに、あの力は恐ろしかった」


「僕の恐怖やトラウマにまで触れてきた」


わずかに、歯を食いしばる。


「でも……」


目を閉じる。


「それだけじゃなかった」


「僕は見た」


「最後まで諦めなかった、一人の人間を」


静寂。


「守りたいもののために戦う、その意志を」


一瞬。


空気が、変わる。


「……あの目は」


かすかに、声が揺れる。


「アポロンが死んで以来……」


「久しく見ていなかった」


――凍りつく空気。


その名が持つ、重み。


ヘルメス自身も、唇を噛む。


涙を堪えるように。


「……ヘルメス、もういい」


ゼウスの低い声。


だが。


「すみません、父上」


顔を上げる。


その瞳は、まっすぐだった。


「でも、最後まで言わせてください」


わずかな沈黙。


そして――


「……続けろ」


ゼウスが、重く頷く。


「僕は――」


深く、息を吸う。


「彼の目に宿っていた“希望”を信じたい」


「何もしなかったことを、後悔するくらいなら――」


「間違ってでも、声を上げたい」


その言葉は、決意だった。


「だから――」


はっきりと。


「僕は、彼に機会を与えるべきだと思います」


「――反対です」


沈黙。


そして。


シュンの口元が、わずかに緩む。


それは――


初めて見せた、ヘルメスの“本音”だった。


「……これで」


ゼウスが、静かに告げる。


「再び同数」


重い空気。


逃げ場はない。


「すなわち――」


ゆっくりと、視線が集まる。


「最終決定権は、私にある」


すべての神々の視線が、ゼウスへと注がれる。


その一言が。


世界の未来を決める。


――その時だった。


ドォォォォォンッ!!


凄まじい衝撃が、扉を叩きつけた。


空気が、震える。


神々が、一斉に振り向く。


そして――


「――ゼウスッ!!!」


轟く声。


その場にいた誰もが、目を見開いた。


扉の向こうに立っていたのは――


エデン。


死刑寸前の少年。


その当人だった。


「……来たか」


シュンが、ふっと笑う。


「遅いぞ、ガキ」


だが。


エデンの目は――


以前とは違っていた。


迷いはない。


揺らぎもない。


ただ、強い意志だけが宿っている。


それを見た瞬間。


ゼウスの口元が、わずかに歪む。


「……なるほど」


雷神は、理解する。


あの瞳は――


まだ終わっていない。


語るべきものを、持っている。


「……いいだろう」


静かに、告げる。


「聞いてやる」


場の空気が、変わる。


裁かれる側だった存在が――


今、言葉を持つ。


神々は、沈黙する。


その少年の言葉を、待ちながら。


それは――


裁きではない。


“審判”だ。


そして。


世界の運命を分ける、次の一手。

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