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第8章・1:立場

神々の視線は、まるで刃のように鋭かった。


そのすべてが――


ただ一人へと向けられている。


シュン。


「何? サインでも欲しいのか?」


皮肉めいた笑みを浮かべながら、シュンは軽く肩をすくめた。


「貴様……ッ!!」


怒りを抑えきれない声が、空気を震わせる。


「いったい何を考えている!? 呪われた子をここへ連れてくるとは!!」


ゼウスの怒声が響き渡った。


だが――


「まぁまぁ、そんなに怒鳴るなよ」


気の抜けた声で、シュンは手をひらひらと振る。


「そのままじゃ、本当に倒れるぞ? 老人」


「ふざけるな、シュン!!」


空気が一気に張り詰めた。


「これは遊びではない!!」


神々の王の声が、重く響く。


「どれだけの人間が――貴様の“遊び”で命を落としたと思っている!!」


その言葉に、場の空気がさらに冷え込む。


「それだけではない。この件はすぐに世界中へ広がるだろう」


「GODSの名に傷がつく……!!」


ゼウスの目は、怒りと嫌悪で歪んでいた。


「最初から分かっていた」


低く、押し殺した声で続ける。


「貴様の存在は、ここにあるべきではなかった」


「行く先々で災いを呼び込む……」


「貴様は、そういう男だ」


沈黙。


そして――


「貴様にとっては遊びでも、我々にとっては違う」


その言葉は、刃のように突き刺さる。


「……この外道が」


「名を盾にして、好き勝手に規則を踏みにじる」


「そういう輩が――」


「私は、大嫌いだ」


……



「チッ……」


露骨な舌打ちが、静寂を切り裂いた。


「お前の話を聞いてると、吐き気がするんだよ……偽物の神が」


鋭く細められた視線が、ゼウスを貫く。


「貴様……」


「何も分かってねぇくせに、よくもまぁ語れるな」


怒りを滲ませた声が、低く響いた。


「ゼウス。お前は何一つ分かっちゃいない」


「ギリシャの神っていうぬるま湯に浸かって、外の世界なんて見ようともしねぇ」


空気が、軋む。


「ルールを守るために、自分の民を切り捨てる――」


「そんなこと、初めてじゃないだろ?」


その言葉は、雷神の誇りを容赦なく打ち砕いた。


ゼウスは――何も言い返せなかった。


そして、その沈黙に。


ヘルメスですら、息を呑む。


「人の命がどうとか、口では立派なこと言ってるが――」


シュンは吐き捨てるように言う。


「本当はどうでもいいんだろ?」


「お前にとって大事なのは、“完璧な神様”っていう自分の看板だけだ」


その場の空気が、凍りつく。


「ここ数年、お前がやってきたことは何だ?」


「上の連中に媚びへつらって――」


「自分の民の悲鳴には耳も貸さねぇ」


「まるで忠犬だな」


冷笑。


「……あいつらのな」


「貴様らの都合だけを守る、な」


「シュン、もうやめて!」


アフロディーテの声が、鋭く響いた。


だが――


「偽善にはもううんざりなんだよ」


止まらない。


「綺麗事ばっか並べやがって」


「その裏で何考えてるか、全部見えてんだよ」


「結局お前は――」


「自分の民が苦しむ姿を、どこかで楽しんでるような……」


「腐った老いぼれだ」


――沈黙。


重く、押し潰されるような沈黙。


「未来は、もうそこまで来てる」


シュンの声は、静かだった。


だが、確実に突き刺さる。


「それなのに、お前は未だに“大戦前のルール”に縛られてる」


「……本気で、それで何とかなると思ってんのか?」


ゼウスの拳が――


ぎしり、と音を立てる。


「お前はもう老いた」


「ゼンカも、じわじわと削られてる」


「そのうち消える」


「……お前自身もな」


ざわり――


神々がどよめく。


誰一人として、言葉を発せない。


「過去ばっか見てる奴に、変革なんてできるわけがねぇ」


「ルールは必要だ。秩序のためにな」


「だがな――」


一拍。


「壊さなきゃいけない時もある」


「より大きな未来のために」


ゼウスを真っ直ぐ見据えながら、シュンは言う。


「過去に縛られ続けるな」


「その先が地獄でも、進め」


「それが……お前だろ、ゼウス」


拳が、さらに強く握られる。


今にも、砕けそうなほどに。


「エデンは――」


静かに、しかし確かな覚悟で。


「俺が見られない未来への、賭けだ」


「俺がどうなろうと関係ねぇ」


「……あいつが生きるなら、それでいい」


椅子が、わずかに軋む。


シュンは立ち上がり――


そのまま背を向けた。


オリュンポスへ。


「進むのは簡単じゃねぇ」


「過去は、何度でも引きずり戻そうとしてくる」


「……だが」


一瞬だけ、足を止める。


「お前は、そんな男じゃないはずだ」


静かに言い残す。


「オリュンポスの決定には従う」


「だから――」


「判決、待ってるぜ」


そのまま、歩き出した。


誰も止められない。


誰も、声をかけられない。


残されたのは――


言葉にならない余韻だけだった。


「……シュン」


アフロディーテが、かすかに呟く。


その時。


「ヘルメス!!」


「は、はいっ!」


「直ちにオリュンポスの全戦力を招集しろ」


ゼウスの声は、冷徹だった。


「議題は――」


一拍。


「“呪われた子”の裁定だ」


「り、了解しました!」


瞬間。


ヘルメスの姿が、かき消える。


「アフロディーテ、アレス、アテナ」


「貴様らも投票に加われ」


「……承知しました」


「ヘラクレス、アスクレピオス」


「例の子を監視しろ。逃がすな」


「はっ!」


空気が、張り詰める。


「――時は来た」


ゼウスは、静かに告げた。


「オリュンポスの裁きを――」


「闇に下す時だ」


神々が、ゆっくりと集い始める。


それは――


ただの会議ではない。


審判だ。


運命を決める、裁き。


呪われた少年の未来が――


今、神々の手に委ねられる。


そしてその頃――


シュンが沈黙の中で空を見上げる一方で。


エデンは。


肉体を超えた、別の戦いに身を投じていた。


……



エデンは、ただ立っていた。


そこは――


闇だった。


光は、一切存在しない。


どこを見ても、何もない。


果てすらない虚無が、静寂とともに広がっているだけだった。


音も、気配も、存在の証すらもない。


……完全な無。


それでも――


彼は、そこにいた。


「…………」


息をする音すら、やけに重く感じる。


まるで、この空間そのものが

彼の存在を拒んでいるかのように。


その時だった。


――クツ、クツ……


不気味な笑いが、どこからともなく滲み出る。


それは、音というより――


“侵食”だった。


「ようこそ……ガキ」


低く、歪んだ声。


耳元で囁かれているようで、

同時に、世界そのものから響いているようでもある。


エデンの視線が、ゆっくりと動いた。


闇の奥。


その奥底に――


“それ”はいた。


赤い、光。


いや――


眼だ。


闇を切り裂くように、二つの赤い眼が浮かび上がる。


それは、ただそこにあるだけで。


圧倒的な“何か”を告げていた。


警告。


あるいは――


宣告。


「ここから先は……戻れねぇぞ?」


その声は、愉悦に満ちていた。


歪みきった、嗜虐の響き。


まるで――


すべてを壊すことを楽しむ存在のように。


闇が、わずかに蠢く。


エデンの足元が、静かに沈む。


底はない。


逃げ場もない。


ただ――


堕ちていくだけ。


そして、その“存在”は囁く。


「さぁ……見せてみろよ」


「お前の“底”をな」


――その瞬間。


世界が、歪んだ。


これは、ただの出会いではない。


これは――


始まりだ。


痛みで刻まれた世界の。


運命を塗り替えるための、最初の“接触”。

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