第7章・5: 『最強』の十字架(カルマ)
「グオォォォォォォォォォォォォッ!!」
その獣の咆哮はあまりにも破壊的で強大であり、都市全体を激しく揺るがし、その場にいる全ての者の精神を強制的に侵食し始めた。
観客たちは一人、また一人と精神を破壊され、止めどなく涙を流し始めた。
リュウザキが自身の顔に触れると、そこには二度と流すことはないと思っていた『涙』が伝っていた。
「……驚いたな」
その怪物は周囲のあらゆるものを破壊し始め、壁も、観客席も、視界に入る全てのものを無慈悲に粉砕していく。
人々はパニックに陥り、逃げ道を探して逃げ惑う。だが、全ての退路はすでに崩落した瓦礫によって完全に塞がれていた。
神々もまた、この絶望的な状況を前にして言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。
(あの怪物は一体何だ……?)完全に硬直したゼウスが内心で戦慄する。(奴が放つ力は異常だ。冥界の王たちに匹敵するレベルじゃないか……。シュン、貴様一体何を連れ込んだんだ!?)
ゼウスはどう動くべきか決断するために周囲を見渡した。だが、そこにいたのは、涙に暮れて崩れ落ちた他の神々の姿だった。
(どういうことだ……?)
「おい、貴様ら一体何をしている!? 立て! 緊急事態だぞ!」
だが、何の返答もない。雷帝はただ、己のパンテオンの神々が涙に濡れて身悶えするのを見下ろすことしかできなかった。
(あり得ない……。あの怪物は無敵だ。今ここにいる神々が全員で束になっても、奴を倒せるかどうか……)
(認めたくはないが、あの馬鹿が戻るまで奴の足止めをするのが精一杯だ。……だが、どうやってこいつらをこのトランス状態から引きずり出せばいい!?)
ゼウスは、瓦礫の下敷きになって押し潰されていく生命の悲痛な絶叫の中、神聖なる闘技場が徐々に崩壊していく光景をただ見つめるしかなかった。
……
「エデェェェェンッ!!」
シュウが槍を固く握り締めながら咆哮した。
「シュウ、何を狂った真似を!? 逃げろッ!」ゼウスが焦燥を露わにして叫ぶ。
「試合はまだ終わっていません」シュウが冷徹に宣言する。「どちらかが倒れるまで、僕は絶対に逃げない」
「馬鹿野郎ッ!」
シュウは決死の雄叫びを上げ、その巨大な怪物に向かって真っ直ぐに突進した。
――ドゴォォォォンッ! メキィッ!!
だが――怪物はただの一撃で、まるで鬱陶しいハエでも叩き落とすかのように、シュウを無惨にも壁の奥深くへと殴り飛ばした。
「シュウッ!!」ゼウスが叫ぶ。
シュウは瓦礫の山の中で完全に意識を刈り取られ、その体から大量の血が川のように流れ出していた。
ゼウスが再び周囲を見渡すと、そこにはあまりにも凄惨な光景が広がっていた。家族まるごと瓦礫に押し潰され、飛んできた破片で真っ二つに引き裂かれた人々……。完全なる『絶望』が闘技場を覆い尽くしていた。
獣が咆哮と共に闘技場の巨大な柱の一つを殴りつけると、その柱が崩落し――最期の時を共に迎えようと固く抱きしめ合う、ある家族の頭上へと容赦なく降り注ごうとしていた。
……
「……本当に、厄介事を起こすのが好きな奴だ」
――チクッ……!
その絶対的な威厳を放つ声と共に、空間と時間そのものが一瞬にして『ヒビ割れ』、完全に凍りついた。
遥か上空から全てを見下ろす、美しくも強大な力を持つ『黄金の瞳』。その眼差しの前に、万物が静止する。
だが、その瞳には明確なフラストレーションと、この一瞬の惨劇で失われた多くの命に対する深い『悲痛』の色が満ちていた。
「……遅くなって、すまなかった」
痛みを押し殺した声で呟き、シュンは優雅に、そして羽のように軽やかに崩壊する闘技場へと舞い降りた。
周囲の惨状を見渡しながら、シュンがその指先を微かに、そして繊細に動かすと――彼の体から数万本もの『光の糸』が空間へと放射状に伸びていく。
ある糸は出場者たちを、ある糸は神々を、そしてある糸は逃げ遅れた観客たちを優しく包み込んだ。
それらの糸は分厚い瓦礫の下深くにまで潜り込み、すでに命を落とした者たちの冷たい骸までも、一人残らず抱き留めていく。
「……教えてくれ、師匠。これが本当に……俺たちが支払わなきゃならない『代償』だったのか?」
シュンの声は、ひどく掠れ、ひび割れていた。
犠牲者たちの血、欠けた歯、そして千切れた髪の毛がへばりついた両の掌を、シュンは静かに胸の前で合わせた。
「……安らかに眠れ」
――パンッ!!
両手を打ち合わせたその破裂音と共に、世界の『時間』が再び動き出した。
無数の光の糸が一瞬にして伸縮し、触れた者すべてを強制的に安全な場所へと引き寄せる。
ゼウスが信じられないものを見るように目を見開く中、巨大な柱が轟音と共に崩落した。
雷帝が一度瞬きをした次の瞬間には――数千人もの人々が、シュンと共に彼の背後へと移動し終えていたのだ。
「悪かったな、ゼウス」シュンが背後から低く呟く。
「……遅せえよ」
「ああ。後は頼んだぜ」シュンは深い後悔を滲ませて言った。「こいつらを安全な場所へ逃がしてやってくれ。……ここは、俺が引き受ける」
「……分かった」
ゼウスが指を鳴らすと、全員の背後に巨大な転移門が開き、たった一秒で彼らの姿を飲み込んで消え去った。
完全に崩壊した闘技場に残されたのは、悪魔へと変貌したエデンと、シュンただ一人。
「また会ったな……『悪魔』」
シュンは、揺るぎない不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
悪魔がゆっくりと振り返り、全てを薙ぎ払うような咆哮を上げた。
闘技場が音を立てて完全に崩れ落ちていく只中にあっても、シュンは微動だにせず、真っ直ぐに立ち尽くしている。
「……少し痛むぜ、エデン。我慢しろよ」
そう呟いたシュンの全身から、暗闇を打ち払うような眩い『黄金の全華』が溢れ出し始めた。
『光』と『闇』が、過去の因縁を清算するため、再び相いまみえる。
だが今回は、決して『敵』としてではない。彼らは『師匠』と『弟子』として向かい合っていた。
――今こそ、天国と地獄の、その全ての決着を払わせる時だった。




