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第4章・7:世界をひっくり返せ、エデン

ドン――クラァァァク!!


重い拳が劇場を揺るがし、壁に小さな穴を穿った。


「クソッ……!」

エデンは苛立ちを抑えきれず、吐き捨てる。


「なんでシウンが割り込んできたんだよ……!」

「……あの女、思いっきりぶん殴られて当然だっただろ……!」


……


エデンの瞳から、次第に力が失われていく。

張り詰めていた感情が、音もなく崩れていった。


そのまま壁にもたれ、抵抗することなく身体が滑り落ちる。

やがて床に座り込み、彼は思った。


(……それでも)

(あいつの言ってたことは、間違ってない)


(俺は、この世界の人間じゃない)


(目標も、理想も、覚悟も……)

(あいつらほど、何かに賭けてきたわけじゃない)


(顔を見れば分かる)

(全員、生まれた時から“ここ”に立つために生きてきた)

(いつか神のようになるために……)


(でも、俺は……)

(ただの人間でいたいだけなんだ)


(……いや、今はもう)

(自分が何者なのかすら、分からない)


……


(もし、ここで諦めたら……)

(誰か、俺を待っていてくれるのか?)


(……祖父ちゃんの目を、まっすぐ見られるのか?)


(……ここにいたくない)


エデンは顔を覆い、

冷たい影の中で、ただ黙り込んだ。


トントン


淡い白い光に照らされた扉を、軽く叩く音が響く。


「……はい?」


「すみません。エデン・ヨミさん、こちらにいらっしゃいますか?」


「……は、はい」


「やっと見つけました!」

明るい声が弾む。

「私は受付担当のオリヴィオです」


「シウンが手続きをすると言っていたのですが、どうしても見つからなくて……」

「少し、手伝ってもらえますか?」


(……ああ、いかにもあいつがやりそうだ)

エデンは苦笑しながら思う。


「はい、どうぞ」


扉が静かに開き、

そこには穏やかで優しい表情のオリヴィオが立っていた。


「お手数をおかけして、申し訳ありません」

軽く頭を下げる。


「いえいえ、謝る必要なんてありません」

「むしろ、さっきは俺の方こそ迷惑をかけてしまって……」


「気にしないでください」

オリヴィオは笑って答える。

「実は、こういうことは珍しくないんですよ」


「え、そうなんですか?」


「ええ。参加者の多くは神々の子ですから」

「誰よりも目立ちたい、輝きたいと思う者ばかりです」


「競争や衝突は日常茶飯事です」

「試験前に一悶着あるのも、これが初めてではありません」


「それでも……ご迷惑をおかけしました」

エデンは素直に頭を下げた。


その姿を見て、オリヴィオは微笑みながら言った。


「本当に、いい子ですね」

「なるほど……シウンがあなたを選んだ理由が分かります」


「……え?」


「最初にその噂を聞いた時は、正直、冗談だと思いました」

「彼は昔から、一人で歩くことを選ぶ人でしたから」


「人々は彼を“触れてはならない神”のように扱い」

「祝福され、すべての種族を導く存在だと崇めてきました」


「その結果……」

「誰も、彼を“人間”として見なくなってしまった」


「専門家ではありませんが……」

「きっと彼は、あなたの中に」

「誰も気づかなかった“何か”を見たのでしょう」


「だから――」

「もう少し、自分を信じてあげてください」


「彼があなたを信じているように」




その瞬間、荘厳な声が会話を遮った。


「余計なことを吹き込むな、オリヴィオ」

眩しい笑みを浮かべながら、シウンが言った。

「俺の生徒だからな」


「シウン……」


「これ以上褒めたら、あいつの自尊心が雲の上まで飛んで、手に負えなくなる」


「ずいぶん苦労させたみたいだな」


「へ、へへ……」

エデンは乾いた笑いを漏らす。

「もし知ってたら、そうは言えないと思いますよ……」


「本当か?」


「ええ……」


「……彼の代わりに謝っておきます」


「仕事はないのか?」

シウンは皮肉混じりに尋ねた。


「書類をちゃんと済ませていれば、ここに来る必要はなかったんだけどね、このバカ」


「はいはい、そのうちやりますよ」


「頼むよ、まったく」

鋭い笑みを浮かべて言った。


オリヴィオは再びエデンへ視線を向ける。


「幸運を祈るよ、少年」

「観客席から見ているからね」


「ありがとうございます」

エデンは丁寧に頭を下げた。


「さあさあ、仕事に戻ってくださいよ」


「その目だよ、シウン」

オリヴィオは穏やかな笑みを浮かべる。

「久しぶりに見た」


その言葉に、シウンは一瞬だけ驚いた表情を見せた。

オリヴィオは静かにその場を後にする。


……


「仲がいいみたいですね?」


「嫌いだ」

顔を強張らせて答える。


「本当に?」


「ああ。息苦しい」


「どこで知り合ったんですか?」


「……弟だ」


「えっ? 冗談ですよね?」


「似てないだろ?」

肩をすくめて言う。

「家族の美貌は、全部俺が持っていったからな」


「じゃあ、知性は全部あっちですね……」

エデンは皮肉混じりに笑う。


「どういう意味だ?」


「……別に」


冷たかった部屋の灯りが、次第に温もりを帯びていく。

影は消え、隅々まで光が満ちた。


「……さっきは、悪かった」


「珍しいな」


「何が?」


「お前の口から、こんなに素直な言葉を聞くのは初めてだ」


シウンはわずかに微笑む。


「たまには真面目になれないんですか?」


「悪いが、その言葉は俺の辞書にない」


エデンは、静かに、しかしはっきりと告げた。


「……怖いんです」


「……?」


「失敗して、家に帰るのが」

「考えるたびに分かるんです」

「もう、迎えてくれる人はいない」

「皮肉な笑顔で迎えてくれる存在も……」


「……また一人になるのが、嫌なんです」


「GODSに入りたい」

「強くなりたい」

「祖父を取り戻して……あなたたちと一緒にいたい」


その言葉に、シウンは目を見開いた。


「自分を信じろ」

静かに、しかし確かな声で言う。


「この半年間、必死に足掻いてきた自分を信じろ」


「六か月前のお前とは、もう違う」


「神の子どもどもと同じ志を持っていなくても構わない」

「お前はお前だ」

「それが、お前を唯一無二にしている」


「外に出ろ」

「奴らが期待する姿を、裏切ってやれ」


「驚かせろ」

「世界をひっくり返せ」


「それがお前だ、エデン・ヨミ」


「もしお前が堕ちるなら……」

「俺も一緒に堕ちてやる」


二人は強く拳をぶつけ合い、

決意と笑顔を交わした。


……


時は流れ、刻一刻と進んでいく。


エデンは鎧の留め具を締め直し、

誇りを込めて手袋とマントを身に着けた。


テンザクとの友情を炎で刻んだ剣を、静かに鞘へ収める。


一歩、また一歩。

暗い通路を進んでいく。


その瞳に、迷いはなかった。


――この瞬間を、待っていた。


もう、後戻りはできない。


GODSの試練は、始まった。


(また会うために、神を殺す必要があるなら――)

(俺は、そうするよ……祖父ちゃん)

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