第4章・6:ここはお前の居場所じゃない
「うおおおおおおおおおお!!」
エデンの叫び声が、
まるで空そのものを引き裂くかのように響き渡った。
「くそったれシウン……
せっかく一度くらい素直に接したのに、これかよ……」
――空を切り裂きながら、心の中で毒づく。
突然、すべてが止まった。
エデンは高空から、巨大な都市を見下ろす。
太陽の光に照らされ、
幸福に満ちたその瞳がきらめいた。
「……綺麗だ……」
……
「……って、待てよ」
「どうやって着地すりゃいいんだ?」
地上へと視線を落とした瞬間、
皮肉な笑みを浮かべていた顔が、みるみる青ざめた。
「……やば」
—
「うわああああああああああ!!」
猛烈な速度で落下を始め、
風圧で目を開けていられない。
「くそ、くそ、くそ……!」
恐怖に声が震える。
「死ぬ! これ死ぬやつだ!!」
瞬きをするたび、
死へと近づく一瞬が切り取られていく。
「シウンの野郎ォォォ!!」
ドォン――バキィッ!!
激しい衝撃とともに、
巨大な砂煙が立ち上り、周囲の視界を完全に奪った。
「ゲホッ、ゴホッ……!」
「な、なんだ今の!? 隕石か!?」
と、受験者の一人が叫ぶ。
「攻撃だ! 襲撃を受けているぞ!」
別の声が続く。
濃い砂埃の奥で、
二つの黄金色の瞳が、威圧するように輝いた。
「……冗談だろ」
シュウは苦笑しながら呟いた。
巨大なクレーターの中心。
瓦礫の中から、一人の少年が立ち上がる。
身体は無傷。
だが、その瞳には――
はっきりとした“復讐心”が宿っていた。
「必ず殺す……
あのピンク頭のクソ野郎……」
――怒りに満ちた思考とともに、体についた埃を払い落とす。
「ずいぶん派手な登場だね」
親しみのある声に、
エデンは顔を上げた。
そこには、
温かな笑みを浮かべたシュウの姿があった。
「……お前……?」
「シュウ・サジェスだよ」
そう言って、彼は手を差し出す。
「ああ、そうだ……シュウ」
エデンはその手を握り返した。
「さっきはありがとう」
シュウは穏やかに微笑む。
「君がいなかったら、たぶん殴られてた」
「気にしないで」
肩をすくめて答える。
「ただの誤解だったし。
彼女、根はいい子なんだけど……ちょっと頑固でね」
「それは、よく分かる」
「ところで……」
シュウは首をかしげた。
「いつからギリシャ語が話せるようになったの?」
「……は?」
「何言ってるんだ? ずっと日本語だっただろ?」
「いや」
シュウは軽く笑う。
「僕はちょっとゼンカの力を使ってただけだよ」
「……やっぱりな」
――エデンは、屋上で食らったあの一撃を思い出す。
「絶対、あの野郎が絡んでる……」
「まあ、なんにせよ――」
シュウは軽く笑いながら言った。
「文字通り空から落ちてきた参加者を見るのは、たぶん初めてだよ」
「正直おすすめはしないね」
「よっぽどでかいケツでも持ってない限り」
その言葉に、シュウの口元がわずかに緩む。
「せっかくだし、ここまで来たなら――」
「一緒に並ばない?」
「……並ぶ?」
その瞬間、エデンは周囲を見渡した。
濃く立ち込めていた砂埃はすでに消え去り、
その外側には――
数え切れないほどの参加者たちが集まっていた。
弱そうな者。
明らかに格上と分かる者。
だが共通しているのは、
全員が“獲物”を見る目で、エデンを見ているということだった。
まるで、
空から落ちてきた存在を――
狩るべき異物として。
「……少し、目立ちすぎたみたいだね」
シュウは自分の身体に力を込めながら、静かに言った。
「……ああ」
……
その時、エデンの視線が一点で止まる。
「……あのブスもいるみたいだな」
低く、鋭く呟いた。
「うん」
「君や僕と同じで、彼女も試験の参加者だよ」
「ずいぶん遠くまで来たわね、ガキ」
尊大な態度で、ユキが吐き捨てる。
「ユキ、やめろ。くだらないことを言うな」
「何よ、天才様?」
嘲るように鼻で笑う。
「こいつがここにいるべきじゃないのは、分かってるでしょ?」
「どうせ金持ちの家の坊ちゃんよ」
「十二家のクソガキに決まってる」
「……ねえ、シュウ」
「あなたにも見えるでしょ?」
「何の話だ?」
「この子のゼンカよ」
「弱すぎるわ。伝説のシウンに鍛えられた人間が、こんなに惨めなはずがない」
「こいつは場違いなの」
「私たちの側の人間じゃない」
ユキの鋭い視線が突き刺さる。
シュウはエデンの方を見た。
そこには――
冷たく、危険な光を宿した瞳があった。
「もうやめろ、ユキ」
「それ以上は言うな」
「はあ?」
「シュウ、分かってるでしょ」
「こいつは私たちほど痛みを知らない」
「私たちは物心ついた時から、この日のためだけに生きてきた」
「もし失敗したら?」
「こいつはまたやり直せる。でも私たちは違う」
「あなたが慈善活動が好きなのは知ってるけど、これはやりすぎよ」
「ユ――!」
だが、
シュウが言葉を続ける前に――
ドンッ!! バンッ!!
激しい衝撃音がその場を揺らした。
ユキの目が、驚愕に見開かれる。
目の前に立っていたのは、
桃色の髪を持つ、威圧的な男。
その前方には――
炎をまとった剣を握る少年。
怒りに満ちた瞳。
「どけ、シウン」
エデンは、師を見ずに言い放った。
「だから言っただろう、これ以上問題を起こすなと」
シウンは静かに呟きながら、
弟子の剣を押さえた。
「これは、あんたには関係ない」
「お前が関わるなら――」
「俺の問題だ」
「だから剣を収めて、下がってくれ」
エデンは、ゆっくりと師の方を見た。
その瞳にあったのは――
苛立ちではなく、静かな温もりと落ち着きだった。
……
剣にまとわりついていた炎は、ゆっくりと消えていった。
エデンは一歩、後ろへ下がる。
「オリヴィオ、手続きはすべて俺が引き受ける」
「彼を通してくれ」
「は、はい……」
そう答えたのは、緑色の髪と金色の瞳を持つ男――オリヴィオだった。
「エデン・ヨミ、番号は13番だ」
そう告げながら、ルーン文字が刻まれた紙を差し出す。
エデンはそれを受け取り、
周囲の困惑した視線を背に――
静かに影の中へと姿を消した。
「弟子が騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありません」
シウンはユキに向かって、軽く一礼する。
「……は、はい……」
シウンもまた、何も言わずその場を離れた。
残された者たちは、ただ呆然と立ち尽くす。
「……一体なんなのよ、あいつ」
ユキは拳を握り締め、怒りを抑えながら吐き捨てた。
「……君は本当に、愚かだな」
鋭い視線で、シュウが言う。
「何よ。私は嘘なんて言ってない」
「彼はここにいるべき人間じゃない」
「ユキ、この世界で苦しんできたのは、君だけじゃない」
「他人の痛みを理解できないからといって、
それが存在しないわけじゃない」
「君は彼のゼンカしか見ていない」
「でも、俺が見たものは違う」
「彼のゼンカは壊れていた」
「まるで――苦しんでいるかのように」
「ゼンカは、ただの力じゃない」
「それは魂の反映だ」
「君のゼンカにも、傷がある」
「恐怖、トラウマ、後悔……」
「だからといって、
他人の痛みを測ったり、見下したりしていい理由にはならない」
「……謝るべきだ、ユキ」
「チッ……本当に鬱陶しい奴ね……」
ユキはそう呟き、背を向けて立ち去った。
……
シュウはその場に残り、
地平線を見つめながら、脳裏に浮かぶ光景に沈んでいた。
(エデンが何を背負ってきたのかは分からない……だが)
あの時、
エデンの中から溢れ出た――
圧倒的で、恐ろしく、生きているかのような力。
それは、
鋭い視線でシュウを見据えていた。
突然、冷たい汗が頬を伝い、顔色が青ざめる。
(考えるだけで……恐ろしい)
(あいつの中に眠っているのは、
ただの悪魔なんかじゃない)
(……あれは、死そのものだ)




