第22章・3:覚醒
ドゴォォンッ!
耳をつんざく爆発が、一瞬にして闘技場全体を揺るがした。
雷の威力と熱によって、高さも幅も数メートルに及ぶ閃電岩が形成されていた。
轟音と目もくらむ閃光に包まれ、観客たちは、その数秒の間に何が起きたのか、ほとんど把握できずにいた。
だが、その瞬間。
ナイの表情が変わった。
同時に、その口から鮮血が噴き出した。
「……マジかよ」
切り裂かれた脇腹を見下ろしながら、ナイは呟いた。
エデンをはじめ、その場の誰もが目を疑った。
つい先ほどまで身動きすら取れなかった者が、今は立っている。
全身は傷だらけだった。それでも、そのゼンカは、かつてないほど強まっていた。
力を失っていた瞳には、今や黄金の輝きが燃えている。
その手には、血に染まった槍が握られていた。
その瞬間、エデンは確信した。
「覚醒した」
シュウの体から、美しくも荘厳なエネルギーが放たれていた。
天使にも匹敵する、天上の美しさを宿したゼンカだった。
(あの日と同じだ……)
エデンは、シュウとの初めての決闘を思い出していた。
(あのときは、自分がおかしくなったのかと思った。でも、今ならはっきり分かる。シュウの体の中には、まったく違う二つのゼンカが共存している)
(いつものシュウとは違う。今のあいつは、もっと荒々しくて、迷いがない。勝つことだけを目的に、以前なら疑問を抱いていたような選択さえ、ためらわずにできそうだ)
(何がどうなってるのか、さっぱり分からねえ。でも、ここから戦いの流れが一変することだけは確かだ)
その隣では、愛の女神もまた、興味と驚きの入り交じった眼差しで戦いを見つめていた。
(もう、疑いようがないわ)
アフロディーテは思った。
(ヨウヘイと同じ。シュウも『フリア・ティタン』なのね。一定の時間、深刻な代償を負うことなく、能力を限界のはるか先まで引き上げられる存在……)
(エデンの、あの常識外れで唯一無二の特性とは違う。フリア・ティタンは肉体を危険にさらさず、自分の意思でその形態になり、解除することもできる)
(それでも、やっぱり何かがおかしい。一瞬だけ、まったく異なる二つのゼンカが彼の中に共存しているのが見えた。そのあとで、今の状態へと変わった……)
(悪魔に憑依された人間とは違う。あの二つのエネルギーは、互いに影響を与えずに共存しているように見える。それでいて、それぞれが独立しているようにも感じられる。まるで、一つの体の中に二人のシュウがいるみたい……)
(アテナは、あの子は特別だと私たちに言っていた。でも、いったい何を指していたのかしら……?)
「ようやく目を覚ましたか、シュウ」
ナイは笑った。
「どうやら、ここからは楽しめそうだな」
ゆっくりと身を起こしながら、そう呟く。
シュウは冷めた眼差しをナイに向けながら、周囲の様子にも目を配っていた。
「どうした? 口も利けなくなったか?」
シュウは地面に槍を突き立てた。
そして、瞬きする間もなく――。
ヒュンッ!
(え……?)
ナイの目の前に、シュウがいた。
ドゴォンッ――バキィッ!
強烈な拳が、ナイの顔面を捉えた。
その体が吹き飛び、鋭く突き出た閃電岩に叩きつけられる。
「……期待外れだね」
結晶に激突した相手を見つめながら、シュウは呟いた。
あまりの衝撃に、ナイは血を吐いて咳き込んだ。
それでも、その顔には恐怖のかけらもなかった。
傷だらけの顔に浮かんでいたのは、満足の色だけだった。
「ああ……これが、俺の知っているシュウだ……」
途切れ途切れに言いながら、ナイはゆっくりと身を起こした。
シュウは再び、蔑むような眼差しを向けた。
その瞳に宿る力が、動き出したかのように見えた。
そして再び、瞬きする間もなく。
シュウはナイの目前に現れ、その腹へ強烈な拳を叩き込んだ。
だが、今度はそれだけでは終わらなかった。
一切ためらうことなく、シュウはナイの体へと立て続けに攻撃を浴びせた。
一撃ごとに、その苛烈さが増していく。
闇雲に力を振り回しているのではなかった。
すべてが、ナイの急所とエネルギーの要所を狙った攻撃だった。
ナイも、黙ってやられているつもりはなかった。反撃を繰り出そうとする。
だがシュウは、その動きが始まるよりも先に、すべてを見通しているかのようだった。
ドゴッ!
肋骨が一本、折れる。
ドゴッ!
頬骨に亀裂が走る。
ドゴッ!
肉に痣が刻まれる。
ドゴォンッ――バキィッ!
シュウの回し蹴りが、ナイを数メートルも吹き飛ばした。
その体が、壁へと叩きつけられる。
シュウはゆっくりと相手へ向かいながら、地面に突き立てていた槍を引き抜いた。
一歩進むたび、勝つためなら何でもするという決意が強まっていく。
やがて、傷つきながらも笑みを浮かべる相手に、シュウは槍を突きつけた。
「終わりだ」
「どれだけ足掻こうと、どんな手を使おうと、君は永遠に僕の影だよ、ナイ」
「結局、ここにいる怪物は僕だけだ」
「さよなら」
…………。
「ククク……ククク……」
ナイが笑い始めた。
その反応に、シュウはすっかり面食らった。
「何がおかしい?」
「終わりだと? 何を言ってやがる、シュウ」
「え?」
「本気で、これで終わりだと思ってるのか?」
「ふざけたことを抜かすな!」
ナイは吐き捨てた。
「自分が一番だと思い上がるな。お前なんて、ただのクズだ」
バヂヂヂッ!
ナイの体から、電撃が迸り始めた。
シュウは、その変化に戸惑った。
「お前は、自分で思っているほど特別じゃない。その目がなければ、ただのクズだ」
ナイは蔑むように言った。
「だがな、その目だって、そこまで特別なものじゃない。必要な代償を払う覚悟さえあればいいんだ」
バヂヂヂッ!
ドゴォォォォォンッ!
巨大な雷がナイを直撃した。
シュウは後退を余儀なくされる。
「何っ!?」
その瞬間、轟音の中から声が響いた。
「勝つためには、すべてを懸ける覚悟が必要だと教えてくれたのは、お前だ、シュウ」
「ずっと憧れてきた男を消し去らない限り、俺は、なりたかった英雄にはなれない」
雷の中から、一つの人影が現れ始めた。
その上半身は、紫色の電撃の紋様に覆われていた。
顔は変わっていない。
だが、放たれるエネルギーはまったくの別物だった。
雷は禍々しく変質し、紫に染まっていた。
瞳も、顔の紋様も同じ紫に染まり、その紋様は全身へと広がっている。
鮮烈な赤だった髪は色を失い、淡い白へと変わっていた。
そして背中からは、先端が四つに分かれた電撃の翼が生えていた。
(何だ、この姿は……?)
シュウは思った。
「これが、俺の鍛錬の成果だ、シュウ」
ナイは電撃の翼を広げた。
「俺の――バーサーカーモードだ」
その名を聞いた瞬間、アフロディーテの体が震えた。
(バーサーカーモード……? 冗談でしょう。こんなに若い子が、あれほどの力を手にできるはずがない)
(この子は、いったいどんな地獄を味わってきたの、トール……?)
トールは身じろぎ一つせず、表情も変えないまま、変貌した息子を見つめていた。
(バーサーカーモード。限られた戦士だけが到達できる境地……)
バルドルは思考を巡らせた。
(あの状態に至るまでの代償は、誰にでも耐えられるものじゃない)
(地獄のような鍛錬。何度も何度も、肉体を限界のはるか先へと追い込む。精神も同じだ)
(そこに辿り着こうとして、正気を失った者も多い。肉体的にも精神的にも、自分にとって最悪の地獄と、繰り返し向き合わなければならないからだ)
(その苦痛と心の傷に耐えられる者だけが、バーサーカーの力を背負うことができる。そして、ナイはその一人だった)
(だが、最大の試練はここからだ。彼の体は、あの力の重みに耐えられるのか……?)
…………。
圧倒的な力が、一瞬にして闘技場全体を包み込んだ。
観客たちは、その強大さに言葉を失っていた。
シュウは戦いに備え、構えを取った。
だが、そのとき、頭の中に声が響いた。
パリィィンッ!
時空が砕け散り、シュウは自身の精神世界に閉じ込められた。
「待って!」
金色の瞳を持つシュウの肩を、もう一人のシュウが掴んだ。
「何のつもりだ、弱虫」
金色の瞳のシュウが問いただす。
「君が何をしようとしているかは、分かってる。でも、それはいい考えじゃない」
緑の瞳を持つシュウ・サジェスが警告した。
「弱虫の話を聞く気はないよ。僕がいなければ、今頃僕らは死んでいた」
「僕の話を聞かなければ、結局、同じことになる」
「何が望みだ?」
「この勝負を終わらせる答えが、ようやく見つかった気がする」
「どういうことだ?」
「このままじゃ、君でもナイには勝てない。たとえ神の眼を使っても。僕に任せてほしい」
「君が? ついさっきまで死にかけていた、あの弱虫が?」
「そう。その弱虫がだよ」
「絶対に駄目だ。君に主導権を渡したら、僕らは負ける。また何もできずに終わるんだ」
「今度は違う」
緑の瞳のシュウが、手を差し伸べた。
「僕は一人で戦わない。君もだ」
「でも、これは僕にしかできないことなんだ。知恵と力を別々に使っていたら、何も成し遂げられない」
「お願いだ。僕を信じて」
…………。
金色の瞳のシュウは、血に染まった自分の手を見つめた。
その顔には、隠しきれない苛立ちが浮かんでいた。
やがて視線をそらし、重いため息とともに言った。
「好きにしろ。ただし、死んでも僕のせいにするなよ」
「ありがとう」
…………。
シュウの瞳が、ゆっくりと本来の緑色へ戻っていく。
だが今度は、これまでにない鋭さを帯びていた。
シュウは槍の柄を強く握りしめ、天上の存在さながらの相手を見据えた。
(どれだけ時が経っても、あの瞬間を忘れることはできない。あの、あまりにも大きな失敗を……)
恐怖に満ち、血にまみれた自分の顔が、シュウの脳裏をよぎった。
(でも、今度は僕らだけじゃない。僕らを信じてくれる人たちがいる。その人たちを、失望させるつもりはない)
「行くぞ、ナイ!」
シュウはナイへと槍を向け、叫んだ。
【続く】




