第22章・2:レッテル
「始めッ!」
ヘルモーズが叫んだ。
ドンッ――バキィッ!
ナイが猛然と動いた瞬間、その足元の地面が砕けた。
ガシッ!
シュウが反応するより早く、ナイの手はその首を掴んでいた。
そして、一切ためらうことなく、壁へと投げ飛ばす。
ドゴォンッ――バキバキッ!
その衝撃で、障壁の手前にある壁が打ち砕かれた。
バヂヂヂヂッ!
指を鳴らすよりも速く、電光がナイの全身を駆け巡った。
その手に、実体を持つ稲妻が生まれる。
ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!
ナイは容赦なく、稲妻を立て続けに投げ放った。
一発、また一発。間断なく。
一つを放つそばから、次の稲妻が手の中に生まれていた。その速さは驚異的だった。
ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!
着弾のたびに、土煙は濃さを増していく。
十秒間にわたる連撃の末、ナイはようやく手を止め、小さく息を吐いた。
そして、立ち込める土煙へ目を向ける。
「生きてるのは分かってるぞ、神童。あの程度じゃ、お前の惨めな命を終わらせるには足りなかっただろう?」
「痛かったよ、この野郎……」
シュウはゆっくりと身を起こしながら、低く呟いた。
「僕を殺すつもりだったのか、馬鹿!」
「あの程度の攻撃で死んだら、あまりにも無様だろう」
ナイは言い放った。
(いつから、こんなに強くなったんだ……? 盾がなければ、命はなかった)
(でも、力だけじゃない。エネルギーの制御も、その流れも恐ろしい。あの短時間に、あれほどの稲妻を放てる学生なんて、そうはいない)
(次は、もっと慎重にいかないと……)
シュウは盾のベルトを締めた。その動きに、手首に開いた傷が覗いた。
観客たちは、この凄まじい開幕に、反応することさえままならなかった。
あまりにも苛烈な猛攻に、誰もが言葉を失っていた。
(強すぎる……)
ナイを見つめながら、エデンは思った。
(ヨウヘイのほうがはるかに強いけど……この圧倒的な力は、あいつを思い出させる)
(こいつは、どこまでやれるんだ……?)
エデンの口元に、笑みが浮かんだ。
「悪いな、シュウ。だが、無駄にしている時間はない」
ナイは蔑むような眼差しを向けた。
「必要なら、一撃でこの勝負を終わらせてやる」
「見世物をする気はさらさらない。俺の相手くらいは、務めてくれるんだろうな」
ヒュンッ!
ナイが再び、凄まじい速度で突進した。
ドゴンッ――ガキィンッ!
今度は、シュウも反応した。
間に盾を差し入れ、ナイの強烈な戦鎚の一撃を受け止める。
だが、その表情がすべてを物語っていた。
桁外れの力だった。
暴風にさらされた小枝のように、シュウの腕が震えた。
(こんな攻防は、長くは続けられない……。別の戦い方を見つけないと)
シュウは迷わず一歩退いた。
そしてナイの力を利用し、その首を狙って蹴りを放つ。
ナイは即座に反応し、腕で受け止めた。
その一瞬を使って、シュウは後退した。
だが、ナイは容易に逃がそうとはしなかった。息をつく暇も与えず、再び襲いかかる。
一方が進めば、もう一方が退く。
一方が連撃を繰り出せば、もう一方はひたすらかわし続ける。
だが、ナイは力任せの攻撃だけにとどまらなかった。
もう片方の手で幾条もの稲妻を呼び出し、シュウへと降り注がせた。
(冗談だよね……?)
シュウの顔に、引きつった笑みが浮かんだ。
ドォンッ!
ドォンッ!
雷が次々と闘技場に突き刺さる中、シュウはその合間を踊るようにすり抜けていた。
一撃、また一撃。
稲妻が、容赦なくその足元を打ち砕いていく。
考える暇すらなかった。
シュウは凄まじい速さで視線を巡らせ、わずか千分の一秒の間に、最善の逃げ道を探し続けていた。
一方、ナイの猛攻には終わる気配がない。
その手札の多さは、驚異的だった。
手の動き一つで、周囲のゼンカを変化させる。
雷の矢から、召喚陣へ。
わずかに手首を返すだけで、繰り出す技が切り替わっていく。
観客席の誰もが、その鮮やかな技の数々に見入っていた。
(事情を知らない者には、信じられない光景だろう。でも、これはナイが積み重ねてきた努力の表れにすぎない)
バルドルは思った。
(ノルクに来てからというもの、彼は獣じみた勢いで鍛錬に打ち込んできた。誰に言われたわけでもないのに)
(才能や血筋の賜物だと見る者もいる。でも、僕に見えるのは努力だけだ。何年にもわたって積み重ねてきたものが、こうして報われているんだ)
(とはいえ、あれほど強さを求めるのも不思議じゃない。彼がいずれ受け継ぐものは、あまりにも大きいのだから)
バルドルの脳裏に、トールの大きな背中が浮かんだ。
(同じ重荷を背負わされたら、誰だってとうに諦めているだろう。トールは、ただの英雄じゃない。民に希望を取り戻させる象徴でもある。そしてナイは、遅かれ早かれ、その役割を引き継がなければならない)
(シュウは天才であるだけでなく、戦士としても優れた才能を持っている。でも、目の前にいる相手は、力も経験も彼をはるかに上回っている)
(どうやって勝つつもりなのか、僕には分からない。でも、おそらく勝利を手にするのは――ナイだ)
…………。
ガキィンッ!
ナイの戦鎚がシュウの盾に激突し、凄まじい衝撃波を生んだ。
あまりの威力に、シュウは一歩退いて踏ん張るしかなかった。
(この野郎……まるで遊びがない。一撃一撃で、この試合を終わらせるつもりだ)
シュウは歯を食いしばった。
(でも、我を忘れているわけじゃない。むしろ、これまでになく冷静で、迷いがない)
(必要な瞬間に、ゼンカが正確かつ素早く流れている。動きにも、一切の無駄がない……。前から、こんなに強かったのか?)
ヒュンッ――バキッ!
瞬きする間に、ナイはシュウの頭上に現れていた。
反応する暇は、ほとんどなかった。
(くそっ、気づくのが遅れた……! もう、かわせない!)
シュウは盾を頭上に掲げた。
ドゴォンッ――バキィッ!
振り下ろされたナイの戦鎚が、盾の半分を粉砕した。
砕けた盾の隙間越しに、二人の視線が交差する。
猛々しく、揺るぎない決意を宿したナイの目。
恐怖と焦りに満ちたシュウの目。
「終わりだ」
次の瞬間、ナイは落下の勢いを利用して、シュウへと突っ込んだ。
獲物を襲う捕食者のように、その首をまっすぐ狙い、桁外れの力で鷲掴みにする。
「うおおおおおおッ!!」
ナイが咆哮し、勢いをつけた。
ヒュンッ!
まるで脆い小枝を放り投げるかのように、ナイはシュウを壁へと投げ飛ばした。
ドゴォンッ――バキバキッ!
凄まじい速度で叩きつけられたシュウの体が、頑丈な石壁を粉々に砕いた。
ナイは、シュウが激突した場所へ目を向けた。
そして、失望を滲ませながら呟いた。
「無様だな、シュウ」
「試合が始まって、もう何分も経つ。それなのに、お前は俺に触れることすらできていない」
ナイは言った。
「正直、お前には何も期待していなかった。それでも、ここまで俺を失望させるとはな」
土煙の向こうで、ギリシャの戦士が血を吐きながら咳き込んだ。
「皆がお前を天才だの、アテネの希望だの、奇跡だのと呼んでいた頃を、今でも覚えている。だが、今のお前を見ろ。哀れなものだな、天才」
土煙がゆっくりと晴れていく。
その向こうに現れたシュウの目からは、輝きが失われていた。
全身が傷つき、血にまみれている。
「その呼び名を聞くたびに、胸糞が悪くなる」
ナイは続けた。
「凡人どもは、自分の無能さを正当化するためだけに、俺たちを天才と呼ぶんだ」
「俺たちを特別な枠に押し込めて、自分を慰めたいだけだ」
「『天才』だの、『神童』だの、『才能』だの……。どれも、努力することすらできない連中に、自分は特別だと思わせるための、安っぽい言い訳にすぎない」
「俺とお前は同じだと思っていた。周りがどんな枠に押し込めようと、俺たちは進み続けるものだと。だが、そうじゃなかった」
「俺がお前に追いつこうと必死になっている間、お前は立ち止まった。もう十分だと思ってな。自分に足りないものは、才能だけで補えると信じて」
コツ、コツ。
ナイは一歩、そしてまた一歩と、ゆっくり相手に近づいていく。
「いつかお前と対等に向き合うために、俺は鍛錬をやめなかった。だが今は、あれだけの努力をする価値が、本当にあったのかと思う」
傷だらけのシュウの前まで来ると、ナイは侮蔑に満ちた眼差しを向けた。
「そのざまを見ろ、シュウ。哀れな奴だ」
バヂヂヂヂッ!
突如、電撃がナイの全身を駆け巡った。
その力が、戦鎚へと注ぎ込まれていく。
「そろそろ、終わりにしてやる」
ナイは戦鎚を天へと掲げた。
「じゃあな、凡人」
…………。
ナイの命に従い、空に巨大な嵐が生まれた。
都市一つを壊滅させるほどの力を秘めた嵐だった。
シュウは、その美しくも恐ろしい光景を見上げた。
そして、思わず小さな笑みを浮かべる。
判決を下すかのように、ナイは腕を振り下ろした。
凄まじい威力を宿した黄金の雷が、瀕死の相手へと一直線に放たれる。
だが、その瞬間――。
シュウの瞳に、小さな光がひらめいた。
【続く】




