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第21章・4:苦い勝利

闘技場から溢れ出すエネルギーは、現実とは思えないほど膨大だった。


すでに敗れているはずの戦士が、再び立っている。


その姿に、その場の誰もが言葉を失っていた。


少年の瞳には、想像を絶するほど獰猛な光が宿っている。


だが、何よりも人々を驚かせたのは、その意志だった。


レイはゆっくりと身を起こし、刀を握った。


残されたわずかな炎で、その刀を包み込む。


「そろそろ、決着をつけよう」


最後の炎を燃え上がらせ、レイは告げた。


「最後まで、すべてを出し切ろう。エデン」


自らの力に殺されまいと耐えながら、エデンはレイを見据えた。


「これ以上の終わらせ方はないな」


…………。


――ダンッ、バキィッ!


二人は、互いへと突進した。


その凄まじい勢いに、足元の地面が砕け散る。


――ドゴォォォンッ!


二人の激突が巨大な衝撃波を生み、障壁に再び亀裂を走らせた。


分厚い土煙が舞い上がる。


攻防は、あまりにも荒々しく、速かった。


一度でも瞬きをすれば、次の動きを見失ってしまう。


エデンの拳が、レイの顎を打ち抜く。


レイの激しい斬撃が、エデンの胸を斬り裂く。


血。


叫び。


誇り。


すべてが、この闘技場に注ぎ込まれていた。


もはや、掟も作戦も型もない。


そこにいるのは、勝利を求める二頭の獣だけだった。


――ドゴッ!


――ドゴッ!


一撃、また一撃。


骨が折れ、筋肉がねじれていく。


一秒ごとに、闘技場の地面はますます深紅に染まっていった。


激しい打ち合いのさなか、エデンはあの悪魔から受けた警告を思い出した。


【数秒前――】


鋭い指先を持つ黒い手から、瀕死の少年の体へエネルギーが注ぎ込まれていく。


その最中に、悪魔は最後の警告を告げた。


「一分だ」


「一分以内に、俺の力でこの勝負に勝て。その間にあの人間を倒せなければ、俺がお前の体を完全に乗っ取る。そのときは、一切容赦しない」


「誰が目の前にいようと、知ったことか。ためらわず、そのちっぽけな命を奪ってやる」


悪魔は、歪んだ笑みを浮かべた。


「今回は、俺を止めるあの忌々しいピンク髪の奴が、ここにはいないからな」


「壊れる前に勝てるか? 楽しみにしているぞ」


…………。


その言葉は、拳と拳がぶつかり合う轟音に紛れて、消えていった。



(一秒も無駄にできない)


エデンは思った。


(あいつの言葉の意味は、まだ分からない。だが、嘘をついていないことだけは確かだ)


(手遅れになる前に、勝たなきゃならない)


(体がこんなに軽く感じるのは初めてだ。だが……何かが、もうすぐ壊れそうな気がする)


――ブチッ!


「え……?」


その瞬間、エデンの左腕の血管という血管が破裂した。


同時に、筋肉が異様にねじれる。


地獄のような光景だった。


「残り五十秒」


エデンの内側で、声が告げた。


(マジかよ……?)


エデンは、たまらず一歩退いた。


そして、その瞬間にすべてを理解した。


(急がないと……)


完全に使い物にならなくなった腕を見つめ、そう思った。


――シュッ、ドゴォッ!


突如、エデンが強烈な拳を放った。


レイは、その桁外れの威力を前に、防御に回らざるを得なかった。


そこから、かつてない猛攻が始まった。


圧倒的な威力を宿した拳が、雨のように降り注ぐ。


終わりの見えない連打に、レイは防ぐことしかできなかった。


一撃、また一撃。


その一つ一つが、前の一撃を上回る力と勢いを帯びている。


もはや、互いの意志をぶつけ合う決闘ではなかった。


エデンが自らの力に抗い、生き延びるための戦いへと変わっていた。


――ドゴッ!


顔面への一撃で、レイの顎の骨に亀裂が走った。


「四十」


あの悪魔の声が、再び告げる。


――バキッ!


おぞましい音とともに、エデンの右側の肋骨に亀裂が走った。


エデンは、口いっぱいの血を吐き出す。


それでも、猛攻は止まらなかった。


全身を血に染め、先ほど以上の勢いで再び殴りかかる。


(進め)


エデンの拳が、レイの脇腹を捉えた。


観客たちは、依然として呆然としていた。


おぞましく、それでいて奇跡のようでもある光景を、誰も理解できずにいる。


――ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!


縦に振り下ろす一撃。


正面から打ち込む一撃。


下から突き上げる一撃。


(止まるな)


エデンは、自分に命じた。


「三十」


――パキィッ!


エデンの右目の角膜が粉々に弾け飛び、その顔が血に染まった。


(進めッ!)


再び、自分に命じる。


――ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!


秒を追うごとに、エデンの拳は速さと威力を増していった。


レイは、もう反撃できなかった。


身を守ることさえできない。


もはや、戦っているのは一人だけだった。


(進み続けろッ!)


「二十」


――ミシッ!


左脚の靭帯が異常に引き伸ばされた。


凄まじい痛みに、エデンは歯を食いしばる。


あまりの力に、その歯にまで亀裂が走った。


(もう迷っている暇はない! 進めッ!)


激痛にもかかわらず、エデンは退かなかった。


拳をさらに叩き込み、そのたびに闘技場を深紅に染めていく。


エデンにとって、目の前の戦士には、もはや姿も、名前も、価値もなかった。


ただ、排除すべき標的でしかなかった。


観客たちの顔からは、血の気が引いていた。


その決闘からは、胸を躍らせる勇壮さも、誇りも消えていた。


見世物を装った、虐殺だった。


「十」


――バキッ!


エデンの残りの肋骨が、内臓に突き刺さった。


激しい出血が起こり、体の至るところから血が溢れ出す。


一瞬、エデンの拳が止まった。


その体が、ぐらりと揺れる。


目の前の世界が、ぼやけていった。


見えるのは、自分の血の深紅だけだった。


そして、体が危機的な状態へと陥っていく中、ある言葉がエデンの脳裏に浮かんだ……。




【数か月前――タルタロス】


「なあ、シュン。ちょっと聞いてもいいか?」


ギリシャの冥界に広がる平原を眺めながら、エデンは声をかけた。


「何だ?」


シュンは、エデンに目を向けることもなく答えた。


「俺を助けてくれたあの日、どうしてあんなに俺を信じてくれたんだ?」


「考えれば考えるほど、俺みたいに弱い奴を信じたなんて、馬鹿げてるとしか思えなくてさ」


「どうした、急にしんみりして」


「ただ……あの判断が正しかったのか、分からないんだ」


シュンは教え子へ視線を向け、問い返した。


「じゃあ、お前はどう思う? 俺がお前をここへ連れてきたのは、正しかったのか、それとも間違いだったのか」


「俺に聞くのか?」


「当然だろ。俺が正しかったかどうかを証明できるのは、お前だけなんだから」


エデンは小さく笑みを浮かべた。


「正直、俺にもよく分からない……。じいちゃんはいつも、俺は特別で、いつか大きなことを成し遂げる運命にあるって言ってた」


「でも、あんたやテンザクに会ってからは、自分が特別だなんて、ただの夢にしか思えなくなったんだ」


「やっと、まともなことを言ったな」


「こういうときは慰めるもんじゃないのか、このクソピンク頭!」


「何でだ? 先生にぎゅーっと抱き締めてほしいのか?」


シュンが、からかうように尋ねる。


「黙れ」


シュンは笑みをこぼし、続けた。


「正直に言うと、お前を信じたことに、特別な理由はない。ただの勘だ」


「それだけか?」


「俺には感情に身を任せる権利もないっていうのか? 大事な先生に、ずいぶん冷たいんだな、エデン……」


「頼むから、からかうのはやめてくれないか?」


「俺が言いたいのは、何かをするのに、いつも特別な理由が必要なわけじゃないってことだ。やりたいと思う。それだけでもいい」


シュンはそう説明した。


「すべての行動が、気高く、誇れる動機から生まれるわけじゃないんだ」


「世界を変えるには、ほんのひと押しで十分だ」


「シュン……その台詞、どの本から拾ってきた?」


「昨日、雑誌で読んだ」


「どうりで。お前が自分で考えたにしては、出来がよすぎると思ったんだ」


「何が言いたいんだ、てめえ!」


「お前は馬鹿だってことだ」


「喧嘩売ってんのか!?」


「こっちの台詞だ!」


二人は互いの胸ぐらを掴み、凄まじい剣幕で睨み合った。


…………。


だが、そんな険しさも、すぐに温かな笑い声の中へと消えていった。


そして、その記憶は風に舞う塵のように、ゆっくりと消えていく。


最後の叫びへと、姿を変えながら。



「まだだッ!」


エデンは叫び、力強く地面を踏みしめた。


「五」


あの悪魔の声が、残り時間を告げる。


エデンの拳に、膨大なエネルギーが集まり始めた。


「四」


黒、白、赤の軌跡を引きながら、体内に残るすべてのエネルギーが、凄まじい勢いで拳へと流れ込んでいく。


「三」


異なる三つのエネルギーが、かつてない調和を生みながら、一点へと収束する。


「二」


炎、闇、そして光。


三つの力が、ただ一つの目的のために重なった。


――勝利のために。


「アアアアアアアアァァァッ!」


――ドゴォォォンッ!


現実そのものに亀裂を入れるかのような一撃が、レイの顔面を打ち抜いた。


その瞬間、レイの目が真っ白になる。


その体は、凄まじい速度で壁へと吹き飛ばされた。


――ドガァァンッ!


「一」


…………。


エデンの呼吸は、これまでになく苦しげだった。


全身を覆う血は、肌そのものが深紅に染まったかと思うほどだった。


骨も、筋肉も、臓器も、とっくに限界を超えていた。


それでも……。


それでも……。


少年は、まだ立っていた。


その場の誰もが、目の前の光景に呆然としていた。


その沈黙の中、オーディンがただ一言、叫んだ。


「ヘルモーズ!」


ヘルモーズは即座に闘技場へ飛び出し、レイの容体を確かめた。


最悪の事態を恐れながら、その脈を取る。


…………。


しかし、かすかな脈動を感じ取り、ヘルモーズは安堵の息を吐いた。


そして、オーディンへ目を向けて告げる。


「勝者は、GODS学院のエデン・ヨミ!」


オーディンは目を逸らした。


GODSの面々を含め、観客たちは黙り込んだままだった。


誰も、どう反応すればいいのか分からなかった。


その宣告を聞いたエデンは、無言で背を向け、トンネルへ歩き出した。


GODSの戦士は、自分の体を支えることさえやっとだった。


脚はまともに動かせる状態ではなく、引きずって歩くしかなかった。


誰も席を立たなかった。


叫ぶ者も、野次を飛ばす者もいない。


ただ、静寂だけがあった。


だが、立ち去る前に、エデンは観客席へ目を向けた。


シュウを指さし、唇だけを動かす。


「次は、お前の番だ」


それだけ伝えると、エデンは再び無言でトンネルへ歩を進め、皆の視界から消えていった。


だが、暗がりに足を踏み入れた途端――。


その体は力なく地面へ崩れ落ち、意識は途切れた。


…………。


「本当に強情な奴だな、人間」


あの悪魔の声が、呟くように響いた。


「自分をあれほど恐れ、嫌悪の目を向ける連中を守るために、お前は自分自身を壊してみせた」


「お前は優しすぎる。その優しさが、いずれお前を破滅させるぞ」


「だが……お前が少しずつ壊れていく様を見るのは、実に愉快だった」


その声には、愉悦が滲んでいた。


「これからも俺を楽しませてくれよ。エデン・ヨミ」


…………。


「エデン……! エデン! エデンッ!」


アフロディーテが、必死にその名を叫んでいた。


【試合結果:エデン・ヨミの勝利】


【現在の戦績:1対1。すべては第3戦、ナイ対シュウで決まる】

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