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第20章・4:感じる

「なるほど……ようやく理解したよ」


シュウは川辺に設けられた低い石の縁へ腰を下ろし、納得したように小さく頷いた。


「それにしても、本当に運が悪いね、エデン」


シュウは可笑しそうに笑いながら、エデンへ視線を向ける。


「どうやら君は、危険な女性ばかりを引き寄せる磁石でも持っているらしい」


「それ、わざわざもう一度言う必要があるか?」


エデンは引きつった笑みを浮かべた。


「話をすべて整理したことで、君たち二人がここにいる理由は理解できた」


シュウはエデンとサラを交互に見る。


「ただ、一つだけ……この式に当てはまらないものがある」


穏やかだったシュウの視線が、一人の男へ向けられた。


「――ナイ。君だ」


「……」


ナイはシュウを横目で睨む。


「これはお前には関係ない、シュウ」


その声には、露骨な苛立ちが込められていた。


「兄妹の問題だ」


「僕の前で、立派な兄のふりをするのはやめてくれないか、ナイ」


シュウは笑みを浮かべたまま、淡々と言い返す。


「サラの顔を一目見れば、君がいるせいで彼女が苦しんでいることくらい分かる」


「お前には関係ないと言ったはずだ」


ナイの声が、さらに低くなる。


「お前には理解できない」


「何を理解しろっていうんだ?」


怒りを滲ませたエデンの声が、二人の会話へ割って入った。


「……あ?」


ナイはゆっくりと顔を向け、エデンを見下す。


「誰がお前に口を挟んでいいと言った、悪魔?」


「質問に答えろ」


エデンはナイの挑発を無視し、一歩前へ出る。


「いったい、何を理解しろっていうんだ?」


その瞳の奥で、紫色の光が静かに灯り始めた。


「お前のような化け物に、俺たちのような存在を理解できるとは思っていない」


「いい加減、その口を閉じろ……このクズが」


エデンの低い声が、怒りに震える。


「さっきから、悪魔だの、神だの、人間だの……もう聞き飽きたんだよ!」


紫色の光が次第に強くなり、エデンの両目を染めていく。


「そんなクソみたいな区別をして、いったい何がしたいんだ!?」


「立場を明確にするためだ」


ナイは、さも当然のことのように答えた。


「俺と比べて、お前とそいつがどの位置にいるのかをな」


ナイはエデンとサラを順番に見つめ、心底見下したような笑みを浮かべる。


「お前たち二人は、使い捨てのゴミにすぎない」


「……」


「お前たちがすべきことなど、一つしかない」


ナイは両腕を広げ、世界そのものが自分の所有物であるかのように言い放った。


「さっさと消えて、この世界を唯一価値ある存在――我ら神々へ明け渡せ」


「……っ!」


エデンの拳が、強く握り締められた。


爪が掌へ食い込み、奥歯が激しく軋む。


全身から立ち上る怒気に、周囲の空気が重く震え始めた。


その変化を、シュウは見逃さなかった。


(そろそろ僕が止めたほうがよさそうだ)


シュウの瞳から、わずかに笑みが消える。


(エデンはもう、限界に近い)


「……お前たちは、いつだってそうだ」


エデンが、押し殺した声で呟いた。


「自分たちには、誰に価値があって、誰に価値がないのかを決める権利があると思い込んでいる」


ナイを見つめるエデンの瞳に、深い憎悪が滲む。


「誰が生きるべきで、誰が死ぬべきなのか……お前たちは、自分勝手に決める」


「……」


「自分たちが持っている、その空虚な力を失うのが怖い。ただそれだけの理由で……!」


エデンの周囲から、黒く濁った気配がわずかに漏れ始める。


「俺は……お前たち全員を心の底から軽蔑する」


(いつだって同じだ……)


過去に出会った者たちの姿が、次々と脳裏に浮かび上がる。


(カイ、リュウ、ゼウス、ヨゲン……)


誰もが、自分には他者を排除する権利があると信じていた。


誰かの命を奪い、何もかもを踏みにじりながら――。


(それらすべてを、『夢』という一言で覆い隠している)


しかし、その怒りは、すぐにエデン自身へ牙を剥いた。


(けれど……俺だって、あいつらと大して変わらない)


胸の奥から聞こえてくる声が、エデンを責め立てる。


(俺もあいつらと同じ種類の怪物だ)


(同じクズだ……)


エデンの拳が、さらに強く握られた。


(それなのに、本当に俺には……あいつらを責める資格があるのか?)


「それで?」


ナイの嘲笑が、エデンの思考を遮った。


「お前のようなクズに、何ができる?」


「……」


エデンを取り巻く気配が、一気に膨れ上がる。


シュウは石の縁からわずかに腰を浮かせ、いつでも二人の間へ割って入れるように重心を前へ移した。


だが、そのとき――。


「……っ」


エデンは、自分の手を包み込む温もりを感じた。


柔らかな指が、怒りに震える彼の手を優しく握り締めている。


「お願いだ……」


か細く、力のない声が聞こえた。


「何もしないでくれ……」


「……」


エデンが振り返る。


そこにあったのは、悔しさに顔を歪めたサラの姿だった。


その瞳には恐怖が残っている。


それでもサラは逃げず、手袋に覆われていない素手で、エデンの手をしっかりと握っていた。


その瞬間――。


怒りに染まっていたエデンの表情から、ゆっくりと険しさが消えていく。


紫色に輝いていた瞳が、元の色を取り戻していく。


そして、その口元には小さく穏やかな笑みが浮かんだ。


「何もしないよ」


エデンは静かに答えた。


「……え?」


サラは驚いたように目を見開く。


エデンを止めるために身構えていたシュウも、わずかに眉を上げた。


(これは驚いたな……)


シュウの口元に、小さな笑みが浮かぶ。


「臆病者め、エデン・ヨミ!」


何もせずに怒りを収めたエデンへ、ナイが吐き捨てる。


「お前は誰一人守ることのできない臆病者だ!」


ナイは勝ち誇ったように声を張り上げた。


「他人どころか、自分自身さえ守れない!」


「……ああ」


エデンは怒ることも、否定することもしなかった。


ただサラの手を握り返しながら、静かに答える。


「それは、俺が一番よく分かってる」


     ◇◇◇



(俺は弱い。けれど、もっと強くなれる)


(俺は未熟だ。けれど、学ぶことはできる)


(俺は恐れている。けれど、その恐怖を勇気へ変えることもできる)


エデンは、自分の手を包むサラの温もりを感じながら、静かに目を伏せた。


(今日までの俺は、道標のない場所を歩き続けていた)


(足元を照らす光さえ届かない暗闇の中で、どこへ向かえばいいのかも分からないまま……)


それでも、今は――。


エデンは隣にいるサラへ視線を向けた。


その顔には、まだ恐怖と悔しさが残っている。


それでも彼女の素手は、エデンの手を離すことなく、しっかりと握り締めていた。


(俺は独りじゃない)


エデンの瞳に、穏やかな光が宿る。


(いや……初めから、独りだったことなんて一度もない)


その瞬間、エデンの脳裏に、いくつもの顔が浮かび上がった。


ゲン。


ミヤ。


シュン。


テンザク。


シュウ。


ユキ。


アフロディーテ。


オリビオ……。


そして――サラ。


(誰一人として、いつか利用するための道具なんかじゃなかった)


彼らの笑顔が、言葉が、差し伸べてくれた手が、次々と思い出されていく。


(彼らこそが、俺の力だった)


(自分の足で立つことさえできなかったとき、倒れないように俺の体を支えてくれた人たちだった)


エデンは、自分の中にある感情を否定することなく受け入れていく。


(俺が泣いたから、何だ?)


(誰かを想い、苦しみ、怒り、悲しんだから……それが何だ?)


感情を持つことは、弱さではない。


(その感情こそが、俺を沈ませずに浮かび上がらせてくれる)


(俺を正気につなぎ止めてくれているんだ)


胸の奥深くで、今まで目を背け続けてきたもう一人の自分と向き合う。


(心の底では、自分があいつらの恐れる怪物だなんて認めたくない)


(でも……どうして俺まで、その怪物を恐れなければならない?)


悪魔と呼ばれた力。


人々から恐れられ、利用され、決めつけられてきた力。


(この力が、誰かの望むものや恐れるものへ変えられていくのを……俺は黙って許すのか?)


そのとき、サラの言葉が再び頭の中に響いた。


『私を普通の人間として扱ってくれることには感謝している。だが、何か言うたびに自分自身を踏みにじるお前を見ていると、腹が立つんだ』


あの言葉が、暗闇の中で自分を導く光のように、何度も胸の奥で反響する。


(違う……)


エデンの中から、迷いが消えた。


(もう誰にも、俺の未来を勝手に描かせない)


(どれほど不完全でも、俺自身の手で作る)


(それが――俺の未来だ)


エデンは顔を上げた。


先ほどまでの怒りも、憎しみも、その表情には浮かんでいない。


ただ穏やかな瞳で、正面に立つナイを見つめていた。


「悪いけど、もうお前の挑発には乗らない」


エデンは、晴れやかな笑みを浮かべる。


「……何?」


「ああ、そうだ。俺は忌まわしい悪魔だ」


エデンは、自分を嘲るために使われてきた言葉を堂々と受け入れた。


「それがどうした?」


そして、可笑しそうに小さく笑う。


「いつか俺は、誰からも恐れられる悪魔になるかもしれない。逆に、誰かから愛される悪魔になるかもしれない」


「……」


「でも、その道を誰かに選ばせるつもりはない」


エデンはサラの手を握ったまま、真っ直ぐにナイを見据える。


「俺がどんな悪魔になるのかは、俺自身が決める」


その言葉に迷いはなかった。


「俺を臆病者と呼んだな」


エデンの笑みが、わずかに鋭くなる。


「でも、俺の目に映る臆病者は一人だけだ」


「何だと……?」


「今、目の前にいるお前だよ」


エデンは、ナイを真っ直ぐに指さした。


「自分を少しでも優れた存在だと思い込むために、自分の妹を貶めなければならない臆病者」


「……っ!」


「哀れだな、ナイ」


エデンの言葉を聞いた瞬間、ナイの顔から笑みが消えた。


強く噛み締められた歯が、激しい怒りによって震え始める。


「黙れ……」


ナイは地を這うような声で呟いた。


「まあ、安心しろよ」


エデンはまるで気にした様子もなく、再び笑みを浮かべる。


「お前をぶちのめすのは俺じゃない」


そして、隣にいるシュウへ視線を向けた。


「俺の友達――シュウだ」


「まったく、君は……」


シュウは呆れながらも、堪えきれないように小さく笑った。


「黙れぇぇぇぇぇっ!!」


ナイの怒号が、川辺一帯を揺るがした。


――ズドンッ!


ナイが地面を蹴った瞬間、その足元の石畳が獣じみた力によって粉々に砕けた。


幾本もの亀裂が周囲へ走り、石の破片が激しく舞い上がる。


ナイの巨体が、一瞬にしてその場から消えた。


「……っ!」


凄まじい速度で間合いを詰め、殺意をむき出しにしたまま、エデンとサラへ一直線に突進する。


その両手には、巨大な槌が握られていた。


「死ねぇぇぇっ!」


振り上げられた槌が、二人の頭上へ容赦なく叩きつけられる。


だが――。


「……!」


巨大な槌は、標的へ届く寸前でぴたりと止まった。


その先端から、わずか数センチ。


そこに立っていたのは、エデンでもサラでもなかった。


二人を庇うように割って入った、シュウだった。


槌の先端が頭部へ迫っているにもかかわらず、シュウは一歩も動かない。


「どけ、シュウ」


ナイは低い声で命じた。


「断る」


シュウは即座に答える。


その声には、わずかな迷いさえなかった。


「どけ」


「ずいぶん落ちぶれたものだね、ナイ」


シュウは、黄金色に輝く瞳でナイを見つめた。


「自分の妹を脅していただけじゃない」


穏やかな口調とは裏腹に、その声は氷のように冷たかった。


「エデンが君に手を出すよう、わざと挑発していた」


ナイの眉が、わずかに動く。


「そして彼が攻撃すれば、大会の規則を破ったことを理由に排除させるつもりだったんだろう?」


「……」


ナイは答えなかった。


その沈黙だけで、シュウの推測が正しいことは明白だった。


「どうして、そこまでする?」


シュウはナイから目を逸らさない。


「まさか、エデンが勝ち上がり、僕たちが彼と戦うことになるのが怖いのか?」


「……っ」


「いったい、何をそこまで恐れている?」


「恐れてなどいない!」


ナイはシュウを真っ向から睨みつけた。


「あいつが勝つことはない。勝ち目など、万に一つもない!」


そして、背後にいるエデンへ侮蔑の視線を向ける。


「そんなことは、お前もよく分かっているはずだ」


「なら――」


シュウは槌を前にしても表情を変えず、静かに問い返す。


「僕たちを放っておくのが、最も合理的だと思わないか?」


「……」


「エデンは、ずいぶん長い一日を過ごしている」


シュウはナイの怒りに歪んだ顔を眺め、わずかに肩をすくめた。


「見たところ、君も同じようだ」


黄金色の瞳が、わずかに細められる。


「今日はここで、それぞれ別の道を帰る」


「……」


「そして、決着は闘技場でつける。それが一番いいと思わないか?」


しばらくのあいだ、二人の視線が激しくぶつかり合った。


「チッ……!」


ナイは忌々しげに舌打ちすると、シュウの頭上へ振り上げていた槌を下ろした。


そして、サラへ鋭い視線を向ける。


「サラ、行くぞ」


     ◇◇◇



しかし、サラは動かなかった。


ナイの命令を聞いてもなお、エデンの手を離そうとはしない。


その素手は小刻みに震えながらも、まるで唯一の支えへ縋るように、エデンの手を強く握り締めていた。


「サラ!」


ナイが苛立ちを露わにし、二人へ向かって一歩踏み出す。


だが、その行く手を塞いでいるシュウは、わずかにも動かなかった。


「サラはどこにも行かないよ、ナイ」


「これはお前たちには関係ないと言っただろう!」


ナイの怒声が、静かな川辺に響き渡る。


シュウはそれに答えず、サラへ視線を向けた。


正確には――震えながらもエデンを離そうとしない、その手へ。


「悪いけど、この話に口を出す権利は君にはないよ、ナイ」


「この野郎……」


ナイは殺意のこもった目でシュウを睨みつける。


しかし、シュウは気にすることなく言葉を続けた。


「呪いの噂を知ってなお、エデンが彼女の手を離さないのには、彼なりの理由があるんだろう」


シュウはそう言いながら、エデンの横顔へ目を向ける。


「それに、僕の友人が自分の意志でその危険を引き受けようとしているなら……僕が反対する筋合いはない」


「……」


「正直に言えば、僕は人間同士の感情や関係には、それほど詳しくない」


それでも、シュウの口元には小さな笑みが浮かんでいた。


「だけど――」


その視線が、エデンの穏やかな瞳を捉える。


「人があんなにも眩しい眼差しをするとき、それが何を意味しているのかくらいは、よく知っているよ」


「サラは俺たちのチームの人間だ!」


ナイは二人の繋がれた手を睨みつけながら言い放った。


「だから、俺たちと一緒に来る!」


「サラは君の所有物じゃない」


シュウは即座に言い返した。


「……っ!」


「ただし、今も彼女がノルクの一員であることは事実だ」


シュウは冷静に状況を整理する。


「だからといって、僕たちが彼女を勝手に連れていくわけにもいかない」


「なら、サラを渡せ」


「それも断る」


二人のあいだに、張り詰めた沈黙が生まれた。


「どうやら、君は何を言っても引き下がるつもりがないようだね」


シュウの黄金色の瞳が、わずかに細められる。


「なら、一つ提案がある」


「何の話だ?」


「僕は、人間を取引のための駒として扱うのが嫌いなんだ」


シュウは一度だけサラを見たあと、再びナイへ向き直る。


「だからこそ、僕自身の居場所も同じ賭けに差し出す」


「……何?」


「次の試合で君たちのチームが勝ったら、サラは君たちのもとへ戻る」


シュウは何でもないことのように、静かに条件を告げた。


「そして、僕もノルクに加わる」


「シュウ、待て!」


エデンは思わず声を上げた。


だが、シュウはゆっくりと振り返り、今まで見せたことのない冷たい眼差しを友人へ向ける。


「黙ってろ、エデン」


「……っ」


その一言に、エデンの体が完全に固まった。


いつも穏やかに笑い、どんな状況でも冷静さを失わないシュウ。


そんな友人から向けられた凍るような視線に、エデンは何も言い返すことができなかった。


「それで?」


ナイは警戒するようにシュウを見つめる。


「お前たちが勝った場合は、どうなる?」


シュウは再びナイへ向き直った。


「僕たちが勝ったら、サラは僕たちと一緒に来る」


「……」


「そして君には、彼女へ謝罪してもらう」


シュウの声から、すべての感情が消える。


「君がサラに何をしたのか、僕はまだ知らない」


黄金色の瞳が、ナイの姿を鋭く射抜いた。


「だからこそ、彼女にしてきたこと、そのすべてについて謝ってもらう」


ナイは何も答えなかった。


ただ、サラの手がエデンの手へ固く繋がれている光景を、憎々しげに見つめる。


そして、ゆっくりと二人へ背を向けた。


「その選択を後悔するなよ……」


ナイは肩越しにサラを睨みつける。


「可愛い妹よ」


「……っ」


――バチバチッ!


次の瞬間、眩い雷光がナイの全身を包み込んだ。


轟音とともに一条の雷が地面へ落ち、凄まじい衝撃が周囲へ広がる。


エデンは咄嗟にサラを庇い、シュウは吹き荒れる風の中でもその場から動かなかった。


やがて雷光が消えたとき、そこにナイの姿はなかった。


あとに残されたのは、エデンとシュウ、そしてサラだけだった。


「……すまない」


サラが俯きながら、震える声で呟いた。


その表情には、深い後悔が浮かんでいる。


「どうしてお前が謝るんだ?」


エデンは不思議そうに尋ねた。


「私のせいで……お前たちは、すべてを失うかもしれない」


サラは、エデンとシュウを交互に見る。


「私があいつと一緒に行っていれば、こんな賭けをする必要はなかった」


「……」


「お前たちの友情まで、危険にさらさずに済んだんだ」


「何を言っているんだ、サラ?」


シュウが静かに問いかける。


「え……?」


「お前、俺たちのことをそんなに信用できないのか?」


続いてエデンが、わずかに不満そうな顔で尋ねた。


「わ、私は……」


「安心して」


シュウは先ほどまでの冷たい表情を消し、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「エデンは勝つよ」


「……」


「それに僕だって、彼に僕以上の結果を残させるつもりはない」


シュウの言葉に、エデンも自信に満ちた笑みを浮かべる。


「だから、何も心配しなくていい」


サラは何かを言おうとした。


しかし、うまく言葉にできず、ただ二人の顔を見つめることしかできなかった。


「二人とも、ここで少し待っていてくれ」


突然、エデンがそう告げた。


「え?」


エデンは繋いでいたサラの手をそっと離す。


「すぐに戻る」


そう言い残すと、サラとシュウをその場に残し、一人でどこかへ駆けていった。


     ◇◇◇



エデンの足音が遠ざかり、その姿が見えなくなったあと。


サラは隣に立つシュウへ、静かに問いかけた。


「どうして……」


「ん?」


「どうしてお前たちは、出会ったばかりの人間のために、そこまで危険を冒せるんだ?」


シュウはすぐには答えなかった。


エデンが走り去った方向を眺めながら、先ほど彼が見せた表情を思い返す。


「君が、彼の瞳に光を取り戻してくれたからだよ」


「……何?」


「君と出会う前のエデンの瞳には、闇しか残っていなかった」


自らを怪物と疑い、感情を持つことさえ否定しようとしていたエデン。


しかし、サラの言葉と、その手の温もりが彼を暗闇から引き戻した。


「もし誰かが、僕の大切な友人に……自分も一人の人間なのだと、もう一度認めさせてくれたのなら」


シュウはサラへ向き直る。


その表情には、穏やかでありながらも揺るぎない意志が宿っていた。


「僕は、その人のために命を懸けることをためらわない」


「……」


サラは驚いたように、シュウを見つめる。


「お前は……いい奴なんだな」


「違うよ」


シュウは迷うことなく否定した。


「僕はただ、自分が必要だと思うことをしているだけだ」


そして、いつもの掴みどころのない笑みを浮かべる。


「僕は、君が思っているよりもずっとひねくれているからね」


「GODSには、普通の奴はいないのか?」


サラは心底呆れたように尋ねた。


「さあ、どうだろうね……」


シュウが曖昧に答えた、そのとき。


「戻ったぞー!」


聞き慣れた声が、遠くから響いてきた。


サラとシュウが振り返ると、エデンが息を切らしながらこちらへ走ってくる。


「おかえり……」


サラはエデンを迎えながら、その腕の中に抱かれているものへ視線を落とした。


「ところで、お前が持っているのは何だ?」


「猫だ」


エデンは当然のことのように答えた。


その腕の中には、先ほどサラを追い回していた小さな猫が大人しく収まっている。


「それは見れば分かる」


サラは困惑したように眉を寄せる。


「だが……どうして猫なんだ?」


「猫じゃ駄目なのか?」


「……もういい」


サラは深いため息をついた。


「お前の理屈には、これ以上付き合いきれない」


「なんだよ、それ……」


エデンは不満そうに呟きながらも、猫を優しく抱き直した。


サラは、そんな二人の姿を静かに見つめる。


穏やかでありながら、どこか底知れないシュウ。


他人のためなら、自分の命すら簡単に危険へさらしてしまうエデン。


確かに、どちらも普通とは言い難い。


それでも――。


二人のそばには、サラが長いあいだ忘れていた温もりがあった。


誰かに恐れられることもない。


遠ざけられることもない。


ただ、一人の人間として隣にいることを許してくれる場所。


胸の奥に、柔らかな熱が少しずつ広がっていく。


(これが……帰る場所なのか?)


「サラ」


エデンが、彼女の名を呼んだ。


「……何だ?」


エデンは猫を抱いたまま、優しく微笑む。


「一緒に、家へ帰ろうか?」


サラは一瞬だけ目を見開いた。


そして――。


ほんのわずかに、心からの笑みを浮かべた。


「ああ……」


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