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30 神聖魔術

 ユリウスは見たこともないような冷たい視線を向けて笑った。


「あくまでもとぼけるというのなら。無理やりにでも吐かせてやるよ」


 ユリウスの胸元を掴む力が強まる。後ろに押さえつける力が増す。息苦しさに視界が霞んだ。


(だめだ……逃げ、ないと……)


 力の入らない腕を上げて、相手の腕を掴もうとしたが、その手は簡単に振り払われた。そのまま指先を強く掴まれ動きを封じられる。


「陣を描かずに発動できる術は少ない。お前がいかに有能な魔術師だとしても、ここまで距離を詰められたら、無駄だ」


 ユリウスの言っていることは正しい。術を発動する際、ほとんどの魔術は魔方陣を描かなければ発動できない。一部は省略も可能だが、それはごく弱い術で、戦いなどには使えないものばかりだ。術を覚えたばかりのはずのユリウスがそのことを知っているのも驚きだが、いまはそんなを考えている場合でもなかった。


(コイツは、ユリウスと思ったらだめだ……このままじゃ)


 相手がユリウスということで、対話でなんとかなると油断したのが仇になった。何か異常を感じた時点で、警戒して何か術を準備するべきだった。


「さあ、お前の知っている影の情報を吐け!」


 ユリウスが掴んでいたグレンの指を、本来の向きとは反対側へ力をかけた。

 指を折られる――そう思った。


「……――っ、”くそが”!」


 グレンの言葉あいずに応えて、胸元から閃光が走り、目の前にいたユリウスへ直撃した。


「がっあああ!?」


 不意打ちで魔術を喰らったユリウスは、直撃した顔を抑えてよろけたが、それでもグレンの胸倉をつかんだ手の方は離さない。

 けれど腕の力が弱まったことで、グレンの頭にも酸素が回った。解放された両手で腕を剥がしにかかり、ユリウスの腹をめがけて渾身の蹴りを食らわせた。


「っぁ!」


 ようやくユリウスの手が離れた。グレンはその場に落ちて、しりもちをついた。呼吸が楽になって大きく息を吸う。


「このっ」


 しかしゆっくりしている暇はなかった。

 ユリウスは顔を抑えたままだが、それでもグレンに殺気を向けた。目を焼かれて見えていないはずなのに、確実にグレンの動きを捉えていた。真っすぐ向かって来ようとしている。腕が伸びてくる。

 グレンは次の術の準備をするが、相手の動きが早く、普通に準備指定は間に合わない――しかし。


「――やめるんだ! ユリウス!」

「ぐぁ」


 一秒を争う状況で、横から氷のつぶてが複数高速で飛んできた。

 それは油断していたユリウスの身体を横から叩きつけ、吹き飛ばした。そのままユリウスは近くの木に、派手な音を立てて衝突した。


「っ、ぐ!」


 近くの木に叩きつけられたユリウスは、衝撃に呻くとそのままズリズリと地面へ落ちる。そのまま動かなくなった。


「はぁ……はぁ……」


 ユリウスが動かなくなったことで、夕方の森に静寂が再び訪れた。


「……え? いまの、術?」

「大丈夫かい!? グレン!」

「れ……レナード?」


 声と共に遠くから駆け寄ってきたのは先に行っていたはずのレナードだった。

 息を切らせて到着したレナードは、動揺しながらグレンの側に膝を付く。


「だ、大丈夫かい? グレン」

「今の、レナードが?」

「う、うん。……君たちの、ユリウスが君に対して様子がおかしかったのが見えたから、咄嗟に術を使ってしまったんだけど……一体何が!?」

「わかんね……っと、やべユリウス!」


 グレンはまだ荒いままの息を無理矢理整えると、急いで立ち上がって沈黙したユリウスの元へ駆け寄った。


「おい、ユリウス!」

「……」


 側に寄ったユリウスに声をかけたが、反応はなかった。胸が上下しているので呼吸はしているが、身体から力を抜いて倒れている。意識を失っているのが見ただけで分かった。


「威力は抑えたから……ユリウスは、大丈夫だよね?」


 グレンの側にレナードも駆け寄ってくる。


「ああ、大丈夫だよ。気絶してるだけだろ。その方が都合がいい……」

「グレン?」


 グレンはユリウスの側にしゃがみ込むと、顔を覆っていた手を外した。

 手の下のユリウスの目元は赤く爛れたように腫れ上がっていた。整った顔立ちが無残な姿になっている。


「え、うわ……な、なに? どうして?」

「緊急用の目潰し。正面から近距離で喰らわせたからな……ほっとくと失明する」

「え!? 緊急!? 失明!? どういうこと」

「後で説明する。レナード、コイツが起きても暴れないように身体を抑えておいてくれ。集中するから」

「え……あ…………わ、わかった」


 いろいろ質問はあったが、レナードはグレンが集中しようとしているのを見て全て飲み込んだ。言われた通りにユリウスの手を掴んで、身体を抑える。

 グレンは目を閉じて詠唱に入る。


「星のラナと、大地のシアよ――」


 ユリウスの目元にかざしたグレンの手元に光が集まる。それは通常使っている魔術とは異なる、暖かみのある色をしていた。


「神聖、魔術……」


 レナードがポツリと呟いた言葉集中しているグレンには聞こえなかった。

 頭の中が燃え上がりそうな熱を抑えながら、手元に魔術を集める。ユリウスの赤く爛れた顔にそっと触れていくと、光が彼の顔に吸い込まれて、傷が徐々に綺麗になっていく。


「……治って、いく……本物……?」


 しばらくするとユリウスの目元は元通りになった。


「はぁ……はぁ……これで、たぶん。大丈夫……失明、も、しない……はず……」


 いつも魔術を使うときよりも何十倍も強い疲労感に息切れしながら、それでもため息をつく。なんとかなってよかったと、魔力の消費で痛む頭を抱えながら、深くグレンは安堵していた。


(どうしようもなかったとはいえ、あー肝が冷えた……)


 緊急用の隠し術が威力が高いのは分かっていた。本当に緊急用だからだ。結果が予想できたので、ユリウスには使いたくは無かった。


(でもあいつ、本気でヤる気だったからな)


 きっとグレンが術を使わなければ指を折られ、喉も潰されていたかもしれない。あの時のユリウスには、それを平気で実行する気配があった。思わぬ行動に他の術を奪われていたあの状況では、使わずにはいられなかった。


「グレン、君は神聖魔術が使えたのかい?」

「うっ…………あーあとで、話す。ともかく術を沢山使ったから、この場にいるのは良くないと思う。悪いけど、コイツ運ぶの手伝ってくれ」

「あ! ああ、そうだね」


 学園内では授業以外で魔術を使うのは禁止されている。どうやってそれが発覚するのかは知らないが、緊急事態だったとはいえグレンもレナードも魔術を使ってしまったので、この場にとどまり続けるのは良くない。休学や退学はごめんだ。

 結局ヘトヘトのグレンでは、自分より上背のあるユリウスを運ぶことなんてできず、レナードに背負ってもらうことになった。


------------


 目を覚まさないユリウスは、一階にあるグレンの部屋に運ぶことになった。三階のレナードの部屋に行くと目立ちすぎるし、八階のユリウスなんて論外だからだ。もちろんこうなった理由を聞かれる保健室も却下となった。そうなると自然な流れだ。

 念のため手足を布で縛ったユリウスをベッドに寝かせて、グレンとレナードは床にそのまま座ることになる。グレンの部屋には来客用のソファーなどない。けれど根っからのおぼっちゃまのはずなのに、レナードは何も言わずに座っている。こういう場面でも文句を言わない柔軟さをレナードが持っていると知っていたが、とても助かると改めて思った。

 魔法ポットから出た水をレナードに渡しながら、グレンも床に座った。


「なるほど、光源の魔術って、重ね掛けするとすごい威力を発揮するんだね」

「重ね掛けすればな」


 ユリウスに食らわせた魔術は、一番一般的な光源用の魔術だ。ぼんやりとした灯りは範囲も広くなく、点灯時間も短い、なおかつ魔法陣すら書かずに発動できるように開発された初級の術である。あまりにも一般的過ぎて“術”の分類にもカウントされない場合すらあった。現在では魔機である魔法照明に置き換えられて使う人も減ったが、ちょっとした灯りが欲しいときに役立つためほとんどの人々が使えるし、知っているものだった。

それをグレンは重ね掛けという裏技を使って威力を高めて、緊急事態の目潰しに隠し持っていた。


「……というより、そもそも同じ術を重ね掛けなんてできるのかい? 聞いたことないんだけど」

「普通はできない」

「……含みのある言い方だね。僕にはできないけど、君にはできると?」

「……………………まあ……そういう感じ」

「ふーん」

「…………」


 レナードはそれ以上聞いては来なかったが、質問をしたそうにしているのは気配で分かる。グレンが聞かれたくない気配を発しているのを察してくれているだけだ。


(…………まあ、レナードならいいか)


 今回の件でいろいろとみられてしまっているし、あまり隠し事をすると信頼を失いそうな気がする。この学園生活において現状レナードは大事な友人だ。今は眠っているユリウスの件もあるし、ここであからさまに隠し事をして距離を取るような真似をするのは得策ではない気がした。


「……あまり人に言ったことはないんだけど」

「いや、無理に言わなくていいよ?」

「もう見られたし、知っておいてくれた方がいいかなと思うから」


 そう言いながらグレンは首元のボタンを外した。


「……なんだい、それ?」


 グレンの鎖骨の中央辺りには、拳の大きさもないほどの魔方陣が、ひっかき傷のような腫れと伴い浮き出ていた。


「魔術の刻印ってやつ。これやると裏技で魔術が溜められるんだ」

「魔術の刻印? 聞いたことないけど」

「たぶん一般的には知られてないヤつ。ミルゼ先生も知ってるかどうか」

「ああ、そういうレベル。……でも、なんでそんなものを君は知っているんだい? しかも身体に?」

「おや……師匠がな、で付けてくれたのも師匠、身の安全のために」

「身の安全……」


 グレンの言葉で察してくれたらしいレナードは少し声を潜めた。


「もしかして、神聖魔術を使えるから?」

「そういうこと……」


 本当は他にも理由はあるのだが、大体の理由はそこである。


「そっか……そういうことなら納得。神聖魔術の使い手は誘拐される可能性が高いからね。防衛は必要だ」


 神聖魔術は一般的な魔術とは違い、生まれ持った才能に大きく左右される。使えない人は一生涯使えないし、そもそも使い手が極端に少ない。他人の怪我を治せるというかなり有用な魔術なのに、使用できる人間は国内でも1パーセント満たないとすら言われている。そのため幼い頃に能力が開花すると、誘拐される確率が異常に高かった。セキュリティが完備された貴族の家ならともかく、グレンみたいな貧乏一家では噂が広まったら最後、次の日には誘拐されて首輪を付けられて知らない馬車に乗せられているだろう。

 またどの程度使えるかも生まれつき決まっていて伸びしろが全くない。能力を伸ばすことはほとんど不可能だった。


「……オレは使えるには使えるけど、使うと魔力ごっそり持ってかれて頭痛がするし、体力も削られるから、エキスパートは早々に諦めた方がいいって話になったんだ。下手すれば一度使っただけでぶっ倒れるからさ。……だから隠してた。親以外はオレが使えることは知らない。……ってわけで、その、お前の顔も……悪い、治そうともしなくて」


 言いにくそうにグレンが零すと、レナードは意外そうな顔をした。


「これ気にしてくれてたの?」


 レナードはだいぶ腫れの引いた自分の顔を指差した。


「一応な……痛そうだし。治してやれなくて悪い」


「はは、これは自業自得だから気にしなくていいよ。それに、そんな簡単に使ってしまって、能力がバレてしまうとよくないと思うし」

レナードは本当に気にしていないように笑ってくれた。能力を黙っていた上に、怪我を無視したことを怒ってはいないようだ。

「悪いな」

「だから、悪くないよ。むしろ、そんな大事なことを教えてくれてありがとう。……もちろんちゃんと黙っているから安心してほしい」


 何故か逆に嬉しそうにされてしまい、グレンは苦笑いしながらボタンを締め直した。


「まあオレの疑問はこれでいいか?」

「うん」

「で、問題は」

「……ユリウスだね」


 二人はいまだに目を覚まさないユリウスに視線を向けた。


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