29 誰?
グレンが特別なことは何もしていないとなると、あとは皆で普通に会話をした。
伯爵位のティーナはともかく、ナタリーは侯爵家。しかも星貴族というのでどんな面倒くさい性格をしているかと思っていたが、話してみれば普通の女の子だった。
グレンの言葉遣いが崩れても文句を言ってはこなかったし、「名前で呼んでくれ」と言えば素直にグレンと呼び始めた。確かに雰囲気は一般生徒とかけ離れているが、どちらかというと同じクラスの女子生徒より話しやすいと思った。
(なによりレナードとユリウスを意識していないのがいいよな)
他の女子生徒たちは三人でいると、横のふたりしか見ていない。グレンはいないものとして扱われることが多いので、多少腹が立つのだ。
けれど、ナタリーもティーナもレナードだけではなく、ちょっと変わっているユリウスに対しても普通に対応してくれていた。もちろんイティア語が話せないのはグレンたちと同じなので、意思疎通が完璧に出来ているとは思わないが、ともかくユリウスも嫌っている様子はない。とても珍しいことだ。
「あ、あのグレン……さん、お茶おかわりいりますか?」
「いいの? ありがとう。ティーナは紅茶をいれるのが上手いよな。オレなんか部屋で作ると渋くなっちゃってさ~」
「あ、そ、そんなっ、わ、私なんか…………で、でも褒めてもらえて、とっても嬉しいです!」
「嬉しい」といいつつ、グレンから視線を外して紅茶のカップを渡してくるティーナを、ちょっと変わってる子だなと思いつつも微笑みながら受け取る。
最初はレナードとユリウスに対してあまり良い感じの雰囲気ではなかったティーナだったが、談笑しているうちに段々と刺が取れてきたようでグレンも嬉しかった。(グレンにはそう見える)きっと照れ屋なのだろう。
いつの間にか日が暮れて寮に帰ることになった。
「今日はお菓子とお茶をありがとうございます」
「美味しかった」
「ヤー」
グレンたち三人がお礼を言えば、ナタリーたちは嬉しそうに微笑んだ。
同じタイミングで帰ると問題になるので、先にグレンたちがその場を後にすることにした。しばらくして鍵をかけてから二人は女子寮に戻るという。
「じゃ、帰るか」
「そうだね」
「ヤー」
「あ、あのグレンくん」
「え?」
声をかけてきたのはティーナだった。彼女は緊張したようにグレンを見ている。
「僕たちは先に行こうね。ユリウス『行こう』」
「?」
「いいから」
「お、おい」
何故だかレナードはユリウスを引っ張って先に歩き始めてしまった。それに不満な顔をしつつ、呼び止めたティーナを振り返る。
(あ、ナタリーにまたついてるな)
ティーナの後ろにいるナタリーを見た瞬間、さきほどまで付いていなかった黒モフが、左肩にくっついているのがグレンの視界に入ってきた。彼女の黒モフを祓ってから数日経っているので、タイミング的にはくっ付いてもおかしくない。
(彼女あんな大きいのを付けていたし……祓っておくか)
レナードの黒モフも毎日祓っているし、話しやすくて普通にいい子だと分かった以上、目に入ったのならなるべく祓っておくべきだとグレンは思った。
「ナタリー、肩に葉っぱついてるよ」
「え?」
「祓ってあげる」
グレンは彼女が視線を向ける前に、肩の部分に乗っていた黒モフを祓った。少し黒モフが大きめだったので、服に少し触れる程度であっさりといなくなって消えた。このくらいだとガッツリ触れなくてもいいので助かる。
「ん、取れた」
「ありがとう、グレン」
「いいえ。それでティーナ、何か用事があるんだよね?」
「あ……あの……ええと……」
グレンが視線をむけると、ティーナは視線を泳がせてモゴモゴと呟き始める。今は二人とも立っているので、グレンの視線は自然と上向きになった。
「え、あああっ~ナタリー!」
声が聞こえなくて耳を寄せようとしたが、近寄るとティーナは何故か逃げてしまう、仕舞いにはナタリーの後ろに隠れてしまった。まったく隠れられてはいないが。
「しょうがない子ね」
「でも……」
「いいわ、貸しよ?」
「え、なになに?」
「何でもないわ。……グレン、もしよかったらでいいのだけど」
「ん?」
「またお菓子を食べにいらっしゃいな。実はたくさん家から送られてくるのだけれど、食べきれなくて困っていたのよ。貴方は甘いものも嫌いではなさそうだし」
「え、いいの?」
ナタリーが出してくれたお菓子は上等なものだった。普段のグレンでは滅多に口にすることができないような、綺麗で可愛らしくそれでいて味も良い。それが食べられるというのなら断る理由はない。
(……じゃなくて、そうしたらアイツに近づきやすくなるかも)
食べ物の誘惑に釣られてしまったが、本来の目的を思い出した。彼女たちのお菓子を食べに来て交流を深めれば、いつか目的の人物に近づくきっかけがつかめる。そちらが重要だった。
「もちろん、他のふたりも一緒にね」
「ああ、うん。もちろん」
「え? ナタリー?」
「どうしたのティーナ。お菓子を食べてもらうのだから、お客さんはたくさんいてくれた方がいいでしょう? レナードもユリウスも良く食べてくれたから、助かるわ」
「……そうだけど~」
「自分で言わなかったのだから、これくらいはね」
「いじわる……」
二人の世界で会話が成立していて、グレンは完全にのけ者だったが、他のふたりがいるタイミングであの人物の話題に触れるか考えていたので全く気にならなかった。
「じゃ、また来るよ」
「ええ、是非に。入ってきていいときはあの扉を開けておくわ」
つまり開いてないときは入っては来るなということなのだろう。
グレンは二人が再び図書館の隠し扉に消えていくのを見送ると、森の中を表側に向かって歩き出した。
(これはいい方向に動き出したな)
星貴族という厳重なバリアが貼っているあの人物はどう近づくのか悩んでいたのだが、おもわぬ突破口が見つかった。
「――グレン」
どうやってあの人物の話題に自然と持って行くか悩んでいると、背後から声をかけられた。
グレンが通り図ぎた木々の隙間から、薄紫色の髪をした褐色の肌の人物――ユリウスが顔を覗かせているのに気付いた。
「あれ、ユリウス? 先に行ったんじゃ……」
振り返ったグレンはそこまで声をかけて、妙な違和感を覚える。
(あ、あれ……? ゆ、ユリウスだよ、な……)
彼の表情は薄暗くなっている周囲の影響で良く見えなかった。そのせいか最初に出会ったとき、――生物ではない人形のような雰囲気が漂っていた。
最初こそ無表情で常に何を考えているか分からなかったが、最近はユリウスも表情を変化させることが多くなった。グレンたちが彼の微細な表情変化を読み取れるようになったというのもあるが、雰囲気が最初に比べるとだいぶ変わっていたからだ。
――なのに、今はその雰囲気がない。まるでリセットされてしまったかのように。
「……ゆ、リウス?」
「お前」
「え?」
「――お前はもしかして、あの影が見えているのか?」
ユリウスの口から出てきた言葉に、グレンは思考が固まってしまう。
(は? いま……こいつ、共通語をしゃべった?)
ユリウスの口から出てきた言葉は流暢な共通語だった。いつものような言い間違えや言い直しなど一つもない綺麗な話し方だ。しかも声のトーンもいつもよりずっと低く、長年使ってきた慣れを感じさせていた。ここ数日で覚えた感じではない。
グレンは突然のことにユリウスが言った言葉の意味を理解できず「は、あ?」と聞き返してしまう。いままでのユリウスと目の前のユリウスが重ならず、頭の中がバグってしまいそうだ。
「――何度も言わせるな。お前は影に自ら手を伸ばして触れただろう?」
再びユリウスの口から出てきた言葉は、とても落ち着きを放っていた。グレンの言葉に呆れかえり、鼻で笑うようなニュアンスすら感じられる。
グレンは背中に彼は表情を見せないまま、ゆっくりとグレンに近づいてきた。
ガサリと草を踏む音が、グレンの意識を現実に戻らせる。
「……お、お前。共通語を話せたのか?」
咄嗟に出た言葉はそんなどうでもいいことだった。けれど一番気になってしまったのだから仕方ない。
しかし、ユリウスも同じことを思ったらしい。
「はぁ?」
冷えた声と共に、ユリウスが深く一歩を踏み出した。距離を詰めてきたと思った瞬間、一瞬姿が消えて、次の瞬間にはグレンの身体は浮き上がった。
「ぐっ、ユリ、ウスっ!?」
胸倉をつかまれて、足先が宙に浮く。ユリウスの掴んだ部分へ制服が寄って首が締まる。予想を超える早い動きに、グレンは逃げる間もなかった。
目の前にユリウスの顔が近づく。
整った顔立ちからは感情が抜け落ちていて、人形としか思えない。ガラス玉のような瞳が、グレンを見下ろす。
「俺が質問しているんだ。俺の質問に答えろ」
低くがなる声が目の前で響く。その声に苛立ちと静かな怒りを感じて、グレンは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
ユリウスが怒ったのを見たのは初めてではない。けれど今までの怒りは、感情を爆発させて暴れていた。子供の癇癪のようだったので、恐怖を感じることはなかった。
しかし今目の前にいるユリウスの怒りは全く違っていた。
「グレン。お前は、あの”影”が見えてるんだろ?」
静かに、深く怒りを滲ませる様子は、爆発しかけている殺気にも似ていて、漏れ出す刃で身体を刻まれるような痛みを覚える。
はじめてユリウス――目の前の少年に対して恐怖を感じた。彼はグレンを躊躇いなく殺せる人間だ――そう思えた。
(やばいな……)
変な疑問を投げかけている場合ではないとグレンは悟った。
「か……影って、なんの、話だ……?」
「とぼけるな、お前はナタリー・ブロンデルに付いていた影に手で触れただろう? 葉が付いているなどと誤魔化しながら、な」
焦りながらも必死に思考を巡らせていたグレンは、ユリウスが言っている“影”が黒モフのことではないかと思い始める。
「お前、あいつら、黒モフがみえ、てるのか?」
「黒モフ? なんのことだ?」
「黒い綿みたいなやつ、ナタリーの肩、に付いていた……」
「綿? 何の話をしている?」
「お前の、言っ、ている影は、その綿のことかって聞いてるんだ、動物みたいな動きをして、る」
「動物? ……――そうか」
グレンの身体はおもちゃのように振り回されて、近場の木の幹に叩きつけられた。
背中に衝撃が走り息が詰まる。
「そう誤魔化すのか。あくまでも言いたくないんだな」
「ちが、う、……誤魔化しては、ない」
グレンが見えている黒モフと、ユリウスが言っている影というのが同じものなのか確認したかった。
正直グレンからすれば黒モフたちは“影”というには、あまりにも似つかわしくないからだ。黒モフたちは小さいながらも意思を持っているような動きを見せるため、小動物にしかみえない。幼い頃グレン自身が彼らを動物だと思っていたのが良い証拠だ。
「アレが綿? 動物? ふざけるなよ。あんな気色の悪いモノ見たことがない。……視界に入れるのも悍ましい存在だ」
ユリウスの言葉に苛立ちとわずかな恐怖を感じた。本当におぞましいと思っているに違いない。




