Inter Mission 1
Inter Mission 1
雑用専門ギルド「猫の手」にて、お茶会が催されていた頃。
––––グレナモルテ王国、王都。東端の宿屋。
薄暗いその一室に陣取るのは、身なりの良い、剣士風の青年。
嘆息とともに、魔力を纏う単眼鏡を外すと、満足げな様子で机上に目を落とす。
「……ご苦労様、ハーヴェ。さて、あのような場所に依頼をされると聞いたときは、何を考えておいでかと思ったけど、これは、王の慧眼を見誤っていたのかな?」
「キュ?キキキィーユーーー……キュッ!」
「ん、何だい?先行、登場?……ははっ、何を言ってるんだか」
青年は、机上に座す小さきものに、労わるように指先で撫ぜる。
「さて、これから忙しくなるぞ。皆も、よろしくね」
燭台の灯りの外。薄闇の中で、二つの影が跪いた。
同日、夜。カケルの自室にて。
少年は、昼間の戦利品を机上に置き、考え込んでいた。
「さて……これ、本当に俺が使ってもいいのか?」
机上に鎮座するのは、昼間に斃したゴーレムから得た、手斧。
赤みを帯びた、黄金色の斧。しかして、黄金とも真鍮とも違う。柔らかく、透き通った輝きを放つそれを、昼間に一度、試みに振るってみたのだが。
巻き藁のような的に、えいや、と打ち込む。予想に反して何の抵抗もなく、あたかも豆腐でも切っているかのような手応えに、力んでいた上体が泳ぎ、たたらを踏む。
素人目に見ても、それと判るほどの業物。果して、これを自分の手にしていて良いものか。
言うなれば、Lv.1の冒険者が、最初からハイレベルな装備を持つようなもの。
(いや、そのまんまか)
どことなく気後れして、腕を組みながら唸っていると。
『これ、何に悩みおるか、童よ』
不意に、どこからともなく声がした。
『ここじゃここじゃ、汝の目の前じゃ』
キョロキョロと、辺りを見回していると、重ねて掛かる声。
「目の前って、斧しかない、よな」
まさか、と思いつつ、訝しむように斧に目を向ける。
『然り。その、斧の中じゃよ』
「……マジ?斧が、喋った?」
『じゃーかーら!斧の中じゃと言うに!えぇい、ちと待っておれ!』
言うや否や、斧に嵌め込まれた宝玉が、淡い光を宿す。すると、たちまちのうちに、光は形を変え、斧刃の上に腰掛ける、小さな老人の姿をとった。
『の?こういうことじゃ』
「………………どういうこと?」
『察しの悪い童よの。ほれ、昼間のことを思い返してみよ』
昼間のこと、と言われて思い出すのは……例の、斧に宿った、光のこと?
『どうやら解ったようじゃの。そう、あの時の星の一つが、この儂じゃ』
斧の上で、老人は胸を反らす。
『汝との縁によりて、面白……いやいや、汝に合力に参った。八百万のうちが一柱よ。よしなにな』
「八百万……って、神道の神さま?」
『左様、左様。天津神が一柱にして、知恵の神。八意思兼とは、儂がことよ。』
得意げに胸を反らす爺さん。
「おもいかね……って、あぁ!よくアニメに出てくる、スパコンみたいな!」
『ほ。 《あにめ》と来おったか。じゃがの。汝も学徒なれば、学業の神、と覚えて欲しいのう』
やれやれ、と吐息する老爺の神さま。
「え?学業っていうと、太宰府とかじゃなくって?」
『っかぁ~!またじゃあ!どいつもこいつも、菅原なんちゃら言う若造ばかり敬いおって。知恵と学業の神威は、儂の方が遥かに上じゃと言うに。ミチザネ爆発しろ!じゃ』
「まぁまぁ。で、俺に何の用ですか?」
『なに、今し方この世界の情報のだうんろ~どが終了したでな。汝の知りたいことがあれば、教えて進ぜようかと出てきたまで。それに、この武器に尻込みしておったじゃろ?』
「そりゃあ、確かに。俺なんかが持っててもいいのかな、とか」
『ふふん。違うの。汝の憂いは、「使いこなせるか?」じゃろ?』
図星。正直、エルダさんに言われてから、所有権云々は、もうおkじゃね?とか思ってた。
『そこのところも、指南してやるから安堵せい。他に知りたいことはあるかの?』
「––––じゃあ、せっかくだから……」
『あぁ、その前に。神たる儂に乞うなれば、形だけとは言え、供物があると嬉しいのう』
……ジジイ。
「……え~っと、どんなのがいいっすかね?夜も遅いし、大したもんは無いと思うけど」
『うむ、酒じゃな。この世界の酒を、検分してみたいところじゃ』
未成年に、酒を要求するか!……バンディとか、持ってないかな?
「……あ~、じゃ、持ってそうな人んとこ、行ってみますか」
『うむ。れっつら・ご~じゃ!』
––––てなわけで、バンディの部屋の前。
もう寝ちゃってたら悪いので、控えめにノックしてみる。
「バンディ、起きてる?カケルだけど」
『お~う。なんだ?あぁ、いいや。入ってきな』
扉越しに、聴こえる声。それじゃあ、遠慮なく。
「お邪魔しま~す……」
中に入ると、砥石を手に、双剣の手入れをしているバンディの姿。こういうところは真面目なんだな。
「おう、どうした。こんな時間に。おっかねえ夢でも見たか?」
「違ぇし。昼間にドロップした、この斧なんだけど、なんか、俺の居たとこの神様が宿ったみたいで、お供え寄越せって言うからさ。酒でもないかなって思って」
「酒か?あるぞ。……ほれ。俺の故郷の酒、ジャガイモから造った、アクアヴィットだ」
そう言って差し出したのは、瓶に入った、透明な酒。小振りな、ショットグラスに注ぐと、スゥ、っと清涼感のある香りが鼻腔をくすぐる。
『おうおう、良き香りじゃの。これは、八角か?酒精も、焼酎よりも強そうじゃ』
待ちきれなかったのか、早々に宝玉から出てきた老爺の神さまは、グラスに抱き着くようにして、その香りを愉しんでいる。
「お?この爺さんが神様か?随分と小っこいな」
『ふむ。儂らが現界するには、面倒な決まり事があっての。当たり前の大きさでは、十分程で肉の身体に封じられてしまう。故に、この様に仮初めの本体を置かねばならんのよ』
そう言って、ポンポンと斧の宝玉を叩く。
『して、これは貰うても良いかの?』
「あぁ、グッとやってくれ」
バンディに確認をとって、老爺の神は、樽でも抱えるようにして酒を呷る。
『––––ぷはぁっ!うむうむ。中々に良き酒ぞ!……ところで、何ぞ肴でもあれば、なぁ~んて思ったりもするのじゃが、のう?』
「はっは!あぁ、あぁ。言うだろうと思ったよ。爺さ……神様。獣肉とかは大丈夫かい?」
『うむ。問題はないの』
鷹揚に応えるオモイカネの神。それを見たバンディは、「とっておきだぜ?」と言って、氷蔵庫から取り出した塊を、薄く小さく切り分けてゆく。
「ほら。ブラッドプリンの苔桃ソースと、アイスバインだ」
『ほ。これはまた、クセの強そうな肴よ。汝、中々やるのう』
「あの~、俺、すっかり置いてけぼりだけど、それなに?」
卓上に並ぶは、豚の血を蒸し固めたものに、酸味の強いコケモモのソースをかけたものと、豚肉の冷燻製。ハーブの香りが食欲をそそる。
「うへぇ。これ、豚の血なの?」
「バッカお前ぇ、食わず嫌いしてねぇで、食ってみろ」
説明を聞いて、ちょっと及び腰だった俺だけど、そこまで言うなら、と口に運ぶ。
「……思ったより、臭くない。……!でも、酸っぱぁ!」
『ほっほ。童には、まだ早かったかの?』
相も変わらず、樽の如く酒を抱えて、老爺の神は言った。
『さて、まずは何から指南してやろうかの』
酔いと一緒に、口の回りも良くなってきたころ、オモイカネの爺さんが、約束通り色々教えてくれるというので、手に入れた斧のことや、優等依頼とかいうもののことなどを聞いてみた。
『うむ。まず、この斧じゃが、ヒヒイロカネ……汝の知る言葉では、おりはるこん、と言うたか。それでできておる。【神器】というほどでもないが、儂らが如き神が宿れる程度には優れた器よ』
「オリハルコンって、ファンタジーの三大レアメタルの一つ、だよな?」
最近じゃあ、ミスリルとかの方が流行りだけど。
『これは、そのままでは【時を止めた金属】というだけじゃが……童よ、剣を思い浮かべて、開くように引いてみよ』
「え~と、こう?」
言われた通り、柄と刃先をつまんで、ハサミを開くような感じで引っ張ってみる。
すると、機構的な感じではなく、モーフィング?って言うんだったか、硬さを感じさせない、有機的なイメージで変形した。片刃の、反りのある小剣。
『左様に、儂らや精霊なんぞが宿ることによって、形を変えることもできる』
「お?カケル。中々面白ぇ武器を手に入れたなぁ」
やっぱり変わった武器には興味があるのだろう、バンディが覗き込む。……ユニーク?これって、ユニークアイテムなの?マジか……
『––––それから、優等依頼、じゃったか?それは、そっちの若いのが詳しいかの』
「ん?あぁ、俺か。んじゃ、教えてやる。【優等依頼】ってぇのは、国王や領主から出される直接依頼ってヤツでな。よほどのことがない限り、最優先でやらなきゃならねえ仕事ってわけだ」
「……それって、クエストとは違うワケ?受付さんは、『そんな大層なものでは……』なんて言ってたけど……」
「クエストってのは、【神探題】とも言ってな。託宣とか、昔は神々が直接降りてきて、勇者やら異界の客人に課した課題って話だ」
「ふぅ~ん?……分かったような分からないような……」
『言うなれば、【魂の精算】じゃの。宿業の値が負に落ちた者に、善徳を積ませる機会を与えるための、神々の慈悲とも言えようて』
つまり、魂が穢れてしまった人に、直接的にやり直しの場を与えるのが、クエストだと。そうでない人達には、それぞれの神によって、旧来の地獄での責め苦が科されるのだとか。
なんていうか、懲役と禁錮、みたいに聞こえるのは、気のせいか?
できれば、そんなの知らないで、吞気にヒャッハー!とかしたかった……
その晩は、他にもこの世界のこととか、大雑把なところを聞いたりして終わった。
バンディに礼を言って、自分の部屋に戻ったら、ちゃっかり俺の寝台に潜り込んでいた孤都さんがぷう、と頬を膨らませて不機嫌そうだったけど、どうにか頼み込んで自室に帰ってもらう。
……朝になったら、また来てそうだよなぁ。
布団を被って、さっきまでのことを考えてみる。クエストのこと。この世界のこと。
なんで俺がこの世界に来たのか、まだ解ってないけど、あの老爺の神さまは、気になることも言っていた。俺は、この世界に来るときに半身とも言える、自分の記憶や経験の一部を棄ててしまったのだと。そして、最後にこうも言った。
『近々、汝にもクエストが下されるやも知れん。この世界の神次第、じゃがの』




