薬草採り、時々、岩石注意
Day.3 薬草採り、時々、岩石注意
朝。この世界に来て、数日。
色々あったけど、「雑用専門ギルド」も悪くはない、そう思い始めていた。
片田舎の小さな街。その朝は早く、農作業に向かう人たちが農具を担ぎ、田畑へ歩く足音。商家の開店準備に、配送されてきた商品の、荷卸しの音。街が目覚め、一日が始まろうとする音たちが、遠く耳朶を打つ。
そんな音の騒めきに、ぼんやりと意識を汲み上げられて、あぁ、そろそろ受付さんが鍋を叩いて起こしに来る頃かなぁ、なんて思っていたら。
「あっさぁ~~~!!朝だよ~~~!!みんな、おっきろぉ~~~~~~☆」
シャカシャカ!シャカシャカ!シャカカカカカカカカカカカッ!!!と、けたたましい音と声。
「な、なんだなんだぁ?」
慌てて身を起こそうとして、自分の首に回された、白い細腕に、ぐい、と抱き戻される。
「ん……カケルちゃん♡寒ぅい♡もうちょっと、ぎゅってしよ?」
目の前にいたのは、寝間着をはだけた、寝ぼけまなこの……孤都さん!
「ちょ、ちょっと孤都さん!また俺のベッドに潜り込んで……わぷっ!」
抵抗むなしく、頭を搔き抱かれる。ポフッ、というか、むにゅっと顔に押し付けられる、柔らかな感触に、否が応でも意識させられる、匂いと熱。急速に顔を駆け上る、羞恥の熱さを堪えながら、尚も抵抗を試みる。俺の顔は、もう、茹った蟹のように真っ赤だろう。
「っ!ぷぁっ!だから孤都さん!もう朝だから!ってか、服整えて!あぁぁもうっ!」
こんなところ、誰かに見られたりしたら、恥ずかしすぎるから!
––––と、「おっはよう!カー君!朝だよ~……って。ん~?んふふ~♪これはこれは。おジャマしちゃったかなぁ~~~?」
バァーーーン!と、扉を開けて入ってきたのは、アガペー!?
「い、いや、違ぇからな?アガペー。これは、その、そういうんじゃねえから。……お願い!お願いだから、言いふらさないでえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
とても言い訳できるような状態じゃなかったけど、ここで釘を刺しておかないと、アガペーは、街中に言いふらしてしまいそうな雰囲気がある。しかも、悪気もなく。
「まったく。あなたは、もう少し静かに起こすことは出来ないのですか?」
スクープを発見した、ゴシップ記者のような表情をしたアガペーの後ろから出てきたのは、呆れ顔の、アネホさん。なのだけど、こちらを見ると、ポ、と顔を赤らめて。
「これは失礼。ホラ、アガペー、行きますよ。……では、ごゆっくり」
「待って待って、アネホさん!話を聞いて!……ってか、孤都さんも、起きて説明してよ!」
必死の説明、説得。だったのだけど、アネホさんは、「ご心配なくw。誰にも言いませんからwww」なんて言ってた。あ~、これ、絶対からかわれるよ……
さて、冒険者ギルドに所属している二人が、なぜ朝から雑専ギルドにいるのかと言うと、それは昨晩のこと。みんなで夕食を済ませ、寝る前の寛ぎの時間、といった頃合いのことだった。
「––––おっジャマしまぁ~す☆!!!」
バァーーーン!と、扉を開けて入ってきたのは、ニコニコ笑顔のアガペーだった。
俺に教えてもらった、マラカスを道具屋で作ってもらったとかで、居ても立っても居られず、是非とも披露したいと、勢い込んでやってきたのだという。
「夜分に申し訳ありません。この子がどうしても、と聞かないもので。それで、もしよろしければ、お耳汚しにお付き合いいただければ、と」
続いて、申し訳なさそうに入ってきたアネホさんが、何本もの弦を張った楽器を手に、首を垂れる。
皆も二人の生演奏は歓迎だったようで、特に反対の声もなく、即興の演奏会が始まった。
「イッエーイ☆ッヘイ!ッヘイ!」
ジャカジャカと掻き鳴らされる、アネホさんの楽器、(シタールというらしい)の音に合わせて、負けじとアガペーも、シャカシャカ、シャッシャカとマラカスを振るう。
かと思えば、静かな曲調に合わせて、転がすように、シャーーー、シャッシャッ……と、情感豊かに音を奏でる。なるほど、確かに普段から楽器を嗜んでいるだけあって、見事な演奏だ。
そんなこんなで、ノリノリで演奏しているうちに、とっぷりと夜も更けてしまったので、今夜のところは泊まっていってはどうか、ということで、現在に至る、と。
「はぁ……もういいや。顔洗って、飯にしよ。––––っと、そう言えばアガペー。その頭の上の……」
「ほえ?あぁ、アタシの耳のことかな?」
そう、起きたばかりということもあってか、今はヴェールを被っていない頭の上に、ぴょこん、と丸っこい耳が見えていたのだ。何となくだけど、小動物っぽい。
「そうそう、それ。今気づいたけど、獣人だったのな。……リス?」
「ぶっぶ~!残念。実はアタシは、プレイリードッグの獣人なのです♪」
腰に手を当て、ドヤッ!と胸を張って言う。けど、プレイリードッグって……
「あぁ!見たことある!確か、ケージの格子を掴んで、一生懸命ベロベロ舐めってた奴だ!」
多分、ペットショップで見たような気がする。
「ええぇ~?そんなイメージなのお~?」
ぶ~ぶ~、と不満を漏らしてるけど、うっさいし。さっきからかわれたお返しだよ。
「ってことは、アネホさんも……」
「私ですか?私は、猫の獣人ですが、何か?」
そう言うと、頭の上に器用に伏せていた三角の耳を、ピン、と立たせた。
「え?猫?……ちょっと待って。二人って、姉妹なんじゃ……」
「ええ、紛れもなく姉妹です。ただ、当家には少し、事情がありまして」
アネホさんは、少し言いにくそうにしていたけど、真っ直ぐに向き直って。
「カルヴァド家のご先祖には、代々相当数の獣人偏愛者が居たようでして。それで、あちらの獣人、こちらの獣人、と数々の因子が蓄積された結果、一部では当家は、『獣人びっくり箱』とも呼ばれるくらいになってしまったのです」
––––つまり、色んな因子が混ざっているから、どんな子供が生まれてくるかは、生まれてからのお楽しみ、みたいな感じらしい。
「小さい頃は、『お姉ちゃんとおんなじ耳がいい』と、よく泣きつかれたものです」
どこか遠い目をして、懐かしそうに語るアネホさん。
「ははは。仲がいいんですね。……あ、そろそろ飯、行きませんか?」
「えぇ、そうですね」「ごっは~ん!行こう行こう!」
「ほら、孤都さんも」「ん~?ウチ、眠ぅ~い。負ぶって、カケルちゃん」
「ヤですよ、恥ずかしい。ほらほら、ちゃんと歩いてくださいって」
相変わらず賑やかに、揃って食堂へ向かった。
受付カウンターの左手、ホール内の食堂に着くと、朝からパタパタと、忙しそうに立ち働いている受付さん。俺たちに気が付くと、「おはようございます」と元気に挨拶をしてくる。
「おはようございます。あぁ、なんかもう、ここまで良い匂いがしてきますね」
「えぇ、もう準備はできているので、席についてお待ちください。他の皆さんも、もうそろそろ起きて来られると思いますので」
促されるままに、テーブルへ。アネホさん達も空いている席について、程なくすると、バンディたち、他のみんなもやってきた。
「皆さん、お揃いのようですね。では、朝食をお持ちします」
小走りに厨房へ向かう受付さん。実は、今日の朝食は、密かに楽しみだったりする。何故なら。
「はぁ~い!お待たせしました。今日の朝食は、カケルさんのご要望で、『ら~めん』と『ちゃ~はん』ですよ~」
そう、昨日のうちに、朝食のリクエストを聞かれた俺は、ついなんとなく、「ラーメンとチャーハンが食べたい」と言っていたのだ。
もちろん、そんなものを見たことも聞いたこともない受付さんの反応は、「???」だったので、大雑把に「こんな感じ」というのは伝えていたけど、さて、どんなものができたのだろう。
「カケルさんから聞いただけで作ったので、どこまで再現できたかは分かりませんけれど、腕によりをかけて作ってみた、自信作です!どうぞ、召し上がれ」
目の前に運ばれてきたのは、どんぶり、じゃないな。大鉢に盛られた、琥珀色のスープに、中細の麺が浮かび、その上には、ナルト?のようなものと、ローストポークっぽいチャーシュー。彩りの緑の野菜と、刻みネギ。メンマ、は、流石に無理だったみたいだけど、見た感じは文句なしにラーメンだ。
続いては、チャーハン。これは、説明した時に大体の想像はできていたみたいなので、ちゃんとナルトもどきや、チャーシューといった具が、小さく切られて入っている。っていうか、炒めたご飯も綺麗な黄金色に輝いて、食欲をそそるイイ香り。想像以上です!
「じゃあ……いただきま~す」……実・食!
スープを口に含むと、上品な鶏がら出汁の味と、しっかりとした、香味油や野菜の、深い旨みとコクが口いっぱいに拡がる。麺も、中細ながらコシのある、つるりとした喉ごし。ナルトもしっとりとスープを吸っていて、チャーシューは、嚙むほどに旨さが拡がる。
俺が知っているのとは少し違うけど、紛れもなくラーメンだ!
チャーハンに至っては、実は知っていたんじゃないか?と疑いたくなるほど、見事な出来。香味油とか焦がし醬油?なんかで、もう、スプーンが止まらない!っていう勢いで掻きこんだ。
「ふふふっ。お気に召しましたか?」
「はいっ!もう、想像以上に旨いっすよ!受付さん。これなら、店開けるくらいです!」
「あら、ありがとうございます。でも、一通りお料理ができれば、イメージさえできるものなら、大体の物は作れますよ?」
マジか!すげえ。
何気なく目をやると、相変わらずダルそうにしているエルフ、ディジーと目が合う。
彼女の前に置かれているのは、俺たちのものとは違って、大鉢の上に山盛りになった野菜。パッと見だけど、あれってもしかして、タンメン、じゃね?
「あ、ディジーさんはお肉が食べられないので、干し野菜でお出汁をとって、戻したお野菜を炒めて具にしてみたんですよ。いかがですか?」
「ん~、美味し~よ。ありがと」
なんてことないように言うけど、初めて作ったのにアレンジも自在とか、受付さんのスキルがハンパねえ!……と、それはそれとして。
「ディジー。そっちのも旨そうな。一口くれない?」
「え~?コレ、あ~しのだし。自分の食べてりゃい~じゃん」
「チェッ、まぁいいや。また今度、受付さんに作ってもらおっかな」
まぁ、ディジーだし。さして気にもせず、自分の分のラーメンを食べていると。
「…………んっ」
いつの間にか小鉢に取り分けた、自分のタンメンを、ディジーが寄越してきた。
「え?いいの?」
「別に。あ~し、あんま食べないし。余しても、もったいないし?」
まさかの、ツン、デレ……だと?……当の本人は、もう普通に自分のを食べてるけど。
「ありがとう、ディジー。(ズッ)わっ、こっちもスゲエ旨い!」
野菜だけで、こんなに深い味が出るのかってくらいの旨さ。やっぱ今度、こっちのも作ってもらおう。
朝ラーは、特に肉体派の男連中に好評だったんだけど、ゲストのカルヴァド姉妹も気に入ったようで、アガペーなんかは、「お姉ちゃん一口!」を連発して、アネホさんの分を、半分ほど平らげていた。
––––朝食を終えて、仕事の割り振りの時間。
「それではカケルさん。今日はディジーさんと、薬草採取をお願いします」
「あ、はい。……ところで、その、ディジーは?」
キョロキョロと見回してみるけど、ディジーの姿が見当たらない。
「あ~カケっち~。こっちこっち~」
気だるげに掛けられた声に振り向くと、入り口近くに置かれた荷車から、ひらひらと手が振られていた。ディジーだ。
近づいてみると、ダボっとした若草色の服。ローブかと思ったけど、よく見るとパーカーみたいな作りの服を着て、ゴロっと荷車に寝そべっている。
「何やってんだよ、ディジー。そんなとこに寝っ転がって」
「何って、薬草採りっしょ?北の森だから。着いたら起こして~。ヨロで」
つまり、荷車ごと自分も運べってこと?……コイツ。
「ヤだよ。自分で歩けって、ディジー」
「え~~~?さっき、あんたのお願い聞いてあげたじゃ~ん」
……さっき寄越したタンメンは、このための仕込みかよ!
思わず怒鳴りそうになって、ふと、昨日のコイツの言葉を思い出す。『イラッとしたら、心の中で五つ数を数える』、だったっけか。よし、1,2,3,4,5。……なんか、ちょっと落ち着いた。
「それにしたって、ディジー。これじゃバランス悪くね?割に合わねーって」
「ん~、うっさいし。センパイ特権?ってヤツ~」
それだけ言うと、もうスヤスヤと寝息を立てている。ねぇ、キレていいですか?
……とは言え、これ以上言い争っても時間の無駄な気がしてきた。
「あ~もう。仕っ方ねぇなぁ。……んじゃ、受付さん。行ってきま~す」
「クスクス。はい。お気を付けて」
釈然としないものはあったけど、一先ず諦めて、ディジーを乗せた荷車を、ガラゴロと押して目的地へ向かうことにした。ディジー、軽いし。
目的地、到着。北の森、って言っても、街からそう離れているわけじゃない。ただ単に、魔物が出ると一般人では対処ができないから、依頼が出されるんだとか。冒険者、何やってるんだか。
『冒険者さんには、人気がないんですよねぇ、採集依頼って。だから、私たちの方に回ってくるんですけど』なんて、受付さんも言ってたっけ。
「ほら、着いたぞ、ディジー。降りろって」
「ん~?……もうちょっと先~。あの花んとこ~」
ダレてんな~。こいつ、絶対降りる気ねぇだろ……
仕方なく言われた花の脇に荷車を止める。その間に、ディジーはディジーで、何やらゴソゴソと懐を探ると、小さな二つの瓶を取り出した。何をするんだろう、と見ていると、蓋を開けた小瓶から、花と地面にそれぞれ一滴づつ、ポタリと雫を垂らす。
「っけ~。その花、引っ張ってみ?」
「へいへい。り~」
いまいち良く分らんけど、言われた通りに引っ張ってみる。と、ずるりと抜けてくる。ばかりか、ずぼずぼずぼ~~~!と、芋づる式に辺りの同じ花が抜けてくる。
「うわっ!なんだこれ?ずるずる抜けてくる!」
「【土精に酒を 花精に水を】ってやつ。あとは集めるだけっしょ。んじゃ、ヨロ~」
言うだけ言って、また寝ちゃったよ、こいつ。でもまあ、確かにもう集めるだけだし。
やれやれ、なんて言いながら、落ちている薬草を拾う。両手いっぱいになったら、荷車に積む。薬草を拾う。荷車に積む。半ば機械的に繰り返す、単純作業。
––––?そろそろメンドくさくなってきたころ、ふっ、と影が差してきた。何だろうと思って顔を上げると、そこにいたのは、身の丈二メートルを超える、岩石の巨人。
「…………え?ゴー……レム?」
––––ゴーレム。魔術によって使役される、魔導人形。
それが、二メートルを優に超えるその巨体が、俺の前に立ちはだかる。
声すらも失った俺の前で、ギリギリと、引き絞るように握った拳を、高々と振り上げ……
號っ‼と風巻き、打ち下ろされる、必殺の杭打ちの一撃。
「うわっ!危ねっ!……ナニコレナニコレ、ナニコレェェェェェェェェェェェッ‼」
幸いというかなんというか、拳を上げる動作が遅いので、どうにか転がるように避けることができた、けど。もしも当たっていたら……潰れたトマト?いやいや、怖すぎるって。
一旦距離を取ることができたので、腰に提げていた盾を装備する。この盾から飛び出す大顎は、直径十センチ程の立ち木も砕いたけど、この岩石の塊相手には、破壊力が足りない、気がする。
にらみ合い、なんていう間もなく、またしても拳を振り上げるゴーレム。キリキリ、キリキリ。
例えるなら、2Ⅾアクションの吊り天井。タイミングさえ分かれば躱せる、けど割と引っかかる、あれだ。
『……』
ッドォーン!と打ち下ろされる拳。躱すことはできているものの、その衝撃と飛んでくる砂礫で、ダメージを受ける。
「––––ッこの!」
確実にこちらを狙ってきてる。いつまでも躱すだけじゃ埒が明かない!––––ダメもとで、右手に抜いたダガーを、腕を振り下ろした格好のゴーレムに叩きつけた。
『……』
ガツッ!という音を立てて、ダガーが弾かれる。やっぱり火力不足か!火力……と、そこで、荷車の方に視線を移す。攻撃魔法……ディジーなら、イケるんじゃないか?
「ディジー!ディジー、起きて!」
断続的に落とされる、拳打の爆撃を躱しながら、必死になって荷車に呼びかける。
「……うっさい。さっきからドッカンドッカンと。寝てらんないし」
安眠妨害の不平を訴えてくるけど、それどころじゃない。
「ディジー!こいつ、何とかできないか?俺の装備じゃ、歯が立たないんだよ!」
「……あのさぁ、あ~し、最後衛なんですケド。ん~な物理お化けの相手なんか、させんなっつ~の」
「だ~か~ら!前に出ろっつってんじゃなくて!魔法とかで何とかなんねぇかって!」
そのちっこい身体に、前衛とか求めてねぇ~から!
「えぇ~?あ~しがやんのぉ?ウッザ。……はぁ、仕っ方ない。ちょっと時間稼いどいて!」
「分かった!なる早で!……とにかくこいつ、動きは遅いんだけど、––––わっと!アブねっ!パワーがハンパねぇから!」
カケルに言いおいた後、少女は、身に纏っていた、パーカー様の衣服に手を掛ける。前袷の釦を外し……「ディジー、まだ?」
「うっさいし!こっち見んなし!」
手元にあった薬草を投げつけ、己の衣服も脱ぎ捨てる。
脱ぎ放った衣服が、荷車に投げ入れられると同時に、少女は転身していた。
カケルよりも、頭一つほど小さかった背丈も伸び、若葉のような緑の短髪も、腰高の、夜天に輝く月のような白銀に揺れ。十歳程度の、幼さを残す顔立ちも、面長の成熟した女性のそれへと変貌していた。
身に纏うは、光沢を帯びた薄衣。草原を撫でる風の如く揺らめく、空の蒼を映した巻布。
密やかに開かれる眼には、瞳が無く、翠玉そのものを嵌め込んだよう。
程なくして、ディジーのものとは違う聲で、涼やかな声音を投げかける。
『今暫く、持ちこたえなさい、少年』
––––声が、聴こえた。俺でも、ディジーでもない。もちろん、ゴーレムでもなく。
叫んでいるわけでもないのに、耳の奥まで届く、不思議な声が。持ちこたえなさい、と。
「……っ!やって!みます!」
当然と言えば当然だけど、一切の疲れを見せない、ゴーレムの攻撃。それをどうにか躱しながら、声の主に返したとき、ゴーレムに、変化が現れた。
『…………』
中々捕まえられない俺に、業を煮やしたのか、ブルブル……と身を震わしたかと思うと、ドォン!ドォォン!と、身体の各所から、装甲と思しき岩塊が、剝がれ落ちた。
『……!』
途端に跳ね上がるスピード。必死で逃げたけど、避けきれない一撃を、辛うじて盾で受ける。
ゴオン!という鈍い音とともに、盾を構えた姿勢のまま、吹き飛ばされた。
「コイツッ!この、っと!––––うわっ!」
直突き、蹴り上げ、諸手落とし、殴る、殴る、蹴る!
これまでの、杭打ち一辺倒の緩慢な動きと違って、一気呵成のラッシュが襲い掛かる。
装甲の重りが無くなった分、一撃の破壊力は落ちたけど、その代わり、さっきまでのようなインターバルのない、素早い連撃。スピードも、俺より少し速い。このままじゃ、ジリ貧だ。
「––––がっ!」
何度目かの攻撃を盾で受ける。ミシリ、という音に、盾の限界が近いことを悟る。
『少年。これまでに学んだことを活かしなさい』
再びの声。学んだこと?
『学ぶは、真似ぶ。既に、見ている筈です。速さに劣るのなら、それを引き上げる術を』
その言葉に、思い当たることは一つ。バンディの、アレか!
「––––あぁ!もうヤケだ!うろ覚え!【IGN:AGI】!」
バックステップで避けようとして、思った以上の距離を跳んでしまう。
「––––!おっ、とと!」
勢い、バランスを崩しそうになる。次の攻撃に備えて、顔を上げると。
『……!……?』
相手の動きが、はっきりと見えた!バンディほどではないまでも、1.5倍か、2倍くらいにはスピードが上がっている!……っぽい。これなら、時間稼ぎくらいならできそうだ。
カケルの様子を見届け、女性は、その口を開く。
【開け 天の宮】
次の瞬間、彼女の周囲に、無数の光点、 《星》が、天球のように浮かび上がる。
【四象の精霊 万象の聖霊に 盤古たる我が命ず】
己の周りに浮かんだ星を、摘まみ、退け、滑らせる。綾取るように、繰ってゆく。
【古き法に従い 大イデーの根幹より 来たれや来たれ 来よや来よ】
次第に、星座の如く整えられてゆく、星の数々。
【忘却の彼方 奪いて奪われし玉座の王よ 刻の聖霊よ 久遠の彼方 悠久の果て 時の地平を 彼のものに与えよ】
弥増しに増して、光を放つ、太古の星座。その状態を堅持したまま、少年へと声を放つ。
『退きなさい、少年』
「!っはい!」
勢いよくこちらへ駆けてくる少年を認め、言の葉を綴る。
【風化】
見えざる波が押し寄せ、ゴーレムを包み込む。時を置かずして、断末魔すら許さず、岩石の巨人は、砂の城が崩れるが如く、塵へと却っていった。
「す……スゲエ……」
飛び退いた勢いのまま、ペタリと尻餅をついた格好で振り返ると、既にカタは付いていた。
必殺を期して、その腕を振りかぶった姿勢のまま。サラサラと、空間に溶けるように、まるで何千年もの時を忘れた巌が、取り戻した時に喘ぐように、ゴーレムは還っていった。
『大事ありませんか?少年』
声のする方を見ると、彫像のような美しさの女の人が、こちらを見ている。整ってはいるけれど、感情というものを窺わせない、どこか、作り物めいた美貌。
「あ、はい。……大丈夫、みたいです」
この人が、助けてくれたのかな?と、少しの間、ボーっと考えていたら、エルフの少女を思い出す。
「––––!そうだ!ディジー!ディジーはどこ行った?」
『あの子なら、ここにいますよ』
その女の人は、自分の胸を示す。
『初めまして、少年。私はこの子の、ディジーの母親です』
「え?母親、って、ディジーの、お母さん?」
『えぇ、そうです。私は……あぁ、こういう時に、名乗る名前がないのも困ったものね。私のことは、エルダ、とでも呼んでくださいな』
人形のように、無表情のままで頬に手を当て、その人は言った。
「エルダ、さん、ですか。名前がないって、どういうことなんですか?」
『私は、既にエルフとしての至極の到達点、盤古に連なっているからです。本来であれば、名も、肉の身体も捨て去り、感情さえも失って、魂と無意識の集合体たる、大イデーと融合して、これの統括にあたるはずの存在です』
魂のスープ。新たな生を得るまでの、安寧の地。エルダさんは、そう説明した。大イデー。生まれ変わるために、前世の全てを捨て去って、まっさらな魂になるための場所だ、と。
『ですが、私は未練を捨てきれなかった。どうしてもこの子の、ディジーのことが気掛かりで、離れることが出来ず……ふふっ、可笑しいでしょう?子離れも出来ないのに、至極だなんて』
どこか作り物めいた表情の、口の端を僅かに歪めて、エルダさんは、嗤っているようだった。
「なんていうか、その……それはそれで、良いんじゃ、ないっすかね。俺、まだガキだから、上手く言えないけど、親って、そういうものなんじゃないかな、って。ほら、よく言うじゃないですか。いくつになっても、親にとっては、子供は子供だ、って」
多分、不器用な人なんだろうな、って思った。親としての自分の心と、エルダとしての役割。割り切れなくて、どちらも選べなくて。中途半端な自分を、嫌悪して。そんな風に感じた。
『優しいのですね、少年。……そう言えば、まだ名前を伺っていませんでしたね』
「あ、すいません。俺、カケルって言います」
『カケル、さん。改めて、この子と仲良くしてあげてくださいね。不器用で意地っ張りだけど、とっても良い子ですから』
「はい……分かりました」
なんだかんだで、やっぱり母親、って感じだよなぁ、とか思っていたら、後ろの方、ゴーレムが居たあたりから、ガラン、という音がする。
振り返った先。もはや塵へと還ったゴーレムの跡に、それはあった。
「あれは……」
夕映えの陽の光にも似た、赤みがかった、鮮やかな黄金色のハンドアックス。斧刃が、まるでナックルガードのように柄の先までかかった、丁度小文字のnを角張らせたみたいな形の斧。
『あぁ、良いものがドロップしましたね。さぁ、お持ちなさい』
「え?……いいん、ですかね」
『勿論。戦闘での戦利品は、倒した者の自由。それが冒険の伝統ですから。それに、いずれにせよ、私には無用の長物。カケルさんの自由になさって?』
確かに、ゲームじゃ遠慮なく頂いてるところだし。いいの、かな?
「それじゃあ、いただいておきます」
『えぇ。私も、そろそろ戻りますね。ディジーに負担が掛かってしまうから』
そう言って、荷車に向かうエルダさん。と、名残りのように漂っていた、エルダさんの周りの星、その一つが、すぅ~っと近づいてきた。「……?」
その光は、一しきり俺の周りを飛んで、手に持っていた斧の、飾り玉のような黄玉に吸い込まれるようにして、フッ、と消えていった。
「エ、エルダさん?あの……」
『大丈夫ですよ。貴方に縁のある聖霊が、戯れに宿っただけでしょうから』
見ると、荷車から取り出した、例のパーカーのような服を、丁度羽織るところ。サイズピッタリ。どうやら、元々エルダさんの服だったみたいだ。
そんなことを考えながら、何とはなしに見ていると、バサリ、と服を着るなり、エルダさんの身体は見る間に縮んでゆき、次の瞬間には、見慣れたディジーの姿になっていた。
「………………」
「お疲れ。ありがとな、ディジー」
「……ママ、なんか言ってた?」
「……え?あぁ、『とっても良い子だから、仲良くしてやって』ってさ」
「うああぁぁぁぁぁ……なんで余計なこと言うし。……もういい。あ~し、寝るから。着いたら起こして」
ぷいとそっぽを向いて、うつむき加減に荷台に登ってしまう。チラッと見えた横顔が赤面しているようだったから、やっぱり恥ずかしいのだろう。そりゃあ、自分の知らないところで、親にあんな事言われたら、そうなるよな。
「––––って、また寝んのかよ!」
「うっさいし!……あ~、あと、貸しイチだから。帰りにビスコッティ、買っといて。人数分ね」
名前からすると、お菓子だと思うけど、人数分かよ……あ~あ、もう寝ちゃってるし。
「ハア……仕方ねぇなぁ。そんじゃ、帰りますか……」
ガラゴロと荷車を押して、街へと向かう。ビスコッティ、安いといいなあ……
––––––––それから、歩くことしばし。
そんなに離れていないはずの森から、ようやっと街に着いた頃には、日も傾きかけていた。
ヨタヨタと荷車を押して、街門をくぐると、にゅっ、と荷車から手が伸びる。
「ん」なんて言いながら、指し示される方を見ると、雑専ギルドにほど近く、竈とパンの描かれた看板の店。ここで買っていけってことなんだろう。
実は起きてたんじゃねえの?というくらいの的確なディジーのナビで、ビスコッティを買って帰る。
「お帰りなさいませ、カケルさ––––って!どうされたんですか?ボロボロじゃないですか!」
扉を開けて、俺を見つけた受付さんの第一声が、これだ。
「は、ははっ。なんか、ゴーレムに熱烈アタックされちゃいました」
後頭を搔きながら、説明をしようと––––「カケルちゃんっ!」
……していたら、すごい勢いで孤都さんに抱き着かれた。
「ケガないか?アタマ、打ってへん?カケルちゃん!カケルちゃぁ~~~ん!」
「だ、大丈夫ですから!っていうか、そんな、うぷっ!んんんんんん~~~!」
掻き抱かれた勢いで、孤都さんの胸の谷間に、顔が埋もれる。
「……ぷはっ!だから、大丈夫ですって、孤都さん。ケガったって、かすり傷みたいなもんだし」
「(ペロッ)そうやったらええねんけど………(ペロペロッ)やっぱり心配やわぁ」
「あの~、孤都さん?どさくさで傷、舐めないでもらえます?」
さっきから、心配そうにしながら、ペロペロと……くすぐったいやら、恥ずかしいやら。
「あん、ゴメンしてや。早う傷治したろう思てのことやし。……ね♡」
「あぁ、もう。今はソレ、止めてくれればいいですから」
この人のこういうところって、まんま野生動物みたいなノリなのかなぁ……
「––––あ、そうだ。さっきディジーに頼まれて、ビスコッティ買ってきたんだ。皆で食べませんか?」
買ってきたばかりの包みを取り出すと、「あ、良いですねぇ」と受付さん。
「でも、もう少ししたら、皆さん戻られると思うので、それからにしましょう」
特に異存もなく、そうですね、なんて言いながら小卓に着く。さっきまで緊張の連続だったからか、座った途端、ドッと疲れが出てきた。
どこかフワフワとした気持ちでいると、マナラジヲの音が聞こえてくる。
『ラジヲをお聞きの皆様、いかがお過ごしでしょうか?ハッピーイブニング、今日のお相手は、私ダイス=ヴァレーがお届けいたします』
丁度、午後の情報番組みたいなのが始まったみたいだ。
『まずは一曲お届けしましょう。オジサマ達のアイドル、ラーク姐さんの愛称でおなじみ、スカイラークさんのナンバーで、【人生はリバー・フロウ】』
気がついたら 後に続く 長い 長い 細道
仰ぎ見れば はるか遠く 懐かしい故郷
険しい道や 曲がりくねる ワインディングロード
コンパスもない それだって 人生
Ah~ 人生はリバーフロウ
緩やかに 流れに 身を任せていても
Ah~ 人生はリバーフロウ
譲れない 夢と憧れに 懸けてみたい
聞こえてきたのは、演歌のような、カントリーのような、そんな曲だった。
例えるならば、エンカビリーとでもいうのだろうか。なんか、スッゲエ染みる。
仕事帰りのリーマンが、居酒屋で演歌を聴いてる気分が、分かっちゃった気がした。
––––そうこうしているうち、「お~う!なんだ、今日は俺たちが最後か?」なんて言いながら、バンディ達も帰ってきた。
「お帰りなさい、バンディさん。丁度カケルさんの買ってきたビスコッティがありますから、お茶にしませんか?」
受付さんが、ティーセットを乗せたお盆を持ってくると、皆がテーブルに集う。
ビスコッティ。二度焼きの、堅めのビスケット?フィンガータイプで、ナッツがたっぷりと入った、カリサクなお菓子を取り分けてゆく。と、「あれ?」
一個、足りない。「……あ、俺の分、数に入れてなかった」
そう、みんなの人数を数えるのに、自分の分を忘れていたのだ。
「あら、困りましたね。私の分、食べますか?」
受付さんは、そう言ってくれたけど、
「いえ、一度あげたのを貰うのって、なんか、カッコ悪いですから」
受付さんの申し出を、遠慮している俺の姿を見て。
「ん~?……んっ」
ディジーが、咥えていたビスコッティを半ばから折って、俺に差し出してきた。
「え?いや、いいよ。ディジーが欲しいって言ったやつじゃんか」
「こういうのは、みんなで食べるのが美味しいんだから。食べなよ」
もそもそと、照れくさそうに勧めてくる。確かに『いい子』ですわ、エルダさん。
「あ~!ウチも!ウチもカケルちゃんと半分こするぅ!」
何故か対抗心を燃やした孤都さんが、ずい、と身を乗り出す。
「こ、孤都さん……って、え”?」
「んふふ~……ん♡」
振り返ると、ビスコッティの端を咥えた孤都さんが、口付けをせがむように接近してきた!
まさか、あれか?ポッケーゲームをしようと言うのか?あの、細長いお菓子を、両側からポリポリと食べあう、嬉し恥ずかしな、アレをやろうというのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
うろたえている俺の後ろから、「おいおい、男だったら受けて立つとこだろうがwww」なんて声やら、「どれ、お主がやらぬなら、是非とも我––––がふぉっ!」なんて声が聞こえてくる。後の方は、出しゃばって激しいツッコミを喰らった、ライアーのものだ。
「あぁ、もう。分かった。分かりました!やればいいんでしょ?」
諦めてそう言うと、ノリノリのバンディが、「じゃあ、俺が仕切ってやる♪」なんて言って、(勝手に)レフェリーをかって出た。……一口目で、嚙み砕いて逃げてやる!
「用意はいいか?レディィィィィィィ……ゴォウ!」
俺が一口目を齧るかどうかの刹那、カリカリカリカリカリカリッ!という音とともに、物凄い勢いで、孤都さんの顔が迫ってくる。
「––––どわぁっ!」と言う声とともに、すんでのところで孤都さんの唇を回避。
「あん、もう……」
半分ほどまで食べ進んだ孤都さんは不満気だったけど、正直カンベンしてほしい。
火を吹くほどに熱くなった顔面を抑えていると、微笑ましいものを見るようにしていた受付さんが、「あ、そう言えば」といって、ポン、と手を合わす。
「皆さん、そのままで結構ですので、お聞きください。先ほど、王都から火箭鳩で、伝令が届きました」
その一言で、場の空気が一変する。バンディでさえ、どこか引き締まった顔付きをしている。
「優等依頼です」




