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雑用専門ギルド「猫の手」へようこそ!  作者: 子寅(ねとら)
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豚の体脂肪率は意外と低かった、という話

   Day.4 豚鬼(オーク)、遭遇


 ––––優等依頼とやらが届けられて、数日。

 カケルは、ライアーと共に、街の東の街道を走っていた。

 それも、たったった、といったものではなく、必死の形相での、全力疾走。

 振り返る余力すらない、その背後からは、ドッ!ドッ!ドッ!という重く荒々しい足音。

 息を切らし汗を散らし、(もつ)れそうになる足を懸命に漕ぎ続ける少年とは裏腹に、忍び装束に身を包む(グラス)の男、ライアーは、実に余裕綽々といった(てい)でカケルに並走する。

「ほれほれ、カケル殿。逃げてばかりでは斃せぬぞ」

「はぁ、はぁ……うっせ!っていうか、オークってデカいばっかで、鈍くてノロいんじゃなかったのかよ!」

「これは異なことを。彼奴めらは、その脂肪の下はこれ筋肉の塊。言わば、固太りの筋肉だるまぞ!」

 飼育されている豚でさえ、表層の脂肪を除けば筋肉であるのに、ましてや迫ってきているのは、野生に身を置いて錬磨してきた、野の魔物(モンスター)。油断など、決してできるはずもなし。

「筋肉っだるまって……はぁっ!はっ!……デ○ゴンか?サモハンなのかぁ⁉」

 中々に渋いところを突いてくるが、迫ってくる豚鬼(オーク)は待ってはくれない。ここはひとつ、対抗にブルース・○○(ピー)を連れてきたいものである。

「か……簡単な、仕事って……はぁっ!言ってたのに……」

 確かに、仕事自体は『あるアイテムの運搬作業』。簡単な仕事ではある。

「なんで……なんでこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 汗にまみれる少年の絶叫は、ドップラー音を伴って街道に響き渡った。


 時は(さかのぼ)って、その日の朝。

 朝食を終えての、仕事の割り振りタイム。ちなみにこの日の朝食は鯖サンド。いや、ホントの鯖かどうかは知らんけど、北欧の屋台なんかで売ってるような、半身の魚の塩焼きを、程よい堅さの黒パンで挟んだもの。バクリと噛むと、魚の脂と旨みを黒パンが受け止めて、ジュワっと口いっぱいに広がる。うンま!

 ちなみに、オモイカネの爺さんも、ちゃっかり出てきて食べていた。

 あ、ちょっと話が逸れたかな?


「それでは、今日のお仕事は、ライアーさんと行っていただきます。ハトホルさんのところでアイテムを受け取って、東の国境の村、パンジョ村でご依頼主さんへの引き渡しです。荷物を運ぶだけの、簡単なお仕事ですね」

 受付さんは、確かにそう説明した。簡単(・・)な仕事だと。

 そうして、先日のゴーレムとの戦いで損傷した、嚙砕(クランチ)シールドを修理に出しているので、代品のラウンドシールドを持ち、刺突(スティング)ダガーとオモイカネの戦斧(爺さんが宿っているので、そう呼ばれることになった)を腰に差す。

 そこへ、「カケルさん。これを使ってください」と言って、受付さんが差し出してきた装備。革製の、膝まで丈のあるロングベスト。内には鋼線が仕込まれ、表には金属板が貼り付けられた、極々簡易的な皮鎧の代用品。

「支給品で申し訳ないのですけど、どうも魔物との遭遇率が高いようですので」

 念のために、と言って手渡されたけど、素直にありがたい。正直、もう少し防御力は上げたかったけど、鎧を着て動けるか自信は無かったし。

「ありがとうございます。助かります」と。お礼と一緒に受け取った。


 身支度を済ませて、ハトホルさんの薬店に向う。

「そう言えば、届けるアイテムって、何?」

「いや、我も聞いてはおらぬが、カケル殿。こういった時に、荷の詮索はせぬものぞ」

 言われてみれば、その通り。預かり荷物は、プライバシーなんかもあるだろうし。興味はあったけど、変な勘繰りはしないでおこう。

 そうこうしているうちに、薬店の前に到着。扉を開けようとした時、中から怒声が響いた。

「––––だからよぉ。俺らにポーション売れっつってんだろうが!」

「ですからぁ~、品物を切らしているのでぇ~、お売りできないんですぅ~~」

 ハトホルさんに向かってイキっているのは、見るからにガラの悪い、冒険者風の男たち。どうやら、無理を言ってハトホルさんを困らせているらしい。

「ふむ。流れの冒険者のようだの。(おそ)れというものを知らぬと見える」

 ライアーは腕を組み、静観の構え。って、こいつら殴りかかりそうな勢いだけど、放っておいていいのか?

「ライアー。これ、助けた方がいいんじゃね?」

「なに、心配には及ぶまいよ。むしろ心配すべきは、あ奴らの方だの」

 まぁ見ておれ、なんて言ってるけど……マジで?


「––––あ、カケルさん、ライアーさん。もう、お時間でしたかぁ~?」

 俺たちに気付いたハトホルさんが、アッシュの入った桃色の髪を揺らし、にこやかに微笑む。思ったよりも余裕そうな感じだ。

「ごめんなさい~。少し、ゴタゴタしてしまってぇ~。もうちょっとぉ~、お待ちいただけますかぁ~?」

 輩共をスルーして、こちらに話しかけてくるけど、そんなことしてると……

「あ゛ぁ?シカトか?ガン無視かゴル゛ァ!テメエ、ちっとこっち来いやぁ!」

 言わんこっちゃない。ハトホルさんの腕を引っ掴んだ男は、無理矢理にハトホルさんを引っ張って、店の前に出てきた。

「あぁん?なんだ、テメエら。見世もんじゃねえぞ!」

「いや、なに。怖いもの知らずなものだと思うてな」

 邪魔などせんよ、というライアーの言葉に、「けっ!」と、面白くもなさそうに一瞥をくれ、唾を吐く輩。ホントに大丈夫なんだろうか。

「カケルさん、ライアーさん。……決して私の前に出ないでくださいねぇ~」

 そう言ったハトホルさんは、慌てる様子もなく、ローブの胸元に手を添えた。


 ハトホルさんの白いローブの胸元にあったのは、五百円玉の倍ほどの大きさの、瞳の意匠の施されたブローチのようなアイテム。それをひと撫でする。

「【セクメト・アイ】、3%発動~」

 変化は、直ぐに訪れた。ざわざわと、桃色だった髪は血のような鮮紅色に染まり、どこかおっとりとしていた表情は、次第に好戦的に、野獣のようなソレへと変わってゆく。

「ふ、ふふふ……ははハハハアァ~~~~っはははぁ~~~~~っ!お前たちぃ!久しぶりのお楽しみだぁ!簡単に壊れてくれるなよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 狂騒、凶笑、凶兆。もはや、別の何か(・・)になってしまったかのような変貌ぶり。解き放たれた獣のように、殴打、蹴撃、爪撃。哀れな獲物と化した男たちを蹂躙してゆく。

「うっわ。……これはいったい、どういうことでしょう?解説のライアーさん」

「うむ。……おっと、隠れておれよ?巻き添えを喰らうからな」

 手近な箱の影に隠れて、ナニアレ?と聞いてみる。

アレ(・・)は、神の癇癪で造られた、【神造神】とも言われておる。人類滅殺のためのな。胸にあるのは、その時の【破壊衝動】が封じ込められているとも聞くが、正直なところ……我にもよく分からん」

 分らんのか~い!と、いうよりも、【神造神】?え?ハトホルさんって、神様なの?色々とツッコミたいところはあったけど。

「ッチ!もう終わりかよ、情けねぇ……【セクメト・アイ】、解除だ」

 つまらなそうに言って、胸元のアイテムに触れる。

「……お待たせしましたぁ~。カケルさん、ライアーさん。それではぁ~、中へお入りください~」

 辺りに散らされた荒くれ達には眼もくれず、ぽわ~っとした元通りの空気を纏ったハトホルさんがそこには居た。この人だけは、決して怒らせたらダメだな。

 固く心に誓って、薬店の中へ。依頼の荷物を受け取った。


 ––––といった経緯で街を出て、一路東へ。

 簡単な仕事、と言われていたこともあって、半ば散歩気分で道を行く。

「なぁ、ライアー。前に言ってたけど、(グラス)って、やっぱり忍者とかのこと?」

 せっかく二人きりだし、気になっていたことを聞いてみる。

「む?忍び、ということであれば、確かに我もその内であるな。とある隠れ里にあって、お館に仕えておったこともある」

「ふ~ん。でも、なんで雑専ギルド(ここ)に?」

「話せば長くなるが、我も領主やダイミョウに取り入って、独り立ちしようとしたこともあった。が、性に合わなんだ。……ほとほと嫌気が差しての」

 士官、っていうのか、そういうのを目指したことはあるけど、ダメだった、らしい。

「いずれも、我を便利使いこそすれ、信を置く者などおらぬでな。下手をすれば、我を疑うて刺客を放つ始末よ。挙句、主と仰げる者には、(つい)ぞ会えなんだ」

 つまり、信用できる主君に、出会えなかった、ってことか。

「そうなれば、次第に心根も倦んでくるものでな。我はそれに耐え切れず、里を逐電したのだ。己自身を主と仰ぐと決めてな」

「……それって、人を信じられなくなったとか、そう言う––––」

「いや、誰が裏切ろうとも、我は我を信じ抜く、という、言わば誓いじゃな」

 自分自身を信じ抜く、か。

「なんか大変そうだけど、カッケェな」

「……であろう?」

 どちらからともなく、笑みを交わす。なんとものどかなひと時。

 ……の、はずだった。


 街道を行くこと、しばし。

 行く手の道の脇に、うずくまるような人影を見つける。

「あれ?あんなとこに誰かいる……具合でも悪いのか?」

「いや……あれは近づかぬ方が良かろう。何より、人ではない(・・・・・)

 人じゃない?どういうことかと思っていると、のそり、とその人影は起き上がり、こちらに振り返った。三メートルはあろうかという巨体。豚のような頭。


 Vow……Vow……


 荒い吐息を零す、その見た目は。デフォルメでもなく、リアル豚でもない。

 例えるなら、米国のバイクメーカー、ナントカ・デヴィッドソンの、Tシャツなんかにプリントされているような、アメコミ調の豚の顔。

「もしかして、あれって……オーク?」

「左様。しかも、気づかれておる以上、襲い掛かってくるやも。ふむ、カケル殿がどれ程できるようになったか、あ奴で試してみては如何か?」

「ムリ……ムリ。刺激しないように通り抜け––––」

 次の瞬間、オークが吠えた。


 Voww……Vooooooooow!Gyiiiiiiiiiiiiiiiiiiieeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!


 血走った眼をこちらに向け、涎を撒き散らしながら、こっちに突っ込んできた!

「ヤバイムリヤバイムリヤバイムリィィィィィ‼逃げる!俺、逃げるからぁぁぁ!」

そして、冒頭に戻る。追いかけ回されて、走馬灯みたいなのが見えてきた。今朝の鯖サンド、おいしゅうございました。って違う違う!そうじゃなくって!


『––––なんじゃなんじゃ、騒々しい。おちおち寝てもおられんではないか』

 不意に、腰のあたりから声がする。オモイカネの爺さんだ。

「オ……オークに、はぁ!追いかけられてんだよ!何とか、なんない?」

 縋るような思いで、神頼み。いや、まったく文字通りで。

『やれやれ。(なれ)、身体強化を覚えたのであろう?さっさと使えば良かろうに』

「って言ったって!大してスピード上がらないし!振り返る間にやられるって!」

 できるようになったのは、敏捷(アジリティ)上昇だけ。それも、たかが知れている。逃げ切るにも、立ち向かうにも、これだけじゃ足りない気がする。

『……なれば、友の力を借りよ。ホレ、おったじゃろ。人魚だか魚人だったか』

「はぁ?サカノ君?何でここで––––っていうか、街からも離れてるのに?」

『イイから呼んでみろっちゅ~に!早う早う!』

「ああぁ!もうっ!分かったよ!––––サカノくーーーーーーーーーんっ!!」

 ––––––––––––––––––––!!!


 ––––行く手の道の脇、草むらだった場所に光が沸き立つ。次の瞬間、その光の泉から聞き覚えのある声が近づいてきた。

「お呼びですかぁ~~~!カ~~~ケルさぁ~~~~~~~~~~~~~~ん!」

 サカノ氏、降臨。……光の泉から飛び出したサカノ君は、銀鱗煌めかせ、いっぱいに広げた背びれをビビビッと震わせて、その健脚で俺たちに並走してきた。

「お困りのご様子ですね、カケルさん。何か私にお手伝い出来ることはございますか?」

「あぁ、うん。後ろの……はぁっ!はっ!オーク、何とか、したいん、だけど」

『こ奴の【麻痺の短刀】で突いてやれ、と言うても、振り向く余裕がない、と泣き言ばかりでのう。手を貸してやってくれぬか?』

「なるほど!そういう事でしたら、お任せください!では、その短刀をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 その言葉に、「これ?」と、引き抜いた刺突(スティング)ダガーを示すと。

「それでは、失礼しますね。あ~ん」と言って、パクリと呑み込んだ。

「ちょ、なん……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?」

 ナ、ナイフ吞み込んだけど、大丈夫なのか?

「ご心配なく。すぐにお返ししますから。【武装融合(アーム・コンチェルト)】!タイプ、太刀魚(ソードフィッシュ)!」

 いや、違う!心配してるとこ、そこじゃないから!

 そんな心配もよそに、ダガーを飲み込んだサカノ君は、光を放ちながら(すがた)を換える。太刀魚?いや、長さ的には、サンマのような、魚型ナイフに。

 それが、ポン、と俺の手の中に収まる。『さぁ、私を彼奴に向けてください!』ナイフの中から、サカノ君の声が聞こえた。

「オ……ケー!向ける、だけでいい……なら……!」

 ナイフを逆手に持ち換え、切っ先をオークに向ける。と。

『行きますよぉ~!【麻痺・刺殺(パラ・シュート)】!』

 走るのに夢中なカケルには気付く由もなかったが、この時、魚型ナイフの切っ先から幾条もの光の魚影が迸り、狙い過たずに豚鬼(オーク)の四肢を貫いた。


『避けよ、(わっぱ)!横に跳べ!』

「っだぁ!––––痛でっ!」中々格好良くはいかないもので、転がるように、コケちゃいました。しかし、その直後、ズーン!と重々しい音と衝撃が飛び込んできた。

 振り返ってみると、疾走中に受けた麻痺の影響で、もんどりうって転がったオークが、顔面を(したた)かに打ち付けて、苦悶の表情で横たわっている。

「おぉ、良きかな良きかな。これであとは、止めを刺して屠るのみよの」

 傍らに降り立って、ライアーがそんなことを言う。

「……とどめ、刺すの?…………俺が?」

 なんていうか、動けなくなったところを見ていると……やりづれぇ。いくら豚頭って言っても、ヒト型。ほら、なんか潤んだ目で見上げてきてるし。


 Voo……Vooow……(泣)


 悲しげな鳴き声を上げるオーク。……チラッ、チラッと、こちらの様子を見てくるんだけど。あれか?かの有名な『仲間になりたそうな眼』ってやつなのか?

『なんじゃ童。躊躇っておるのか?』

「正直。殺さなくて済むなら、それでもいいかな、って。……だって、ヒト型相手だと、やっぱすげぇやりづらいし」

 多分、映画なんかで死刑囚に目隠しするのって、こういう事なんだろう。目が合った相手の命を、普通に奪える人ってそう居るもんじゃない。と思う。

「さりとて、カケル殿。こ奴ら魔物は、回復すれば再び襲い来るようなものぞ」

「うん。それはそう、なんだろうけど………………」

 ライアーが言うのは、確かに正論だろうと思う。……でもなぁ。

「やっぱりお優しいのですね、カケルさんは。あ、短刀(これ)、お返ししますね」

 元の姿に戻ったサカノ君が、口からニュッ、とダガーを出しながら寄ってくる。

「あ、ありがとう、サカノ君。助かったよ」

 …………彼(?)には悪いけど、後でこのダガー、洗っておこう。

「それで、カケルさん。差し出がましいとは思いますが、このオーク、私に任せていただけますでしょうか」

 片方の瞬膜まぶたを下して、サカノ君が提案する。今のって、もしかして……ウインク?魚のウインクなんて、初めて見た。

 オークの眼前に回り込んだサカノ君は、そのキョロッとした大きな目で、不安気な様相を見せるオークの眼を覗き込む。

「大丈夫。怖くない……怖くない」なんて言い出すサカノ君。

 いや、キツネ○スじゃないから!

 そんな俺の心のツッコミをよそに、ミヨンミヨン……と、怪電波でも放つように彼の眼がグルグルとした輝きを帯びる。


 Voo?……Vorrr……Vof……Vof……


 見ていると、徐々にオークの顔から険が取れてゆき、次第に穏やかな表情になってゆく。

 体のサイズも、力が抜けたかのように縮んでゆき、三メートル程もあった体高も、二メートル前後になっていた。

「ブ、ブオッ?……」

 困惑気味な顔をしたオークは、サカノ君を見て、俺を見て、自身を見る。

「な、何やったの?サカノ君。急に大人しくなったみたいだけど」

「はい。このオークの、邪気、と言いますか、魔物としての過剰な人間への敵意を取り除いた、と言えばよいでしょうか……」

 どうにもピンと来ない。「……つまり?」と聞いてみると。

「えぇ。この個体は、もはや魔物というよりも、普通の野生動物に近いということです。傷つけられれば敵対的にもなりますが、もちろん、懐いてくることもあります」

「じゃあ、無理に倒す必要もないってことか。……良かったぁ。ありがう、サカノ君」

「いえいえ、お安い御用ですよ」

 お友達ですからね。と、またしてもウインク。

 ともかく、未だに左右を見やって不安気にしているオークの前にしゃがみ込み、なるべく刺激しないように、努めて穏やかな口調で声を掛ける。

「甘いのかも知れないけど……お互い、助かったな。麻痺が抜けたら、森へお帰り?」

 あ……つい言っちまった。ああぁぁ……サカノ君につられた……

 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、当のオークは。

「ブ、プギィ~~~……(哀)」

 なんだか、悲しそうな声で見上げてきた。


「何だよ……何か言いたいのか?」

「プギッ、プギィィィ……(懇願)」

 さっきまでと違って、つぶらな瞳で、何かを訴えかけてくる。

「もしかして……カケルさんと一緒に行きたいのではないでしょうか?」

 と、サカノ君。

「マジ?……お前、ホントに俺について来たいの?」

「ブッ♪ブッ♪(コクリ)」

 言葉が解るのか、オークは嬉しそうに頷いた。

「……ライアー」

「む?」

「どう思う?こいつ」

 大人しくなったと言っても、一応は魔物なわけだし。連れていって問題にならないか?と、そう聞こうと––––

「ふむ。飼うのであれば、最後まで面倒を見るのだぞ?」

「––––って、親父か!仔犬を拾ってきた子供に言い聞かせるお父さんかっ!」

 だ~か~ら!そういうことじゃないんだよ!

「……こいつ、連れていって問題にならないかって聞きたかったんだけど」

「ふむ?差し当たって、人に害を為さぬのであれば問題はあるまい。むしろ喫緊の課題は……そ奴の名前ではないかの?」

 マジか……街の入口で見咎められても知らねえからな!

「そんじゃあ……お前はタロー。タローでどうだ?」

 この上なく安直なネーミングだけど、パッと思いつくのなんて、こんなもんだろ。

「ブッ♪ブブ~ッ♪ブフッ!ブフッ……(喜)」

「おっ?気に入ったのかな?よろしくな?タロー」

「ブッフ~~~~~~~~~~~ッ♪♡♡」

 まずは一件落着(?)して、タローの回復を待ってから、目的地のパンジョ村へと向かった。サカノ君は、「またいつでも呼んでくださいね」と言って帰っていったので、俺、ライアー、タローの二人と一匹。

 夢中になって走ってきたので、村まではあとわずかだ。


 ––––国境の村、パンジョ。

 グレナ・モルテ連合王国と、隣国ピンガ共和国の境に位置し、両国間の人、物資、情報などが日々行き交う、中立の村でございます。

 通常であれば、関所等によって隔てられ、どちらかの国に渡らなければ、交流、交易共にままならぬものではございますが、ここでは、この村こそが国境(くにざかい)。東西に設けられた門をくぐり、互いに村内にて用件を果たす、手形無し交流が行われております。

 故に、この村では、手形申請の手間や経費を惜しんだ商人が、そこかしこで売り声をあげ、国を跨がずして隣国の商品を求められるとあって、双方の国の人々によって、活気に満ちた喧騒が途絶えることなく、雑多な賑わいを見せておりました。


「えぇと……確かこの辺りだったはずですけれど……」

 そのような雑踏の中を、身なりの良い、貴族然とした少女がキョロキョロと、辺りを見回しながら歩いていれば、否が応でも目立つもの、早速目端の利く商人に呼び止められます。

「そこな貴族のお嬢さん。何か探し物ですかい?良かったら、ウチの商品も見てって下せぇや。グレナ・モルテの銀等(シルバー)ドワーフの拵えた逸品ですぜ」

 見れば、金銀宝飾の施された、髪飾りや櫛などが並んでございます。

「いえ。せっかくですけれど、(わたくし)今日は、待ち合わせがありますの。また今度、ゆっくりと拝見させていただきますわ」

 そう言って、少女は再び雑踏を泳いでゆき、程なくして、「あ、ここですわ」と、一軒の(たな)を認め、入ってゆくのでございました。

 ––––『軽食と喫茶 コヌダ』と書かれた、煉瓦造りの建物へ。


 ––––同時刻、ようよう村に辿り着いたカケル、ライアー、そしてオークのタロー。

 鼻歌交じりのライアー、初めて訪れるヒトの集落に、キョトキョトと物珍し気に辺りを見渡すタロー。カケルだけが疲労困憊の様子で、重い足を引きずる。

「やっと着いた……ライアー。待ち合わせの場所は?」

「うむ。今少し行ったところの、コヌダ、とかいう喫茶所であったな」


「……喫茶?マジ?やった。早く、行って、なんか、飲もう……」

 息も切れ切れ、脚もクタクタ。もう、水でいいから飲みたい……

「ブ?……ブッフ~~~……(謝)」

「いや、気にしなくていいよ、タロー」

 何となく、申し訳なさそうなタローに、軽く肩を叩いて笑いかける。

「ぬ、カケル殿。そ奴の言葉が解るのかの?いやはや、以心伝心であるな」

「別に。何となく、だよ。何となく」

 言葉じゃなくても、こいつ、結構分かりやすいし。え、なに?そうでもない、か?俺だけ?いやいや、まさか。……分かる、よね?


 門衛さんに説明して、害はないこと、万一の責任をとることを約束してはいたけど、当然のことながら、タローには村の警備隊から監視が付いた。

 当のタローは、意に介することもなく、「ブッ♪ブッ♪」なんて言いながら楽しそうにしていたけど。こいつ、けっこう大物なんじゃないか?

 それから程なくして、待ち合わせ場所の『コヌダ珈琲』……じゃなかった、『軽食と喫茶 コヌダ』と書かれた(読めないけど)店に着いた。

 大人しいとは言え、店内にオークを連れ込んだら騒ぎになりそうなので、入り口脇の係留棒(ホースバー)の辺りにタローを連れてゆき、「ここで待ってて」と言うと、「ブフッ……(了)」と一声、体育座りで道行く人々を眺めていた。



 小洒落た店内に入ると、一も二もなく店員に、「水貰ってイイっすか?」と言って、差し出された水を、ゴッ、ゴッ!と飲み干すカケル。

 ひと心地ついて、辺りを見渡すと、(まば)らな客の中に、ひと際異彩を放つ人物を認める。令嬢、というに相応しい、腰まである金の長髪を縦ロールに整え、勝気な性格を窺わせる蒼の瞳。一輪の花を思わせる、菫色の甲冑を纏った少女であった。

「ふ、うふ、うふふっ♪……御覧なさい、ルビィ!フェルネット!(サクシャ)(わたくし)を選ばれたのですわ!これこそ私が真のヒロインであるという証でしてよ!オーーーーッホッホッホッホッホッホッホッホーーーーーーーーーーーーーーッ♪」

 口許に手の甲を当て、コロコロと高笑いをする少女を見て。

「うっわ、すっげえテンション高ぇ人がいる。美人だけど、ちょっと近寄りたくねぇかな」

「そうかの?あれだけの器量なれば、我ならイケるが。なにより、愛らしいではないか」

 若干ヒキ気味のカケルと、ホクホク顔のライアーが言葉を交わしていると、「あら?」とばかり、件の少女が視線を投げかけてきた。


「もし。失礼ですけれど、依頼させて頂いた運び手(ポーター)の方、でよろしいかしら?」

 ちょっと近寄りたくない、とか思ってたら……依頼人(クライアント)だった!

「いかにも。我は、雑用専門ギルド『猫の手』のライアーと申す」

「あ、同じく、カケルです」

 ふわり、とした甘やかな香りとともに、目の前までやって来た女の人に、一瞬、目を奪われそうになったけど、なんとか体裁を繕って挨拶をした。

「あぁ、やっぱりそうでしたのね。……初めまして。(わたくし)が今回の依頼をお願いいたしました、シャトー=リューズ=イエーガーと申します」

 柔らかな微笑みを浮かべ、優美に一礼するシャトーさん。……なんだろう。近くにいると、その姿を見るたび、声を聴くたびに、一々ドキリと鼓動が跳ねる。顔面が熱を帯びる。

 おっかしいなぁ。正直、特別好みってわけでもないのに、目が離せない。

「立ち話も何ですから、お席の方へ参りましょう。お茶でもご馳走いたしますわ」

 そう言って、くるりと向きを変えて歩き出す。ふわりと漂う甘い香り。高鳴る鼓動。

 …………なんぞこれ?

「––––では、お紅茶を三つ。あぁ、果実の砂糖煮(ヴァレーニエ)は多めに。……え?ございませんの?でしたら……ジャム?では、それを」

 注文を済ませたシャトーさんを、つい目で追ってしまう。

「……なにか?」と。

 小首を傾げる仕草にもドギマギしてしまって、「い、いえ、何でもないっス」とか誤魔化して、軽く俯いて視線を切った。


「それでは、早速割り符とお品物の確認をいたしましょうか」

 紅茶のカップを傾けながら、シャトーさんが話を切り出した。そして、ジャムをぱくり。

 一緒に注文していたから、ロシアンティー?と、紅茶に入れるものと思っていたら、どうやらこれが本式らしい。

 荷物の受け渡しが終わると、俺の方に向き直ったシャトーさんが、

「そちらの方……カケルさん、と仰ったかしら。先程から、随分とお疲れのようですけれど、何かございまして?」と気遣ってきた。

「え?い、いや、実は来る途中で、オークに追い回されちゃって……」

 あんまり格好のいい顚末じゃないんだけど、ここに来るまでのあらましを説明した。


「––––まぁ。それでは、そのまま調教(テイム)してしまったんですの?」

「いやぁ。調教(ティム)っていうか、懐かれただけっていうか」

 正直言って、俺は何もしていない。今回に限って言えば、活躍したのはサカノ君だし。

 そんなことを説明して、ポリポリと頬を掻いた。

「……野生のオークに懐かれるだけでも、大したものですわ。それに、妖精種である逆人魚(マンマァム)と、お友達だなんて!貴方、もしかして凄い才能をお持ちなのかもしれませんわね」

 そう言うと、シャトーさんの瞳がキラリと光った気がした。

「ねぇ。そのオークというのは、あの窓から見えている、丸い頭ですの?……私も、少し見

させていただいてもよろしいかしら?」

「あ、はい。いいですよ。あいつにも、何か食べさしてやりたいし」

 と、言うことで、店員さんにリンゴ(のような果物)を譲ってもらって表に出た。

「タロー」と呼びかけると、

「……ブ?ブフッ!ブフッフ、ブッフーーー!(キラッ☆)」

 なんて言って、キラキラした目でこっちを向いた。

「はははっ!楽しんでいるみたいで、良かったよ。ほら、これ食べるか?」

「ブッフフ、ブフッフーーー。……ブッ!(喜)」

 持ってきた果物を見せると、ちゃんと両手を合わせて『いただきます』をしてから、嬉しそうに食べている。こんな行儀のいい仕草、どこで覚えて来たんだか。

「……貴方、この子の言っていることが解りますの?」

 黙って様子を見ていたシャトーさんが、目を丸くして、驚いたように聞いてきた。

「いや、なんて言ってるか解ってるわけじゃないんですけど、なんかこいつ、顔に出やすいっていうか……まぁ、何となくですよ」

 どうにも照れくさいものを感じながら応えていると、シャトーさんの俺を見る目が、なんだかギラギラと……なんていうか、獲物を見つけた野生の獣みたいになってきた。

(これは……中々面白そうな殿方ですわね。せっかくですから、少し強引にでもスカウトをしてみるのも……)

 ぶつぶつと、思案顔で何事かを画策していたシャトー。が、次の瞬間、「きゃあっ!」という短い悲鳴を上げ、展開された光景に眼を剝いたカケルは、慌てて対応に当たることになる。


 ––––「きゃあっ!」というシャトーさんの悲鳴。照れ臭さから、俯きがちに会話をしていた最中、突如聴こえてきた悲鳴に顔を上げると、信じられない光景に啞然としてしまう。

 たった今、果物を食べていたはずのタローが、鼻息も荒く、上気した顔でシャトーさんの肩を掴み、思い切り後ろに引いた腰をカクカクと……って、サカリのついた犬じゃないんだから!顔なんて、こんな(*´ω`*)になってるし!

「こら!ダメだってタロー!は、な、れ、ろってば!」

「ブフッフッフ!ブッフ!ブッフ!(♡♡♡)」

 必死に腕を引っ張って引き剝がそうとしたけど、そこは腐っても魔物(オーク)、俺の力じゃびくともしない。よく見ると、目の中にハートマークまで浮かんでいる。

 一人じゃどうにもならない。店の中にいるライアーを呼ぼうと口を開いたとき、それまで驚いて固まって見えたシャトーさんが動きを見せた。

「……あぁ、そういうことでしたのね。さぁ、これをお飲みなさい」

 怯えるでも怒るでもなく、胸甲(ブレスト)の隠しから一本の小瓶を取り出し、興奮してハフハフ言っているタローの口中へ、中の薬液を流し込んだ。


「ブッフ!ブッフ!……(嚥下(ごくり))––––ッ!ブ?ブフゥゥゥゥ……(困惑)」

 流し込まれた液体を飲み込むと、それまでの興奮状態が噓のように、キョトキョトと戸惑った様子で辺りを見回すタロー。

「シャトーさん。それ、何を飲ませたんですか?」

 戸惑いながらも聞いてみると、空になった小瓶を振りながら、

「ご心配なく。強制発情の状態異常(バッドステータス)に掛かっていたようですので、こちらの鎮静剤を飲ませてあげただけですわ」

 鎮静剤?強制発情?頭の中は疑問符でいっぱいだったけど。

「ブフ……ブ……(恐縮)」

 おずおずと、元に戻ったタローが、申し訳なさそうにこちらを見てきた。

「タロー!落ち着いたか?良かった。……あの、シャトーさん。すみませんでした。ご迷惑をおかけして……」

 タローの頭にも手を回し、一緒になって頭を下げる。

「いえ、お気になさらず。私の方も不注意でしたから」

「……え?不注意、って」

「詳しくは、中でお話いたし––––」

 と、その時。中で話しましょう、と言いかけたシャトーさんの後方彼方。東の空に、キラリと何かが光ったかと思うと、その『何か』が、猛烈な勢いで突っ込んできた。

 近づくにつれ、辛うじて(鳥?)と認められ、次の瞬間、スッッコーーーン!という軽快な音とともに、シャトーさんの後頭部に突き刺さった。

「––––痛っっったぁーーーーーーーーーーーーーーい!」

 前のめりにつんのめったシャトーさんの後頭部に突き刺さるのは、ビィィィィィン!と振動している……ハト?

「もうっ!こんな危ない飛ばし方をするのは、ルビィね!……後で覚えてらっしゃい!」

 そう言って、東の方角をにらみつけるシャトーさん。

「あ、あの……それって」

「えぇ。私の仲間の飛ばした火箭鳩(ロケットピジョン)ですわ。どうせ大したことも書いていないのでしょうけど……ほら、『終わった?』ですって」

 鳩の脚に結びつけられた紙を解いて、呆れ顔でその紙を示す。うん、読めない。

「少し、お待ち頂けますかしら。ちょっと返事を送ってしまいますわ」

 そう言うと、腰のポーチから紙片とペンを取出し、サラサラと書きつけてゆく。


 ちなみに、この世界の筆記媒体は意外と豊富だ。羊皮紙や葦草紙(パピルス)を始めとして、木簡、竹簡、()き紙(和紙)なんかもある。

 万年筆のような仕込みペンで、一言二言書きつけたシャトーさんは、インクが乾くのを待って、鳩の脚に紙片を括り付ける。

 そして、両の手でガシっ!と鳩を捕まえると、妙に圧を感じさせる笑顔で、至近距離からその鳩に語りかけた。

「……いいこと?このお手紙は、ちゃんとルビィのおでこ(、、、)に届けてくださいましね?忘れないように。判ったなら……お行きなさい!!!」

 明らかな報復の意図を言い含めて、ポ、ポ……ポロッポ……と、震えながら頷く火箭鳩(ロケットピジョン)を…………オーバースローで、投げ飛ばした!

「あんたら、いつもこんなことしてんのか……?」

「まぁ、これもいつものこと、ですわね」

 あっけに取られて、思わず素のままで聞いてしまったけど、当の本人はケロリとした様子で、何事もなかったかのように微笑を浮かべる。なんか、女同士って()えぇ。

「さ、中へ戻りましょうか」

 そう言ったシャトーさんの笑顔は、実に清々しい笑顔だったわけで……


「それで、さっきの続きなんデスけど……」

 ––––再び卓に着いて、シャトーさんに尋ねると。

「そうですわね……実は私達のパーティーは、ある特殊なダンジョンに挑んでおりまして。その影響で、先ほどのようなことも起こってしまいますの」

 まったく想像がつかない。一体、どんな特殊なダンジョンに向かえば、さっきのタローみたいな、その、発情したみたいな状況になるというのか。

「その、特殊なダンジョン、っていうのは……」

 やや引きつったような表情の少年の問いに、はぐらかすかのように手元の荷を解いた少女は、優美な手つきで一本の小瓶を取り出す。

「それよりもカケルさん?貴方も少々お顔が紅いようですわね。宜しければ、こちらをお飲みになってくださいな♪」

 艶美な笑みを浮かべて差し出された小瓶。先ほどと同じものかと手に取るものの、ここで少年は違和感を覚える。小瓶の、形が違う。薬液の色も。先の鎮静剤とは異なる。

これ(、、)、さっきの鎮静剤と違いますよね?……何です?」

 少年の追及もどこ吹く風と、心奥の思惑を露とも見せず、「さぁ、ぐっとひと息に」と、重ねて勧めてくる。

(アヤシイ……)

 訝しんだ少年は、語調を強めて再度尋ねてみた。

「こ・れ・は、な・ん・で・す・か?」


 ––––ジロリと見つめながら問いただしたけど、小動(こゆるぎ)もしない余裕の表情で、「あら。……これはこれは(わたくし)としたことが。うっかり間違えて、性転換(TS)ポーションをお渡ししてしまいましたわ♪」と、悪びれることもなく愉し気に言い放った。

「てぃ~、えす?」

 ちょっと意味が分からず、ポケッとした感じで繰り返す。

「えぇ。殿方が飲むと、女性になってしまうお薬ですわ」

 サラッととんでもねぇこと言いやがった!お嬢様っぽい雰囲気に遠慮してたけど、これはもういいよな。遠慮なんてイラネエ。

「あっぶね!あんた、何てもん飲まそうとしてんだよ!」

「うふふ♪ちょっとしたスカウト、ですわ」

 勢い込んで喰ってかかるも、むしろ、このやり取りを愉しんでいるかのように、パーティーの臨時要員にスカウトしたい、と言ってきた。


「だぁ~から!何でTSポーション(こんなもん)必要になるんだっての!そもそも、あんたの言う『特殊なダンジョン』って何よ!」

 ヒートアップする俺も意に介さず、ずい、と顔を寄せてきて。

「そ・れ・は……」

 顔と顔が触れ合う寸前、するりと俺の耳元に唇を寄せ。

(エロ、トラップ、ダンジョン、ですわ♡)

「なっ!……エロ…………だと……?」

 声になるかならないか。密やかに耳朶を打つ声音に、背筋がぞくりと粟立つ。

「えぇ、そうですわ。それで、モンスターにも懐かれるような貴方には、臨時のパーティー要員として、敵勢操作(ヘイトコントロール)をお願いしたいんですの」

 あぁ、そうか~。俺がモンスターに懐かれやすいなら、それで敵を引き付けて……って!

「囮じゃん!明らかに囮にしようとしてるよね!」

「ご心配には及びませんわ。もしも失敗しても、女性であれば命までは失いませんもの」

 とは言うけど……俺は知っている。それは、死んでないだけで、心やら尊厳やらをブチ折られることだと。どうせ、○○(ピー)とか○○(ピー)○○○○(十八禁)なことになるヤツだ。

「……ちなみに、男が入ると?」

「途端に、三歩と歩けない殺傷迷宮デストラップダンジョンになる、そうですわ」

 軽く身を震わせ、シャトーさんは言う。毒矢、毒槍、巨大な丸ノコetc…隙も見せない殺しの罠に、モンスターも凶悪、悪辣なものばかりになるらしい。

「いかがかしら?一緒にいらして––––」

「ムリですイヤですカンベンしてください!力の限りお断りしますっ!!」

 (テーブル)に突っ伏すようにして、ポーションを突っ返しながらお断りした。

「あら、そうですの?残念ですわ。……でも、気が向いたら遊びにいらして?その時は、色々とご案内させていただきますわ♪」

 エロなしの、普通のダンジョンもあるから、よろしければ是非、と。そんなことを言って、シャトーさんは帰っていった。

 戻ったら、早速ダンジョンアタックするらしい。あれ?でも、確か女だけのパーティーって話だったのに、なんでTSポーションなんて必要だったんだ?……まぁいいけど。


「……なんつうか、押しの強い人だったな。ライアー。仕事も終わったし、帰ろうぜ」

「…………………………………………………………」

「?どうしたんだよ、ライアー。黙り込んじゃって」

「な……何故(なにゆえ)……我は、空気のごとき、扱いを……う、ウソだ。本当ならば、我は今ごろ、我のシブさにメロメロになった女子(おなご)に……」

 いつの間にか相手にされなくて、空気扱いだったのがショックだったか、ぶつぶつと妄想を呟いて、すっかり面倒くさくなったライアーが黄昏(たそが)れていた。

「あぁ、もう。なんか奢るから元気だしなって。ほら、早く帰って、受付さんに報告しなくちゃいけないんだから、帰ろう?」

「う……うむ」

 いったい、どっちが先輩かっていう話だけど。こうして俺達は、タローも連れて街への帰路についた。


 ––––ここで、余録がひとつ。

 件のダンジョン、ETDに潜っていると、常に微弱な媚薬ガスを浴び続けるらしく、その挑戦者にも、残り香のように沁みつくもの、らしい。

 だから、さっきのタローみたいに、耐性の弱い周りの人たちにも影響が出て、強制発情の状態異常(バステ)が付くらしく……つまり、何が言いたいのかっていうと––––


「お二人とも。お楽しみ(、、、、)だったようですね?一応、お仕事なんですけれど」

「いやあぁぁぁぁっ!カケルちゃんが悪い子になってしもたぁぁぁ!……娼館か?娼館なんか?そないなとこ行くくらいやったら、ウチが、ウチがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「はぁ~ん?カケっち、オ・ト・ナ、じゃ~ん。……あ~、こっち来んなし」

 ギルドに戻った途端に、女性陣から総スカンを喰らった。

 シャトーさんに纏わりついていた、媚薬ガスの移り香で誤解されて。

 まったくの濡れ衣だっていうのに、誤解を解くのに丸々半日もかかったし。

 その後も、氷点下の微笑を張り付けた受付さんから、「しっかり匂い、落としてくださいね」と言われて、ギルド裏の水場で、煙が出るほど身体中を擦る羽目になった。

 ……コアクマ、恐るべし。


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