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時を越えて(8)

「ドゥワフ? 何か聞いた事が……って。おい待て、それって確か」


「リュウト殿の記憶の通りでございます」


 俺の驚きを肯定したまま、『匿名情報(ジョン・ドゥ)』はその名の由来を詳しく明かす。


神の腕(ドワーフ)。木工・石工・鉄工問わず、ありとあらゆる物を造り上げる技術に秀でた伝説の種族。『喪われた筈の遺産(ロスト・ギフト)』と呼ばれる超文明技術も、多くはドワーフによって造られたと言われております。そのドワーフの血脈を継ぐ者が、人里で暮らす為に用いた名字がドゥワフでございます」


「つまり、エーファさんの親父さんはドワーフの末裔(まつえい)……って事は、エーファさんもそうなのか!?」


 ゴル爺がゆっくりと頷く。それなら、あの竜の細工を造り上げたのも納得出来る。それに……。


「成る程なぁ。だからドワーフの想像イラストそのまんまみたいなゴル爺と結婚したのか……」


「そうか、そんなに儂の作品の素材になりたいのかリュウト」


「落ち着こうぜゴル爺、多分だけどその斧は戦争以外で人に向けちゃいけない代物だ。ほらちゃんと土下座してるから俺。マジでごめん」


 俺の軽口を予想してたのかと疑いたくなる早業で、どんな作品制作になら使い道あるんだいそれと問いたくなる立派な斧を取り出すゴル爺に謝罪して、話を本筋へと戻す。


「ともかく。そういう縁があったからこそエーファさんからの願いを聞き入れて、ゴル爺が手紙を見て探し物を始めるか、誰かにそれを依頼するまでずっと箱を保管してたわけか」


「そういう事でございます。かなりの無茶振りではありましたが、リュウト殿の仰った通り、そのような芸当が出来るのはヴァルヘイル広しと言えど私くらいでしょうから……流石に一六年は想定外でございましたが」


 確かに。手紙の文面、そして隠し場所を考えれば、エーファさんもゴル爺がもう少し足腰が健康な状態で動き回る事を想定していた感がある。アリスすら含めた三人分の視線を受け、ゴル爺も少し俯き加減で頬を掻く。


「……それは面目ない」


「いえいえ。全て無事にリナルディ殿の手に渡るのであれば、待った甲斐もあるというものでございます」


「まぁ、俺たちも探し回った甲斐があったって事で良いさ。アリスと一緒に色々な景色を見て回れたのは得だったしな」


 俺の言葉に同調してアリスがコクコクと頷く。どうやら『匿名情報(ジョン・ドゥ)』の見た目にまだ慣れなくて萎縮してるらしい。……流石にドルンザル遺跡で見たソウルリーパーよりはマシだと思うぞ?


「そういうわけで、まずは箱の中身を確認してみようぜ。『匿名情報(ジョン・ドゥ)』も、何が入っているのかまではエーファさんから聞いてないんだろう?」


「えぇ、そこは守秘義務というものでございますから。何度か中身が無事であるか確認しようか迷った事もありましたが、耐えましたので」


 そうだよな、一六年も預かってたらちゃんと保管してるつもりでも不安になるよな……え、本当に大丈夫だよね? 開けたら原型を留めてないとか、無いよね?


「……開けるぞ。まずは一つ目の箱から」


 ゴル爺も一抹の不安があるのか、慎重に箱の封を切る。そっと蓋を開けると、見えたのは保護材らしき白い紙に包まれた直方体だった。ひとまず紙が劣化していなかった事に皆揃って安堵の溜め息を()くと、徐々に包みを解いていく。


「これは……これも、クリスタルか?」


「……そうじゃな、エーファは特にクリスタルの細工や彫刻を得意としていた。しかしこれは……」


 厚みは二センチ程度だろうか。完全な直方体ではなく、両端に厚さ五ミリくらい、あえて残したと思われる部分や、全体の厚みのちょうど中心あたりに縦に溝が作られている。左右対称である事を考えると、二つ目以降の箱の中身が関係していそうだ。

 しかし、今はそれ以上に──。


「……凄いな。たったこれだけの大きさの中に、これだけの世界を造り上げる事が出来るのか」


 横一五センチ、縦一〇センチ。決して大きいとは言えないそのクリスタルを光に透かすと、余りにも緻密(ちみつ)な細工である場所の風景が彫られていた。草原……いや、丘だろうか? 一組の男女らしい影が背を向けて座っているように見える。周囲の草の揺らぎが丁寧に彫り込まれ、その場の風向きさえこちらに伝わってくるようだ。


「ゴル爺、この風景に見覚えは?」


「……どうだったろうか。あるような気もするが、この段階では何とも言えんな」


 ならばと二つ目の箱を開けると、やはり中にあったのは同じようなクリスタルの板だった。ただこちらは鉤のように細長く加工された出っ張りが前に向かって……。


「ゴル爺、これってつまり」


「……らしいな」


 一枚目の板に、上からゆっくりと二枚目の板を合わせていく。一枚目の溝と二枚目の鉤が綺麗に合わさり、カチリと噛み合った。


「エーファの奴……何という細工を……」


「そうだな。やれるかもと思っても実際にやるのは別物だろうし……しかも硬度があって削りにくいクリスタルでこれをやるって相当じゃないのか? 普通やっても硝子(ガラス)とかだろ」


 ゴル爺は小さく頷くが、言葉は発さない。重ねたクリスタル彫刻をじっと見て、目を細めている。

 ゴル爺の横から覗き見た俺も、そこから動く事が出来なくなった。


「……これ、どこかの湖か?」


 一枚目の丘、隣り合う二人の奥側の風景として彫り上げられた二枚目。それは間違いなく静かに波打つ水面と、点在する岩。少なくとも、俺は見た事が無い場所だった。しかし、ゴル爺はゆっくりと首を横に振る。


「いいや、恐らく違う。これは湖ではない」


 呟きながら、最後の一枚を同じようにカチリと()め込む。それは、水平線に沈み始める夕陽が彫られていた。


「やはりな──これは、白海(はくかい)だ。三〇年前に、エーファと共に見た景色じゃよ」


「これが、白海(はくかい)……? 俺の記憶が確かなら、もっと塩山(えんざん)がゴロゴロあるようなイメージだけどな」


「お前が見た白海(はくかい)はそうなんじゃろう。儂がエーファと訪れた地域は、塩山(えんざん)が比較的少ない地域だ。潮の流れも活発で、時期によっては流塩(りゅうえん)も見れる程度じゃからな」


 確かに、白海(はくかい)は広大なのだから場所によって景色に差は出るか。


「あの……どうして、この景色がクリスタルに?」


 久々に口を開いたアリスの問いに、ゴル爺は長く息を吐いてから答えた。


「……新婚旅行、というやつじゃ」


 ゴル爺が、新婚旅行……? え、外に出る趣味あったんだ……という心境の吐露をギリギリで我慢した。そりゃそういう時もあったんだろうけど、知り合って以降のゴル爺がそういうタイプには思えなかった。そう考えると、そもそも俺がゴル爺と出会う前にはエーファさんは亡くなっていたんだよな。


「動機は単純でな。儂もエーファも物を作る事への比重が大きい性分だ、どんどんと遠出をする機会も無くなっていくじゃろうとはお互い思っていた。だからこそ、新婚旅行くらいはと遠い場所の風景を見に行こう、とな」


 完成したクリスタル彫刻を眺めながら、ゴル爺は目を細める。彫刻の風景と、過去の記憶を重ね合わせているのだろうか。


白海(はくかい)は、ほぼ全ての生物が適応出来ない過酷な環境じゃ。しかし、美しい場所だった……儂はただ眺める事しか出来なかったというのに、エーファめ、こんな物を作りおって……やはり敵わんな」


 ゴル爺はエーファさんが作った竜の彫刻に視線を移し、やれやれと首を振った。


「結婚してから今の今まで、あの気分屋の天才にどうにか追い縋ろうと力を尽くしてきたが。全く、毎度楽しそうな顔をしながら人を置いていく奴じゃ。クリスタルにここまで緻密(ちみつ)な細工を施すのがどれだけ常軌を逸しているか、考えた事も無いだろうに」


 その呟きを聞いた俺とアリス、『匿名情報(ジョン・ドゥ)』すらも沈黙して首を傾げた。顔を見合わせて、代表者として俺が総意を伝える。


「……それ、よりによってゴル爺が言うか? もしかして、外に出なくなったせいで感覚が馬鹿になってたりする?」


 何を言う、という言葉の代わりにこちらを睨むゴル爺だが、こっちの言い分が絶対正しい。


「ならゴル爺。自分以外に、クリスタルの細工を当たり前のように完成させられる職人を知ってるか?」


「……? そんなもの、エーファと……」


 俺の問い掛けに、エーファさんの名前を出したきり黙り込むゴル爺。そう、それが答えだ。


「エーファさんとゴル爺。少なくとも、グランサスとフィリンダで仕事をしている職人ではクリスタル細工を扱える人を俺は知らないんだが?」


「えっと、私もたぶん、聞いた事が無いです」


 アリスが俺の意見を補強し、さて後はこの中で一番の物知りであろう人物の意見を待つばかりだが。


「……では、私からリュウト殿とアリス様の意見を訂正させていただきますが」


 訂正か。成る程、随一の情報屋である『匿名情報(ジョン・ドゥ)』なら他に心当たりがあっても不思議じゃない。でも、そこまでの腕利きを俺は知らないんだけれどな……。


「まず、クリスタルは鉱物の中でも最も加工が困難な素材でございます。硬度が凄まじく、硬いが故に脆さも存在いたします。細かい加工をしようにも不可抗力で必要な部分まで欠けてしまう事も珍しくはなく、扱いが非常に難しいのが理由ですが。その為」


 一度言葉を区切り、右手の人差し指と中指を伸ばしてこちらに向けながらこう断言した。


「この世界で、クリスタルを自在に加工出来るのは二通りの人物だけ。ドワーフの血を引き、遺伝として加工技術が身に染み付いている者と、ただの人間でありながらドワーフに極めて近い領域に踏み込む事が出来た者……この場合、リナルディ殿は後者という事になりますな。簡潔に言ってしまえば、そんな化け物じみた天才は現在リナルディ殿くらいしか知りません」


「……な、に?」


 ポカンとした表情を浮かべるゴル爺に、『匿名情報(ジョン・ドゥ)』は更に自らの手札を晒していく。


「そもそもドゥワフの姓を継ぐ者は、ドワーフが築き上げた技術を劣化させない為に技術的に優れていると認めた者としか縁を結びません。エーファ様に選ばれた時点で、リナルディ殿は既にドワーフに並び立つ存在であると認知されていたわけでございます。そのように腐ってしまっては、エーファ様も喜ばないと思いますが?」


「…………」


 自身の手を見つめて沈黙するゴル爺。何と言うべきか、俺の想像よりとんでもない話だった。このお爺ちゃん、自覚が無いだけでガチの天才だったらしい。まぁ、一番近い場所にドワーフの末裔がえげつない作品ばかり生み出してたら自分の才能を低く見積もってしまうのも理解は出来る。馬鹿王様(ランファード)とかを目の当たりにしていた俺は特に分かる。


「……あの、リナルディさん」


 アリスは俺の背後からゴル爺の側へとゆっくりと歩み出て、完成したクリスタル彫刻を改めて観察してから言葉を紡いでいく。


「亡くなる前にこの風景を作ったという事は、エーファさんにとってもこの景色は特別なものだったんだと思います。とても高い技術を持った人が、たったこれだけの小さな世界に最後に伝えたい感情を全て込めた、という事ですから。その、何と言えば良いんでしょうか……間違っていたら、エーファさんにも申し訳ないんですけど」


 俺と一緒にエーファさんの遺志を追い掛けたアリスが、この遺作から汲み取ったもの。一体何なのだろうと、耳を傾けると。


「……()()()()、したかったのかなぁ、と……」




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