時を越えて(9)
「……勝ち、逃げ?」
まさかの言葉に、『匿名情報』まで含めて呆気に取られる中、アリスは自分が感じたままの推測を伝えていく。
「えっと、正確には勝ち逃げと言うか……リナルディさんの実力を認めていて、お互いに沢山の物を作り続けて。自分の死期が近いと悟った時に、これから先も作品を作り続ける事が出来るリナルディさんが、いつか自分の技術すら追い抜いていくんだろうな、と思ったんじゃないでしょうか。それ自体は、きっとエーファさんも望んでいた事だと思います。でも、ただ追い抜かれるのは面白くない……だから、一番想いを込める事が出来る風景でこの彫刻を作って、リナルディさんに伝えようとしたんじゃないかな、と」
「どう、この彫刻。凄いでしょ、感動するでしょ。これこそ私の最高傑作よ。良い? 私が死んだからってウジウジしてたら、このまま私の勝ちよ? それが嫌なら、これより優れた作品──作れるもんなら作ってみなさい……って」
それは、間違いなくアリスの声で、アリスの言葉ではあるのだが。それだけではない誰かの意思が乗っかったような不思議な雰囲気を伴っていて。
「──ふ、フフ」
次に聞こえたのは、堪え切れなくなったゴル爺の笑い声だった。
「フフ、ハハハハハ!! 作れるもんなら作ってみろ、か。成る程、実にエーファらしい話じゃ……最期まで作品で語りおって、あの芸術馬鹿め! 無駄にしてしまった一六年、あの天才をぶち抜くには痛いハンデになりそうじゃが──上等じゃ」
笑うだけ笑ってからアリスを見るゴル爺の目は、初めて見ると言って良い程に、何と言うか……生きていた。
「感謝するぞ、アリスにリュウト。エーファの遺作を保管してくれていた『匿名情報』もな。お陰で、この先はマシに生きていけそうじゃ」
「あぁ、それなら何よりだ。報酬は出来上がったらで構わないぞ、急いでどうにかなるものでもないだろう?」
まぁなと頷いてから、ゴル爺は数秒考え込んでからニヤリと口角を上げた。
「……しかし、元々の報酬だけじゃ少し足りない気もしてな。三人それぞれ、どんな物でも一回だけ無料で作ってやろう。どうだ?」
「……どんな物でも、だと?」
まさかの太っ腹にも程がある内容。言い間違いじゃないだろうなと確認する俺に、ゴル爺はやはり頷く。
「あぁ、どんな物でも、だ。特にリュウト、お前はどうせ、最低あと一度は儂に頼みに来るだろう?」
「は? そんな事言った覚えは……」
あと一度。はて。俺がゴル爺に頼むような、必須の代物とは……あ。
「ほれ、プロ」
「そぉぉおおかも知れないな考えてみたら確かに必要になるかも知れないしゴル爺に頼む事もあるかも知れないな! オーケーその報酬もありがたく頂こう! なぁアリス、『匿名情報』もそれで良いよな!」
何だかとんでもないぶっちゃけをかまそうとしたゴル爺の言葉を遮る為に、演説でも始めたのかと自問したくなる声量で追加報酬の話を了承する。
「……プロ?」
「プロ……仕様のアレだよ! 何かとても使い勝手の良い凄く凄いアレ! うん!」
後に続く言葉は何だったのかと首を傾げるアリスに、それっぽい事を言って納得させる。我ながら素晴らしい語彙力だったな今のは。
「どうした『匿名情報』、何か言いたげなその視線は」
「いえ、リュウト殿はそんなに頭が悪かったかと思いまして」
「オイオイ随分と勢いのある罵倒してくるじゃない」
分かってるから、そんな心を読んだような指摘しなくて良いから。余計な事は言わないでねお願いだから。言い値で払うから。ホントに。
軽口に隠してそう目で語った俺に、『匿名情報』は確実に仮面の下で笑いを押し殺しながら小さく首を横に振る。こんな事で金は要らないという事だろう。
「しかしリナルディ殿、私もその報酬を頂いても宜しいのですか?」
「お前さんが保管してくれていなきゃ台無しになっていた話だ。随分時間も掛けてしまったし、詫びも含めて貰ってくれるとこちらも助かるんじゃが」
少し考え込んでから、『匿名情報』はゴル爺に頭を下げた。
「では、機会があれば頼らせていただきましょう」
「あぁ、それで良い。何か作らせろと強要するものではないからな。アリスも、もし何か希望する物が出来た時には遠慮せず来ると良い」
「はい、ありがとうございます」
ゴル爺に礼を言ってから、アリスはしっかりと一歩前に出て『匿名情報』の事を真っ直ぐに見る。
「それと、あの……『匿名情報』さん、怖がってしまってすみませんでした。お名前は何度か聞いた事があります。リュウトさんの手助けをしていただいて、ありがとうございます」
「……いいえ、構いませんよ。この見た目で敬遠されるのは珍しくありません、それでもこの姿を続けるのは私が『匿名情報』である為に選んだ事でございます。こちらこそ、申し訳ありませんでした。リュウト殿には私も楽しませていただいておりますので、今後ともご贔屓いただければと思うばかりでございます」
どうやら打ち解けられたようで何より、と後ろで眺める俺に、ゴル爺がボソリと呟く。
「大事にしろよ。逃したら立ち直れんぞ、お前」
「だろうな。愛想尽かされないように命くらいは張るさ」
*
フィリンダに戻り、ついでに買い物も済ませた俺とアリスは家に入るなり今日の外でやる事は終わり、と揃って息を吐いた。
「……何だか、いつもより人が多かったような気がするね。フィリンダもそうだけど……もしかして、グランサスもちょっと多かった?」
「そうだな、しかも馴染みの無い顔が増えてる印象だ……近々、何かの予定でもあったかな?」
思い当たらないと首を横に振るアリスに、俺も同意する。この時期はそこまで大きな祭が開催されるわけではないし、だとしても普段ならグランサスが賑わいを増すくらいで、フィリンダにまで外から多くの人が訪れるという事は滅多に無い。
「よし、ちょっとレイジに聞いてくる。仲介所のほうが細かい情報は入ってるかも知れないし」
アリスに見送られて、再び街中を歩き始める。やはり普段より明らかに人が多い。それに、妙に物々しいと言うか……ただの観光客にしては、装備がしっかりしている集団が大半を占めている。
「まるで戦争でも始めそうな雰囲気……だけど、それにしては空気が軽い。今の状況や、これから起こる事を楽しみにしている連中が多そうだな。一体どういう事なんだか」
首を傾げながら仲介所に足を踏み入れると、ここもやや忙しそうにしていた。運良くレイジの座るカウンターは空いていたので、近付いて単刀直入に尋ねる。
「レイジ、街中からこんな調子なんだけど何が起こってるんだ? グランサスまで含めて流石に人が多過ぎる」
「何だ、まだ情報が入っていなかったのか? ……と言っても、依頼で外を動き回っていたなら仕方の無い話か」
レイジがカウンターの下から取り出した書類を受け取り、目を通す。その内容で、俺はこの騒がしさの正体を理解する事が出来た。
「……地廻蛇、か。道理でこうなるわけだ。何年振りだっけ?」
「八年振りだ。今回は例年より間隔が空いている分、儲けたい輩が押し寄せているんだろう」
成る程ね、と呟いて騒ぎの主に関して情報を思い出してみる。
地廻蛇……蛇と名付けられているが、その大きさは伝承で語られる竜すら凌ぐ。文字通り、地中を廻る巨大な蛇で、竜と同じ覇界種に分類される常軌を逸した生命体だ。それだけの大物の名前が出るならば、普通なら楽しげな雰囲気は欠片も無いだろうけれど、それにもそれで理由がある。
「八年振りの浮上ともなりゃ、それだけ希少な物質が採れる可能性もある。マナーの良い奴だけならともかく、最悪その場での争奪戦も有り得るぞ」
地廻蛇は、何年あるかも判明していない寿命のほぼ全てを地下深くで過ごす。しかし数年に一度、不定期に地表まで繋がる巨大な洞窟から外へと出てくる事がある。
目的は二つ。地中深くで活動する細菌の多くは日光に極端に弱く、外に出る事で体表に付着したそれを殺菌する為。もう一つは、長く潜伏する事で固着した汚れを洞窟の壁面などに擦り付ける事で落とす為。
そして、今集まりつつある人々の狙いは汚れのほうだ。地廻蛇にとってはただの汚れだが、そこには希少な鉱物や金属の原石も多量に含まれる。人間にとっては宝の山、というわけだ。
「そういう事ならこの騒ぎも納得だな。ただ、今の俺にはそこまで縁も無さそうな話だけど」
以前なら資金繰りの為に駆け出していた可能性もあるが、今このタイミングではそこまでする必要も無い。余程の特例でも無ければ家で大人しくしている事になりそうだ。
「……そうなれば良いがな」
「おいやめろ、そういうのは──」
大抵嫌な方向に繋がるんだ、と言おうとした矢先、ポケットの携帯電話が震える。
凄く嫌な予感がする。現状、この電話番号を知っているのはかなり限られた人物だ。
「……レイジ、限りなくお前のせいでは?」
「馬鹿を言うな。お前自身の今の俺には縁も無さそうという言葉の時点で十分過ぎるだろう」
恐る恐る、電話の主を確認。やはり嫌な予感は拭えないまま、通話に出る事にした。
「……どうかしたのか、レナード」
「お久し振りです、リュウトさん。単刀直入にお伺いしますが、今は暇ですか?」
相手はレナードだった。唐突な確認に少し驚きながらも、とりあえず正直に返答する。
「今って……仕事が終わって帰ってきたところだ。流石に今からグランサスに向かうのは無理だぞ?」
「あぁ、失礼しました。今この瞬間ではなく──明日以降、仕事が立て込んでいたりはしませんか?」
成る程、スケジュールの話か。考えるまでもなく、この後は飛び込みの依頼が無い限りはフリーだ。
「そういう事か。それなら大丈夫だけど、急ぎの用事なのか?」
ふと、頭に引っ掛かった。レナードにしては、「暇ですか」という聞き方はやけにざっくりしていた。となるとそれはレナード自身の言葉ではなく、別の誰かが言った言葉がレナードの頭に残っていたからその言葉が出たのではないか。それがもし俺の言葉だったとすると──。
「紅炎石の件、覚えていますか? リュウトさんが暇だったら考えると言っていた」
「あー……はぁーん……」
今まさに魂が外出しました、というような声を出した俺に、レイジが哀れなモノを見る目で十字を切った。




