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時を越えて(7)

 目的の箱を手に入れて、まずはフィリンダまで戻ってきた。開封して中を確かめる事はその場でも出来なかったわけではないが、もし次の場所に俺もアリスも心当たりが無ければ、第三者に聞き込みをしなければならない。そこからの流れのスムーズさを考えたら、先に帰ってきておいたほうが都合が良いと判断したわけだ。

 アリスには先に家に帰ってもらい、魚屋に竿を返すついでにトビヤマメが釣れるポイントを伝えてから家に戻る。俺が店の分も釣ってくる事を期待していたらしいが、流石に釣りがメインの目的じゃなかった以上そこまで時間は掛けられないし、素人が適当に釣って必要以上に数を減らしてしまうのも問題だ。……いやまぁ釣ろうとしてたけど、我慢したからセーフだろ。必要ならプロの感覚で獲る量を見定めてもらうほうが安全だ。


「ただいま、と」


 家に入るなり、ふわりとコーヒーの香りが漂う。どうやらアリスが用意してくれているらしい。


「お帰り、リュウトさん。ちょうどコーヒーを()れるところだよ」


「ありがとう。もう少しゆっくり休んでても良かったんだぞ?」


「大丈夫、この後ゆっくりさせてもらうから」


 より(くつろ)げるように、コーヒーとエーファさんの箱を持ってリビングへ。アリスに促されて先に座ると、アリスが隣に座るなり俺の肩にコテンと頭を預けてきた。


「えっと……ゆっくりさせてもらうって、これか?」


「そういう事。えへへ、これ落ち着くから好きなの」


 そんな事を言いながら頭をスリスリとしてくるのは何らかの法に触れてませんか。むしろ俺が何らかの保護条約に違反している事になりませんか。


「……あ、ちょっと腐葉土の匂いがする。虫がいなくてリュウトさんにくっついていられて自然みたいな匂いが楽しめるって、これもう一石三鳥だよね」


「何を、ならアリスからも……くっ、寝転がってた時間が短かったから匂いが移ってない! シンプルに良い匂いがする! これはこれでもうちょっと楽しむとしよう」


「待ってそれは何か嬉しいけど恥ずかし、やーだー深呼吸しないでー! 良いの? 私もするよ!?」


 何だろう、お互いの服や髪の匂いを嗅ぎ合う謎のゲームが始まった。意味分からないけど楽しいぞ、何これ不思議。


「……あれ、何しようとしてたっけ」


「ふぇ? ……あ、コーヒー。それと、エーファさんの箱の中」


 そうだった、三分くらいワチャワチャしちゃってたよ。本題忘れる寸前だったよ……決して忘れてはいないぞ?

 改めて、セルヴェリエ教会で見付けたのと同じ大きさの白い箱を開封する。中に入っていたのも、やはり同じ。板状の小包と、ゴル爺に宛てた手紙だ。


 無事に見付けてくれたかしら。まだ、見て良いのは手紙だけよ? 探し物は次が最後だから、辛抱してね。謎解きも、とても簡単なものにしてあげる。


 私の最高傑作が、背後に隠して守っているわ。


 ほら、簡単でしょう? 頑張ってね。


 エーファ・ゴルナット


「……これは……」


「……だよね……?」


 アリスと目を見合わせて、頷き、そして首を捻る。確かに簡単だ。最後の場所は、すぐに分かった。

 ただ、大きな疑問がある。


「……あの時、結構隅々まで見てたよな? アリス」


「うん、色んな角度から見た」


 だろうな。あれだけ熱心に見ていたから、それは予想がつく。そして。


「それらしい物、無かったよな?」


「うん、無かった」


 そう、場所は分かる。ただ、その場所に箱は存在していなかった。それと馴染むような外見ならともかく、こういう箱が置かれていたなら流石に見逃さないと思うんだけど。


「……やっぱり、どうにも妙だな。最初から」


「最初って、教会の誰も箱がある事に気付いていなかった事?」


 アリスの答えに頷いて、俺はこの機会にと考えを巡らせていく。


「二週間に一度、鐘を掃除する為に必ず誰かが出入りしている場所なんだ。そこに一六年も置かれていて誰も存在を知らなかったのは流石に不自然だし、ただ置かれていたにしては保存状態があまりにも良い」


 まるで、見付ける直前まで大切に室内で保管されていたかのような綺麗さ。そう、こっちも……と、今日見付けた二つ目の箱を手に取る。


「あれだけの腐葉土が作られる環境に一六年置かれ続けて、どうしてこの箱が一番上にあった?」


「……確かに、変だね」


 本当にあの場所に置かれていたなら、箱の上に葉が積もって、腐葉土の奥底に埋まっていた(はず)。どう考えても、俺たちが辿り着く直前に置かれたとしか思えない。


「でも、私たちが隠し場所に着くタイミングを見計らって箱を置いて、そこから立ち去れる人なんて……」


「いや、心当たりはある」


「何でそんな事に心当たりがあるの!?」


 驚いているな、アリス。その反応が正しい。どうかその感覚を無くさないでおくれ、俺はもう手遅れだ。


「まぁ、そっちもそっちで多少の疑問はあるんだけれど……ともかく、明日グランサスに行こう。全ては最後の一つを見付けてからだ」


            *


 翌日、俺とアリスはグランサスを訪れた。これまでに手に入れた二つの箱を持って、ゴルナット工房のドアを叩く。


「ゴル爺、おーいゴル爺。生きてるか?」


「……何度言えば分かる、生き死にを尋ねるな。どうした、何か手詰まりでも起こったか」


 出迎えてくれたゴル爺に事の顛末(てんまつ)を語り聞かせると、やはり首を傾げて呟いた。


「……まぁ、その手紙に書いてある事は本当なのだろうよ。だからこそ()せん」


 そこで、俺・アリス・ゴル爺の視線が工房の中の一点に集中する。


「エーファの最高傑作となれば、あの竜じゃろう。だがお前たちへの報酬としてレプリカを作る為、あれとはずっと対面しておる。その間、見付けて貰ったような箱に心当たりは無いぞ」


「だろうな。けれど、今確認してみたいんだ。良いよな?」


「それは勿論(もちろん)、構わんが」


 ゴル爺の了承を得て、エーファさんの遺作であるクリスタル彫刻の竜、その背後を覗き見る。そして、小さく溜め息を()いた。


「……ゴル爺、念の為に確認しとくぜ。()()、見覚えあるか?」


 そう問いながら、伸ばした腕で掴み取った物を掲げる。紛う事なく、俺たちが今まで見付けてきたのと同じ箱だ。それを目の当たりにして、ゴル爺が息を吸い込みながら目を見開いた。


「驚いたな……そんな場所に箱なんぞあったのか? リュウト、元々持っていた箱を取り出したフリでもしてないだろうな?」


「そんな手品、この状況じゃ需要が無いだろ」


 そして、この箱もやはりと言うべきなのか。長年放置されていたとは思えない、(ほこり)一つも被っていない綺麗な状態だった。どうしても違和感が勝ってしまうその在り方に、アリスが困惑したように首を振る。


「ねぇ、リュウトさん。やっぱりこの箱って、私たちが見付ける直前に置かれたのかな……? だとしても、そんな事が出来る人って誰なの? 今まではともかく、今回は完全な室内だよ?」


「まぁ、な……」


 セルヴェリエ教会の場合は、最悪外壁をよじ登ったりすれば外から置ける位置。トローネ川上流方面、ミネスの丘の六本の木に囲まれた中央は、完全な外だから環境としては難しくない。

 対して、今回はゴルナット工房の中だ。ゴル爺の危機管理がルーズで施錠してなかったならともかく、流石に寝る時には施錠してる。そうなれば、普通は竜の彫刻の後ろに箱を置くなんて芸当は誰にも出来ない──と、なるんだけど。


「そういうの関係無い奴が、いるんだよなぁ」


 普段なら、これからする事はルール違反になる。ただ、今回に限ってはこの方法で問題無いだろうと判断して、本来踏むべき手順を省いた。


「──いるんだろ、『匿名情報(ジョン・ドゥ)』?」


「おや、バレてしまいましたか」


 俺の呼び掛けに対して即座に反応したのは、アリスともゴル爺とも違う第三者。物陰から(にじ)み出るように現れた、神出鬼没の情報屋。

 俺はその現れ方には慣れたし、ゴル爺は年の功というか何というか、見るからに慌てるような事も無い。


「ぴぃぃぃいいいいいいい!?」


 アリスは、鳴きながら俺の背後に隠れてプルプル震えている。あ、そっか……初見だっけ、アリス。


「リュウトさんリュウトさんもう確定だよ幽霊だよ見た目だって優しいタイプでもないよ魂持っていくタイプだよウーグリアネスさーん!?」


「呼ぶな()ぶな」


 混乱のあまり『匿名情報(ジョン・ドゥ)』を浄化しようとするアリスを(なだ)める。


「お初にお目にかかります、リナルディ殿、アリス様。情報屋『匿名情報(ジョン・ドゥ)』と申します。以後、お見知り置きを」


「にゃああああ喋ったぁぁああああ!!」


「落ち着けアリス、出てくる時からもう喋ってただろ」


 登場から混乱したままなので、もう『匿名情報(ジョン・ドゥ)』が何をしても怖いらしい。……まぁ怖いか、怖いわこの外見。普通じゃないもんな。


「イメチェンするつもり無いか?」


「……残念ながら、気に入っておりますので」


 申し訳無さそうに目線を伏せる『匿名情報(ジョン・ドゥ)』に、別に本気で言ったわけじゃないさと苦笑して、呼び出した本来の理由へと踏み込んでいく。


「で、だ。いつから情報屋だけじゃなく、便利屋稼業も始めてたんだ?」


「……と、言いますと?」


「今更とぼけるなよ。エーファさんが隠し場所に選んだ地点は、工房以外は少なからず外に面した場所。ただ置き去りにしただけじゃ劣化していくし、手紙も読めなくなってしまう。にも関わらず、箱も手紙も大切に保管されていたような状態を保っていた。最後の工房に置かれた箱も、そもそも最初の手紙を読む前に偶然見付けてしまったら台無しだ」


 手紙の内容は全てゴル爺本人か、ゴル爺が探索を依頼した誰かが順番通りに箱を見付けなければ成立しないものだった。それ以外の部外者が見ても、何が何だか分からない。にも関わらず、一文も第三者への考慮は存在しなかった。


「エーファさんは()()()()()()()()()()んだろ? この箱がゴル爺か、ゴル爺から委託された誰か以外には絶対に見付からない事を」


 隠す地点は指定してあれど、そこに最初から箱を置くわけではない。箱が風化しないように保管し続け、探しに来た誰かが答えに近付いた直前に箱を置くことが出来る人物に預けておいたというわけだ。


「普通ならそんな芸当は不可能なんだけど……まぁ、お前なら出来るだろ? いや、お前にしか出来ないんだよ、『匿名情報(ジョン・ドゥ)』。お前がいつからその姿で活動していたのかって部分には目を瞑るって条件付きだけどな」


「成る程。確かにあれだけの矛盾を晒していてはリュウト殿には看破されてしまうのも当然ではありました」


 囁くような笑い声と共に肯定する『匿名情報(ジョン・ドゥ)』。気になるのは、明らかに情報屋としての域を逸脱した依頼を受けた理由だが……。


「一つ念押しさせていただきますが、私は飽くまで情報屋。原則的にはそれ以外の仕事など請け負う事はございません。この一件は──そうですね、恩返しの一種、と思っていただきたく」


「恩返し? エーファさんへのか?」


 俺の問いに、『匿名情報(ジョン・ドゥ)』は首を横に振った。


「いいえ、厳密には違います。エーファ様ではなく、その父君」


 マントの下から伸ばした右手で、そっと自らが着ける仮面に触れる。


「私を『匿名情報(ジョン・ドゥ)』たらしめる、この仮面の制作者……ジール・ドゥワフ殿に対しての恩でございます」





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