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前進か、進展か、迷宮か(4)

「──へくしっ!! 何だ? レイジに悪口でも言われた気分がしたけど」


 風邪を引いた覚えが無いのに脈絡も無く飛び出したクシャミに適当な理由を付けてみたが、十中八九当たっている気がする……それはそれで複雑なんだけど。

 アリスが買ってきてくれたブドウ糖を口の中で溶かしながら、俺はレナードに渡された資料を読み進めていく。


「……つぅかこれ、内容的に完全社外秘のレベルだろ。躊躇(ちゅうちょ)無く渡すか普通」


 レナードの豪胆さに苦笑しながら、俺は資料の内容を自分の知識として定着出来るまで繰り返し読み直す。字面だけを丸暗記しただけでは、肝心な所でボロが出る。知らない用語をそのままにしておくのは危ういから、それが何を指しているのか調べる作業が並行していくわけだ。ただ資料を読んでいるというよりは、暗号文書を解読しているのに近い。


「っと、これの意味は……クソ、駄目だ思い出せねぇ。えっと……あぁ、そうか。この辺はややこしい内容ばっかりだな」


 苦心をそのまま口に出しながら、数十分前に書いた用語のメモを読み直す。そもそも専門用語の羅列なので、基礎知識が無い状態だと解読難度は古文書と大差無い。

 これとほぼ同じ量の文章が書かれた資料が、まだ数十枚と積まれている。……燃やしてしまおうか。


「えっと、リュウトさん? 今、凄く不穏な事を考えてそうな顔だったけど……大丈夫?」


 俺の心の中を覗いたような指摘に顔を上げると、アリスがリビングに入ってくる所だった。片手に皿・片手にマグカップを二つ持つアリスを迎える為に、俺はテーブルの上に広げた資料を片付ける。


「あぁ、危うく魔が差しそうだったけどもう大丈夫だ。つぅか、もしかして俺、ノックとかしてたアリスに気付いてなかったのか? 両手が塞がってるなら、本来俺がドアを開けるべきだもんな」


 現に、アリスが通った後のリビングのドアは開いたままだ。閉める事が難しいなら、開ける事もまた同じく、だろう。

 だとしたら俺の不手際か、と思っていた俺に対し、アリスは首を横に振る。


「大丈夫……と言うか、ノックするの忘れてたから。レバー式ならいけるかな、と思って。肘で、こう」


 成る程、ノブを肘で押し下げて手を使わずに開けたわけだ。それなら確かに自力で開けられない事は無い。


「だがしかし、良いのかそれで。社長令嬢設定が根底から覆りそうな動作だけど」


「はぅっ!? だ、駄目だった? 確かに昔はそんな開け方……あれ、昔からしてたかも」


「まぁ、俺が気付かないくらい静かに開けたんだから熟練の気配は見て取れるな」


 思い付きでやったら、確実に何度か開け損なってガチャガチャ音が鳴る。ほぼ無音で開けたとなると、確かな経験に裏打ちされた技術を感じる。


「そもそも、改めて考えれば社長令嬢らしい言動そのものが良く分からねぇけどな。アリスが家庭的だったからこそ、ここでの生活に馴染んでくれたわけだし。うん、肘を使う云々は別に構わないけど、両手が塞がってるなら遠慮せずに声を掛けろよ?」


「あはは。うん、そうする」


 微笑みながらアリスがテーブルに置いた皿の上には、ミルククッキーとチョコチップ入りのクッキーが半々の割合で綺麗に並べられている。マグカップにはコーヒー……俺がブドウ糖を摂取していたからだろう、今回はブラックだ。その品揃えを見て、意識の外に置き忘れていた今の時刻が一五時近くだと思い出した。


「何から何まで至れり尽くせりだな。ありがたいし嬉しいけど、今日やりたい事とか出来てるか? 別に、アリス自身の用事を優先してくれて構わないぞ?」


 俺の昼食の買い出しに行って、料理をして食べて片付けて二時間弱でクッキーを焼き上げている。その間で、果たしてアリスに自由時間はあったのだろうか、と心配になる。

 が、当のアリスはキョトンと目を丸くしてから、嘘を()いている人間には絶対に出来ない笑顔で「うん」と頷いた。


「大丈夫だよ。リュウトさんのお手伝いが、私が今日したい事だから」


「よし、ちょっとゴル爺に──いや、何でもない」


 指輪を作るよう依頼してくるわ、と(ほとん)ど言いそうになったが、辛うじてブレーキが間に合った。危ねぇ危ねぇ、流石にそれは早過ぎる。


「……ごるじい?」


「あぁ、そのリボンと髪留めを作った知り合いの職人だよ。とりあえず今のは気にしないでくれ」


「うん……でもリュウトさん、何か言いかけてたような」


「流石アリス、このクッキーも素朴ながら絶品だな! ほらアリスも食べようぜほら!」


「ふぇ? ──むぐっ」


 誤魔化す勢いそのままに、アリスの小さな口にクッキーを押し込む。驚きながらもモキュモキュと口を動かして、コーヒーを飲んで「はふぅ」と一息()いたアリスは続けて「むぅ」と俺をジト目で睨む。


「……リュウトさん?」


「……あ、いや、何かごめん。つい」


 その静かな圧力に思わず冷や汗を流しながら謝罪する俺に、アリスは小さく溜め息を()いた。


「良いけど。ちょっとびっくりしただけだし」


 呟きながら、クッキーを一枚拾い上げて見つめる事数秒。何故か頬を赤くしたアリスが、上目遣いでこう切り出した。


「お返し。させてくれるなら、許してあげる」


「……へ? あ、おぅ……それで良いなら、甘んじて受けるけど」


「じゃあ、はい……あ〜ん」


 言われるがまま、アリスが差し出すクッキーを受け入れる為に口を開ける。そのまま投げ込まれたりするのかと思っていたが、クッキーはアリスの指に挟まれたまま。なので間違えて指を噛まないように、クッキーの半分より手前を咥えた……瞬間。


 目の前で、サクッ、と音がした。


「…………」


 ……うん? 今、何が起こったのだろうか。いやいや、まさか見逃した筈が無い。変異種の攻撃をすら回避・迎撃する俺の動体視力が、今の約二秒間だけ職務放棄していたと? そんな馬鹿な。

 そう、現象としてはシンプルだ。俺がクッキーを咥えた直後に、身を乗り出したアリスがそのクッキーを半分持っていっただけの事。


 ただ、何だ。その……クッキーを半分にする為に、どうして身を乗り出す必要があったのか。

 だってそうだろう? サクサクほろほろのホームメイドクッキーだ、俺が咥えて支点が出来ているんだから手首から先を動かせば簡単に割れる。それならわざわざ身を乗り出す必要なんて無い。


 ならば、つまり。アリスは、それ以外の方法でクッキーを持っていったわけで。


 何だかその瞬間、アリスの顔が目の前にあったような気がして。

 今見てみれば、そのアリスは顔どころかマグカップを持つ両手の指先すら赤くなっていて。目線は俺ではない何処かに必死に固定されていた。


 ……ふむ。つまり、何だ。

 その瞬間に俺の唇が感じた別の柔らかさは気のせいではなかったという事で、アリスが超アグレッシブでエキサイティングな行動をしたという事だなフェ────。


「…………ぉ、ぁ、ぅぇぃ?」


 思考回路がフリーズしていたせいで、何か言葉にしようとしたら母音が小さく勢揃いしただけだった。ついでに噛む事を忘れていたクッキーの残り半分がテーブルの上に落ちたらしいが、正直そんなのどうでも良い。


「……あ、アリ……ス?」


「〜〜……っ」


 (ようや)く名前を呼べる段階まで滑舌が復活したが、呼び掛けられたアリスは余計に縮こまってしまった。……いや、そうなるなら何故そんなアクションを起こしたんでしょう。


「だ……だっ、て」


 口元をマグカップで隠し、目線も逸らしたまま。アリスは独り言より小さい消え入りそうな声で途切れ途切れに呟く。


「リュウトさんからは……して、くれないし。けど、その、して欲しいなんて言えないから……だから、その。もう、不意打ちしか、ないかな、って……ぁぅ」


「フェ────」


「……ふぇ!? りゅ、リュウトさん!? 顔のパーツが○△□だけで表現されて口から魂的な何かが出てるっ!?」


 ……え? えっと、アリスが何かを叫んでいたような。でも何て言ってたか全然分からなかったし、気のせいか。きっとそうだな。それにしても視点が高いな……おや? 下に見えるのはアリスと、顔が記号表記になってるのはもしかして俺か? そっかそっか、つまり──。


「死にかけとるやないかっ!?」


「ふえぇっ!? ……あ、戻ってきた?」


 まさかの幽体離脱無料体験にツッコミを入れた勢いで蘇生すると、アリスが心配そうな表情で覗き込んでいた。心臓がちゃんと仕事をしている事を確認してから、俺は深く溜め息を()く。


「あ、危ねぇ。マジで可愛さに殺されるかと思った。新しい死因を開拓する所だった」


 変異種なんて足元にも及ばない程の鮮やかな手際だった。あんなにも容易く肉体と魂を切り離すとは……ソウルリーパーが弟子入り志願するんじゃなかろうか。問題はソウルリーパーに可愛さが皆無な事だが、それはそれでアリスとは真逆の破壊力が飛び抜ける気がするのでやはり遠慮して欲しい。


「あー……つぅか、何だ。もしかして俺、アリスの事を大切にし過ぎだったか?」


「……ふぇ?」


「いや、その。アリスは一七歳だし、法的には結婚だって出来る状態だけど? だとしてもやっぱり一七歳だし、そういう色々な段階を踏むのはもう少し待たなければ、と思って鋼の自制心をフル回転させてたんですが……アリスの方からそんな風に言われてしまったら、流石の俺でも色々ヤバいぞ?」


「……あ、えっと。その、ど、どうしよう」


 狼狽(うろた)えながら呟くアリスの様子を見て、俺は直感的に何かを悟った。


「もしかして、だけど。アリスの発案じゃねぇな、さっきの」


「ぎくっ」


 おぉ、何と分かりやすい反応か。一度逸らした視線をぎこちなく俺に戻しながら、アリスは気まずそうに白状した。


「……えっと。『とっても奥手なリュウトくんでもぉ、きっとイチコロなのぉ』って」


「成る程分かった。大体分かった」


 そうかフィルニアさんの仕業か、と俺は頭を抱えた。アリスとしては最大限に核心を濁す努力をしたのだろうが、完全に透き通っている。光の屈折すら発生しない透明度で犯人の全身がクッキリ見える答えだった。


「ああ見えて、フィルニアさんは超アクティブ型の思考回路だからな。まるで基礎知識であるかのように超攻撃型の行動を教えてくるから、そこだけ気を付けろ。でないと、俺の鉄壁の理性が一瞬で溶けちまう危険があるからな」


「う、うん……分かった」


 大人しく頷いたアリスだったが、コーヒーを飲んで少し間を置いてから小さく呟いた。


「じゃあ……溶かしたくなった時だけ、色々頑張る」


 …………。


「ごめん、今ので溶ける寸前だった」


「ふゃっ!?」


           *


 レイジとルイスが村の広場まで戻ると、縄で縛っておいた火蜥蜴(サラマンダー)を、数台の馬車を引き連れた騎士団の警備隊が取り囲んでいた。その場に近付きながら、レイジは一団に向けて声を掛ける。


「随分と仕事が早いな。まだ通報をした覚えは無いが」


 振り返る警備隊の面々の中で、何人かが「あっ」と声を上げた。どうやら、死蝿群(ベルゼブブ)討伐に参加していたらしく、レイジの事を覚えていたようだ。その中の一人が、レイジ達の方へ一歩進み出た。


「お二人をこの村まで乗せてきた御者が、戻る途中で黒い煙を見たと先んじて伝えてくれたので。何らかの異変ありと判断して、こうして出動した次第です」


「そうか、助かる。煙の原因はそこの火蜥蜴だが、他にも村人を三四人殺した何者かが存在する。そこの連中は火事場泥棒をしようとしただけで、殺しはしていない。その点だけは俺が保証すると約束したからな」


「さ、三四人!? そんな所業、一体誰が」


「そこまでは分からないが、村人には数種類の武器による傷があった……単独犯の線は薄いな。恐らく、別の賊だろう」


「……分かりました、周辺の賊の動向への警戒を強めておきます。このような惨事、繰り返させるわけにはいきません」


「あぁ、よろしく頼む。それと、余裕があれば俺とルイスも運んで貰えるか? ここからフィリンダまで歩いて帰るのは無理だ、グランサスから馬車に乗った方が遥かに早い」


「それは勿論構いませんが。でしたら、このままフィリンダに向かいましょうか? 一台であればそちらに動かしても問題ありませんが」


 騎士の申し出に、レイジは「いや」と首を横に振る。


「話はありがたいが、警備隊の馬車で帰ると必要以上に目立ってしまう。騎士団に送迎されたのを見られて、何かあったのかと余計に詮索されるのは面倒臭い。普通の馬車で帰る方が気が楽だ」


「ハハッ、成る程。そう言われてみれば確かに……では、グランサスまでお送りします」


「あぁ、それで頼む。ルイス……ルイス? 何をしている」


 自分の後ろからいつの間にか姿を消したルイスを探してレイジが辺りを見回すと、捕縛された火蜥蜴(サラマンダー)の近くに移動していた。何事かと近付くと、ルイスは目を閉じた状態で鼻を犬のようにすんすんと動かしていた。


「ん……凄く、薄いけど。やっぱり……間違い、無い」


 その言葉の意味に首を傾げたレイジだったが、ルイスの行動からある推測が頭に浮かぶ。


 ──そう言えば、ルイスは魔力に匂いを感じる事が出来ると言っていたな。だとすると──。


「心当たりがあるのか? こいつ等の魔力に」


「ううん。この三人自体の、魔力は……知らない。けど」


 レイジの推測を否定してから、ルイスは閉じていた目を開いて確信を持ってその先を告げた。


「うっすら付いてる、魔力の残り香……最初に。リュウトが、助けてくれた……あの時の賊に、付いてたのと、同じ匂い。きっと……同じ、誰かと、会った。きっと……ペンダントを盗ませた、誰かと」




髭デルファン、ハゲろ。……あ、もうハゲてた。俺も合法ロリの嫁が欲しいんですがどこに行ったら攫えゲフンゲフン拾えるんでしょうか(警察不可避)


さぁて、次回の万屋さんは……どうしよう(崖っぷちで安定)

だ、大丈夫です。方向性はきっとその内すぐに決まります。そしてまた三ヶ月以上グダるだけです(忘却不可避)


では、また次の話までm(_ _)m

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