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前進か、進展か、迷宮か(3)

「……はにょ?」


 全部粉砕された。

 言葉が全く出なくなったアリスは、まずフィルニアと名乗った少女(?)の全身を上から下へとゆっくり眺める。そしてそのまま視線を髭達磨(ひげだるま)の方へギギギギギ……と首ごと向けて、そこで(ようや)く一言を捻り出した。


「え、犯罪です?」


「違う違う違うから! いやそう思われるのも言われるのも毎度の事なんだけど落ち着いてくれ! フィルニアは確かに見た目では正真正銘に法律の保護下ど真ん中のバリバリ未成年だけど、実年齢はアリスちゃんの約二倍だから!!」


 髭達磨の必死の表情を伴った弁明を聞き届けてから、アリスはキッパリと言い切った。


「心外です、お肉屋さん。いくら私でも、それは嘘だって分かります!」


「信じてくれよぉぉぉおおお本当だってぇぇぇえええ!!」


 フィリンダ中に届けと叫ぶ髭達磨だが、状況は犯行現場を目撃されたのに容疑を否定し続ける犯人にしか見えない。その様子を髭達磨の背後で依然ホニャホニャとした笑顔で眺めていたフィルニアが、そろそろ良いかという様子で助け舟を出す。


「アリスちゃん、本当だよぉ? 私はぁ、こう見えても三二歳だからぁ」


「…………ぴにゃ?」


 アリス、再びフリーズ。成る程、アリスが一七歳でフィルニアが三二歳。確かに約二倍になり、髭達磨の言葉は正しかった事になる。……が、どう見てもルイスより幼い外見でそう言われても容易には信じられない。


「え、えっと……そう言うように、脅されているとか……」


「その可能性もあるかもだけどぉ。今の様子を見てぇ、そう思えるぅ?」


 問われて、改めて確認。背筋を伸ばした髭達磨に、包丁を押し当てたまま話すフィルニア。二秒考えて、アリスは確信した。


「……いえ、無理です。逆ならともかく」


「だよねぇ。だからぁ、本当なのぉ」


 変わらず朗らかと笑うフィルニアに、髭達磨が恐る恐る話し掛ける。


「と、ところでフィルニア? 背中の包丁っていつまでこのままなんだ?」


「それとこれとはぁ、話が別なのぉ。もう少し反省してるのぉ」


 バッサリ切り捨てたフィルニアの包丁に込める力が少しだけ強くなったので、髭達磨は「はいすみませんでした!!」と姿勢を正す。


「残念だけどぉ、頭に良い料理に心当たりは無いのぉ。料理はアリスちゃんがいつも通りに真心を込めて作ってぇ、後は調薬師さんのお店で固形のブドウ糖を買ってあげれば良いと思うのぉ。ただ、一日の摂取量を守らないと糖分の摂り過ぎになっちゃうから注意するのぉ」


「……あっ、な、成る程。確かにそれが一番良さそうです」


 意見はとても的確だが、どうにもフィルニアの外見が幼い為に違和感が凄いらしい。一瞬硬直してから、アリスはコクコクと頷いた。


「……あっ、でも私、調薬師さんのお店の場所を知らないです」


「そっかぁ。リュウトくんは頑丈だからぁ、薬を使う機会も無さそうだもんねぇ。だったらぁ、これから一緒に行くのぉ。案内してあげるねぇ」


「えっ、良いんですか? お店の仕事が……」


 アリスの懸念を受けて、フィルニアは髭達磨に対して満面の笑顔を向けた。


「お店はぁ、一人でぇ、大丈夫だよねぇ?」


「……あ、はい。いってらっしゃいませ」


 どうやらこの展開、髭達磨(ひげだるま)に拒否権は存在しないらしい。急に無機質な顔になって自動再生されたような敬語で答えている。


「……えっと、本当に大丈夫です?」


「あぁ、気にするな。フィルニアは猫みたいな性格だから、どうせこうなったら止めるだけ無駄なんだ。自由にさせておくのが上手くやる秘訣なんでな……」


 真面目に商売しとくわ、と達観した目で呟く髭達磨を気にする事も無く。フィルニアは手早くエプロンを外してアリスの隣に立つと、クルリと反転して髭達磨にヒラヒラと手を振る。


「それじゃぁ、行ってくるねぇ。デルちゃんもぉ、ちゃんとお店番してるんだよぉ?」


「分かった分かった。つぅか道案内だけなんだから、そんなに時間掛からねぇだろ」


「えぇ〜。どうせならぁ、アリスちゃんとゆっくりお話しながら行こうと思ってたのにぃ」


「……それで帰ってくる頃には、多分リュウトが昼飯抜きになっちまう事を忘れんなよ?」


「あ、そうだったぁ。本末転倒になっちゃうねぇ。お話はまた今度だねぇ」


「あ、はい、そうですね。ところで、その……デルちゃん、って?」


 髭達磨を眺めながら首を傾げるアリスの様子を見て、一瞬疑問符を浮かべたフィルニアは「あ、そっかぁ」と手をポンと打った。


「アリスちゃん、デルちゃんの名前知らないんだねぇ。リュウトくんもぉ、今更わざわざデルちゃんを名前で呼んだりしないしぃ」


「そう言われてみれば俺も名乗った覚えが無いな。まぁ、少しばかり長いから名前で呼ばれなくなっちまう事が多くてよ。あえて名乗るのも面倒臭くなっちまってたからな……」


 まぁ折角の機会だ、と呟いた髭達磨(ひげだるま)は、一つ咳払いを挟んでから自分の名をアリスに告げた。


「デルファンウォネスト・マルダニス。名付けた親には悪いが、長過ぎるから好きに呼んでくれ。俺のオススメはデルファンだけどな」


「え〜、デルちゃんの方が可愛いよぉ?」


「……俺の外見で『ちゃん』とか浸透しねぇだろ。そんな呼び方が許されてるのはフィルニアだけだっつぅの」


「だとしたらぁ、残る選択肢は『髭達磨』一択なのぉ」


「何でだよ!? ついさっき別の選択肢を俺が掲示してただろうが!! アリスちゃんに髭達磨呼ばわりされたら多分泣くぞ!?」


「あ、あのっ、大丈夫です! 髭デルファンさんなんて呼び方はしませんから!」


「混ざったぁぁぁあああ!? アリスちゃんがフォローに焦った事と語感が似ていた事が相乗効果を生んで思いの(ほか)綺麗にブレンドされたぁぁぁあああ!!」


 そのやり取りを周りで見ていた地域住民の皆様が。


「髭デルファン……」

「髭デルファンか」

「良いな髭デルファン」

「統一するか髭デルファン」

「そうしろよ髭デルファン」


 と矢継ぎ早にまさかの受け入れ態勢を整え始めたので、髭達磨改め髭デルファンは慌ててその流れを止めようと叫ぶ。


「いやいやいや! 何で生理食塩水みてぇなスムーズさで馴染んでんだよ!? この場限りのノリだよな? 定着しねぇよな!?」


「え? もう俺、髭デルファンの口になっちゃったぜ髭デルファン」

「髭デルファンの方が親しみ易いわよ、髭デルファン」

「語呂も良いだろ髭デルファン」

「髭デルファン、あぁ髭デルファン、髭デルファン」


「よおぉぉっし!! 分かったよこの髭を全て剃ってしまえば良いんだろう!? そうすれば髭というワードを残す意味は無くなるもんなぁ!?」


「落ち着けよハゲデルファン」

「お前から髭を取ったら何が残るんだよハゲデルファン」

「髭の無いアンタなんて見たくもないよハゲデルファン」

「何だ、ただのハゲデルファンか」


「オォォォオイ! 髭デルファンから髭を取ったらデルファンだけが残る計算だろうが! 何でハゲ足してんだよそんな方程式教えてねぇぞコラァァァアアア!!」


 とうとう店にある中で一番大きな肉切り包丁による剣舞で威嚇を始める(ひげ)デルファン。流れるような事態の悪化に、うっかり凡ミスで発端になってしまったアリスはアワアワするのがやっとである。


「え、えと、えっと……ど、どうしよう。私のせいでデルファンさんが大変な事に」


 一方フィルニアは、相変わらずの癒し系スマイルを崩さずにアリスの腕をポフポフと叩く。


「あれはあれで楽しんでるからぁ、デルちゃんの事は気にしなくて良いのぉ。それよりぃ、調薬師さんのお店に行くのぉ」


「え、えっ……い、良いんですか? この状況、帰ってきたら道が真っ赤になってたりしないですか?」


「デルちゃんはぁ、食材以外は斬らないって決めてるのぉ。皆もそれを知ってるからぁ、逃げずに笑ってるのぉ」


 そう言われて、アリスは改めて周囲に視線を配ってみた。すると確かに、デルファンの見事な剣舞に対してのどよめきはあっても悲鳴は無い。まるで大道芸人のパフォーマンスを見ているように、笑顔で歓声を浴びせる人まで居る。……まぁ、必ず最後に「髭デルファン」か「ハゲデルファン」が付属しているが。


「デルちゃんもぉ、私もぉ、この街の全部が大好きなのぉ。だからぁ、心配する必要なんて全然無いのぉ」


「……本当に、そうですね」


 アリスに笑顔が戻ったと見るや、フィルニアはアリスの腕をパッと掴んで引っ張り出した。


「じゃあ出発なのぉ。早くぅ、早くなのぉ」


「わわっ? ふぃ、フィルニアさん、そんなに引っ張らないでくださいっ」


 崩されたバランスを慌てて立て直して、アリスはフィルニアに手を引かれて小走りで調薬師の店へと案内されたのだった。


           *


 ルイスの村に隣接する小高い丘の上で、レイジはスコップを手に額の汗を拭った。


「……覚悟はしていたが、中々の重労働だな。だからと言って手も抜けないとは、全く俺向きではない役目を請け負ってしまったものだ」


 そう呟くレイジの耳に、草を踏み分ける音が微かに聞こえた。振り返ると、ルイスがゆっくりと歩いてくる所だった。

 レイジの隣で立ち止まると、目の前の光景を左から右へと眺める。そして、数秒目を閉じてから小さく息を吐いた。


「……ん。間違い、無い……ここに、いる。皆……いる」


「……そうか」


 短く相槌を打って、レイジは長い溜め息を()いた。改めて眺める丘の上には、木で組んだ十字架が立てられた盛り土が無数に並んでいる。

 村で暮らしていた住民、ルイスを除く三四人の墓。三時間を費やして、レイジが作ったその全てがそこにあった。


 ──何の為に。ここまでする必要があったと言うんだ。ペンダントを一つ手に入れる過程で、村一つを潰す必要があったとでも言うつもりか。


 自身の性格が冷徹に近いと自覚しているレイジでも、そこから先を頭の中だけで済ませる事は出来なかった。囁くように小さく、可能な限り押し殺した憤りが口から漏れる。


「ふざけた真似を。生きて償えると思うなよ、畜生が」


「……レイ、ジ?」


「……悪い。昔の記憶に重なる部分があってな。少し感情的になってしまった」


 首を傾げるルイスを見て我に返ったレイジが溜め息を吐くと、ルイスは「ううん」と首を横に振った。


「別に、良いと、思う。感情が、出るのは……人間、なんだから」


「……そうか。それもそうだな」


 だが、それなら、と。レイジはあえてルイスから視線を逸らしてから呟いた。


「ルイスこそ、無理はするなよ。人間だろう?」


「…………ん。そう、だね」


 小さな声で頷くと、ルイスはレイジの背後に移動する。そして、そのままポフッ、と頭をレイジの背中に預けた。


「……じゃ。ちょっと……貸りる、ね」


「あぁ、好きにしろ」


 それっきり、会話は途切れる。レイジに背中越しに伝わってくるのは、ルイスの体温と微かな震えだけだった。

 それを受け止めたまま、レイジは丘の上に並ぶ墓標を眺める。ふと輪郭がぼやけた一瞬、目の前の光景が過去の記憶と重なったような気がして、独り言のように呟いた。


「──次に来た時に、桜を植えるか」


「…………さく、ら?」


 顔は上げないまま、囁くように聞き返すルイスにレイジは「あぁ」と頷いた。


「俺の故郷があった地方には、『桜の木の下には死体が埋まっている』なんて話があってな。まぁ、桜の花の綺麗さを讃える為の逆説的な迷信なんだが、『死体を埋めた場所に桜の木を植えている』事があるのは確かなんだ」


「……どう、して?」


「植えられるのは『マモリヤエザクラ』という品種なんだが……その桜は、俺の故郷では神聖な物として扱われていた。場所によっては、桜そのものを神格化している場合もあるくらいにな。だから、墓地に植えれば『外から来る良くないモノ』を退ける効果があると言われている。まぁ、平たく言えば……死者の魂が無事にあの世に行けるようにする、魔除けの役割だな。墓地のような場所は、どうしても空気が負の方向に傾いてしまう。それをマモリヤエザクラという神聖な存在で防ごうという目的だ」


 レイジの説明を聞いて、少し考えるような間を置いてからルイスは呟く。


「……効き目、ある?」


「どうだろうな。実際に魔除けの効果があるかどうか、という検証はされていない。結局は同じ迷信の一種かも知れない。だが、まぁ……少なくとも、だ」


 レイジは唐突に振り向くと、ルイスの手を取って自分の前へ──墓標の見える方へ引っ張り出した。そして、先程までとは逆にルイスの背後から肩に手を置いて言葉を続ける。


「年に一度桜の花を見れる方が、皆も退屈しないと思わないか?」


「…………」


 じっと墓標を見ていたルイスが、俯いて服の裾で目の辺りをくしくしと擦る。その手で目を覆ったまま、ポツリポツリと言葉を繋げていく。


「村から……二〇分、くらい……山を、登った所に、桜、ある。皆……春になったら、見に、行ってた。毎年、楽しみに、して、た」


 もう一度目元を拭ってから、ルイスは顔を上げた。レイジの方へ振り返った目は赤みがかっていたが、微かに笑顔を取り戻してレイジを見上げる。


「……ん。だから……皆、絶対、喜ぶ。それ……やりたい。やろう」


「……そうか。決まりだな」


 微笑を返してから、レイジはふと考える。


「その、毎年見に行っていた桜の木。そのままこっちに移植出来ないのか?」


「……ん。それも、良い考え、だけど……桜、凄く、大きい。多分、樹齢……数百年」


「……それはミッドでも流石に無理だな。いや、だがあの出鱈目な王様ならいけるか?」


 常識的に考えたら無理だが、ランファード的に考えたら片手で実現出来そうなプランを思い描くレイジの服を引っ張りながら、ルイスは首を横に振る。


「大丈夫。苗木が、手に入るなら……それで、良い」


「良いのか? ある程度育った物を植えても、大きく枝を伸ばすまでは相当な時間が掛かるぞ」


「……ん。良い」


 そう口に出してから、ルイスはレイジを見つめながら小首を傾げた。


「レイジと、一緒に、育てたい……ダメ?」


 長い沈黙の中で、だから本当にその無自覚天然ゆるふわ爆弾発言は控えろと、と内心で呟いた。


「…………俺も、花を育てる事は専門外だ。それでも構わないなら、協力はするが」


「ん。ありが、とう」


 嬉しそうに微笑むルイスに気付かれないように、レイジは小さな溜め息を吐きながら内心で呟く。


 ──らしくない、と言えばらしくないが。やれやれ、あの馬鹿のお人好しを伝染(うつ)されたか?




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