グランサスの「王」(1)
どうも、メンタルが石鹸の泡のような春間夏です
やっと区切ろうと思えば区切れる部分まで書けたわー…と思ったら、文字数が普段より多くなってました。しかもこれで三章終わってないとか一体どういう事なの(震え声)
と、とりあえず本編どうぞ。また後書きで
あれから、三日が経った。
諜報隊の定期的な調査報告によれば、森に死蝿群再発生の兆しは見えないとの事だ。ミッドの『滅獣の暴槌』で完全消滅した……そう判断しても問題無いだろう。
レイジは仲介所の仕事に戻る為、既にフィリンダに帰っている。本来なら、俺も一緒に帰って報酬が届くのを待つだけの筈だった。
が、俺が今歩いているのは竜鱗城の廊下だ。アリスに連絡こそしたが、死蝿群を討伐してからフィリンダには一度も戻っていない。
理由は、立ち止まった俺の目の前にある部屋──救護室にある。扉を二回ノックしてみるが、中からの返事は無い。概ねいつも通りなので、そのままノブを捻って部屋に入った。
「……やっべぇ。ファレンスシス地方の二三六年産のワインが良い出来だとは聞いてたが、香りにここまでの差があるのかよ。クソ、試飲さえさせてくれてりゃこの前勧めてきた商人から箱、いや樽で買い上げたのになぁ」
……もう一度確認するが、ここは救護室だ。怪我人や病人がお世話になる場所である。
にも関わらず、見舞いの品が九割方アルコールで占められ、それを何の遠慮も無く飲んでいる……そんな奴は、一人しか居ない。
「さて、ここで俺が取るべき行動は……ぶん殴るか、ひっ叩くか。どっちだろうな? ミッド」
「あん? ……まずは、そう言いながら武器を構える理由を教えろ」
「鈍鉄は打撃用だ、俺の言葉に矛盾は無いぜ」
俺の理屈に「む、確かに……いや、そうか? あれ?」と首を捻るミッド。その様子に溜め息を吐いて、俺は構えを解いた。
「で、調子はどうなんだよ」
「相変わらずだ。熱が四〇度付近から動かねぇ。医者も魔導騎士もお手上げらしい。こうしていられるからには、まだ溶けてねぇのだけは確かだけどな」
「……だろうな」
こうして息をして、話をして、酒を飲んで、何よりも生きている。
つまり、ミッドの肺も、脳も、胃腸も、心臓も。まだ溶かされずに残っているという事だ。
「で、リュウトよぉ。俺はまだ、お前から見舞いの品を貰ってねぇんだけど? ほらほら、色々な人からヴァルヘイル各地の逸品がな?」
「買ってやっても良いが、後で金は返して貰うぞ」
「……いや、見舞いってそういう物じゃねぇと思うんだけど?」
「俺はお前が死なない前提で言ってるからな。半端に高い物や貴重な代物をくれてやるつもりは無いんだよ。……お、これはコバルティア地方の青葡萄を使ったワインか。煮込み料理と相性が良いって評判だったな……」
「おい、そう呟きながら俺への見舞いの品を持ち帰ろうとするんじゃねぇよ」
「別に良いだろ、減るもんじゃないし」
「いや減ってるから! 完全に瓶一本消えるから!! しかもそれ、葡萄の青色が特に綺麗に出たっていう貴重品だぞ!?」
「この一本しか無いわけじゃないだろ? その内また飲めるんだから文句言うなよ」
まさかのワイン強奪にベッドの上から腕を振り回していたミッドだが、俺の言い分に溜め息を吐いて大人しくなった。
「ったく、しょうがねぇな……つぅか、リュウト。お前、いつまでこっちに居るんだ? フィリンダに帰っても良いと思うが」
「ん? まぁ、お前が死ぬとは思ってないけど。それでも、離れている間に死なれるのは嫌だからな」
「……リュウトがデレた、だと……?」
「オーケー、ミッド。介錯が必要か?」
*
ミッドが再び酒の味比べを始めたので、俺は救護室を出て中央庭園へと足を運んでいた。大樹の幹に背を預けて、無意識の内に深く息を吐く。
「──失礼。少々よろしいですかな、リュウト殿」
「っ!?」
突如、背後から響く低い声に警戒心が最大まで引き上げられ、俺は反射的に大樹から離れて振り向きざまに腰の鈍鉄に手を伸ばす──が、その声と察知出来ない気配に思い当たる節があり、俺は呟くようにその名を口にした。
「……『匿名情報』か?」
「いかにも。少し気になる事がありまして、こちらから参上した次第でございます」
答え、幹の向こうから姿を現したのは以前と変わらず、血のような色のマントに陶器のような素材の仮面を付けた情報屋、『匿名情報』。そう確認出来た所で、俺は今度は安堵の溜め息を吐いた。
「……心臓に悪い出方は勘弁してくれ。気配が全く読めない辺り、実は正体がウェルドールだったりしないだろうな?」
「リュウト殿がそう思うなら、そういう事にしておきますが」
「止めてくれ、余計ややこしくなる。つぅか、気になる事って?」
「失礼、脱線しましたな……実は、ミッド殿に関する事でして」
「……ミッドの事?」
現在のミッドが置かれた状況を考えると、恐らく腐溶病に関連した事だと思うが、そこまでしか見当は付かない。
「……だったらこっちから聞きたいくらいだ。腐溶病に対しての有効な治療手段は何か無いのか?」
「これまでの歴史上、腐溶病への対抗手段は見付かっていません。……だからこそ、不思議なのですが」
その言葉に引っ掛かりを覚えて首を傾げる俺に、『匿名情報』は改めて確認する。
「死蝿群を討伐してから三日……つまり、ミッド殿が腐溶病に感染して三日が経った。それは間違いありませんな?」
「あぁ、残念ながら間違い無いな」
「それが既におかしいのです。本来、腐溶病に感染してから死に至るまでの時間は──」
マントの奥から右手を出し、『匿名情報』は人差し指だけを立てて宣告した。
「──およそ、一時間」
「……は?」
待て……ちょっと、待て。
「と言っても、死蝿群が活動している中では一時間も形を留めている事が不可能なのですが。病状の進行速度から推測するに、その程度の時間経過が致死に値する、と判断されています」
だって、そんなのはおかしいじゃないか。
「にも関わらず、三日間が経過した今もミッド殿は絶対安静のベッドの上で薬ではなくアルコール漬けの状態……はて、いよいよ本題ですが」
だとしたら。『匿名情報』の言葉に偽りが無いのなら──。
「何故、ミッド殿は生きているのでしょう?」
俺が聞きたい。そうぼやくのをギリギリで堪えて、以前と同じように『匿名情報』と会話をする事に集中する。
「……何か、あるのか? 偶然や幸運以外の、明確な要素が」
「私はそう考えています」
「……実は、腐溶病のタイムリミットがもっと長いって可能性は?」
「有り得ませんな。前提条件として、腐溶病は死蝿群が獲物を余さず食い尽くす為のウイルス。一度の食事に三日以上も掛ける合理性は皆無でしょう」
「そう言えば、そうだったな」
冷静に、冷静に。まずは一つずつ事実を確認していこう。そう考えて、俺は当時の状況を分析する事にした。
「森からグランサスまでは直線距離で六キロ、道程で七.二キロ。ミッドを馬車に乗せて急ぎで戻ったけど、二〇分は掛かっていた筈。特別な処置も施してなかった以上、その時点で臓器が溶け始めてる筈だけど……ミッドは吐血も下血もしてなかった。あの時から、腐溶病は本来の働きが出来ていなかったって事か?」
「つまり、重要なのは死蝿群と戦った後ではなく、戦う前……そこに何かのヒントがあるのかも知れませんな」
「戦う前、か……」
そう言われても、別段変わった事は無かったような。ミッドはいつも通りに酒を飲んでたし……あぁ、いや。珍しく緊張していたから、無駄に多く飲んではいたか。けど、それ以外は特に何も……。
「……『匿名情報』。基本的な所を確認したいんだけど、腐溶病のウイルスが体内を循環する時に通るのはどこだ?」
「……? それはまぁ、血管ですが。何か引っ掛かる事でも?」
「……推測の域を出ない話だけどな」
ミッドを延命させている何か。それが、ミッドだからこその要因だとしたら。
「例えば、だけど……血中アルコール濃度が関係している可能性は?」
「……は?」
「それしか思い付かないんだよ。確かにミッドは特別頑丈に出来てる、けれど体の内側はそうとも限らない。そうなった時、明らかに他人と違う点があるとしたら、血中アルコール濃度だけは異常値と言っても差し支えないレベルの筈だ。だから、もしかしたら……と、思ったんだけど」
流石に無いよな、と苦笑する俺とは逆に、『匿名情報』は真剣な雰囲気で黙考する。やがて、「少々お待ちを」と呟いて大樹の陰に消えたかと思うと、一分も経たずに再び姿を見せた。その手には、古ぼけたノートを持っている。
「……それは?」
「商売道具と呼ぶべき秘匿物ですが。過去、死蝿群によって滅んだ村や集落での遺体の位置と死亡推定時刻が記載されています。それぞれの人物についての大まかな情報も」
「……どうやって調べたかは聞かないけどな。で、そんな物を取り出してどうするんだ?」
「えぇ。この、二三年前に廃村となったイノスでは、どうやら北から死蝿群の襲撃を受けたようですな。遺体の死亡推定時刻も北が早く、南が遅い……ですが、その中にあるのです。周囲に比べて、死亡推定時刻が遅くなっているケースが」
「それは……偶然じゃないのか?」
「そう思うのが自然です。私も誤差の範囲内と考えて、この時は深く考えませんでしたが……改めて人物の情報と照合すると、ある共通点が浮かび上がってくるのです」
共通点……この話の流れで、わざわざ過去の記録を持ち出してまで導き出すような事。
「って、まさか……」
「はい。男女問わず、酒好きだった──それが、死亡推定時刻が遅れていた遺体の共通点でございます」
「…………」
「その他、三つの集落での状況を見ても同様の結果が確認出来ますな。これは、もしかすると当たりなのでは?」
「……いや」
確かに、希望は見えてきた。だが、現状では分からない事がある。
「この段階だと、腐溶病の進行を遅らせるだけなのか、根本的に解決出来るのか──その判別が付かない。そこがハッキリしないと意味が無い」
「……確かに。しかし、検証の方法に困りますな。死蝿群は既に消滅してしまいましたし」
「ミッドの血液を検査すれば良いだけじゃないのか?」
「腐溶病に二次感染があるかどうか、というのもハッキリしていませんからな。性質が性質なだけに、通常の衛生処置で大丈夫なのか不安が残ります」
「レアケースで生き残ってる分、取り扱いにも細心の注意が必要、か……」
現状、救護室への立ち入りは制限されていない。これは、過去に死蝿群によって滅んだ村に立ち入り調査を行った時、空気感染による二次感染は発生しない事が判明していたからだ。
しかし、それ以外の原因による二次感染は発生するか否かの確認すら出来ない。そして、発生してしまえば拡大阻止にどれだけの時間が掛かるのか、阻止出来るまでにどれだけの被害が出るのかも予測不可能。ここがグランサスである以上、尚更に警戒しなければいけないのは確かだ。
「厄介だな。王が死ねば兵隊も消滅したんだ、ウイルスもその時点で消えてくれれば楽だったんだけど」
「そこまでのご都合主義ではない、という事でしょうな。腐溶病のウイルスは、死蝿群よりも頑丈に出来ていますから」
「死蝿群より、頑丈……」
それもそうか。死蝿群の獲物には魔物も含まれている。魔物の中には、体内が超高温だったり、逆に極低温だったり、帯電していたりなんて連中も沢山存在するんだし。それを考えたら──。
「──帯電?」
「……? どうかしましたかな?」
「……ちょっと、待ってくれ」
ひとまず『匿名情報』への説明は後回しに、俺は携帯電話を取り出した。数回の呼び出し音の後、電話に出た相手に対して前置き無しで切り出す。
「レナード。討伐隊の騎士が使った鎧、そのままで残ってるか?」




