『虎の子』(3)
「……疑問に思っていた。死蝿群の王は半径二メートル以内に腐溶病のウイルスを撒いている。つまりそこは奴にとっての安全地帯の筈だ。なのに、何故そこに兵隊をあんなに配備する必要があるのか、とな」
「それは、まぁ……言われてみれば、確かに」
「俺の魔弾が躱され、リュウトの星削から派生した攻撃すら躱された。これでハッキリした……あの兵隊は、ソウルリーパーの魔力と同じ役割を担っているんだ」
理屈は分からないでもない。が、仕組みが分からない。そんな表情を読んだのか、レイジが説明を補足する。
「恐らく、王は簡略的にだが生み出した兵隊の現在位置や状態を把握出来るんだろう。そうして、どこに餌があるかを精査してより効率的に狩りをする……そして、どこでどのタイミングで兵隊が破壊されたのか、という情報も、ほぼリアルタイムで知る事が出来るとしたら?」
「……自分に向けられた攻撃が、どの方向からどの程度の速さでどれだけの範囲で迫って来るかを、事前に知る事が出来る? クソッ、レーダー代わりに兵隊を使い潰してるのか!!」
「奴からすれば体の一部のような物だ。人間の将のような罪悪感は持ち合わせていないだろうな」
見た目だけでなく、その在り方も好きになれそうにない。そう結論付けて死蝿群の王を睨みながら、俺は追加の疑問を投げ掛けた。
「……事前に察知出来たとしても、二メートルなんてあっという間だぞ? あんな簡単に回避出来るか?」
「そこはやはり、蝿の姿をしているだけの事はあると言えば良いのか。小賢しいと表現する他ない危機察知能力も備えてるんだろうな」
「つまり、元々高い回避性能を底上げして今の状態って事か? 兵隊が居ない方向から攻撃をしても躱される可能性があると?」
「そういう事だろうな。そして近付かれれば死ぬし、兵隊を向けられても命の危険がある。とりあえず、相手の動きを牽制しながら打開策を見付けていくしかない」
「うっわ、面倒臭いわぁ……」
ぼやいてみるが、他に大した方法も思い付かない。仕方無いと溜め息を吐いて、俺は気持ちを切り替えて断鉄を構えた。
「……じゃ、セオリー通りにやってみるか。連続攻撃で王が動ける範囲を限定して攻撃を叩き込む」
「妥当だな。俺から仕掛けるから適当に合わせろ」
俺の返事を待たず、レイジは立て続けに旋風弾を撃つ。ただし今度は、照準やタイミングを僅かにズラしての攻撃。その攻撃の軌道と王に届く順番から、王がどの程度の速度でどんな回避行動を取るのかを予測していく。動くのは──上。
「……ここ、かっ!」
呟き、放つのは通常の星削。斬撃の軌跡は袈裟掛け、右上方から左下方へ。
と言っても、この星削で王を仕留められるとは思っていない。これは、王の回避ルートを限定する為の一撃。
地面と平行の横斬りだと、王は更に上の広範囲へ逃げる事が出来る。
地面と垂直の縦斬りだと、左か右の二択を選ぶ事が出来てしまう。
だが、袈裟掛けにすれば。回避方向は右下か左上。しかも下から回避を重ねてきた王からすれば、再び下に行く心理は削れている筈。つまり、この攻撃で王が回避するのは──ほぼ確実に、左上。
「上出来だ」
まるで師匠か何かのように上から目線で呟き、レイジが旋風弾を放つ。何度も続けた回避行動によって、自身の周囲に配備していた兵隊の中から完全に飛び出した王を的確に狙い撃つ正確な一撃を、王は蝿らしからぬ挙動で、蝿では持ち得ない大きな四枚の羽を動かして身を捻るように辛うじて回避する。それでも旋風弾が巻き起こす風が掠ったのか、その姿勢に乱れが生じた。
それでも、俺とレイジの連携を全て回避した……王は、そう思っているのだろう。
「忘れるなよ、蝿の王。レイジは俺にこう言った筈だぜ……」
その勘違いを正す時には、俺は既に構えを完成させている。
当然だろう。レイジの攻撃をフィニッシュブローとするなら、今の一撃は爆砕弾であるべきだ。そもそも、レイジの魔弾は装填段階から察知される。どんなに回避方向を限定しても、決め手としては今回は確実性に欠ける。そしてその事実は、俺よりもレイジの方が良く分かっている。
だからこそ、こう言ったのだ。
「──俺に任せる、ってな!」
描くのは正十字の斬撃。頑強さとは無縁な死蝿群の王にとっては確実な致命傷に繋がる、番燕・飛交。
ここで漸く、置き去りにされていた兵隊が王に追い付く。レイジの攻撃から生き残った総員で王の前面に展開するが、それによって攻撃の軌道を察知しても回避不可能だと判明するだけだ。
それでも回避しようと試みはするのだろうか──そう思っていたのだが、王が起こした行動は全く違っていた。
王の周囲に、再びの青白い燐光。大量の兵隊が生み出されると同時、その全てが王の前方に密集する。当然、番燕・飛交によって見る見る数を減らしていく兵隊。
それが全滅するより早く、瞬く燐光。作り出されるや否や密集し、次々と死んでいく兵隊。
燐光。増加。減少。燐光。増加。減少。燐光。増加。減少。燐光。増加。減少。
果たして何度繰り返すのか──いや、何故繰り返す事が出来ているのか。それはつまり、番燕・飛交の刃が王に届いていないという証明であり。そう気付いた時には、一連のサイクルが停止していた。
ならば王が死んだのか……いや、違う。ブレーキになったのは、兵隊の減少が無くなった事だ。
「番燕・飛交が……止められた?」
「物量に食い殺されたな。以前、コピー用紙の束がお前の刺突を止めたように」
確かに、摩擦や抵抗が大きくなればなる程、それを斬り裂く為に必要な力は増えていく。だからと言って……。
「剣圧を殺し切るまで、兵隊で肉の壁を築き続ける……? そんな防ぎ方が存在して良いのか?いや、存在していても実行する馬鹿が居て良いのかよ」
「まぁ、やる馬鹿もやれる馬鹿も死蝿群くらいだろう。流石の俺も、苛立ちが過ぎて追撃に移れなかったが」
結果として、王を仕留め損ねた。その後に残ったのは、番燕・飛交を相殺する為に大量に生み出された兵隊の残党。どう見ても、最初に王の周囲に展開していた数の三倍以上は居る。
だからと言って、その全てを王の周囲に留める意味は無い。攻撃を察知する為の兵隊は、最初に展開していた数で事足りるのだから。
なら。残った兵隊がどう使われるのか──これに関しては、死蝿群も人間も関係無い。
守護しないなら、攻撃に回る。折角の兵力を活用しないわけがない。
「来るぞリュウト……構えろ!」
「お前こそ!」
同時、兵隊の壁が押し寄せる。俺とレイジがその全てをどう撃破するかを考えながら武器を構えた時、俺達と兵隊の間に割り込む影があった。
「──ミッド!?」
王との戦闘が始まってから動きを見せなかったミッドが、俺達の前に立つ。破滅鋼嵐を連結し、槍へ。それを演武のように回転させ、その速度を上げていく。
回転方向が錯覚で逆に見える程に。
槍の動きが目で追えなくなる程に。
その槍の回転によって、ミッド自身が風を生み出す程に。
「──う、おぉぉぅるぁぁぁあああ!!!」
雄叫びと共に、己が間合いへと死蝿群の兵隊を引きずり込む。そして、間合いに入った兵隊を跡形も無く粉砕する。竜巻が直撃した民家のように、為す術無く。
轟嵐舞。破滅鋼嵐を用いたミッドの技で、最も多くの命を奪ってきたであろう代物だ。
果たして、一分も経っただろうか。
恐らく万を超えていたであろう兵隊が、全てミッドに駆逐されていた。
「……凄まじいな」
「俺さ、ミッドが七聖剣に含まれていない事が不思議で仕方無い時があるんだよな。どう思う?」
「知らん。……が、同感だ」
俺達がそう言っている間に、ミッドは轟嵐舞の余韻のように槍を軽く振り回してから、体の右側に石突を下にして立てた。そして長く息を吐いてから、こちらを振り向かずに俺達に問い掛ける。
「リュウト、レイジ。もう一度、アイツの動きを制限してくれねぇか? 今度は意図的に回避させるんじゃなくて──完全に動けないように」
「……構わないが、それだと俺とリュウトは牽制に集中する事になる。決め手はどうするつもりだ?」
レイジの疑問に、ミッドは少しだけ振り向いて笑顔を見せた。
「我に策あり、だ」
その表情に、その言葉に。俺とレイジは顔を見合わせ、同時に告げた。
「ミッド──お前に任せる」
息を合わせ、ミッドの背後から飛び出すように左右に展開。俺は星削を、レイジは旋風弾を。王には当たらない、しかし回避しようとすると逆に当たりそうな場所へ次々と放つ。つまり、現在位置だけが安全地帯になる状況を作り出す。
それを見て、ミッドは一度深呼吸をして、破滅鋼嵐を持ち上げ、一八〇度回し──そのまま、地面に突き刺した。
何をするつもりなのか……そう思う俺の目の前で、ミッドはゆっくりと構えを取る。
腰を低く、左手を前に。右手を後ろに引き、拳を固く握り込む。
まさか。そう呟こうとした俺と、同じ推測に辿り着き目を見開くレイジに対して。ミッドは小さく呟いた。
──「続けろ」と。
直後、ミッドが前進する。一歩、また一歩。彼我の距離ではなく、王の命を縮める為に。それと同時に、引いた右拳に変化が現れる。ミッドが持つ魔力──量だけならレイジに勝るとも劣らない、膨大な魔力のほぼ全てが、右拳に凝縮されて光を纏う。
その時点で、俺とレイジの推測は確信に変わっていた。止めなければならない。このままミッドにそれを使わせてはいけない。そう分かっているのに、俺も、レイジも、王への牽制を続けてしまう。
続けろ、のたった一言が、俺達の行動を縛り付ける。その言葉に込められた覚悟が、誇りが、裏切る事を許さない。
そして、ミッドは遂に踏み込んだ。
その一撃を叩き込む事が出来る間合いへと。拳が届く範囲へと。
死蝿群の王──その、半径二メートルの中へと。
その行動に、王は俺達の牽制に当たる覚悟で逃げようとする。が、それよりも早く、ミッドの左手が王の頭と胸の間を鷲掴みにした。
「よう、王様。腹が減ってるんだろ? だったら食わせてやるよ──俺の『虎の子』を」
獰猛に笑い、ゆっくりと。振りかぶった右拳を、前へ動かす。
それは、ミッドが行える唯一の魔力運用。溜め込んだ魔力を、右拳を振るうのに合わせて放出するだけの単純な攻撃。
しかし、その威力は。
城門にすら、一撃で修復不能な大穴を作り上げる。
「──滅獣の暴槌」
宣言と同時、振り抜く。左手と入れ替えるように、王の胸の中心へ。
流石に、回避しようが無い。言い逃れの出来ない直撃。
膨大な光がミッドの前方を埋め尽くし、一拍遅れて轟音が響く。衝撃の余波が突風のように森の中を走り抜け、木立を荒々しく揺らした。
その全てが終息し森に静寂が戻ると、王の背後に立っていた巨木の幹が、根から一〇センチを残して消滅していた。王の姿は跡形も無い……いや、辛うじて破壊を免れた複眼の一つがミッドの足元に転がっていた。が、それに気付いた直後に灰になっていく。その後を追うように、周辺に漂っていた兵隊も次々と灰になって姿を失っていく。
やがて、死蝿群の軍勢は完全に姿を消し。この場に残っているのは俺と、レイジと、ミッドだけになった。
「こちら左翼突入部隊……死蝿群の兵隊、自然消滅しました。これは……?」
「右翼突入部隊、同じく……勝った、のか? ……勝った、んだよな?」
ミッドが腰から提げた無線機から、両翼の騎士達の会話が続く。やがてそれは歓喜の勝鬨の声となっていく。
だが、それを聞きながら俺達の間に会話は無い。死蝿群の生存の可能性に警戒しているわけじゃない。今は、そんな事はどうでも良い。
ミッドは俺達の攻撃によって王の動きを封じ、確実に攻撃を当てる事が出来る距離まで接近し、確実に殺す事が出来る威力を持つ『虎の子』を使って王を消滅させた。
そう、つまり。拳が届く間合いまで踏み込んだのだ。正確に表現するなら──。
腐溶病のウイルスが高濃度で撒き散らされた、王の半径二メートルの内側へと、だ。
俺とレイジが頭の中でその事実を再確認していると、残心の姿勢を保っていたミッドがゆっくりとその構えを解き、腰の無線機に手を伸ばした。
「……作戦終了。各員の最高の戦果に感謝する」
騎士にそれだけを伝えると、無線機を持った手を静かに下ろす。そして──。
「──……っ、ミッドォォォオオオ!!」
俺達の方を振り返る事すら無く。
その場に、膝から崩れ落ちた。
回避能力が鬼です。第3次スパ◯ボαのクルーゼさんみたいな鬼っぷりです。必中使わないと当たらんよこれ、って感じです
次回で死蝿群との絡みは終わり……あ、グリムドラゴンさん残ってた
……またお会いしましょう(震え声)




