↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/55

京都編二③_一橋家を守ること

 朝日に照らされる、見慣れぬ木目の天井。ぼんやりと、おばあちゃんの家はやはり落ち着くなと考える。


「おはよう、よく眠れたかな」


 のっそりと目を向けると、そこには昨日知り合ったばかりの同居人がいて、ここが祖母の家ではないことを思い出した。昨日の出来事は夢ではなかったと落胆しながらも、おはようございますと挨拶を返す。

 随分長い時間、眠っていた気がする。こんな状況だというのに、自分は随分肝が据わっているらしい。頭がすっきりした感覚は、久々のように思えた。


「今日から同じ屋敷で働く仲間として、よろしくね」


 少しはだけた着物を押さえ、何事もなく一夜過ごせた事実に、そっと胸をなでおろした。


「準備ができたら、一緒に行こう。先に外に出てるね」


 小屋を出ていった渋沢さんの背中を見送って、着物と髪を整える。


 一人残された部屋を見て、思う。やはり、昨日感じた通り、渋沢さんは私を気遣ってくれているのだろう。

 与えられる一人の時間。離れた位置に敷かれた渋沢さんの布団。私が気負わない程度の距離である。

 改めて、感謝しなければならないと感じた。


 布団を畳み準備を済ませ、外へ出れば、渋沢さんは本に目を落としていた。和綴じの、古い本である。

 私に気づいた渋沢さんは、本を袂に仕舞って、それじゃあ行こうかと歩き出す。その背中を追って小走りすれば、ざくざくと地面の砂利が鳴った。


「何の本を、読んでいたんですか」


 本好きとしては、人生で初めて見た和綴じの本に、興味を持たずにはいられない。

 渋沢さんは、袂から先ほどの本を取り出し、私に手渡した。


「里見八犬伝だよ」


 予想外に知った題名が出て、目を見開く。


「これ、好きなんだ。たまに読み返したくなっちゃう」

「私も、好きです」

「続きも家に置いてるから、いつでも読んでいいよ」


 共通の話題があれば、取り留めない会話が続く。

 ここは、私の生きる世界とは、全く別のものだと思っていた。しかし、この本のように、変わらないものもあるのだと気づいた。

 温かく差す日光。柔らかく吹く風。太陽も、風も、私の知るものと同じである。


 随分温かいが、今は何月だろう。昨日桜を見た気がするから、3月下旬ごろだろうか。ここに来る前は、もっと寒い季節だったような気がするのだが、記憶がはっきりとしない。

 日付どころか季節を忘れてしまうとは、かなり重症なのではないか。私の頭は、どうなってしまったのだろう。


 ふと、フローリングの冷たさを思い出して、足が止まる。


 名を呼ばれ、どこかへ飛んでいた意識が、戻ってくる。思い出しかけた夜の記憶は、太陽の光に溶けて消える。


「どうしたの」

「……いえ」


 ざわついた胸を抑えながら、止まっていた足を進める。

 抜け落ちた記憶を取り戻せば、元の世界に帰る手がかりが掴めるだろうか。それにしても、記憶が消えているというのは、かなり気持ちが悪い。


「さあ、今日も頑張ろう」


 顔を上げれば、今日から私の職場となる屋敷が目に映る。改めて、大きな屋敷だと感じた。


「渋沢さんたちは、ここで慶喜……様に仕えているんですよね」

「うん。僕の役目は、一橋家を守ること。軍事を整えたり、お金のやりくりをしたり、幅広くね。

 ここ一帯の警備も、僕の仕事だよ」


 なるほどと頷く。出会った時の渋沢さんの態度にも、多少は納得がいった。ここに怪しい人間などいてはいけないのだから。


「平岡さんは慶喜様の側近で、慶喜様の身の回りのお世話とかしてるんだ。とっても頭がいい人だから、慶喜様に意見したり、そういう面でも慶喜様を支えてるらしい。僕みたいな下の人間も気にかけてくれて、よく面倒を見てもらってるよ」


 だんだんと不安が膨らんでゆく。この世界の何もかもをわかっていない私が、きちんとやっていけるのだろうか。


「大丈夫だよ」


 どうやら、不安が顔に出ていたらしい。安心させるような、柔らかい笑みが向けられた。


 ぐっと、気合いを入れる。兎にも角にも、私は元の場所へ帰るまで、生き延びる必要がある。そのためには、弱音を吐かずにしっかり働かなければならない。

 怖気付く足を一歩踏み出し、屋敷の中へ入った。

本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。

ゲームプレイ(無料)はプロフィール等からご確認ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。