京都編二②_私を斬りますか
「ここは、僕が貸してもらっている家。狭いけど、どうぞ」
屋敷を一通り回った後、最後に連れられたのは小さな小屋である。
ここが、渋沢さんの家らしい。想像していたようなものとは全く違う。
広さは、ビジネスホテルの一室ほど。隠れ家のようだと思った。
一目で見渡せる部屋の中は、随分すっきりしている。あるのは、干された手拭いに桶と、調理器具と思われる小さな釜くらいだ。
渋沢さんが刀を畳に置くと、ごとりと重い音がした。物の少ないこの部屋の中で、それは異様に存在感が大きい。
いつも持ち歩いているのだろうか。私の視線に気がついたのか、渋沢さんは笑って刀を部屋の奥へと押した。
「僕は武士だから、刀は手放せないんだよ」
そんなに軽い調子で言われても、困る。
これは、スポーツとしての道具ではない。殺し合うためのものだ。
「……人を斬ることに、抵抗はないんですか?」
「好きで斬るわけじゃないよ。斬らなくていいなら、それに越したことはないと思ってる。
でも、斬らなきゃいけない時もある。自分の命と、この国のためにはね」
座るように促され、腰を下ろす。しかし落ち着くことはできず、視線を彷徨わせた。やはり、視界に入るものは極端に少ない。
照明器具、空調設備、テレビ。身に馴染んだものが、何一つない。渋沢さんは、ここでどのように生活しているのだろう。
「何かおかしいところがあるかな」
まじまじと見すぎたのか、渋沢さんはおろおろと視線を彷徨わせていた。慌てて、首を横に振る。
「おかしいというか、珍しいなと」
「特に珍しいことはないと思うけどな」
これが、ここでの『普通』なのだろう。
「屋敷を案内してる時も思ったけど……きみは、見るもの聞くもの全部が初めてみたいな反応をするね。それに、恰好も普通じゃないし……」
目が合う。その目にあるのは、疑心か、不安か、好奇心か。
「やっぱりきみは、一般人には見えない」
視線を逸らすように、目を伏せる。
これほどまざまざと突きつけられると、もう認めるしかない。ここは、私の生きた世界ではないと。
「……もし、私が異世界の人間だと言ったら、渋沢さんは私を斬りますか」
ぽろりと、そんな言葉が口から漏れる。
「どうして、そんなことを」
戸惑ったような渋沢さんの声。刀から目を離さないせいで、彼がどんな表情をしているのかわからない。
「もし、そうだとしたら」
不意に、渋沢さんは言葉を切る。ようやく私は、刀から視線を戻した。
渋沢さんの、先ほどまでの笑顔が消えている。じっと、私を映す丸い瞳。
「……なんだか、狐に化かされているみたいだ」
それは、こちらの台詞だ。これはきっと、狐の見せる夢。
「はぐれ者同士だね、僕たちは」
言葉の真意がわからず、何も言えずにいると、その目が逸らされた。
「僕もきみも、帰る家がない」
黙る私に軽く微笑んで、渋沢さんは立ち上がる。
「今日は疲れただろうから、明日に備えてもう休もうか。僕は屋敷に顔をだしてくるけど、構わずに寝ちゃっていいからね」
外はまだ日が落ちきっていない。まだ寝るには早い時間ではないかと思うが、瞼は重い。
好きなように過ごしててね、と言って部屋を去る背中を見送る。もう立ち上がることも億劫な気がして、大人しく硬い布団にもぐりこんだ。
もしかすると、渋沢さんは私が休めるように距離を置いてくれたのかもしれない。なんとなく、そう思った。
睡魔に身をゆだねようとしたとき、ちらりと不安がよぎる。無防備に寝てしまっても大丈夫だろうか。
しかし、私には行く当てなどない。ここを出ても、野垂死ぬだけなのだ。
ならば、不安になるだけ無駄である。さっさと寝てしまえばいい。
物音ひとつない部屋。木と畳の匂い。静かな暗闇が自身を包む。
これから私は、どうなってしまうのだろう。これは夢で、朝起きたらいつもの自分の部屋で寝ているなんてことはないだろうか。
早く日常に戻れますようにと願いながら、意識を手放す。ゆっくりと、泥沼に沈むように。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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