京都編二①_文句は受け付けん
「なんだ、その娘は」
鋭い目に当てられて、ひっと声が出る。気分はまるで、蛇に睨まれたカエルである。
広い屋敷の一室に通され、そこに居た人物は、鋭い眼光に釣り上がった眉で不機嫌そうな顔で見下ろしてくる男である。
この人が、渋沢さんの言う『優しい』平岡さんらしい。
「外国人を一人残らず斬り捨てるなんて言っていたのに、もう気が変わったのか?」
「この子は外国人じゃありません。日本人です」
渋沢さんは、平岡さんの気迫に押されることもなく、困ったような笑顔を浮かべている。
直視するのも気が引けて、伏目がちに平岡さんを伺う。その眉間のシワは、いつも機嫌の悪い会社の部長を思い出させる。どう見ても、優しい人には見えない。
嘘つき。心の中で、小さく呟いた。
「この子も、ここに置いていただけませんか」
よろしくお願いします、と言う渋沢さんに続いて、頭を下げる。
「行くあてが、ないんです。ご迷惑は承知ですが、どうか」
ひしひしと感じる、刺すような視線。やっぱり大丈夫です、と言い出したくなるのを、ぐっと堪える。
一秒、二秒。少しの間が、嫌に長く感じる。
やがて、平岡さんは静かに口を開いた。
「うちには、客人をもてなす余裕はない。だから、下働きはしてもらうぞ」
それは、つまり。
「ありがとうございます、平岡さん」
隣の渋沢さんが、私よりも早く反応し頭を下げる。が、それを遮るように平岡さんの声が放たれた。
「ただし」
ひ、と息をつきかけていた肺が固まる。
「待遇には期待しないように。
小屋も今は用意できん。いずれは空きが出るかもしれんが、それまでは自分たちでなんとかしなさい」
「なんとかって……」
「文句は受け付けん」
短く言うと、平岡さんは踵を返して奥へと消えていく。
対面した時間は一瞬だった。存外にあっけない。
「とりあえず、ここにいさせてもらう許可はもらえたね。小屋はだめだったけど」
要望を言えるような立場ではない私は、ただ黙る。
「僕も借金のある身だし、すぐには宿を見つけられない。
ごめんね。しばらくの間は僕の部屋にいてもらうことになるけど、なるべく早く住めるところを見つけるから」
やはり、現段階では、それしか選択肢はないらい。
しかし、屋根のある場所が与えられるだけで、私としては充分である。
「すぐに許可がもらえるとは思いませんでした」
「平岡さんは、優しいから」
口調や目つきは厳しかったが、優しいというのは間違いないのだろう。そうでなければ、何の利益にもならない人間を受け入れはしない。
「本当に、良かったんでしょうか」
「大丈夫。平岡さんがいいって言ったなら、何も心配することはないよ」
渋沢さんは、柔らかい笑みを浮かべる。最初に出会ったのがこの人でよかったと、心から思った。
「さっそく、この屋敷を案内するよ。おいで」
連れられ、屋敷の中を進む。外から見ても大きな屋敷だとは思っていたが、やはり広い。迷子になってしまいそうである。
「この部屋は休憩用だから、好きに使って大丈夫。こっちは、書物を置いてる部屋。見ちゃいけないものも多いから、あんまり中には入らない方がいいと思う。
あと、この先は、僕たちの身分では入れないところ。入ったら怒られちゃうから、気をつけてね」
木で作られた門。扉。見当たらない電気。すれ違う人の着物、刀。
見れば見るほど、ここは。
「大丈夫? 一度にたくさん回りすぎたかな」
頭を押さえる。考えるのが嫌になってきた。
現状わかったことは、ここで電話を借りるなどということはできないだろう、ということだけだ。
「平岡さんや渋沢さんは、この屋敷で何をされているんですか?」
「一番肝心なことを話してなかったね。ここは、一橋家の屋敷なんだ」
「一橋……」
「知らないかな」
聞き覚えはある。しかし。
「御三卿の一つだよ。徳川家の後継になる資格のある人たちがいることろだね。
僕たちは、一橋の慶喜様に仕えているんだ」
そうなんですか、と乾いた返事をすることしかできない。
徳川。一橋。教科書で見たような人の元で、働くことになるなど。
「私は、ここで何をすればいいんでしょう」
「多分、この家のことを手伝ってもらうことになると思う。お掃除とか、そういう雑務だね」
存外に普通な仕事で、ほっと息をつく。
兎にも角にも、私はまだ人生を諦めたくない。生きるためには、働かなければならない。
「分からないことがあったら、何でも言ってね」
分からないことしかないです。心で呟いて、頭を下げた。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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