反発一②_どうしてわかってくれないの
痛いほど突き刺す太陽の光。だというのに、ウメちゃんの足取りは重く、顔は晴れない。
いつもであれば、その愛らしい顔には、太陽に負けないほどの笑顔が咲いているというのに。
「お父様は、どんな人?」
「しっかりした人。お仕事が好きで、みんなからすごい人だよって言われてる。父上は、昔外国に行ったし、外国のこと良く知ってる。盲学校も作った。
今は、お野菜を作ったり売ったり? よくわからないけど、いろんなことをやってる」
へえ、と頷きながら、一歩ずつ進む。
さんさんと照る太陽。カランカランと鳴る下駄。
「どうして、苦手なの?」
「……会うといつも、結婚しろって言うから」
ああ、と頷く。それは確かに不快だろう。
厳格な人なのだろうか、と想像する。
ごぽりと弾ける泡の音。どこか遠くで、猫の鳴く声がする。
大きな背中。大きな手。一度も触れたことのない、大きな。
「あれが、私の家」
ウメちゃんの声に、は、と意識が現実に戻る。
顔を上げれば、そこには、庭の広い家があった。
先ほどの、水中にいるような感覚は何なのだろう。私は朝から何かがおかしい。
だが、それを気にしている余裕などはない。
今、私は自分に任されたことをしなければならない。
ウメちゃんの家を眺める。
庭には背の高い草が生えているが、手入れされ整えられている。草の合間を、蝶々がひらひらと舞っていた。
「やっぱり嫌だな」
ウメちゃんは、家の前で二の足を踏む。その気持ちもわかるが、私はその背中を押すために着いてきたのだ。
「大丈夫だよ」
最初はたどたどしかった音読も、今ではすらすらと読めるようになった。文字を読むことに加え、日常会話もスムーズになったと思う。
彼女の努力を、結果を、見てもらうべきだ。
ここで待っているから、と伝えれば、ウメちゃんはしぶしぶ足を進める。と、がさりと、草が揺れる音がした。
「ウメじゃないか、帰ったのか。おかえり」
「父上……」
伸びた草を踏みしめて、こちらに歩み寄る男性。土のついた着物から覗く腕は、日に焼けて黒い。
「なかなか帰って来ないから、心配してたんだぞ。もっと頻繁に帰る気はないか」
明るく気さくそうな人である。肩透かしを食らった気がした。
ちらりとウメちゃんを見ると、彼とは目を合わせず、地面に視線を落としている。
「ウメ、そちらの人は?」
その目がこちらを向き、頭を下げる。
元々、家の前までついてくるだけで、会うつもりはなかった。心の準備などできているはずもない。
「私の日本語の先生……」
「そうか、先生か。いつもウメがお世話になっているね。ウメの父の、仙です」
改めて頭を下げる。先生として紹介されると、何一つ失敗が許されない気がして、背筋が伸びる。
「ウメ、順調にやれているかい」
「うん……」
「体調を崩したりしていないかい」
「うん……」
何とも言えない空気である。なるべく邪魔にならないよう、一歩下がって息を止めた。
「そういえば、聞いたぞ。捨松さんは、英語学者と婚姻するそうだな」
ウメちゃんはしばらく仙さんの話を黙って聞いていたが、仙さんのそのことばに、ぴくりと体を震わせた。
「違う、捨松は断った。捨松は結婚しないもん」
「そうなのか? これを逃すと、もう結婚の機会はないんじゃないか。
ウメも、早く結婚しないとな。ウメの相手も、すぐ見つけてやるから」
「やめて。私、結婚はしない」
ぴりっと、空気が固まった。
初めて聞く、ウメちゃんの低い声。
「結婚は、しない。いつも言ってるのに、どうしてわかってくれないの」
「いつまでそんなことを言ってるんだい。女なんだから、結婚しないと、これから先どうするんだ」
「やだって言ってるのに! 父上のバカ!」
身をひるがえし、ウメちゃんは駆けてゆく。
「ウメ!」
呼び止める声も届かない。拒絶の壁が立つあの背中には。
数秒の沈黙。堅苦しい空気を破り、仙さんは力なく笑った。
「悪いね、こんなところを見せてしまって」
首を横に振る。だが、ウメちゃんが、あれほど結婚を嫌がっているとは思わなかった。
すぐに彼女を追いかけたい気持ちをこらえ、頭を下げる。今日ここに来た目的は果たさなければならない。
「改めまして、私はウメさんの日本語の先生を務めさせていただいている、と申します。
ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
彼には知ってもらいたい。ウメちゃんの努力を。
「ウメさんは、非常に頭がよく、日本語もどんどん上達されています。本の読み書きと音読も、ほとんど補助なくできるようになりました」
ウメちゃんは、褒められてほしい。
私は、駄目だったから。
「毎日努力し、着実に成長されているように見えます。これからも、ウメさんの成長を見守ってあげてください」
再度頭を下げ、ウメちゃんを追いかけるために彼に背を向ける。と、歩き出す前に呼び止められた。
「きみに、お願いしたいことがあるんだ」
振り返れば、仙さんは力なく笑っていた。
「俺たちは、いつもうまく話せなくてね。よければ、きみがウメの近況を報告しに来てくれないか。ウメは、またしばらく帰ってこないだろうから」
少しためらったのち、頷く。
私も、ウメちゃんはしばらく来ないほうがいいと思う。そうであれば、代わりに私が。
小さく礼をして、ようやく足を走らせる。早く、彼女に追いつけるように。
本作はノベルゲーム原作を小説版に書き下ろしたものです。
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